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鳳凰の陸に昇る  作者: moko
1章
3/6

02

 古ぼけた木の寝台(しんだい)の上には煎餅に近しい素っ気ない布団が乗せてある。寒々しさを漂わせるそれにしがみ付き嗚咽を吐いた。

 後ろから大きな腕が小さな背中を抱いた。少年には誰かは見なくても分かった。筋肉隆々の腕や、2倍以上ははあるゴツゴツとした肩は暖かい。

月詠(げつえい)、お帰り……。」

「ただいま。」

 養父の手には大きな(あさ)の袋が提げられており、濫陽(らんよう)が身動ぎをする度に、沢山の金属が擦れる音が響く。

相賽(そうさい)様は、もう帰られたの?」

「……ああ、慧彗を引き取ると直ぐに帰ってしまわれたよ。薄情な官吏(かんり)様だ。」

 絞り出されたのは苦汁に満ちた声音。

 彼らの間にどんなやり取りが行われたのか安易に予想出来てしまった。下民は民の中で最も下位の身分だ。それに比べ、相賽は王宮の官吏を束ね、王の補佐をする官吏の中で最も上位の身分である。つまりは、濫陽や月詠の様にぎりぎりの切り詰めた生活と正反対の暮らしをする人間だった。


 別にふたりはこの生活に不満が有るわけではなかった。捨て子の少年にとっては着るものや食事を与え、住む場所をくれた月詠が居なければ生きていたかも定かでないし、贅沢や豪遊を好まないこの男は貧しい生活が苦ではなかった。

 断言出来るのはふたりともこの暮らしを嫌いじゃないということである。

 お金持ちになって豪勢な暮らしを送るのも幸せだと感じる人間はいるだろう。勿論贅沢で優雅な生活も憧れるが、幸福か不幸かの定義は決してお金や暮らしの具合によって決まるものではないと彼等は感じていた。

 そうはいっても、大切なものを奪ってゆく相賽等、権力者は好きではない。前にも仲の良い妖魔がいたがそれも相賽の下へと売られた。それは売買するために育てていた為、仕方がないとしよう。

 だが、慧彗はもともと金持ちに売るために育てていたのではない。月詠が濫陽にひとりだと可哀そうだと言って一匹手懐けるのも大変なのにわざわざ使役(しえき)してくれた妖魔なのだ。だから、気に入ったからと権力に任せて友を奪った相賽がどうしても許せなかった。

 養父の大きな腕の中で、彼ははじめて身分というものに不満を感じた。



******


 月の影も濃くなり始め、街灯も電気もないこの世界に深い闇が訪れる。馬鹿でかい王宮と庭は綺麗に整備され鮮やかに彩られている。彼は寂しげな瞳で寝殿の大きな出窓から外の様子を眺めていた。

 憂いているとでも言えばいいのだろうか。ひとつ小さなため息を吐く。


 月明りに照らされ彼の影が大理石の床に映し出される。浮かび上がった影は音も無く膨らみ、徐々に色をつける。天使の様な大きな翼を持ち、細く絡みつくような長い白髪で、血の気を一切感じさせない青白い肌を持ったそれは女の形をしていた。男は自分の使い魔だと認識する。

槞王(ろうおう)様、お身体が冷えます。」

 心地の良い澄んだ声に微かに反応し、冷めた吐息をはく。

燦興(さんきょう)、その呼び方はやめてくれと言っているだろう。忌々しい。」

「でも……」

「嫌なのだ、縛られている気がして。」

「……では、主上(しゅじょう)。明日も御政務が多々あります。お早めにお休みに成って下さいまし」

 槞遥国王(ろうようこくおう)影鳴(えいめい)は、にこりと笑んで機械的に言葉を発する(しもべ)を手招きし、側へ呼び寄せるとその口を夜風に当たり冷たくなった自らの唇で塞いだ。

 目を見開き動揺する燦興(さんきょう)は、彼の唇と自分の唇を離そうと必死に抵抗する。それを許さず、切れ長の目じりを釣り上げて彼女を睨みつけた。怯えを見せたところでやっと解放され、(しもべ)は大きく退く。

「主上、何を……!」

怒りとも呼べなくはないその口調におどけながら返答した。

「何って、接吻だよ。お前は私の使い魔だろう? 私の下僕だろう? だったら私にその身を託せ。そうしたら、素直に寝てやっても良い。」

不気味に笑う(あるじ)(しもべ)は恐怖と戸惑いを覚えた。

「……如何されたのですか、主上……。最近おかしいですよ……。本気で仰っているのですか……?」

 彼女はどうしようもなく泣きたい気持ちに襲われた。

 (あるじ)は王位に着いてから変わられてしまった。前は主と僕という関係を盾にしたりしなかった。何よりも心を重んじ、人それぞれの思いを何よりも尊いものだと明言していた。

 何故、こんなに変わってしまったのか、彼女には理解できなかった。

「人は……変わるものなのだよ、燦興。どんなに善意で出来た者も、どんなに立派な事を云う者も皆変わる。神の御加護を受ける清き聖獣(せいじゅう)のお前には解らぬ。」

 突き放されてしまった様な気がした。既に青ざめた顔を更に青白くさせ、動けないでいる彼女を放って男は宝石や玉物で飾られた豪華な寝台へともぐり込んだ。


 いつまでそうして立ち竦んでいただろう。時間が長く果てないものだとさえ思った。柔らかな羽毛にくるまって、規則的な寝息を立てる主を見つめる。噛み締めた唇から赤い液体が毀れ落ちた。

「影鳴様……、御免なさい……」

 夜明けに包まれ、眩しいくらいの太陽と共に白の天使は忽然と姿を消した。


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