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第1話 探偵の使い方

「探して欲しい人がいるんです」

「人探し……ですか」

 よくある案件だ。

 しかし……。



 僕は探偵事務所で働いている、探偵とは断言出来ないが、まあ……探偵だ。

 そういうのも経験が浅いからだが、ある程度の事は頭に叩き入れた。

 叩き込まれた、と言った方が正しいが。


 依頼に来た女性は、テーブルに一枚の写真を置いた。

 その写真には、今、僕の目の前にいるこの女性と二十代くらいの男性が笑顔で写っていた。

 女性を見たところ、左手の薬指に指輪はない。

 生活感を感じさせない雰囲気は、結婚はしていないといったところか。

 まあ……単純な考察だが。

「この男性とのご関係は?」

 僕の問いに彼女は、言わなくても分かるでしょうと目で訴え掛ける。


 正直、これが厄介だ。


 憶測と推測は違う。

 見誤ったらミスを犯す。それは取り返しのつかないミスだ。

 主観的な感覚に確証はない。それを基準に調査は出来ない。

 スタート地点を間違えば、当然ゴールも間違える。

 依頼人の希望は受け入れるのが当然だが、だからといって依頼人の味方になるのとはまた違う。

 感情移入は偏見を生む。

 調査対象者を危険に晒す事にもなりかねない。

 依頼を受けるには、慎重を期するのは当然の事だ。


 僕は、真意を探るようにも彼女から目線を外さなかった。

 僕と目線を合わせる彼女の目は揺れ動く事がない。

 強くも感じる目線は見抜かれまいとする為か、それとも他に何か意図が……。



 僕たちの間から手が伸び、写真が奪われる。

「へえ? 探して欲しいのはこの男性?」

 彼はニヤリと口元を歪めて笑い、彼女に目線を落とした。

「亮二さん!」

 僕は、彼を止めようと名を呼ぶが、それが逆に彼を饒舌にさせる。


「この写真、日付は昨日。 随分とお早い行動で」

 え……日付……昨日……。

「昨日だろうと、時間は関係ないわ。探して欲しいから依頼に来たのよ」

 平然と答える彼女に彼は、笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「ふうん……? わざわざ日付を入れてるって事は、記念日でもあったのかな? ディナーも特別なようだ」

 ディナー……。

 確かに、写真に写っていたのは、二人の食事風景だ。

 テーブルに置かれた料理、写った窓が見せる景色は夜……か。

 一瞬でそこまで考えが行き着くなんて、洞察力は勿論だが、思考速度が速い。しかも日付まで……。

 人探し、という言葉に僕は、差し出された写真の男性の顔にしか目線がいかなかった。

 視野が狭いと痛感する。


「流石ね、探偵さん?」

 そう言って彼女は、意味ありげにクスリと笑みを漏らす。なんだか楽しげな様子だが……それは彼も同じようだ。

「そりゃどうも、神崎 瑠衣さん。見た目は若いけど、彼より八歳上の三十四歳。今度は自分より年上の中年男性ではなく、青年に手を伸ばすとは今度こそ本気? それとも彼の資産狙い? 彼、若いけど大企業の社長だもんね?」


 は???

 彼の失礼な言動にハラハラしながらも、僕は驚きで声が出なかった。


 調べていた? 彼女を? いつの間に? 彼女はさっきここに来たばかりだぞ? なのに名前まで知っている。調査対象まで……。

 僕はまだ、受けるか受けないかを考えていただけで、彼女の名前さえ聞いていなかった。

 依頼人の素性なんて……どうして……。

 しかも、彼女がここに来る事を知っていた……?

 このタイミングで現れたのも、亮二さん、まさか彼女を尾けていたんじゃ……?

 だけど……何の為に?


 亮二さんの言葉に、彼女の表情が少し強張った。

「亮二さん……ちょっと……」

 なんだか気まずいような雰囲気に、僕は間に入ろうとするが。

 いや、そもそも間に入ってきたのは亮二さんの方で……。

 ああ、だけど僕の洞察力では……。


 なんだ、なんだ、なんだ?

 この展開は!

 試されているのは僕の方なのか?


 亮二さんの目がちらりと壁の時計に向いた。

「今、午前十時を回ったところだ。半日も経っていないだろう段階で、探す理由……まあ、なんにしたって依頼に来るというのは只事じゃない。だが、依頼に来る事で事を荒立てる事も出来る。あなたはどっちかな……?」

 探るようにも目線を動かす亮二さんに、彼女の表情が和らいだ。

「さあ……? それは依頼を受けてくれるかどうかでも決まるんじゃない?」

 人探しと言う割には、随分と余裕だな。

「うーん……それもそうだな……どうする? ユウ」

 僕が座る二人掛けのソファー。どかっと隣に腰を下ろし、彼は僕を見る。

「どうするって……」

 こんな出だしで、僕に振るなよ!

「受けてくれるの?」

「俺にあなたの駒になれと?」

「だから依頼するんでしょう? どうなの?」

 迫るような彼女の目を真っ直ぐに見て答える。


「依頼とあらば受けましょう」


 答えたのは僕ではなく、亮二さんだ。

 これ……大丈夫……?

 依頼承諾に彼女はホッとしたように笑った。

 まあ……亮二さんが受けるなら……。

 なんだか荷が下りたようにも感じた僕は、人ごとのように彼らを眺めた。


 彼の手が僕の肩にポンと乗る。

「彼がね」

「は?」

「受けるよね? ユウ。人探し」

「は?」

 あの状況、依頼を受けるって感じじゃなかっただろ。

 僕は、何を言うんだと彼を睨む。


 僕は中川 ユウ。探偵一年目の二十四歳。

 彼は杉田 亮二。探偵六年目の二十八歳。

 逆らえる訳がない。

 短期間である程度の事を僕に叩き込んだのは彼だ。

 亮二さんの言う事は、どんなに拒否しようが必ずやるハメになる。

 とんだ策士だ。

 刃向かうにも、彼には絶対に敵わない。それは分かっているが、刃向かったら刃向かったで倍になって返ってくるのが一番嫌だ。


「ね? ユウ? 受けるでしょ?」

 目力……強い……。

 断ったりしたら後で何をやらされる事か……。

「……この依頼……受けます」

 そう言いながらも僕は、がっくりと肩を落とした。



 同じ事を繰り返し、退屈だと感じていた日々が。

 あの時、あのバーのドアを開けた時から変わり始めた。

 いや……それはきっかけで、本当に変わる事になったのは、この探偵事務所のドアが開いた時だ。

 そう……『開いた時』


 受け取った名刺を頼りに辿り着いたこの事務所のドアを開けるのを、僕は躊躇っていた。

 インターホンを押そうとする指が、何度も後戻りした。

 だけど、決心して指が動いた瞬間、先にドアが開いたんだ。


『待っていたよ、中川 ユウくん』


 そう言って出迎えたのは、杉田 亮二……彼だった。

 きっと彼は……。



 あの日、あの時間に僕が来る事を分かっていた。

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