第15話 感覚共有のバランス
『悲劇を喜劇に置き換えて、コンプレックスの解消か?』
以前、亮二さんに言われた言葉を、僕は九埜に向けて言った。
九埜は馬鹿馬鹿しいと言うようにクッと肩を揺らして笑ったが、不快にも一瞬だけ目が動いたのを僕は見逃していなかった。
「それがどうした? 俺を追及するには不十分だな」
「どうかな。だったらどうして、この場所にいる?」
「どうしてだと? はは。自分が所属する事務所近くにいたって不思議はないだろ。なあ……杉田 亮二。お前のパートナーはこの程度か?これこそ喜劇だな。 俺の事が許せないなら、お前自身が証明した方がいいんじゃないのか。その為に俺を追っていたんだろう?」
九埜は、僕を指差しながら、嘲笑うような顔を見せて亮二さんを見る。
亮二さんはふっと笑みを漏らして、それはどうかなと言うように小首を傾げて見せた。
亮二さんは僕を信じて僕にこの場を任せてくれている。
だがそれは、僕が亮二さんの期待に応える事じゃない。探偵としてのプライドを懸けての事だ。
「前もそうだったけど、僕たちが来た途端に姿を現してくる。事務所まで来られるのを拒否しているみたいだ」
タイミングよく現れるのも、警戒からの事だろう。
「確か、受けた依頼は調査員全員でやるって話だったよね……それがどんな依頼でもって、そうだよね……僕は、その言葉の意味を少し勘違いしていた。ほぼ委託専門だから、調査員全員を売り込むしかないもんね……?」
「だったらなんだよ? それが俺を追い詰める理由になるのか?」
僕は、九埜の見下したような態度を気にもせず、冷静に言葉を続けた。
「『サンダー・クラップ』南条 幸一と神崎 瑠衣が訪れた式場ホテルのラウンジバーで提供されているカクテルだ。通常、芳醇な香りのブランデーに、ウイスキーやバーボンのような穀物酒を混ぜる事はしない。それを敢えて混ぜて作るカクテル……当然、知っているだろう?」
「強い酒が好みだと前にも言っただろ。別にそれがどうって訳じゃない」
「そうかな……? 僕はそうは思わない。カクテルって感情とのバランスなんだよ。まるで反映させるようにね。だけど、反映させた後に飲む時の感覚が変わってくる。強い酒なら尚更だ」
「何が言いたい? 追及するにはまだまだ不十分だな。そもそも、感情なんてもの自体が不確かなんだよ。それを証明出来るのは当人だけだろ」
遇らうようにも、ははっと笑う九埜に僕は真顔で答える。
「だから言ってるだろ。反映してるって」
九埜に対する僕の追及は、これからが本番だ。
「『アブ・ジン・スキー』もそうだ。あの時、あんたは僕にそうオーダーした。僕が探偵だと知っていたからこそ、『アースクェーク』をそうオーダーしたんだろ。そして、アブサンは度数の高いものがいいってね……似せて作った紛い物ではなく、後継だ。そして裏返すようにも、普通じゃ混ぜないものを敢えて混ぜる。それがどんなバランスになるのかを試したかったんだよ」
僕の言葉に九埜の目が笑みを止めた。明らかな反応だ。
僕は、その目を真っ直ぐに捉えながら言葉を続ける。
「僕が見ているのはあんたが飲む時の感覚なんかじゃない、反映させたものだよ。そしてそれが、あんたにとっての『ワンモア・フォー・ザ・ロード』を決めた。反映していたのは彼……杜嵜 緋色だろ」
九埜は、僕をじっと見てはいたが、言葉を返さなかった。
言葉の間が開いたが、ハッと短く息を漏らす九埜に苛立ちが見える。
「証明出来るのは当人だけだと言ったくらいだから証明出来ていると分かっているだろう? それでもまだ不十分だと言いそうだから、証人を呼んでおいたよ」
人が近づいて来る気配を感じていた。その姿は九埜の視界に入ったはずだ。
亮二さんがそっと僕から離れ、後方へと歩を進め始めた。
来たのは淳史さんたちだ。
杜嵜 新が向かう先に先回りしていた淳史さん、伯羽を尾行していた瞭良さんと杜嵜に、それぞれに姿を見せ、共にここに来てくれと亮二さんは、淳史さんたちに伝えている。
僕から離れた亮二さんは淳史さんたちのところに行ったんだと様子を察していた僕は、振り向く事はせず、九埜と真っ直ぐに向き合ったまま、背中でそれを感じていた。
オーナーは杜嵜 新から誘われたからと言っていたけど。
本当はオーナーが話をしたいと彼に言ったんだと思っている。
だから杜嵜 新は尾行される事にも気づけた。杜嵜 新が向かっていた先は、淳史さんが彼に言うまでもなく、自分の事務所だった場所であっただろう。
いつだってオーナーは、僕たちが止まらず動けるように陰で支えてくれているんだ。
僕の隣に並んだ姿に九埜の目が動き、決まり悪そうな表情が僅かに滲んだ。僕の隣に立ったのは杜嵜 緋色だ。
「……杜嵜」
九埜は冷ややかな目を向け、小さくも名を呟いた。
僕の隣に並んだ杜嵜は、僕に笑みを向けると言う。
「ユウくん、俺に話をさせて貰ってもいいかな」
僕は頷くと、後方に下がった。
亮二さんが僕の隣に戻って来る。
「亮二さん……相手を理解したいと思う事は間違った事ではないけど、その思いに同調するのとは違う……そうだよね?」
「ああ」
「僕は、亮二さんが抱えてきた思いを理解したいと思っていたんだ。それはきっと、僕自身が抱えてきた思いも同じなんじゃないかって。自分と重ねる事で、理解出来るんだと思っていた。それを共感と言えるのかは分からないけど、でもそれは僕自身が同じ位置を一方的に求めていただけなんだって思ったんだ。だけど……同じ亮二さんと位置って変だよね。亮二さんは、僕が亮二さんとは違う位置にいるなんて思ってなかっただろ? 勿論、僕も亮二さんと違う位置にいるって事でもない」
「ああ」
「だから僕が亮二さんの代わりに九埜の前に立った訳じゃない……亮二さんだって、僕を代わりにしたかった訳じゃないだろ」
「ああ……そうだな」
「ねえ……亮二さん」
「なんだ」
九埜と向かい合う、杜嵜を見守るように見つめる亮二さん。僕は彼の横顔を見ながら言った。
僕のその言葉に、亮二さんの口元に笑みが浮かんだ。
「調査の後に見るものが探偵にとって不必要であるかどうかは探偵次第……僕たち探偵だって『katharsis』は必要だよね」




