新しい朝
シェルター800の朝は早い。堂島一輝が指揮を執るようになってから朝、昼、晩と住人の働く時間を設定し、円滑に物事が進むようルールを作った。どの時間でも一貫している作業はシェルターで管理する共同畑の面倒を見る事、交代でシェルターから一定の距離を異常がないか見回る事、物資倉庫の見張りと内容の管理。の3つ。
これら業務に時間帯や、人によって個別の業務が振られる。これらの仕事をこなすことで週一回の最低限の配給を得られるという事になっている。
ほとんどの人はシェルターで決まったこの業務以外にクエストやミッションに参加し、別の収入源から物資を調達している。
また、特例としてこれらの業務の一切が免除される特別枠も用意されていて、町長である堂島や、綜馬、討伐隊の隊長をしている冬弥はここに分類される。
とは言っても綜馬はこの特別枠の中でも相当特異で、ほかの人はまた違った捉え方をされている。
長月琴は優秀な能力をもっているため、シェルター800の中では恵まれた位置にいた。けれど、戦闘を苦手とし特別扱いを嫌うため、多くの人と同じように日々の業務に勤しんでいた。
今日は昼の業務が割り振られ、業務内容は巡回と討伐隊の装備の手入れ。巡回は三人一組で行われるが効率重視の観点から、それぞれ笛を常備し広範囲を見回ることになっていた。
「よろしくお願いします。」
「あぁ。」
「よろしくお願いいたします。」
今日組むのは初めての二人だった。どちらもシェルター側に住居を構えている人でランクも不詳に該当される者たちだった。
つまり、能力に恵まれずシェルター内のヒエラルキーでは下位に位置する二人だと言い換える事が出来る。
明らかに敵意のようなものを向けるものと、丁寧過ぎる対応をするもの。シェルター800ではよく見られる構図だった。
初めの頃はこの視線に耐えられなかった。友人である綜馬がその視線と空気に堪えきれず外に行ったのも理解できる。
現在はある程度耐性がつき、なんとか心を保っている。とは言っても、今日のようにあからさまな態度を出されると胸が苦しくなる。呼吸するのがやっとになって、汗が止まらない。
平静を装い、琴を先頭にシェルター際から巡回を始める。昼であってもこの辺りは活気がない。
単純に店がなかったり、シェルターの設備が無いというのも理由だが、根本的な部分である能力に恵まれていない人々が住んでいるからだ。
巡回の目的は主に治安維持の観点から行わているが、能力によって階級付けされたこの世界において、見回りというのはあまり意味をなしていない。ただ、シェルターの異常や外界での事態などをいち早く見つけられるように、基礎業務として続けられていた。
シェルター隔てた向こう側にはゴブリンやコボルト等の二足歩行型モンスターの姿がちらほら見受けられる。彼らのような二足歩行型が多いのは、住宅街だったこの辺りが生活しやすいというのと、単純に繁殖力が強いからだという見解が広がっている。
それぞれ間隔をあけて巡回を続けている。いつでも笛を吹けるように手には笛が握られてはいるが、シェルター800で過去にこの笛が鳴らされたのは数回程度で、そのどれもが痴話喧嘩程度のいざこざが理由だった。
そのため、巡回業務は日までやることが殆どないため、退屈を感じやすい分楽な仕事として認識されていた。
琴の後ろを続く田中清二は色持ち、【神】にランクを与えられた者たちが嫌いだった。嫌いになった理由は思い出せないが、この際理由なんて何でもいい。自分より豊かな生活しているとか、目の前にいると不思議と嫌な緊張感に支配されるとか、能力を傘に着て傲慢な態度をとる討伐隊の連中とか、とにかく田中にとって色持ちは嫌悪の対象だった。
世界が一度破滅し、作り替えられたこの世界では田中がこれまで積み上げてきた全てのキャリアは無に帰す事になった。
目の前を歩く1人の少女より自分は無能で、役立たずの烙印を押され、媚びへつらうか、影でこそこそ隠れるように生きるしか選択肢がない。
言いようの出来ない鬱憤と苛立ちが募る一方だった。
ぶつぶつと呟きながら、業務の時間を潰す。田中は外に出て戦闘する事が難しいため、業務をきっちりこなすしか生きていける手段はない。シェルター越しに見えるモンスターの姿が怖くて仕方なかった。
ふと、視線の端に何か捉えた。動物かモンスターか。元の世界であればほとんどの人がネズミだと思う影。田中も特に気に留めることなく先に進む。
しかし、この世界においてシェルター外に住む野生動物のほとんどは絶滅している。理由は単純でモンスターより弱いものはただの餌でしかない。それは人であれ動物であれ同じ。当然また逆も然り。
そんな世になった現在、シェルター800の周囲の環境は自然あふれる農村でも、ビル群並ぶ都会でもない。要はネズミがここ一年近く身を隠せるような場所も、それだけの期間耐えしのげるほどの食事もよういできる筈がなかった。
可能性の話をするのであれば、もしかすると今回田中がしたような意識なく見逃すことが問題ないかもしれない。けれど最悪の可能性だって同時に考えなくてはならない。
そして、今回のケースは後者。最悪の可能性の方が合致する出来事に発展してしまった。
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堂島一輝はここしばらく満足に睡眠をとることが出来なかった。理由は、近々予定されている合同ダンジョンアタックについて日々頭を悩ませているから。
ダンジョン攻略には二つの効果があり、一つはダンジョンから得る資源で生活を潤す効果。もう一つはミッションを解決する効果だ。モンスターの討伐数や、モンスターの素材、踏破回数などが条件となるミッションが時々課される。
これらはダンジョン維持においてかなり重要な場合が多い。
そして今回課されたミッションこそ、中級ダンジョンに指定されている県境のダンジョン20階層踏破だった。
このミッションは近隣のシェルターにも掲示され、誰が行ってもミッションはクリアとなる、いわゆる協力型のミッションだった。ペナルティーはまだ発表されていないが、シェルターの範囲縮小か、近隣モンスターの弱体化解除辺りだろう。
どちらにせよペナルティーはどのシェルターにとっても相当な痛手になる。結果、合同ダンジョンアタックが計画される運びとなった。参加シェルターは延べ20。また、後方支援として物資提供や成功時に報酬を約束してくれたシェルターを含めると相当数に及ぶ。
この協力型ミッションが何番シェルターまで課せられているのかわからないため、その部分のみ不透明だが、物資、戦力ともに十分なくらい集めることが出来た。
そしてこの作戦を現地で指揮する役として堂島は選出された。能力だけではなく、シェルター800は今回参加したシェルターの中でも一二を争う人口を有している。もう一つの5000人以上規模のシェルター代表は高齢のため前線に出ることが出来ない。
結果、作戦指揮は堂島が任されることになった。
「なんでかなぁ、」
つい愚痴もこぼしたくなる。近隣のシェルター同士では合同アタックをした経緯があるものの、今回は規模も責任も段違いで違う。幸い、綜馬のおかげで連絡は密に行えているが、決行日まであと一週間程度しかない。
「誰か一度現地を見てきてくれないかな」と、そんな願いが口に出る。
「何の話ですか?」
「うぉぉ、おおぉ、」あまりの驚きで椅子から崩れ落ちる。
「すいません、ノックしたんですけど返事ないので、」
綜馬が手紙を片手に目の前に現れた。堂島は直感的に悟った。彼に頼むしかないのだと。
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