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『katharsis』探偵事務所  作者: 成橋 阿樹
第二章 悲劇を喜劇に
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第9話 パートナーの形

 あれ……? 

 亮二さんと杜嵜の距離感に気を取られ、瞭良さんの話をさらっと聞いていた僕だが、ふと疑問が浮かんだ。


「瞭良さん、伯羽探偵社の事は既に瞭良さんは知っていたんじゃなかったの?」

 思考のタイムラグに自分で呆れてしまうが、早水さんが委託を持ち掛けようとしていた事務所だ。

 瞭良さんは知っていたはず……。


「あー。ユウくん、それはね。あの事務所、代表が代わってるんだよ。ボスが委託の話をしようとした時の代表は伯羽じゃない。事務所名もね。あの時、ユウくんたちと行った時はさ、それを確かめる為でもあったんだけど、あんな状況だったっしょ。事務所に辿り着く前に阻まれたっていうか、確認出来なかったしね。まあ、メンツは全員確認出来たけど」

 ニッと笑みを見せる瞭良さんに、淳史さんが顔を(しか)める。

「メンツ全員って。瞭良……お前、俺とユウを(おとり)に使ったな……? 先に来てたの俺たちだしな? 俺たちを奴らに張らせたって訳だろ。お前、奴らの動きを見てたな? 待ち合わせの時間ピッタリって、近くにいなけりゃ合わせられねえだろ」

「なに言ってんスか、淳史センパーイ。淳史先輩たちだって、知っておいて損はなかったっしょ? 事務所の名称が変わったのは、新たに開業したからって言うにはちょっと不可解なんスよね……だって元の代表以外、みんな残ってんスよ。もちろん、事務所の場所もそのまんま。住所も連絡先も変わってないって、そんなのおかしいでしょ」

「それって……」

 僕のハッとした表情に、瞭良さんは僕が何を思ったのかを察している。静かに頷くと、僕の言葉を待った。

「代表を追い出したって事だよね……」

「そう。その時期が九埜が所属していた時期と重なってる。そして、代表が変わった今も共に行動しているって事」


 ……考えられない。代表を追い出すなんて……。


「探偵潰しの探偵、九埜のその異名はその時点で定着していた事になる。だ、け、ど」

 語尾を強めて言いながら、瞭良さんは杜嵜に目線を動かした。


「そういった話……もっと詳しく知ってるはずっスよね……? 杜嵜サン?」


 ……瞭良さん。

 パートナーの相性が微妙である事に、僕は少し不安になる。

 大丈夫なんだろうか……。

 強くも向けられる瞭良さんの目線に、杜嵜は少し困ったように笑った。

「詳しいに決まってるだろ。俺は九埜と組んでいたんだからね」

 杜嵜は、瞭良さんが向ける目線に自分から入っていくように瞭良さんに近づくと、こう言った。



「だから俺は、パートナーを信じない」



「ちょっとそれは……」

 杜嵜の言葉に瞭良さんが心配になり、間に入ろうとする僕を淳史さんが止める。

「ユウ」

「淳史さん……だけど……」

 こんな状態で今から張り込みなんて……。

 僕は、気まずい雰囲気をなんとか出来ないかと言葉を探すが、杜嵜の言葉が先に立った。


「俺に疑問を持たないパートナーは、ね?」


 杜嵜のその言葉に、瞭良さんは呆れたように溜息をついた。

「疑問だらけに決まってんじゃないっスか。状況報告もない、行き先も告げない、なにしてんだと尾行すれば撒く。突然現れたかと思えば、同じ事務所の俺はそっちのけっスからね。俺の方こそ、信じてないっスよ」

「それでいいんだよ。それが俺の抑制になる」

「はは。俺にお()りでもさせる気っスか?」

「もう同じ思いはゴメンだからね。そういう形のパートナーだっていいだろ。本当に信じられるかは互いの行動で分かる事。俺を初めから信用しろなんて言いやしないよ。スタートラインは同等であるべきだ。パートナーだから信用しなくちゃならない、なんて、依頼の本質には無関係だろ」

 目線を交える瞭良さんと杜嵜は、互いに頷き合う。どうやら意見が一致したようだ。

「な? 問題なかっただろ? ユウ」

 淳史さんがニヤリと笑みを見せる。


 ……この人……裏切られたからこそ、という訳か……。

 確かに瞭良さんと杜嵜は、行動を共にしている日は浅い。まだ、殆どと言って無い程だ。それにお互い、探偵として培ってきたものは出来上がっているだろう。そこに意見の食い違いはあるだろうし、どっちがどっちとは決め兼ねるだろう。

 尊重し合えるようになるにも、お互いの行動を理解出来るかどうかだ。


「悪くないっスね。いいっスよ、それで。その方が割り切れるからね。じゃあ、遠慮なく訊きますよ、元パートナーの九埜の事」

「あいつは、ただの『紛いもの』だよ」


 紛いもの。そう聞いて浮かぶのは、やはりパスティスだ。


「あいつは違法を違法と知って、それを盾にする探偵気取りの探偵だ。早水さんは九埜が依頼人を信じ過ぎたと言うけど、依頼人の嘘を見抜けなかっただけだ。だから奴はそれを逆に利用している」

「利用って、嘘だと知りながら依頼を受けているって事っスか。対象者は、知られたくない事を依頼人に知られる事になるって事でしょ。それは探してはならない者を探し出しているって事っスよね」

「ああ。初めは気づかなくとも、調査を続けていく内に依頼人の嘘に気づくはずなのにね。依頼人だって初めから真意を語りはしない。それが探偵を利用しようとしているなら尚更ね。それは分かるだろう?」

「まあ、分かるっスね。気づいた時点で調査はしないっスけど。居場所を知られたくない対象者なら、その理由は明確っスから」

「九埜は依頼人の話は聞くが、対象者の話は聞かない。『人探し』というのは浮気の証拠を見つけるより厄介だ。依頼人にしたって、どういった理由で探して欲しいのか、探偵を信用させるものは揃えて来るからね」


 杜嵜の話に、神崎 瑠衣が伝えたかった事が重なる。

 彼女が最初に僕に伝えてきたのは、婚姻関係がない者の人探し。探偵を信用させる材料……。

 それが彼女が見せた南条との写真で意味づける事が出来るかどうか、か……。


「そして九埜と組んだパートナーは、九埜が集めた情報を元に調査を進める。それが探偵潰しの異名だよ」

 瞭良さんの問いに隠す事なく話す杜嵜。

「だから自分の目でも全てを見るって事っスか」


 亮二さんが僕に情報を小出しに、全て伝えなかったのもこういう意図があったからなのか……。


 会話する中で、互いの距離は少し近づいたようだ。



「そういう形のパートナー……か」

 そう呟きながら僕の目線は亮二さんに動いた。

 亮二さんは、ふっと笑みを見せると僕に言う。


「じゃあ行くぞ、ユウ。こっちはこっちのパートナーの形で、ね?」


 そして僕は亮二さんと、瞭良さんは杜嵜と、淳史さんは一人でそれぞれの方向に向かった。

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