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『katharsis』探偵事務所  作者: 成橋 阿樹
第二章 悲劇を喜劇に
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第4話 擦れ違いのパートナー

 翌日、事務所を開けると同時に瞭良さんが来た。


「淳史センパーイ……」


 ……え……なに。どうしたの。随分と元気ないけど……。


 憂鬱そうな顔を見せ、事務所に入るなりソファーに座るとテーブルに顔を伏せて項垂(うなだ)れた。


 瞭良さんの声に、浴室の方から淳史さんが顔を出す。

「なんだなんだ? おい、瞭良。お前ね……ここ、家じゃねえんだから人んち来たみてえな態度、やめろ」

 結局、あの後僕たちは事務所に泊まった。

 僕たちにとっても、事務所が家みたいになっていたりする……。

 クシャクシャと濡れた髪をタオルで拭いながら、淳史さんが瞭良さんの向かい側に座った。

「俺たち今から調査で外、出んだけど。お前だって調査中だろ」

 瞭良さんは、項垂れたまま答える。

「調査中だからこそっスよ。じゃあ俺、どうしたらいいんですか。パートナーって、互いの動きを把握してないと動きようがないっしょ……そもそも」

 顔を上げると瞭良さんは、思いの丈を吐き出すように言った。


「杜嵜 緋色ってなんなんスかっ!!」


 えええー……そこから。


「現況も行き先も報告なしっ。訊いてもなんも答えないんスよっ! これでパートナーって、会話が成り立たないんスからどう考えたって無理っしょ!!」


 不満を爆発させる瞭良さんに淳史さんは困った顔で、珈琲を淹れている亮二さんを振り向いた。

 僕は淳史さんと瞭良さんに珈琲を運び、淳史さんの隣に腰を下ろした。

 亮二さんは自分のカップを手に二人の近くに立ち、立ったまま一口飲むと瞭良さんにさらりと言う。


「尾ければいいだろ」


 ああ……これは。


 ニヤリと口元を歪ませ、意味ありげな笑みを見せて言った亮二さん。こういう顔を見せる時は、大抵そうは思っていない。

 それは瞭良さんにも分かっているのだろう、引き攣った顔で亮二さんに答えた。


「尾けたっスけど? 亮二さん……それ、分かってて言ってマスよね……?」

「はは。大方、尾行で外に出て、撒かれたからそのままここに寄ったんだろ? あいつは尾行撒くの得意だからな」

「やっぱ知ってんじゃないスか。あああー……俺、このままじゃ事務所戻れないっスよ……ボスになんて言われるか……」

 大きな溜息をついて頭を抱える瞭良さんに、亮二さんは言う。

「じゃあ……一つ情報を教えるよ」

 その言葉に瞭良さんは顔を上げた。

「なんスか、情報って」


「昨夜、圭介さんの店に九埜が来た」


「九埜が……っスか……?」

 驚いた顔を見せる瞭良さんに、僕は違和感を覚える。

 ……変だな。

 そもそも瞭良さんは、僕たちを九埜に接触させる為にあの場所に誘った……逆に九埜が僕たちに接触しに来ても驚くような事では……。

 あの時、事務所のトップらしき男が九埜に何やら囁いていたのも、大方、僕たちを探れとでも言ったんだろう。

 そっちが来たならこっちも、という事だろう。あの時の態度からしても、それは予測出来る事だ。


 亮二さんに目線を向けたまま、瞭良さんは言葉を返さない。

 亮二さんはカップをテーブルに置き、瞭良さんを横に押すように座ると、瞭良さんの顔を覗き込むように見て言った。


「そっちの情報も貰おうか。そうだな……」


 逃さないとばかりに強い目線を送る亮二さんに、瞭良さんは戸惑っている。


「淳史以外に委託しようとした事のある探偵事務所について」


 瞭良さんはハッと息を飲む。

「え……あ……それっスか……はは」

「笑って誤魔化そうとしたって無駄だぞ。亮二から逃げられるなんて思ってないだろ、瞭良? 九埜が所属しているのは、ほぼ『委託専門』の探偵事務所だからな?」

 淳史さんも瞭良さんに詰め寄るように目線を送った。

「淳史先輩、さすが早いっスね……情報……」

「当然だろ。早水さんがそこに拘るのも無理もない話だ。あの時の話でも察したよ。なあ……瞭良。お前だって分かっている通り、これは信用問題に関わるぞ。杜嵜にしたってそれを知っているから、早水さんの事務所に移籍したんだろ? 杜嵜が単独行動をするのは当然といえば当然だな」

「淳史センパーイ……そりゃないですよお……」

「なに嘆いてんだよ。瞭良、お前を杜嵜のパートナーにした理由ってそこにあるんじゃないのか」

「淳史の言う通りだな。お前が俺たちに忠告したのも、お前が一番気にしていた事だからじゃないのか」

「……そうですけど……」

「まあ……なんにせよ」

 口籠る瞭良さんに淳史さんは、テーブルに置いた珈琲を瞭良さんに近づけて置き直した。


「尾行を撒かれたとはいえ、杜嵜の行動は予測出来んだろ」


 ニッと笑みを見せて言った淳史さんに瞭良さんは小さくも頷き、ゆっくりとカップを手に取る。

「まあ……そうっスけどね……」

 瞭良さんは、カップに目線を落としながら呟くように口を開いた。


「……俺……知ってたんスよ。それはだいぶ前から……」

 瞭良さんの呟きに、亮二さんと淳史さんがちらりと互いを見、目線を合わせた。


「この依頼に関わった事で、目をつけられてるって前に言ったでしょ。淳史先輩に委託した依頼、淳史先輩の前に九埜が今いる事務所に委託を持ち掛けようとしてたんスよ……そもそも、探偵事務所と名を張っていて、委託をやっているってところはそう多くはないスからね……普通、開業してるんだから独自で依頼受けるでしょ。結果、契約はしなかったっスけどね。それは淳史先輩も奴らと会ってみて分かった事ですよね……」


 淳史さんが溜息まじりに相槌を打つ。

「……まあな」

 瞭良さんは、カップを手にしながらも飲む事はなく、テーブルに戻した。

「瞭良」

 口を噤んだ瞭良さんの心情を秘めさせないよう、淳史さんは名を呼び、こう続けた。


「何処で何をしているのか、何を思って行動しているのか、それを察する事が出来てるからパートナーなんだろ」


 淳史さんのその言葉に、僕の目線が亮二さんへと動く。

 僕と目が合うと亮二さんは、ふっと穏やかに笑みを見せた。

 淳史さんが言葉を続ける。

「杜嵜だって、お前がここに行くって事を察していたからこの辺りでお前を撒いたんだ。一緒に行動するだけがパートナーじゃないだろう? バラバラに行動したって、受けている依頼は同じ依頼なんだからな、その為に必要なもん、互いに探し合った方が効率がいいって事もある。聞いてきて欲しい事もあるだろうしな。ああ……そうだ。情報共有するんだったよな? それなら……」


 淳史さんの目線が亮二さんへと向くと、亮二さんは瞭良さんに答えた。



「今度は俺が教えてやるよ。探偵潰しの探偵、九埜 隼斗が()()()()()()()()()のかをな」

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