前編
短編のつもりで投稿したのですが、間違えて連載にしてしまいました。
前後編にします。
すみませんでした。
またバナー貼り忘れてたでござる……
猟犬が牡鹿を追い、風上に釘付る
気高き獣には後ろにも眼があるのか
予感がトリガーを拒む
ただの迷いか
禁猟の間に鈍ったか
風は正面、右手、正面
俺は未だ風下
愛犬が気を引こうと吼える
標的は角を揺らす
獣が匂う
風上ばかりでは無い
銃があっても勝てない獣は見当たらない
唐突に、空からの音
予感はこれか
恐らく今後も己とは無縁のジェットの白が
蒼の深みに飛行機雲を流す
これまで乗った経験が無いが、何者なのか知っている
牡鹿は空に引かれる白線と、音の正体を知らない
それが明暗
獣臭を、紅く染まり枯れようとしている草木の残り香ごと
昇る硝煙がかき消す
鳴き声
潜んでいた鳥どもは
自分の番では無いのだと知り
死の覚悟と引き替えに忘れた
飛ぶ手段を取り戻し実行に移した
無数の羽音の中、スローモーションで崩れる弧影
その隣で相棒が招くように尻尾を振る
銃身の熱
無念でも宿ったか?
自然に罪は、確かに無い
だが収穫の前に荒らされた畑には鹿の嘲笑うような足跡
禁猟が明けるまでこちらは待った
生きねばならぬのは、命の定め
野生を擁護する者がどれ程いても人生と明日は譲れない
『見ているだけだった』
親父よぉ
そうじゃ無いさ
俺が駆け出しの頃は銃を担ぐだけで震えたもんだ
見ていられるだけ立派じゃねえか
それに尻尾を振ってるソイツはあんたの相棒だろうに
狩りを手伝ってはくれるが
あんたの足元でそうしているように、俺には一切気を許さない
里のみんなだってそうだろう
さあ帰ろう
生命だった者が死臭に充たされる前に
やるべき事をやらねばならぬ
内臓を抜いて血を抜いて
それが終われば持って帰って
俺たちの家族と分け合うんだ
鹿は飽きたって?
でも嫌いじゃ無ぇだろ
これからも人と自然はせめぎ合うんだ
獣が人を還さないとしても
俺たちは奪った生命を
できる限り手を尽くして血肉に換え
いつか我が身と共に眠らせなければならない
あんたが教えてくれたんじゃないか
よし
今夜は
血の滴るようなステーキだ
獣の脂の奥にある旨味を
共に探そうじゃないか!