第13話 我が友へ。俺、好きな人ができました……
体に悪そうな油ギトギトのカップ麺を今すぐ食べたい。
高2の男子には、ふとした時にそんな夜がやってくる。
「はぁ……」
ここはアパートの俺の部屋。
実は俺は家庭の事情で一人暮らしをしている。
だから夜中にコンビニに行くのだって自由だ。
たとえば今すぐジャンパーを羽織ってコンビニに向かったって、誰にも怒られない。
サッと行ってカップ麺を買って……ああ、そうだ、帰りは近くの公園を通ってショートカットしようかな。
ウチのアパートの近くには、ちょっとした公園がある。
そこを横切れば、だいたい15分くらいでコンビニを往復できるはずだ。
……いや待てよ。
小説や漫画だとこういうところが物語の導入になったりする。
たとえば通りかかった公園でモンスターに遭遇したり、殺人事件に巻き込まれたり、あとはそう……家出少女を拾ったりとか。
うっかりカップ麺を買いに行ったら、そういう摩訶不思議な展開が始まってしまうかもしれない。
「……なんてね」
ベッドの上であぐらをかいたまま、俺は首を振った。
今のはちょっとした現実逃避だ。
考えがまとまらないから少し思考が脇に逸れてしまった。
カップ麺を今すぐ食べたいのは実際、本当。
でも今の俺にはそれよりずっと優先すべきことがある。
「どうしたらあの難攻不落なゆにちゃんを口説き落とせるだろう……」
そう、ゆにちゃんのことである。
あの橋でフラれてから、すでに1週間が経とうとしていた。
その間、俺は必死に彼女を口説き落とそうとしている。
……が、負け、負け、負けで連戦連敗!
毎度、ゆにちゃんに翻弄されて、一向に付き合ってもらえる兆しすらない。
そもそも俺と彼女には決定的に恋愛経験に差がある。
半年間、戦い続けてくれたゆにちゃんに対して、俺はこの1週間がほぼすべて。圧倒的にスキルも引き出しも足りていない。
だからその差を埋める作戦をずっと考えているのだけど……。
「……うーん、ダメだ! ぜんぜん思いつかない!」
ベッドの上で頭を抱える。
正直、どんなに考えても一人で出来ることはほぼ限界に達していた。
「こうなったら……」
俺は枕元のスマホを手に取る。
もう背に腹は代えられない。
「困った時は友達に相談しよう……っ」
タップするのはクラスメートの近藤の連絡先。
近藤なら夜遅い時間でも起きてるはずだ。
予想通り、わずかなコールで聞き慣れた声が響いてきた。
「『おーす、どうした? 良い子の春木僧正が夜更かしなんて珍しくね?』」
「ごめん、近藤。俺はもう僧正にはなれないんだ」
「『……え? どういうことだよ?』」
不思議がる友人へ、俺は胸を張って告げる。
「好きな人ができました」
「『――ふあ!?』」
………………。
…………。
……。
翌日、朝の教室。
ホームルーム前のざわめきのなか、近藤は俺の前の席で腕を組む。
「なるほど、そういうことか……」
昨日の電話では近藤が軽くパニックになってしまい、ちゃんと話ができなかった。なので今日、改めて事情を説明させてもらった。
俺がゆにちゃんにフラれたこと。
でも今後も口説こうとすることは認めてくれてもらってること。
その上でこの1週間、完全に手詰まりになっていること。
すべてを聞き終え、近藤は静かに目頭を押さえた。
「まさかあの春木僧正がここまで変わられるとは……恋とは偉大ですな」
「近藤、ごめん、昨日も言ったけど、俺はもう僧正には……」
「ああ、そうでしたな。これは失敬」
一度だけ両手を合わせてお辞儀し、近藤は瞼を開く。
「で、俺にはできることは?」
「ある。ぜひ頼みたいんだ」
友人の視線を真っ直ぐ受け止め、俺は正面から頭を下げる。
「俺に女の子の口説き方を教えて下さい!」
「……っ」
グッと来たような表情の近藤。
俺は前のめりになり、さらに言葉を重ねる。
「俺、ゆにちゃんと付き合いたい! でも一人じゃ良い方法が思いつかないんだ。だから近藤の知恵を貸してほしい!」
「……っ、よござんす! なんだって教えて進ぜましょう!」
近藤も前のめりになり、俺たちは机の上で額を突き合わせる。
ちなみに俺の友人は女子にとてもモテる。
彼なら最善の一手を授けてくれるはずだ。
「よく聞け、春木。初心者の春木にいきなり高度な戦術は使いこなせない。だからここは基本から攻めることが重要だ。まずは相手にトキめかせること。そのためには――」
………………。
…………。
……。
放課後になった。
友からの策を得た俺は、満を持して手芸部へ。
ガラガラと扉を開けると、ゆにちゃんが長テーブルの定位置に座ってるのが見えた。
初日は肩透かしを狙って部室にいなかったゆにちゃんだけど、あれ以降は俺が警戒しているのを見抜いているらしく、普通に早く来て座っている。
「こんにちは、春木先輩」
俺に気づき、にぱっと笑いかけてくれる、ゆにちゃん。
連勝中なのでご機嫌もご機嫌、有頂天な雰囲気だ。
なんならウサギの耳がぴこぴこしてるのが見えそうなくらい。
一方、俺は自然さを装って挨拶を返す。
「うん、こんにちは、ゆにちゃん」
普通に言えた。
我ながら秘策を狙っている不自然さなど微塵もない。
そう思っていたのに、即座に「あら?」とゆにちゃんの表情が変わった。
「なんか緊張してますー?」
「――っ!」
見抜かれてる!?
「し、してないよ!? え、緊張? 俺が? どこが!?」
うわぁ、墓穴掘ってる!
俺、今まさに墓穴を掘り進んでる……!
そんな俺を見て、ゆにちゃんはクスクス笑う。
「はいはい、無理しなくていいですよ。最近の春木先輩は負け越しちゃってますからねー。何か新しい策でも立ててきたんですよね? そういう時は緊張するのは当然です。落ち着いて、まずは座って下さい」
「うぅ……」
悔しい。
完全に見抜かれた上に気遣いまでされてしまっている。
でも落ち込むな。
俺には友が授けてくれた策がある。
それで一発逆転するんだ。
「んー? なんか一発逆転狙ってます? なんかそんな顔してますよ?」
「……っ」
これも見抜かれてる……っ。
でも動揺する必要はない。
近藤の策はたとえ見抜かれていても通用するはず。
そう、相手がゆにちゃん――俺のことを好きな女の子ならば!
「じゃあ、座るね?」
「え?」
俺が立ち止まったのは定位置であるゆにちゃんの正面ではなく、ゆにちゃんのすぐ隣。
パイプ椅子を引いて、俺は流れるように着席し、その際に偶然を装って――彼女の手に触れる!
「えっ」
「あ、ごめん」
平静を装って謝罪。細くて色白な手のひらに触れ、その柔らかい感触にドキドキしそうになった。
でもグッと堪え、俺はそこからさらに彼女の手を――ギュッと握る!
「――っ!?」
ピクッとゆにちゃんが反応した。
これぞ我が友・近藤の計略。
『――まずは偶然を装って手に触るんだ。その後、すぐさまギュッと握る。不意打ちからの不意打ちという二段構え! これにトキめかない女子はいねえぜ!』
その言葉通り、ゆにちゃんの頬がほんのり赤くなっていた。
効いてる。
ちゃんと通用してる!
ありがとう、近藤!
勝機を見出し、俺は余裕の表情を作って口を開く。
「どうしたの、ゆにちゃん? もしかして……ドキドキしちゃってる?」
「ふ、ふふ……確かにこんな角度からの攻撃は予想外でした。でも妙ですね? 断言しますが、これは春木先輩の発想じゃない……」
ゆにちゃんは頬を染めたまま、悔しまぎれの表情でキッと睨んでくる。
「春木先輩、軍師を雇いましたね!?」
「ふふ、雇うなんて即物的な言い方はやめてほしいな。彼は俺の友だ。いいかい、ゆにちゃん? アルパカは群れで生きる動物なんだよ」
めいっぱい格好つけて言い、俺はさらにゆにちゃんの手をぎゅっとする。
「――っ!」
途端、彼女はまたピクンッと反応した。
いける!
ここだ!
「ねえ、ゆにちゃん。俺と付き合っ――」
「甘い!」
勝負を掛けようとした瞬間、彼女の鋭い声が響いた。
え、と思った刹那、ゆにちゃんが俺に寄りかかってきた。
まるで手を繋いだまま身を寄せ合う、恋人同士のように。
彼女の頭が肩にもたれ、さらさらの髪がふわりと俺の鼻先へ。
髪。
ゆにちゃんの髪。
その瞬間、心臓がドッキーンと跳ねてしまった。
「ふわっ!?」
あまりの衝撃に俺は椅子から転げ落ちる。
盛大な音を立てて床に崩れる、俺。
一方、ゆにちゃんは冷や汗を流しつつも勝ち誇った顔で立ち上がった。
「ふう、今のは危なかったです……。あと一歩で状況に流されてイエスって言っちゃうところでした。でも残念」
ファサァ……と彼女はこれ見よがしに長い髪をかき上げる。
俺が堪らなく好きな、ゆにちゃんの髪だ。
「わたし、春木先輩の弱点なら熟知してますから。この程度の劣勢なら簡単に覆せます」
「そんな……っ」
あとちょっとだと思ったのに。
まさか逆転されてしまうなんて……っ。
「く、くそう……!」
「ふふっ」
床を叩いて悔しがる俺と、勝者の笑みを浮かべるゆにちゃん。
分からされてしまった。
圧倒的な恋愛戦闘経験の差を。
「まだまだですね。もっともーっと頑張って下さい♪」
ふいに彼女は屈み込んだ。
スカートがひらりと舞い、彼女の唇が俺の耳元へ。
え、と思った矢先、ミルクのように甘い声に囁かれた。
「わたし、一生懸命な春木先輩が大好きですよ♡」
「ふえ――っ!?」
今日一番、心臓が高鳴ってしまった。
火を噴きそうなほど顔が熱くなってくる。
悔しいのに、次も頑張ろうと思ってしまった。
これはもう完全にゆにちゃんの手のひらの上だ。
「ああもう、ちくしょう……っ」
「えへ♪」
ぺろっと舌を出して笑う、ゆにちゃん。
その表情がこれまた可愛くて、俺はうな垂れながらドキドキした。
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