表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

第11話 仏道を捨て、草原を駆け、今――主人公が目覚める!

 高校のそばにある、小さな橋。

 空にはもう夜のヴェールが掛かっていた。

 

 彼女の頭上に輝くのは、きらめくような一番星。


 まるでそこに願いをかけるような一瞬の後、俺はゆにちゃんに告白された。


「……っ」


 心臓がうるさいくらいに高鳴っている。

 もう胸から飛び出してきそうなほどだ。


『わたし――あなたが好きですっ!』


 告げられた言葉が何度も何度も頭のなかを駆け巡る。

 加速度的に顔が紅潮していくのを感じた。


 もう俺の気持ちは決まっている。

 迷う必要なんてない。


 彼女は目の前にいる。

 一番星の下、頬をきれいな朱色に染め、潤んだ瞳で俺の答えを待ってくれていた。


「ゆにちゃん……」


 名を呼んだ。

 それだけで心の奥から強い感情が込み上げてくる。


「俺……っ」


 はっきりと言おう。

 彼女がそうしてくれたように。


「俺もゆにちゃんが好きだ!」


 川のせせらぎが響くなか、直角に頭を下げて叫ぶ。


「俺と付き合って下さい!」


 その瞬間。

 ゆにちゃんは胸を抑えて息を飲んだ。


「……っ」


 輝く瞳に涙が浮かび、それをグッと堪える。


 その直後だった。

 ゆにちゃんは――にぱっと笑って、一言。


「ごめんなさいっ」

「えええええええーっ!?」


 びっくりし過ぎて頭からすっ転んでしまった。

 盛大に砂煙が上がり、ゆにちゃんは俺を「あらー」と見下ろす。


「大丈夫ですかー? 絆創膏と消毒液、持ってますか?」

「持ってるよ! 持ってるけど大丈夫じゃない! 体も心も大丈夫じゃないよ!?」


 どうにか頭だけ起こし、俺はワケも分からず叫ぶ。


「もしかして俺、今フられた!?」

「はい、わたし、今フリました」


「えええええっ!? なにこれ!? 夢!? ドッキリ!?」


「落ち着いて下さい、春木(はるき)先輩。夢でもドッキリでもありません。ほらちゃんと立って。スカート穿いた女の子の前で、いつまでも地に伏してたらダメですよ?」


「いやそんな場合じゃないから! え、なに!? どういうこと!?」


「ちゃんと説明しますから。ほらまずは立ち上がって」

「立つけど! いつまでも地に伏してないで立ち上がりはするけども……っ」


 ゆにちゃんに制服を引っ張られ、よろよろと立ち上がる。


「あー、もうこういう汚れって、お洗濯するの面倒なんですよー? いくらフられたのがショックだからって、気軽に膝から崩れ落ちないで下さいね?」


 甲斐々々しく制服の砂埃をはたいてくれる、ゆにちゃん。

 でも俺はそれどころじゃない。


「や、うん、わかった。洗濯は自分でするから、だから、えっと……どういうこと!?」


「どうと言われましても……」


 ゆにちゃんは人差し指を唇に当て、ちょっとわざとらしいぐらいの思案顔をしてみせる。

 そして直後にバッサリと断言。


「わたし、春木先輩とはお付き合いしません」

「なんで!? だって、ゆにちゃんも……っ」


「はい、わたしも春木先輩のこと……ですよ?」


 ちょっと赤くなり、決定的なところはごにょごにょと小声。

 ああもう、可愛いなぁ……!


 思わず見惚れそうになったけど、今はそんな場合じゃない。


「俺もゆにちゃんのことが好きだよ! だから――」


「足りません」

「へっ?」


 スパンッと言われ、目を瞬く、俺。

 ゆにちゃんはさらに言う。


「ぜんぜん足りません」


 ちょっと不満顔のジト目になり、唇を尖らせる。


「わたしに比べて軽いんです、あなたの『好き』は」

「えっ」


 すごいことを言われた。

 動揺する俺をよそに、ゆにちゃんは語り出す。

 まるで出来の悪い生徒に接する先生のように。


「いいですか? 自分で言うのもなんですが、わたしはけっこー重たい女の子です。おばあちゃんのことがあって、ヒーローみたいに憧れて、アルパカを育てることを決意して、並みいるライバルたちを押し退けて、やっとここに立っています」


 先生顔から一転、ギンッと睨まれた。


「この苦労、ご理解頂けますか?」

「ひぃっ!? い、頂けます……っ」


 思わず生徒のようにコクコクとうなづいてしまった。


 なんか説得力がすごい。

 つい圧倒されてしまった。


 そんな俺にビシッと指が突きつけられる。


「一方で、春木先輩はと言うと!」

「は、はい!」


「わたしのことを意識してくれたのは、ここ最近でしょう!?」

「た、確かに……っ」


 ゆにちゃんは腰に手を当てて、仁王立ちで俺を見据える。


「ぜんぜん釣り合ってません。わたしに比べて春木先輩の『好き』はまだまだ軽いです。かるっかるです。カルガモさんの赤ちゃんたちのごとくヨチヨチムード満載です!」


 というわけで、とゆにちゃん先生は結論付ける。


「わたしは春木先輩をフリました。お付き合いはしてあげません」

「Oh……っ」


 なんてこった……と俺はまた膝から崩れ落ちた。


 完璧な理論だ。

 正直、反論のしようもない。

 

 確かにずっと想い続けてくれていたゆにちゃんと比べて、俺が彼女のことを気になり出したのはつい最近だ。それだって、ゆにちゃんが恋愛相談という形で動いてくれたことがきっかけである。


 軽いと言われても仕方ない。

 ゆにちゃんの言う通り、俺の『好き』はまだまだ彼女のそれに及ばないのだろう。



 ………………。

 …………。

 ……。



 ――いや、本当にそうか?


 失意の闇のなか、ふいに心の奥に疑問が浮かんだ。


 俺の『好き』は本当に軽いんだろうか。

 もちろん彼女にそう感じられてしまうことは仕方ない。

 客観的に見れば当然のことだと思う。


 でも俺自身が納得してしまっていいのか?


 よく考えろ。

 これまでの人生で俺は誰かを『好き』になったことなんてあっただろうか。


 …………ない。ただの一度もない。


 ゆにちゃんが初めてだ。

 俺が人生で唯一好きになった人がゆにちゃんだ。


 だったら俺だけは。

 この世で俺だけはこの気持ちを信じなきゃいけない。


 ああ、そうだ。

 そうしよう。


 たとえ好きな人にNOと言われようと、俺は俺の気持ちを信じる。


 そしてこの想いを彼女に証明するんだ。


 覚悟はできた。

 やる気も十分。


 立ち上がれ、春木音也……!


「……よし」


 心の内側から現実へと戻り、俺は静かに瞼を開く。


「ゆにちゃん」

「はい」


 彼女は変わらず俺の前に立っていた。


 手を後ろで組み、ほのかに笑みを浮かべ、まるで俺が考えをまとめるのを待っていたかのように。


 そんな彼女へ、俺は言葉を紡ぐ。


「君にフラれたことを受け入れる。付き合ってもらえないことも理解した」


 川のせせらぎが静かに響いていた。


「だけど」


 その時、ふと脳裏に浮かんだのは、友人である近藤(こんどう)のこと。


 俺はよく近藤や男子たちから無欲で無趣味だと言われる。

 僧正(そうじょう)なんて呼ばれたこともあった。


 でも――今、欲が生まれた。


 その本能に従い、弾かれるように立ち上がって俺は声を張り上げる。

 夜空の一番星にも届け、ってぐらいの勢いで。


「俺、ゆにちゃんと付き合いたい!」


 彼女の前へと強い一歩を踏み出す。


「なんて言われたって俺は君が好きだ! この気持ちにウソはない! だから――」


 真っ直ぐに目を見て、告げる。


「――見てて! 俺、ゆにちゃんのこと、口説き落としてみせるからっ!」


 風が吹いた。

 涼しげな夜風が吹き込んで、彼女の髪をふわりと揺らす。


 聞こえてきたのはとても小さな、でも心底嬉しそうな、ひそやかな声。


「あはっ、久しぶりに策が上手くいきました♪」

「え?」


 ゆにちゃんはダンスのようにステップを踏むと、スカートを翻して橋の欄干に寄りかかる。


「いいですよー。その勝負、乗ってあげますっ」


 小悪魔のようなイタズラっ子の笑みで、俺へ流し目を送ってくる。


「そもそもわたし美少女なので、追う恋は向いてないんです。追われる恋こそ、小桜(こざくら)ゆにの真骨頂です」


 パチンッと魅力的なウィンク。


「春木先輩、どうぞわたしにアプローチして下さい。たくさんたくさん頑張って、心の奥の奥までいっぱいにして、もっともーっとわたしのこと好きになって下さいっ」


「な……っ」


 ……そういうことか!

 

 俺はようやく彼女の真意に気づいた。

 どうやら俺をフッたのはゆにちゃんの策の一環だったらしい。


 彼女は俺の『好き』が足りないと感じている。

 だから自分を追わせて、もっと俺の『好き』を高めさせようとしているのだ。


 見事な策だ。

 まんまとハメられてしまった。


 ただ、だとしても俺のやることは変わらない。


 俺はゆにちゃんと付き合いたい。

 一秒でも早く付き合いたい。

 だから全力で彼女を口説き落とす。


 軽い重いなんてどうでもよくなるくらい、ゆにちゃんに『わたしも春木先輩と付き合いたい!』と思わせてやるのだ。


 星空の下、俺たちは見つめ合う。

 お互いに好意を込めながら、しかし刀を交える侍のように――告げる。


「好きだよ、ゆにちゃん」

「好きです、春木先輩」


 彼女がにぱっと笑い、俺はキッと表情を引き締める。


「だから付き合いません」

「だから付き合いたいって言わせてみせる」


 見上げれば、一番星。

 今夜、俺は自分の心に従うことを選んだ。


 心地良い夜風に吹かれながら思う。


 どうやら俺は僧正(そうじょう)になんてなれないらしい。


 だからアルパカになろう。

 それも肉食系のアルパカだ。


 白き獣のように自由に草原を駆け、やがて人間になり、そして最後はゆにちゃんの彼氏になる。


 それが春木音也の選択。


 星の夜。

 俺は恋に目覚め、彼女を射止めるための物語が始まった――!





次話タイトル『第12話 開戦、俺はゆにちゃんを口説きに参る』

次回更新:水曜日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なるほどー。それは決してゴールではなく、開戦の合図に過ぎなかったと。 でもゆにちゃん、追われる恋がなんて言いつつも、案外防御力は無さそうですから。どこまで持ちこたえることができますかw まあ、それもま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ