第19話 告白直前、天下分け目のおウチデート!
週末になった。
いよいよ今日はゆにちゃんとの初デート。
場所は俺の家。
「……ん、こんな感じかな?」
小皿でお味噌汁の味見をし、俺はうなづく。
おもてなしの準備は万端だ。
やがて、約束の時間になった。
ほぼちょうどの時間にピンポーンと呼び鈴が鳴り響く。
「はーい。いらっしゃい、ゆにちゃ――なっ!?」
「こんにちはです、春木先輩。本日はお招き頂きありがとうございます」
玄関ドアの前に立っていたのは、もちろんゆにちゃんだ。
しかし俺は油断していた。
私服。
そう、私服のゆにちゃん。
考えてみればいつも会うのは学校だったから、私服のゆにちゃんを拝見するのは初めてだった。
清楚な白のワンピース。
7月になったからか、頭には麦わら帽子を被っている。
肩に羽織ったカーディガンが涼しげで、キュッと締まった細い腰には緩くベルトが巻かれていた。
なんていうか、すごく……。
言葉を失ってしまった俺を見て、ゆにちゃんは小首をかしげる。
「どうしました?」
「あ、いや、なんか……」
しどろもどろになりつつ、視線を逸らしてつぶやく。
「……可愛いな、って思って」
「えへ♪」
肩をすくめて嬉しそうに笑う。
「ありがとうございますっ。春木先輩、きっとこういうガーリィーな格好が好きだろうなと思いまして」
「え、よく分かったね……俺の好きそうな服装なんて」
「そりゃそうですよ」
自慢げに胸を張ったところから、柔らかい笑み。
「いつもあなたのことを見てましたから」
「……っ」
ああもう……っ。
今すぐ抱き締めたい!
ものすごい衝動を必死に抑えつつ、俺は体を開いて彼女のために道を開ける。
「ど、どうぞ。何もないところですが……っ」
「はい。お邪魔しまーす」
可愛らしくお辞儀をして、ゆにちゃんが部屋に入ってくる。
くそう、正直、白のワンピースで先手を取られた感じだ。
悔しいからなんとか巻き返したい。
しかし彼女の攻勢はまだ終わっていなかった。
「あ、そうだ。春木先輩、これつまらないものですが」
「え、そんな気を遣ってくれなくていいのに」
ゆにちゃんは手荷物で紙袋を二つ持っていた。
そのうちの一つを手渡してくれる。どうやらお茶菓子らしい。
「荷物どこに置けばいいですか?」
「どこでもいいよ。あ、麦わら帽子はこっちに置いとこうか?」
「すみません、じゃあお願いします」
紙袋をベッドのそばに置き、ゆにちゃんは俺に渡すために麦わら帽子を脱ぐ。
その時に気づくべきだった。
彼女はいつも髪を編み込んでハーフアップにしている。
しかし今日は編まずに長い髪をすべて麦わら帽子に収め、うなじが見える状態だった。
そこから麦わら帽子を脱ぐとどうなるか?
「よいっしょ……っと」
「ふあっ!?」
ツヤツヤの長い髪が俺の眼前でファサァ……ッと解き放たれた!
その輝きは雨上がりに空に掛かった虹のよう。
広がる髪の旋律はオーケストラが奏でるクラシックの名曲のごとし。
爽やかなリンスの香りが届き、クラクラして気を失いそうになった。
「くっ……!?」
堪らず俺は膝をついた。
トキめき過ぎて心臓が口から飛び出してフルマラソンを始めそうだ。
なんて攻撃力……っ。
そういえばゆにちゃんは屋上でお祖父さんにお小遣いの前借りをお願いしていた。髪のケア用品を買うためだって話していたけど、まさかすべてこのために……!?
「ふふふ、効いてますねー?」
「……くっ、正直すごく効いてる。あの、ちょっとだけ触っていい?」
「ダメでーす♪」
「くそう……っ」
おもてなしをするつもりが、高火力の手土産を頂いてしまった。
俺の今日の目的は当然、しっかりおもてなしして、ゆにちゃんをメロメロにして、そこに告白を叩き込んで、今度こそ口説き落とすこと。
なのに前哨戦は完全に彼女のペースだった。
でも今日のデート会場は俺の部屋。
二重の意味でホームである。
ここからなんとか挽回させてもらう……!
「ゆにちゃん、お昼御ご飯まだだよね?」
「あ、はい。春木先輩が一緒に食べようって言ってくれたので。え、まさか……作ってくれたんですか?」
キッチンの方を見て、ゆにちゃんは目を丸くする。
「ふふん、伊達に一人暮らししてないからね。どうぞ座ってて!」
奏太さんの部屋と違って床の座布団に座る形になるけど、俺の部屋の真ん中には小さなテーブルがある。
ゆにちゃんにはそこに座ってもらい、俺はキッチンから料理を盛りつけて持っていく。
「え? え?」
一品増えるごとにゆにちゃんの顔に驚きが増していく。
基本は和食が中心。
ジャガイモを小さめに切った肉じゃが。
しいたけ入りの筑前煮。
茄子のひき肉はさみ揚げ。
お味噌汁は油揚げ入り。
その他もろもろ。
もちろんゆにちゃんが嫌いなセロリは使ってない。
並んだ手料理を前にして、ゆにちゃんはただただ唖然としている。
「え、これまさか……春木先輩の手作りですか?」
「うん。あれ? 言ってなかった?」
「言ってないですよ!? 嫌いなものは聞かれましたけど、わたしはてっきりピザか何か頼むものとばかり……っ」
「えー、せっかくゆにちゃんをおもてなし出来る機会なのに、出来合いのものなんて出さないよ」
「いやそれにしたって、こんな手の込んだものばかり……っ。それにこれ、なんか……わたしが好きなものばかりなんですが、え、偶然ですか……?」
「もちろん違うよ」
ちょっと得意げな気分で俺は胸を張る。
「手芸部のみんなに聞いたんだ。ゆにちゃんの好きな料理って何があるかな、って。そしたら何人かがゆにちゃんのクラスの子にそれとなく聞いてくれて、おかげでこうしてサプライズが出来ました」
いつもはゆにちゃんと2人っきりの時ばかり意識してしまうけど、手芸部には他にも部員がいる。むしろちょっと以前までは俺の方が幽霊部員だったくらいだ。
そんな手芸部のみんなに協力してもらい、秘密裏にこの献立を考えた。
そして、幸いにもそれは成功したらしい。
「まさかわたしを出し抜いて間者を使いこなすなんて……っ」
「俺も成長してるってことだね」
せっかくなのでドヤ顔をさせてもらった。
一方、ゆにちゃんは見事に圧倒されている。
「くっ、予想外です……っ。アルパカにあるまじき獅子奮迅の活躍っ。で、でも……」
ちょっと申し訳なさそうにゆにちゃんは肩をすぼめた。
「ここまで用意するの、大変だったんじゃないですか? わたしもおばあちゃんに料理を教わってたからわかります。下拵えとか前の晩から必要ですし、かなりの負担だったんじゃ……」
「ぜーんぜん」
おかしなことを聞かれ、つい笑ってしまった。
直後、ゆにちゃんが「あ、しまった!」と顔色を変える。
「ゆにちゃんに食べてもらえるって思ったら、ずっと楽しくて仕方なかったよ。好きな子のために何かできるって、すごく嬉しいことだね」
「あーっ! やっぱりきた、天然高火力攻撃ーっ!」
「俺、ゆにちゃんのためだったら毎日だってご飯作りたいな」
「ちょお!? な、何言って……っ」
「え、ゆにちゃんは毎日俺のご飯食べるのは嫌?」
「そ、そういうことじゃなくって!」
「じゃあ、どういうこと?」
「あ、あーっ、も~~っ!!!」
ぷしゅ~と頭から湯気が上がり、ゆにちゃんは真っ赤な顔でへたり込んでしまった。
「え、ゆにちゃん!? どうしたの!?」
「ゆ、ゆに~……」
返事が鳴き声しかない。
ただのゆにウサギのようだ。
彼女の背後にはベッドがあって、その縁に寄りかかるようにして、ゆにちゃんはへたり込んでいる。
よく分からないけど、復旧までは時間が掛かりそうだ。
と思っていたら、ふいにチラリと彼女の視線がこちらを向いた。
「はぁ……」
小さなため息一つ。
「天然高火力攻撃はともかく……いつの間にか手芸部のみんなまで巻き込んでますし、春木先輩に協力してくれる軍師の数も相当なものになってそうですし……」
ぽつりと彼女はつぶやく。
わずかな笑みの気配を見せながら。
「……変わりましたね、春木先輩」
その一言で『ああ、そうだ』と思い出した。
今日の目的は彼女に告白することだけど、その前に聞いておきたいことがあった。
俺は一度、ゆにちゃんにフラれている。
彼女曰く、それは俺の『好き』が足りないかららしいけど……哀川さんが気づかせてくれた。
そこには別の意味があるかもしれないことを。
「ねえ、ゆにちゃん」
俺は問う。
自称・策士。
自称・ハイレベルなウソつき。
そんな彼女の目を見つめて。
「君はどこまで知ってるの?」
思えば、この部屋に招待した時、俺が一人暮らしをしていることについて、彼女は何も聞いてこなかった。親がどうしているか、生活費はどうなってるか、という質問もされていない。
俺の問いにかけに対し、ゆにちゃんは一瞬、小さく目を見開いた。
でもすぐに冷静さを取り戻すと、目を細めてほのかに微笑む。
答えはとても簡潔だった。
「ほぼ、すべてをです」
それはまさしく策士の顔だった。
そして、彼女は語り始める。
今まで謎のヴェールに隠されていた、『アルパカ先輩・人間化計画』。
その全容を――!
次話タイトル『第20話 計画完遂――そしてゆにちゃん、最後の策!』
次回更新:明日




