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新しい一歩

 黒い渦のダンジョン。綜馬の目の前には2つの玉が落ちていた。モンスタードロップと呼ばれるモンスターを倒した際に一定の確率で落とすアイテム。

 ダンジョン内ではモンスターの亡骸はあっという間に崩れて消える代わりに、このモンスタードロップが起こりやすい。わかりやすいもので言うと、魔石やポーション類、倒したモンスターに由来する素材などだ。


 強いモンスターであったり、レアなモンスターであればそのモンスタードロップの内容にはつい期待をしてしまう。

 綜馬もこの時の面持ちは、どんなアイテムが手に入るのかという期待感と高揚感が漏れていた。


 しかし鎧兜とカラスが消えた後に残ったものは2つの玉。どちらもビー玉くらいの大きさで中には黒い光を持っていた。魔石かと思ったが、持った感じで違う事を理解する。


 けれど仄かな温かみを感じる。その温かみを知っているような気がしたし、これは何かできると直感的に悟った。

 数年間乗っていない自転車を漕いだ時のような、行ったことのないスーパーなのに卵の場所がすぐわかった時のような、デジャヴとは少し違う、自分の根っこの部分に刻まれたなぜかわかるという感覚。


 玉を握りしめたまま、『祭壇』のスキルを頭に念じる。手に伝わってくる仄かな温かみは全身に広がり、綜馬を包み込む。自然と目を瞑り、その温かさを味わっていると強い光が起こる。


 手を開くと玉は無くなっている。ただ、自分の中に自分とは違う何かが入ってきたような感覚を覚える。そして、この動作も誰かに教わったわけでもないのに、陰魔法の分身を作動させた。

 この時、頭の中には3つの選択肢のようなものが映し出されていた。こんな事は今まで経験したことがない。けれど、わかる。

 [綜馬][カンジ][朔]


 これまではどれを選んでいて、新しく出てきた選択肢はどれなのか。[カンジ]を分身体として創り出す。魔力の余りは多くないので、互換性や能力は抑えめだ。


 目の前に現れたのは自分ではなく、さっきまで綜馬の頭上を飛んでいて、このダンジョンの主だったカラス。何が出来るのかという詳細な情報はわかっていないが、目の前のカラスは自分であるという確証は持てる。


 そのため、なんとなくこれは出来そう、これは出来ないなんて感覚は掴んでいる。

 次に[朔]。思っていた通り鎧兜の戦士がそこには立っている。初めて見た時、思わず見入ってしまった黒の魅力。


 [カンジ]とは違い、能力の低い個体でも消費魔力は大きいようだ。出せても2〜3体。能力を高く設定した場合は自分の持つほとんどの魔力を捻り出して、やっと1体出るか、というところだろう。


 ダンジョンの主を倒した事で外への道が開き、ダンジョンコアのある部屋のドアも開いている。せっかくなので[朔]はそのままにしてダンジョンコアの元へ向かった。


―――――――――――――――――――――――――――


 黒い渦のダンジョンにはおそらくもう来ないと考え、氾濫しないためにコアは破壊しておく。すると、攻略特典としてアイテムが現れた。

『風の笛』(風魔法の威力を底上げし、貫通効果を持った攻撃を行う。)

 自分には必要のないものだが、シェルター内ではこういった魔道具は交換や、売買、年末のオークションなんかで扱われるため、空間魔法の中にしまっておいた。


 ダンジョン攻略の疲れを取るために、近くにあった飯田さん宅で休見ながら、[カンジ]と[朔]の能力を試し終えたところで、本題である消臭石採取のためのダンジョンアタックへ向かう。


 1日で2つのダンジョンを回るなんて、自分でも驚きだが、今日は何故か行ける気がする。不思議な活力が沸いているようだ。

 また、それだけでなく今日を逃した場合、面倒になり高値で消臭石を買うことになってしまうだろう。こういうミスをする事が多いため、やれる時になるべくやり切ろうという心持ちでダンジョンまでやってきた。


 初級ダンジョン、この辺りでは珍しく岩窟タイプとなっていて、地形効果は普通のダンジョンと大きく変わりない。

 火魔法厳禁や、足元注意くらいで中級に該当するフィールドダンジョンに比べれば気にすることはないだろう。


 岩窟タイプということで、鉱石系のアイテムは自然発生するだけでなく、モンスタードロップも鉱石関連である事が多い。

 シェルター804の橋本さんをよく見かける事でも知られている。


 このダンジョンはマッピングも9割されていて、中型モンスターは最終階層のボスか、ランダムレアスポーンの各種ゴーレムくらいだろう。動きが遅いため、ボス部屋に入らない限り、そこまで戦々恐々とする必要はないだろう。


 煙玉と爆弾を補充し直し、胸当ても取り出す。不測の事態でも空間魔法様々だ。

 休憩を済ませ、飯田さん宅から出ると、外はちょうど陽が落ち始めて、モンスターの鳴き声が響き聞こえる。彼らの時間帯になった事をここで理解する。


 朝方向かうのと、完全に陽が落ちる前に向かうので悩んで末、面倒なことは今やった方がいいという自信に刻まれた教訓によって、隠密を最大限にした状態で目的のダンジョンまで向かった。


 途中、匂いで察知したコボルトと、進行方向にいてどうにもならないハンターアントの群れ戦闘にはなったが、先制必殺の組み合わせにより、魔力を消費するだけにとどめられた。


 無事、ダンジョンの前まで来ることが出来た綜馬は再び、装備等の状態を確認したのち、隠密を解いて門をくぐった。突然発生した渦のダンジョンとは違い、完全に定着したこのダンジョンにはキチンとした正規門が存在している。


 ダンジョンの中は明るく、眩しさでつい目を閉じかける。この姿を無防備だと捉えられたのだろう。

「おい、坊主!お前1人か!」

 先に潜っていたパーティーに声をかけられる事になってしまった。

 この可能性が頭から抜けていた。綜馬にとって大いなる不覚だった。渦のダンジョンで使った魔力の事を考え出来るだけ温存して挑もうと、考えた結果難易度の低い浅めの層では隠密を切らず、回避と少しの戦いで済ませようと考えていた。


 その結果がこう。


「1人で潜るってのはあれか?お使いか?」

「おつかいって、そんな歳に見えないでしょ、流石にさぁ。」

「ちょっと、らら、笑いすぎ!確かに子どもっぽいけど、」


 年齢的にもノリ的にも大学生の集団に絡まれる。今から空間魔法の中で風呂でも入ろうと考えていたのに、最悪の気分にさせられる。


 彼らはシェルター813から来たらしく、シェルター付近のダンジョンは人が多くなかなか利益が出ないため、少し遠出したらしい。

 遠征となれば日帰りではなく泊まりになるのは必然。陽の光も届かないダンジョンでは、昼夜の感覚がおかしくなるため、何かしらの方法で時間の判別をする必要がある。


 彼らは夜になったと判断したため、一回層に引き上げてこれから泊まる準備を始める。一回層であれば見張りを一人立てて回していけば不測の事態が起こらない限り、万が一の事故は起こらない。


 つまり、彼らが綜馬に声をかけたのは単純にダル絡みというわけではなく、見張り番として仲間に引き込むのが理由だった。


「え、いいじゃん、そーま君1人なんでしょ??うちらのテントでっかいからさ来なよ。」

「なんだ、綜馬、お前照れてるのか!?」

「えぇー、そーま君そういう事なのー、」


 名前を教えてもらったが、色々と頭がいっぱいで最初に声をかけてきた筋肉質で日焼けした、れお以外、なんて名前だったか思い出せない。

 頭の中ではギャルA、ギャルBとチャラ男Aと呼ぶ事にしよう。

 綜馬が困惑しながら苦笑を浮かべていると、ギャルBとチャラ男Aがテントや、泊まるための準備を終えたようで自分たちを呼ぶ。


「おーい、らら、れお!後、綜馬!とりあえずこっちで話せよ。結界石使うからさ。」

「おっけー!なぁ綜馬、しゅんもああ言ってるし一旦あっち行こうぜ。」


 ららとしゅんという名前だと判明したが、この際呼び方はギャルとチャラ男でいい。おそらく、このノリと勢いに負けて彼らと一晩共にするが、それさえ終われば彼らと今後関わり合うことはない。


 半ば諦めの気持ちでテントの前まで向かい、結界の中に入る。思っていたより結界は広く構築されているため、それなりに良質なれ結界石を使っているのだなと感心する。


「そういえばさ、そーま君荷物それだけなの?」


 気づかれないのではと思っていたが、流石にそんなに馬鹿では無かった。痛いところを突かれてしまった。


「確かに、武器とポーチだけって綜馬、相当強いのか?」

「おぉ、ほとんど手ぶらでダンジョン探索なんて、カッコよすぎるだろ!」

 れおとしゅんが興奮気味に話しかけてきた。


 綜馬は悩む。シェルター間での掲示板では能力の開示や公表は頻繁に行われる。同じ能力者への情報共有のために重要な役割を担っている。

 そのため、空間魔法の話は隠すほどの事ではない。また、クエストやミッション、ドロップアイテムなどでアイテムボックスを得る事もある。


 つまり、ここで荷物は別にあると言い出しても有り得ない話ではない。けれど――


「逆です逆。自分、弱いんで一回層でしか戦うつもりないんですよ。」


 両腕を広げて自分は貧相ですよと見せつける。ついでに薄く笑みを浮かべていわゆる三下的な演技をいれる。


「ほら、言ったじゃん。しゅんなんて、もしかするとアイテムボックス持ちなんじゃないかって言ってたんだよ。」

「アイテムボックス持ってるなんて、相当金持ちか強くない限り無理に決まってんじゃん。しゅんは夢見すぎだって、」

「ほんと、そうですよー、」


 一同はひとしきり盛り上がった後、寝ずの番の順を決めるのと、食事の用意について話し合い始めた。


基本的に月曜日は投稿ありません。

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