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第1話 わたし、好きな人がいるんです


「わたし、好きな人がいるんです」


 放課後の部室。

 俺は後輩の突然の発言に目を瞬いた。


 それもただの後輩じゃない。

 学校一の美少女な後輩の発言である。


「えっと……それ、俺に言ってる?」

「他に誰がいるんですか。ここにはわたしたちしかいませんよ?」


 後輩美少女――小桜(こざくら)さんは呆れたようにそう言った。


 フルネームは小桜ゆに。


 ハーフアップの髪をリボン型のバレッタで留めている。

 瞳は朝露のように透明感があって、肌も白く、顔立ちもアイドルのように可愛らしい。


 一見、お嬢様のような見た目だが、普通に庶民派で、発言にはちょいちょい毒がある。


 そんな小桜さんはもう一度、噛んで含めるように言う。


「わたし、好きな人がいるんです」

「はぁ……」


「なんでそんなに気のない返事なんですか? 可愛い後輩が思いきって悩みを告白してるんですよ?」


「いや、まあうん、わかるけど……」


 俺は椅子に座ったまま、頭をかく。


 ちなみに部室には長方形の長テーブルがある。

 小桜さんが座っているのは、俺の右斜め前。


 離れて座るほど仲が悪いわけではないが、向かい合って座るほど親しいわけでもない。


 俺と後輩美少女はそんな距離感だ。

 なのでいきなり悩み……しかも恋愛相談?

 ……をされても面食らってしまうのは普通だと思う。


「あ、面食らうのも普通だ、みたいなこと考えてますね?」

「え、なんで分かったの?」


「分かりますよ。もうかれこれ半年以上の付き合いなんですから」

「な、なるほど……」


 俺は高校2年生。

 小桜さんは1年生。


 初めて会ったのは小桜さんが受験直前の頃なので、彼女の言う通り、かれこれ半年以上の付き合いになる。


「わたしたち、春木(はるき)先輩が思ってるより、近しい仲なんですよ? 少なくともわたしはそう思ってます」


 いや近しいって……片方が一方的に言って成立するものなのかな?


 あ、ちなみに春木というのは俺の苗字だ。

 

 春木音也(おとや)

 

 春の音ってことで、子供の頃から無駄に明るい名前だとよくからかわれる。俺自身はとくに目立つところもない、ただのモブ生徒なのだけど。


 だからこそ、学校一の美少女と名高い小桜さんにいきなり恋愛相談をされて、面食らってしまった。


 ただ先輩として、後輩の役に立ちたいという気持ちはある。


 うん、ここは一つ、一肌脱いでみようか。


「それで小桜さんの好きな人ってどんな人なの?」

「無駄に明るい名前の人です」


 ん?

 んん?


 あれ?

 なんか……いや、いやいやいや。


「もしかして、からか――」

「からかってません」


「何かの罰ゲ――」

「罰ゲームでもありません」


「…………」

「…………」


 無言の間。

 

 見れば、小桜さんはまったく視線を逸らさず、じっとこちらを見ている。


 ……オーケー、落ち着こう。


 まずは彼女の言うことを受け入れるところから始めるべきだ。

 世の中には明るい名前なんていくらでもある。


 小桜さんの好きな人も俺と似たような系統の名前なのかもしれない。


「その……小桜さんと好きな人は今、どんな感じなの?」

「そうですねー」


 小桜さんは俺から視線を逸らさない。

 真顔のまま、可愛らしく小首をかしげる。


「その人はわたしのこと、ただの後輩だと思ってます」

「…………せっ」


 声が上擦りそうになった。


「せ、先輩なんだ?」

「はい、2年生です」


「…………」

「春木先輩と同じですねっ」


 にぱっと笑顔。

 可愛い……のだけど、俺は混乱していてそれどころじゃない。


 え?

 え?

 

 無駄に明るい名前で、先輩で、2年生で、小桜さんのことをただの後輩だと思ってるって、それって……っ。


「ちなみにですね」


 俺の混乱もどこ吹く風といった様子で、小桜さんは続ける。


「わたしはわりと仲が良いと思ってるんですけど、その人はどうやらそこまでの仲じゃない、って思ってるっぽいんです」


 ふいに小桜さんは立ち上がった。

 パイプ椅子を押すと、ずりずりと音を立てて、俺の斜め前から……正面へ移動してくる。


 それはもう、これ見よがしに。


「なので、今日はわたしから距離を詰めてみることにしました」

「……っ」


 いや……今日は、って!

 椅子を移動させて、距離を詰めてみる、って!


 それってもう……っ。


 心臓が早鐘を打ち始めていた。

 自慢じゃないが俺はただのモブ生徒で、これまでモテた試しなんて一度もない。


 それがまさか学校一の美少女な後輩に……だなんて……っ。


「ねえ、春木先輩」


 俺の真正面から朝露のように透き通った瞳が見つめてくる。


 その目はどこまでも真剣だった。

 からかってるわけじゃないし、罰ゲームなんかでもない。


 そんな余地のない、切実な瞳だった。


「後輩として恋愛相談……させて下さい」


 部室の窓から西日が差し込んでいた。

 彼女の瞳がその光できらきらと輝く。


 一瞬、見惚れそうになって、直後に俺はハッとする。


 小桜さんの頬が……西日よりもずっと鮮烈に赤く染まっていたから。


 恥ずかしそうに、でも勇気を振り絞った顔で、彼女は言葉を紡ぐ。


「わたしの気持ちは、どうしたら伝わると思いますか?」


 俺は「……っ」と息を飲む。

 もう心臓が破裂しそうだった。


 顔が熱い。

 照れくさい。


 でも小桜さんから目を離せない。


「えっと、たぶん……」


 しどろもどろで俺は口を開いた。


「もう伝わってるんじゃないかな……?」

「ほんとに?」


 身を乗り出し、見つめてくる。

 確認するような眼差し。


「ほんとに伝わってると思います?」

「……っ」


 可愛い顔がアップになり、仰け反りそうになってしまった。

 頭から煙が出そうなほどの気分で、俺は目を逸らしてつぶやく。


「……お、思います」


 敬語になってしまった。

 俺、先輩なのに。


 一方、小桜さんはというと、


「だったらいいです」


 何やら満足げにうなづいた。

 椅子に深く座り直し、お説教のような雰囲気だ。


「じゃあ、これからは今日得た情報を前提に行動して下さいね?」

「……はい」


 今日得た情報。

 つまり小桜さんは俺のことを……。


 やばい。

 考えるだけで顔が熱くなってくる。


「ちょ、赤くならないで下さい! なんかわたしまで恥ずかしくなっちゃいますからっ」

「や、それ言ったら小桜さんだって、さっきから真っ赤だからね!?」


 よく分からない言い合いをし、よく分からないので先が続かず、


「…………」

「…………」


 お互いに黙ってしまった。

 なんかものすごく気恥ずかしい雰囲気だ。


 どうにも間が続かなくて、俺たちは――。


「「~~~~っ」」


 真っ赤な顔で同時に目を逸らす。


 うわ、どうしよう。

 明日からどんな顔して部活に来ればいいんだろう……っ。



次話タイトル『第2話 可愛いって褒めたら、アルパカ扱いされた件』

次回更新:明日

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