「Lv1が来た」
参加者リストに、バグかと思うような表示があった。
──Lv1。
職業、旅人。
千人レイドの参加者欄は、最低でもLv75から始まっている。Lv80台が主力、Lv90台がちらほら。この二週間、サーバーのトッププレイヤーたちが何度挑んでも倒せなかった深淵竜グラオザーム──その討伐戦に、Lv1。
誰かの目にも留まらないはずだった。
ただし、三万人の視聴者がいる配信画面は別だ。
◇
『ちょ、ちょっと待って? 参加者欄にLv1がいるんだけど!?』
人気配信者ミコトの声が裏返る。配信画面の右端に表示された参加者リストを、彼女のカメラがズームした。
『え、旅人? BCOに旅人ってまだあったっけ? あれ初期職でしょ?』
コメント欄が一瞬で加速する。
> 草
> バグだろ
> 晒しか? 即キックしろよ
> 旅人で大型レイドは世界初では?
> Lv1てwwwww ワンパンで死ぬわ
『いやー、これ大丈夫なのかな……? レイドリーダー的にはOKなの? 主催のオーレン兄さ〜ん?』
主催ギルド〈黄金の燐光〉のギルドマスター・オーレンから、レイドチャットにメッセージが流れた。
『「うちのフレンドだ。問題ない」だって。──え、問題ないの? Lv1だよ?』
コメント欄はさらに荒れた。
> オーレンの知り合いなら一応ガチ勢か……?
> Lv1のガチ勢とは
> 旅人エアプ勢だけどスキルなんかあったっけ
> チュートリアルで使ったきり覚えてねえ
千人が巨大なフィールドに展開していく。
深淵竜グラオザームの討伐戦。推奨レベル80。未踏破レイドの攻略戦としては、BCO史上最大規模の作戦だった。
その隅に──Lv1の旅人が、使い古された安っぽい剣を提げて、立っていた。
◇
レイドが始まった。
グラオザームは全長百メートルを超える漆黒の竜だ。四つの首がそれぞれ異なる属性のブレスを吐き、翼の一振りで前衛の隊列ごと吹き飛ばす。
千人がかりでも、削れるHPは僅かだった。
『第一形態のHP、まだ七割! タンクチーム頑張って! ヒーラー足りてる!?』
ミコトが叫ぶように実況する。画面には、必死に盾を構えるタンク集団と、その背後から魔法と矢を浴びせる数百人のアタッカーが映っている。
> そういえばLv1のやつどうなった
> とっくに死んでるでしょ
> 探すほうが難しいな千人もいると
『あ、そうだ Lv1の人! えーっと名前……トワさん? どこ……』
ミコトがカメラを動かす。
前衛集団の中にはいない。中衛のアタッカー群にもいない。後衛のヒーラー帯にも──いない。
『……あれ? 死亡者リストにもいないんだけど……?』
> え?
> 生きてるの???
> どこだよ
カメラが大きく旋回した。
──いた。
グラオザームの巨体の、すぐ足元。
タンクたちですら近づけないその距離で、旅人の初期装備をまとった一人のプレイヤーが、竜の前脚の攻撃をすべて回避しながら剣を振り続けていた。
『────は?』
ミコトは声を失った。
コメント欄も、一瞬だけピタリと止まる。
次の瞬間、爆発した。
> は???????
> え、何あれ
> 回避おかしいだろ
> 当たり判定すり抜けてね?
> ダメージ表示見ろ やばいぞあれ
カメラがズームする。
トワの頭上に浮かぶダメージ表示。一撃ごとに、三連の数字が刻まれる。
4,200──4,200──4,200。
Lv90のトップアタッカーが単発で出す火力が、およそ5,000。
Lv1の旅人が三連撃で叩き出すDPSは、その倍以上。
しかも、休みなく。クールタイムが存在しないかのように、斬撃が途切れない。
『ちょ……ダメージ出すぎじゃない!? なんで!? Lv1だよ!? 旅人だよ!?』
> 三連撃? 旅人にそんなスキルあったか?
> CT見ろCT 連打してんぞあいつ
> チートだろ通報しとけ
> いや公式レイドでチート使ったら即BANされるだろ
> じゃあなんだよあれ
> ……わからん
グラオザームの首が振り下ろされる。直撃すればLv90のタンクでもHPの半分が消える一撃。
トワは振り向きもしなかった。
まるで攻撃が来ることを知っていたかのように、最小限の動きで首の軌道から外れ、返す刀で喉元を三連斬する。
8,800──8,800──8,800。
弱点部位へのクリティカル。
> 弱点どうやって見えてんの
> まって、あれ「見聞録」じゃない? 旅人の初期スキル
> あったなそんなの……鑑定系のやつ
> あれ弱点まで見えるのか!?
> wiki見てきた 熟練度MAXで「行動パターンの可視化」って書いてある
> 誰が旅人の熟練度MAXにすんだよ……
◇
第一形態のHPが半分を切った。
異変は、周囲のプレイヤーたちにも広がっていた。前衛のタンクたちが、足元にいるLv1の存在に気づき始めている。
レイドチャットが騒然とした。
──「おい、足元のやつ何者だ?」
──「ダメージランキング見ろ。三位に旅人がいる」
──「は?」
──「三位じゃない、今二位に上がった」
『皆さん、ダメージランキング見てください──トワさん、レイド全体で現在二位! 千人中の二位! Lv1で!!』
> 頭おかしい(褒め言葉)
> 俺たちのLv90は何だったんだ
> これもうゲームバランス崩壊だろ
> いやむしろよく見つけたなこのビルド
> BCO二年やってて旅人の真価に気づいたやつ初めてだぞ
グラオザームが咆哮した。
第二形態への移行──ここからが本番だ。
これまで全ての攻略チームが壊滅してきた、【虚無のブレス】が来る。
竜の四つの首が天を仰ぎ、漆黒の光が喉元に集束する。
フィールド全体に、システムメッセージが走った。
【WARNING:深淵竜グラオザームが「虚無のブレス」を詠唱開始】
『来た……! これだよこれ、ここで毎回全滅してるの! タンク陣耐えて!!』
タンクたちが一斉にスキルを発動する。防御バフ、ダメージカット、緊急シールド──あらゆる防御手段を重ねる。
だが、足りない。これまでの戦闘データが証明している。虚無のブレスの威力は、どれだけ防御を積んでも前衛を壊滅させる。
──それを知っているプレイヤーが、一人だけいた。
トワがアイテムストレージを開く。取り出したのは、見たこともないアイテム。
「始まりの大盾」──Lv1限定、チュートリアルの隠しクエストで入手できる盾。効果は「パーティメンバー全員に10秒間、被ダメージ90%カット」。
ただし本来は五人パーティ用のアイテムだ。レイドには効果が及ばない──はずだった。
トワはもう一つ、アイテムを使った。
「道具通」 ──消耗品の効果を二倍にするスキル。
効果範囲が、五人から十人に。効果時間が、10秒から20秒に。
さらに、持っていたもう一つのアイテムを砕いた。
「旅人の広域煙幕」──旅人専用アイテム、効果範囲をエリア全体に拡張する。本来は鑑定スキル用の補助道具。
組み合わせた瞬間──、
千人全員に、バフアイコンが表示された。
【被ダメージ90%カット:残り20秒】
直後。
【虚無のブレス】が前衛を薙いだ。
漆黒の奔流がフィールドを覆い尽くす。轟音。視界が真っ黒に染まる。
──そして、晴れた。
誰も死んでいなかった。
『──────嘘でしょ?』
ミコトは、また夢でも見ているかのような顔になった。
『全員生きてる……? 【虚無のブレス】、耐えた……? Lv1の人が、なんか、全体バフ……?』
コメント欄は騒然としていた。スクロールが追いつかない速度で文字が流れていく。
> 何が起きた???
> バフ出たよな全員に
> 90%カット20秒って何のアイテムだよ
> 旅人専用アイテム……? そんなの聞いたことない
> 鳥肌立った
> Lv1が千人を救った
> もうこれ主人公だろ
レイドチャットにも、メッセージが殺到していた。
──「今の何だ!?」
──「Lv1の旅人が全体バフ出した!?」
──「意味がわからん、誰か説明してくれ」
返事はなかった。
トワのチャットログには、何も表示されていない。
ただ、再び剣を構えて、竜の足元へと走り出した。
◇
第二形態のグラオザームは、一段と苛烈だった。四つの首が独立して標的を追い、ブレスの頻度も上がる。
だが、流れは明らかに変わっていた。
虚無のブレスを初めて耐えたことで、千人のプレイヤーたちの士気が跳ね上がっている。タンクは前に出て、アタッカーは遠慮なく火力を叩き込み、ヒーラーは的確に回復を飛ばす。
そしてその中心で、Lv1の旅人が、誰よりも前で斬り続けていた。
グラオザームのHPが、二割を切った。
千人の歓声が、フィールドを震わせた。
──一割。
最後の咆哮。グラオザームが全身から漆黒のオーラを放ち、最後の大技を放とうとする。
トワが跳んだ。
竜の首を駆け上がり、頭頂の角──最大の弱点に「旅立ちの剣」を突き立てる。
三連撃。
24,500──24,500──24,500。
深淵竜グラオザームのHPがゼロになった。
◇
【RAID CLEAR】
【深淵竜グラオザーム 初討伐達成】
【MVP:トワ(Lv1/旅人)──総ダメージ第一位】
フィールドに、ファンファーレが鳴り響いた。
それと同時に、千人のプレイヤーが言葉を失った。
画面に表示されたMVPの名前。レベル。職業。
──Lv1。
──旅人。
──総ダメージ一位。
静寂のあと、チャット欄が爆発した。
──「うおおおおおおおおお!!」
──「初クリアだ!!!!」
──「MVPトワ!! Lv1のトワ!!!」
──「意味わかんないけど最高だった!!!」
ミコトの配信は、視聴者数が三万から十二万に膨れ上がっていた。
『初クリアです! BCO初の深淵竜グラオザーム討伐! そしてMVPは──Lv1の旅人、トワさん!! いやもう意味がわからない!! 何者なの!?』
> 伝説を見た
> トワって誰だよ 今日まで聞いたことなかったぞ
> 旅人エアプ勢全員反省しろ
> 俺も旅人やろうかな
> あそこまで旅人やり込む覚悟があるならな
> ないです
> クリップ! 誰かクリップ残して!
> もう残してるわ。永久保存版だよ
レイドフィールドに佇むトワのもとに、何十人ものプレイヤーが駆け寄ってくる。フレンド申請、ギルド勧誘、メッセージ──通知が鳴り止まない。
トワは小さく息を吐いて、チャット欄に一言だけ打った。
「いい旅だった」
それだけ残して、ログアウトした。
> かっこよすぎる
> 「いい旅だった」は反則だろ……
> 好き
> トワの時代、始まったな
翌朝、BCOの公式フォーラムのトップには、こんなスレッドが立っていた。
【速報】深淵竜グラオザーム初クリア MVPはLv1の旅人
レス数──三時間で一万件突破。
「トワ」の名前が、世界に刻まれた日だった。




