第14話 両極端の思慮
オーナーは、僕たちに目線を向けながら話を続けた。
「企業相手に信用調査をする興信所は、企業にしても依頼する興信所の信頼性は重要……それが事務所の存続にも大きく関わってくる。探偵にしてもそれは同じ事だが、企業と個人……それをはっきりと分ける事は出来ない。まあ……感情論ではあるがな……企業の中には個人がいるからね」
オーナーの話に、僕と亮二さんは深く頷いた。
オーナーが僕たちに伝えたい事は分かっている。
この話は、九埜に関わりがある話だろう。
杜嵜 新が調査した企業が信用に値しないと結果を出したとなれば、それは確かな情報であっても、受け止められない者はいる。
それは内部でも外部でも起こり得る事だ。人と人との関わりが、新たに関わる人の存在で受け止め方も考え方も変わってしまう。
当然、そこに絡んでくるのは利益であって、それは企業自体が全てという訳じゃない。
それがオーナーの言う『個人』だ。
調査の後に見るものが探偵にとって不必要であるかどうかは探偵次第……。
依頼された内容に添い、依頼人側に立っているならば、その他の事は切り捨てたとしても依頼自体に影響はない。
依頼が終われば、そんな思いにも関わりはなくなる。
それだけに探偵は、調査の中で関わる事になった人たちの思いさえ、変えてしまう事もあるだろう。
『調査』という言葉が不信感を与えてしまうかもしれないのだから……。
それだけに誤解を招くような事は避けなければならないんだ。
……誤解……。
あ……そういう事か。
僕の表情が変わったからだろう。
オーナーの目が穏やかに僕を見た。
その表情に、僕が気づいた事は合っていると言われているみたいだ。
「亮二、ユウ」
オーナーは、僕が気づいた事を聞く事はなく、僕たちに杜嵜 新の行き先を告げた。
亮二さんの表情に笑みが浮かんでいる事に、亮二さんは既に知っていたという事が分かる。確証を得た、との安心だろうか。
亮二さんがオーナーに頼みたい事があると言ったのは、その事だったのだろう。
杜嵜 新にそこに向かうよう、オーナーに伝えて貰う為にだ。
オーナーも亮二さんがそう言ってくるのを分かっていたと僕は思っている。
亮二さんは『そこは問題ないんだね』とオーナーに答えていたのも納得だが、杜嵜 新にしてもオーナーを誘ったのには杜嵜 新なりの理由があったんじゃないだろうか。
行き先がそこに落ち着くのを分かっていても、淳史さんたちに尾行を続けて貰ったのは、伯羽の様子は勿論だが、杜嵜 新が伯羽の尾行に気づいている事にもある。
「じゃあ、行って来るよ」
そう言って席を立つ亮二さんに合わせて、僕も席を立った。
僕と亮二さんは、ラウンジ・バーを後にし、外へと出る。
「亮二さん……前に九埜が言ってた事って、こういう事だったんだね……調査対象に接触する前に気づかれた時、何処までの真実を語れるかってさ……」
「ああ。だが……俺にはそういった事は頭にない。そんな事を考える時点で調査は既に失敗だ」
「そうだね……それは僕もそう思うよ」
「何処までの真実って、真実って言ったらそれは、守秘義務から外れてるって事だからな」
亮二さんの言葉に僕は頷いた。
その通りだ。
守秘義務は勿論、下手に口を開けば誤解を招く事もあるのだから。
僕たちはホテルの近くでタクシーを拾い、目的地へと向かった。
僕は、これまでの事を思い浮かべ、整理するようにも考える。
杜嵜 新は南条の父親、今の会長と関わりが深かった。
時を経て、互いの息子と娘が出会い、交際が始まる……か。
亮二さんが受けていた不審人物の調査。
その時の亮二さんの依頼人は神崎 瑠衣。そして、その依頼は調査が完了する事なく終わり、九埜の存在を知る事になった。
神崎 瑠衣を尾けていたのは九埜で、神崎 瑠衣が九埜に気づいた事から、そういった言葉が出たのだろう。
調査は失敗だと九埜が思ったなら、偶然だったかどうかは分からないが、あのホテルのレストランで神崎 瑠衣を九埜が見ていたなら。
『ワンモア・フォー・ザ・ロード』
その意味は九埜自身が感じたままの意味になった事だろう。
目的地に着き、僕と亮二さんはタクシーを降りる。
淳史さんたちの姿に気づけなかったが、おそらく、淳史さんたちは伯羽の前に姿を見せただろう。淳史さんが先の道に位置づいていたのもその為……それは足止めだ。
僕は辺りを見回す。
ここに来るのは二度目だ。
元々は杜嵜 新の興信所があった場所。
瞭良さんが、ああ言った事も頷ける景観だ。
『冗談抜きで無法地帯っスよ、ここ』
信用を第一に掲げていたはずなのに、今はそんな安心を得られるような景観じゃない。
僕たちがここに来た事を、あの時のように既に気づかれているのだろう。
やはり、足音がこっちへと向かって来ている。
だが……今回はどうやら一人らしい。
九埜 隼斗。
「杉田 亮二……認めてやるよ。お前の言う通り、俺は探偵に向いていない」
「姿を現すなり、随分と直球だな」
「なんだよ? それを証明しに来たんじゃないのか?」
「証明? それをするのは俺じゃない」
亮二さんのその言葉に、九埜は無言になる。
それでも亮二さんを睨むようにじっと見る九埜に、僕は言った。
「『サンダー・クラップ』」
九埜の目線が僕へと動く。
あの様子……やはり……知っていたか。
一歩前へと歩を踏み出した僕に、亮二さんの口元に笑みが浮かんだ。
亮二さんはこの場を僕に任せてくれた。
僕は、九埜の目を真っ直ぐに受け止めながら言葉を続けた。
「あんたが何を正しいと決めたのか……」
探偵なんて僕に出来るのかと、ドアを開けるのを迷っていたあの時、『katharsis』のドアが、向こう側から開いたんだ。
僕が、自分自身が納得出来る理由をあれこれ考えている事を、そしてそれを他人事のように向き合っていない事を。
亮二さんは見抜いていた。
『それでいいとか、だから当然だとか、自分自身が納得出来る理由を演じているんだよ』
『僕が僕を演じている? あなたに僕の何がっ……僕はっ』
『本当はこんなはずじゃないって思っているのに? 俺が言っている事は、キミがさっき言った事だよ』
亮二さんが僕に言った言葉を頭の中に重ねながら、九埜に言う。
「探偵という立場を利用して、自分の苦しみを依頼人に置き換えているんだ。第三者としての立場でいられるからね……それって」
今は分かる。
この言葉の意味が。
はっきりとした口調で僕は言った。
「悲劇を喜劇に置き換えて、コンプレックスの解消か?」




