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疾風の竜狩人は……まだタマゴ!  作者: 汎田有冴


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6.竜狩人の呼び声

 ベナトルはゆっくり首を振り、真っ赤になった眼をぎょろりと動かしながら砂漠を見渡した。7機の骸機はベナトルからみれば小人だが、それでも1機1機に一瞥をくれる。自分の3倍近い長さのカーゴ、そのうしろのランドシップにも。首を高く上げて操舵室の僕らを睨んだ気がした。この砂漠にいる人に関連するもの一つ一つ、すべてを頭に焼き付けているんだ。

 誰もその場から動けなかった。操舵室の僕らも。格納庫から聞こえていた悲鳴も止まっている。

 風の音と船のモーターがやたら大きく耳につく。その中にガシャンと──グェンジョン機がバレットランチャーに持ち替える音が混ざった。

『カート、残りのロングシュートは次の雷弾にとっておけ……て?』

 グェンジョンさんの声が脱力して途切れた。オェェ……と無線にひろわれたアルフの乾嘔にみんな溜息をついた。

『アルフ、後方支援にまわれ』

『じょ、冗談だろアーロンさん。さっき跳ねすぎて三半規管が揺れたんだ。もうすっきりした。大丈夫だ』

 うむとアーロン機が頷いて言葉を続けた。

『聞いてくれ。これは経験則……いや、勘に近いが、炎や雷を吐くことはドラゴンの体にも負担のかかることなのだ。ベナトルのこの状態なら連発はない。見極めれば、俺たちの兎なら避けられる』

 ベナトルが走った。カーゴの船尾へ突っ込んでいく。

 グェンジョン機のバレット、アーロン機のエネルギー弾がベナトルの横っ面に当たる。ベナトルは一瞬体制を崩したが、長い尻尾を一振り。カーゴの船橋を真っ二つに折った。

『キアン! キアン!』バルジさんがマイクに叫んだ。『カーゴ! 誰か応答しろ!』

『ベナトルをカーゴから離せ』

『了解!』

『こっちに来い!』

 他の隊員もベナトルの眼前に立ちふさがりエネルギー弾を放つ。近接武器に持ち替え脚元へ走りこもうとするが、ベナトルが爪をたて尻尾を振って阻む。

 ベナトルが吠えた。雷弾がくるかと全員身構えたが、彼女は軽く後方に飛んだだけだった。しかし、カーゴからは距離ができた。

 アーロン隊は攻撃を続けた。

 キリキリと左眼が痛んだ。アーロン隊の動きを追いたいが、焦点が合わない。

『ウェルス、この隙にランドを動かせ』

『待ってくれ、ウェルス』父さんが無線に割り込んできた『カーゴから人が出てくる』

 カーゴの側面にある小さな扉が開いて、作業員たちが数人出てきた。傾きかけた船体を滑り下り、手を振りながらランドシップに向かってくる。

 ウェルスさんが唸った。

「中に何人乗ってた? 救助できるのか……」

 バルジさんがディスプレイの端に点ったマークをクリックした。

「スゴンのギルドからの緊急メールだ。『ウォンバル城が外門を閉じた。今は誰も通れない。隣のカナンの方へ行け』」

「なんだって。俺たちを入れないつもりか」

「雷弾で城下が損傷。城の住民保護のためだと……リオン、どうした」

 顔を抑えて前のめりになっていた僕にバルジさんが気づいた。

「下に行ってドクトル・エマに診てもらえ。ここにいても出来ることはない。バルジ、カナンへのルートを確認」

 ウェルスさんにきっぱりと言われ、僕は顔を抑えながらよろよろと立ち上がった。「階段に気をつけろよ」バルジさんはそう言って前に向き直った。

 僕は顔を抑えながら、指の間の右目の視界とオレンジの非常灯を頼りにゆっくり格納庫に降りていった。左眼は、右目と連動させようとする僕の無意識の意志に反した視界を映そうと動き、顔を抑えていないと左眼が眼窩からこぼれてしまいそうだった。左眼の焦点は常に骸機〈5〉の方だ。

 下はカーゴから移ってきた数人の作業員の手当てなどにあわただしく追われていて、僕に気を向ける人はいなかった。そのまま左眼の機械眼の向く方へ歩き、むき出しの〈5〉の機関部を伝ってコクピットボックスに入った。キャノピーを閉じ、全視野が暗闇になる。そこで、ようやく全身の力を抜いて落ち着くことができた。

 火入れされて、一万年ぶりにエネルギー生成を始めた骸機は温かかった。バッテリーも十分溜まっている。左眼がチカチカと瞬いた。痛みはなかったけれど、コクピットの上の隙間からフレームの一部が覗いて、照射されたレーザーが僕の体をなぞっていく。

 こんな機能、骸機にあったっけ? 少なくともフェロレプスにはない、と思っていたけれど。

 レーザーは、首の認識票の所にくると、しばらく集中して留まった。ウォンバル公に謁見したときのようだ。

 左眼の視界に一瞬文字が浮かんだ。

 〈登録操縦知性。識別子(コールサイン)“レンブラント”確認〉

 文字も気になるが、今は外の様子が第一だ。コクピットはフェロレプスの流用だからなんとなく分かる。でも、カメラのスイッチを入れても、ディスプレイには何も映らない。マイクのスイッチだけが入った。

 カーゴの作業員の喚き声が飛び込んできた。

「キアンが機関室に入ろうと暴れているんだ。いや、もうあいつはキアンじゃない。正気じゃないんだ。寸でのところでドアを閉じたが、中に何人か閉じ込められている」

 近くで骸機が2機起動した。格納庫の状況から、エマさんとメイヤさんの骸機だろう。

「ランプドアをこじ開けます。それだけで出られる人もいるでしょう。中のトラックも何台かは動くはず」

「ドラゴンだろうと機械人(マキナびと)だろうと、解体ならお任せあれだ」

 あちこちのボタンやチャンネルを調節して、キャラバンが使っている無線を拾うことができた。父さんとウェルスさんが話している。

『雷が当たったのも痛かったが、ギルドの報告では、貯蓄エネルギーを使い果たしたことが大きいと。急速充填すると都市全体がシャットダウンする。そこをベナトルに急襲されるとマズイとふんだようだ』

『あれが城のエネルギーの全てなのか。カナンへはどのくらい──』

「ちょっと監督さん。もう滅竜砲はこないのかい? まだドラゴンは生きているのに」

 横から急に問いかけられ、父さんは無線のマイクを離して応えた。

「滅竜砲は撃てなくなったようだ。ベナトルの雷が当たって、城は門を閉じてしまった。カナンの町に行くようにと、今、ギルドから指示があった」

「俺たち見捨てられたのか」

 格納庫のドアが開く音がしてエマさんが言った。

「私たちが降りたら、ランドシップはカナンに向かいなさい。ランドで走る。最初からそういう計画だったでしょう。メイヤ、行くよ」

「アーロン。ドクトル・エマとメイヤがカーゴに向かった」

『了解。カート、ベナトルをカーゴに近づけるな。大砲撃っても構わん。ランド、カナンへ向かえ。フォローする』

『了解。みんな、先に行く』

 ウェルスさんの無線が船内放送になる。

『ランドシップはこの場を離脱する。なにが起こるかわからん。全員対衝撃体制』

 格納庫にいる全員が床に座って頭を抱えた。

 ランドシップが動き出した。

『ベナトルが翼を広げた!』

『飛ばせるな!』

 グェンジョンさんの声と共にバレットランチャーの連続発射音。ベナトルの咆哮。

 どうなっているんだ! 目につくありったけのスイッチを触る。ようやく格納庫の内部が正面に映った。僕の視界にも。左眼と連動している。ランドのカメラも傍受できた。ワイプで右上に映す。

 ベナトルがランドシップを追いかけてきていた。翼を広げたまま血潮をなびかせ駆けてくる。皮膜にはバレットランチャーの弾の跡がハンコを押されたように付き、穴も開いていたが、そんなことお構いなしだ。ここにある全てを逃すつもりがないのだ。ランドも全速力を出しているが、そのうち追いつかれる。

 ウェルスさんの船内放送。

『ベナトルを砲撃する』

 ランドシップが回頭。後ろ向きに進みながら砲身を起動。ベナトルに照準を合わせる。

 発射。小さめのプラズマ弾がベナトルの顔へ飛ぶ。船は反動で走りながら跳ねた。僕も骸機のシートでバウンドして頭を打った。

 ベナトルはプラズマの塊を固そうな頭で受け止め、はじいた。

『なんてやつ! もっと突き放せないのか』

『動きながらじゃこの威力が限界だ』

 ベナトルの後ろからスラスターを噴かせてアーロン機が駆けてくる。

『何人ついてきている? 復唱しろ』

『ライリー!』

『ルカ!』

『アルフ!』

『アルフは下がったほうがいい。右手がブラブラしてるぞ』

『んだと! てめえののろのろ兎よりましだろうが』

『アルフ下がれ。トトの言うとおりだ。カートと交代』

『カート、ベナトル攻撃に参加します』

 カート機が後方からエネルギーランチャーを撃つ。エネルギー不足で速度の出ないトト機とグェンジョン機もランチャーを発射。ドラゴンの背中に被弾。ベナトルの速度が少し鈍った気はしたが、まだアーロン隊は追いつけない。

 ランドシップが再び前を向いた。前進に全力を注ぐ。

 ベナトルの口から小さい雷弾が出た。寸でのところでランドはスライドして避ける。唾を吐くような出し方だったけど、当たったらヤバいのは変わらない。雷弾を警戒しながらでは最高速度は出せないだろう。

 あと少し、ほんの少しベナトルの足を止められれば、アーロン隊が追いつき、ランドシップは逃げられるかもしれない。

 骸機の流れるエネルギーが大きくなった気がした。熱を帯びてきたフレームに自信がわいてくる。

 できる。この骸機がやれると言っている。

 骸機の起動スイッチを押した。モーターがエネルギーを吸って本格的に活動する。アンカーを骸機の腕で振りきって立ち上がった。フェロレスプスより身長が少し高い。

 気づいた父さんが叫んだ。

「誰が動かしている。リオンか!」

 左眼にまた文字が浮かぶ──〈識別子情報に基づいた機体バランスに微調整する。よろしいか?〉

「いいよ」骸機に身をまかせる。

 〈それでこそ我が半身〉──この骸機は笑えるようだ。

 フレームが形を変えた。頭─角? 腕や脚にも父さんがつけたチューブの間をぬって、新たにスラスターのような突起が出た。

 近くで武器になりそうなものを探索する。左手にバルジさんのバレットランチャー、右手にエマさんの解体用ナイフ。これらを持って格納庫のドアへ歩み寄る。

『リオン何している』バルジさんにも気づかれた『こんな時に面倒はやめろ』

「ベナトルをちょっと足止めするだけです。無理はしません。これ予備機って言ってたよね」

 父さんは頭を抱えた。

「それは口実のようなもので……まだ仮組みで、装甲もついていないんだぞ。しかも形が」

「大丈夫。父さん、ドアを開けて。追いつかれたらこれもバラバラだ」

 バレットランチャーの銃口をドアへ向けた。父さんが開けなければ、自分でロックを撃ちぬいて開けなければ。

 父さんが自分に注がれている周りの目を睨み返した。しかし、息を吸って手で顔をぬぐうと、壁によりかかってよろよろと立ち上がった。

「あいつは、ただの機械人ではないと思っていたよ。どうせ骸機乗りになるのならば、いいものに乗せてやりたいと……探し当てたんだ……」

 父さんは格納庫のドアのボタンを押した。目の前の重たい金属の扉がスライドしていく。

「レンの骸機よ。本当に蘇りたいと願うなら、息子を無事に返してくれ」

 心臓の鼓動が高鳴る。目の前に狂気じみた瞳を光らせ走ってくるドラゴンが現れたが、怖くはなかった。なにやら憐みのようなものが湧き上がった。

 だがそれも一瞬。一歩踏み出せば、高揚だけが胸に残る。

 突起のスラスターを全開にして、ベナトルの顔の下に潜りこみ、柔らかそうな顎の裏、首にバレットランチャーを撃つ。そのまま足裏に切りつけ、体の下をくぐって離脱。

 ベナトルは僕を全く目で追えていなかった。姿を現した途端、顎に突き上げをくらい足元をすくわれ、足をもつれされてつんのめった。

 機体をひるがえして再アタック。体重のかかった前足をナイフで切る。鱗のはがれたところを狙ったから深くさせたが、エマさんのナイフもよく切れる。

 ベナトルが唸りながらちょこまか動く僕を払う。爪が裸の機体をかすめる。装甲がなくても当たらなければ問題ない。

 ベナトルが翼を羽ばたかせて浮きあがった。ナイフが届かない。風圧で押さえつけられて動きが鈍る。小雷弾が降ってきた。なんとかスライドして避ける。

 その避けたところにしなる尻尾の先。全力で下がるが、風が邪魔をする。先っぽとはいえ巨竜の太い尾だ。視界がスローモーになって機体分解を覚悟した。ドラゴン、つよ……

 突如目の前にフェロレプスが入って、盾で尻尾をはじいた。アーロン機だ。左腕には翡翠竜の鱗をつけた硬質の盾がある。

『俺の後ろから出るな。スピードを合わせろ。当たらなくても風でやられる』

「はい!」

 2機くっついて動き回る僕たちを、ベナトルは浮いたまま、風と雷弾、尻尾と爪で追い回す。

『このまま戦闘区域に留まる。理由は分かるな』

 今、ベナトルは僕らに釘づけだ。ランドシップの存在を忘れているんだ。

 僕がランチャーを撃ち、避けられない雷弾と尾をアーロン機が的確な角度ではじき返す──もってくれよ、俺の兎ちゃん──そう呟きながら。

 ライリーとルカも加わった。2機はそれぞれでランチャーを撃ちながら周囲を走る。ベナトルからすれば相当うるさい存在だ。ライリー機が尻尾に当たって吹き飛ばされた。

『大丈夫だ。カートは何している』

『動かない的に当てるのは簡単だけど、それじゃ芸がないってもんでしょう。どんな巨体でも、絶対撃ち落としてやる』

 大質量のロングシュートが真っ直ぐベナトルの胸に突き刺さった。

 ベナトルの動きが止まった。翼も、脚も、尾も。エネルギー弾で見た目の傷は小さいが、確実に心臓に衝撃を与えたのだ。

 どうっと地響きをたてて、ベナトルの体が地に落ちた。土砂がもうもうと舞い、ベナトルの巨体をもろとも辺りを覆った。近くにいるはずのアーロン機も目視出来なくなって、レーダーがあらゆる情報を拾って骸機とドラゴンの推測位置を提示する。ベナトルは大きすぎて山のような影で分ったけど。

『カート! 駆動エネルギーまで乗せるなんて反則だぞ!』無線でグェンジョンさんが喚いていた。『ランチャーぶっ壊れたろ。給料から天引きだ!』

『へへへ。給料減っても、ベナトル落としたらボーナスですよ、ボーナス』

『各員、視界を確保できたら攻撃続行だ』浮足立つ無線にアーロンさんの冷静な指示が飛んだ。『相手はベナトルだぞ。忘れるな』

 まだ終わってないのか。半信半疑で目を凝らしていると、横に長い影がゆらっと動いた。

 反射的にナイフを突き立てると、深く刺さった。あれっと思った瞬間、ぐわっと機体が宙に持ち上げられた。刺したところはベナトルの長い首の裏。ベナトルが首を起こしたのだ。

 そのままベナトルは翼を羽ばたかせて飛びあがった。気づけば地面ははるか下。しかもこの仮組みの骸機。落ちたらペシャンコだろう。必死に首にしがみつくと、先の口から雷弾一閃。自分に土をつけた相手、カート機へまっしぐらだ。

 カート機は棒立ちで、動かない。全エネルギー、マジで使い切ったのか。

『はは……やられた』

 走って来ていた骸機がカート機の前に立ちふさがった──アルフ機に肩車させて爆走して来たエマさんの骸機が、持ってきたランプドアをカートの前に立てたのだ。カーゴシップの分厚いランプドアは見事に雷弾を跳ね返した。

『よく頑張ったわね、カート君。ボーナスが出たらお祝いしましょう』

『な、名前呼んでくれたのは嬉しいけれど……なんでまた……』

『あのネイキッド小僧の服代わりに、だってよ。人使いの荒い女だ』

『その小僧は空飛んでるけど、どうする?』

 メイヤさんの指摘で、みんなやっと僕の境遇に気づいてくれた。

『わ!』『あらまあ』

『なんじゃありゃ!』

『アーロン隊長。あの骸機の脱出装置は? パラシュートは!』

『仮組みの兎だ。さすがのマシューもつけてねえ』

『くそっ。発信機も届かん』

『おおドラゴンの神よ、人の子に憐れみを』

『リオン! リオン!』

 名前を呼んでくれたのはルカだ。

『待って! ベナトル、待って!』

 追ってくるルカ機がスラスターを噴かしてジャンプした。空中でも噴かして、浮きあがる。高く、また高く。でも、空を飛べるようには作られていない。

『ルカやめろ。届かない。リオン、絶対どこかに降りるはずだ。離すんじゃないぞ!』

『ベナトル! あなたの気持ちは分かる。でも、お願い。私の友達を、家族を、連れて行かないで──』

 ベナトルは急上昇を続けた。機体の部品がガタガタなって、いくつか剥がれ落ちた。無線がうんともすんとも言わなくなった。コクピットボックスがへこむんじゃないかと思うくらいのものすごい圧で、体がシートに押し付けられている。息もできない。それでも、モーターを回転させ、脚部をまわして首の上にまたがせ、姿勢を安定させた。アーム操作のレバーを必死に握る。手がしびれてきて、指がつぶれそうだ。

 おそろしく寒くて目が開いた。気を失っていたらしい。外からベナトルのうなり声が聞こえる。コクピット内にはモーター音が響き、天井の非常灯のオレンジ色に染まっていた。機体は水平で、がたつきは収まって圧も感じられなくなったが、今度は自分の歯の根がガタガタ言っていた。息も苦しい。手もかじかんで、力が入らない。でも、骸機のフレームの温もりがシートから伝わってきている。ディスプレイは全てブラックアウトしていたが、左眼はコクピット内とは別のぼんやりした視界を重ねている。右手をレバーから少し離してみる。骸機は傾いたりせず、安定している。レバーの形に固まった手を、シートと体の間に埋めて温めてから、カメラのスイッチに触れた。

 いくつかのカメラは死んでいて、ディスプレイは市松模様を描いた。それでも、ベナトルが雲の上をゆっくり飛んでいることが分かった。そして、左眼とリンクしていると思しき左側の画像を注視した。

 雲海の先で、銀色の何かが、真っ青な空に雲を引いて飛んでいる。ドラゴンじゃない。翼のようなものはあるけれど、羽ばたいたりはしていない。故障でズームができないが、左眼を凝らすと人型に近い手足を持っているようだ。大きさはベナトルよりはうんと小さく、僕の骸機よりは大きいくらい。銀色の表面はごつごつしておらず、もっと滑らかな、城の材質と似ている。じゃあ、ウォンバル城の城壁で作った骸機。まさか……

 そう、骸機じゃないんだ。骸機は空を飛べない。あれは、骸機が地面に埋まる前の、骸機の基になるなにか、なのでは。

 震える手で画像記録のボタンを押すが、できない。代わりに左眼が、何かを映した。

 ベナトルの頭頂部に赤い点が示されて、矢印が打たれる。そして流れるような文字。

 〈再開を祝して──Delacroix〉

 意味が分からない。つい左を向くと、銀色の飛行体はすぐに反転、あっという間に空の彼方へと消えてしまった。

 あとに残ったのは、点と文字だけ。どう考えても、あの銀色からのメッセージだ。でも、どうしろというのだろう。ここでやれることといったら選択肢はあまりない。アーロンさんはしがみついていろって言っていたけれど、降りるのはいつになるか。賭けにでるしかない。

 今度は両手をシートで温め、レバーを握り直した。ベナトルの首に刺さっていたナイフを抜く。そして、首にしがみついたまま、鱗を掴んでゆっくりゆっくり前に進む。首を振ったりひっくり返られでもしたら一巻の終わりだ。薄い空気を大きく吸いながら、慎重に、時間をかけて、ようやく頭に着いた。

 赤い点は、頭頂部よりちょっと前、ベナトルの目と目の間に付いている。実際うろこ状の皮膚もちょっとへこんでいる所だった。目はまだ赤く爛々としている。ベナトルの視界に入らないよう気をつけながら、赤い点をナイフで突いた。もうこれしか考えられなかった。刃は柄の所まで入っていった。

 ベナトルが鳴いた。長く尾を引く鳴き方だった。鳴きながら、頭を少し下ろし、雲海へ潜っていった。あとはもうしがみついているしかない。ナイフを伝うわずかな血が、視界を覆う雲と混ざり赤い筋をたなびかせ、ゆっくり下へ下へと、鳴き続けるベナトルと共に沈んでいく。

 だんだんと温かくなって、空気も濃く湿ってきた。下り続けているが、角度は緩やかで、ベナトルの鳴き声も静かになっていた。油断はできないけれど、さっきと比べたらゆりかごであやされているようだった。お腹も減って、喉も乾いている。乾燥した唇を噛むと血がにじんできた。自分の血をすすりながら、うとうとした。

 再びベナトルの鳴き声が大きくなって、はっと気がついた。雲の下に出ていた。

 ずっと無言だった無線が、小さなノイズ音を発し、その後ろで、また小さく誰か喚いていた。

『お……い……おーい。生きてるかぁ。返事しろぉ……サンドウィッチ小僧──』

 アルフだ。応答しようとしたが、声がでない。マイクを指で叩く。リズムをつけて、もう一度。

『マジか。ははは……やったぞ。俺もってるじゃん!』

 感度の悪い無線がノイズをがなりたてながら大騒ぎになった。

 ディスプレイを確認する。見覚えのある渓谷や砂漠。遠くにはすそ野の緑豊かな岩山。ベナトルは縄張りに帰って来たのだ。

 興奮するアルフの喚き声が耳に飛び込んできた。

『勘違いするなよ! 俺たちお前を待っていたんじゃねえぞ! 俺はたまたま無線の順番だっただけで、カートには充填時間がいるし、けが人もいるから救難船を要請してまぎゃっ!』

『リオン! リオンなの! 合図し続けて! がんばって!』

『リオン! 俺だ。分かるか!』

 無線の声がアーロンさんに代わった。

『生きているか。骸機は動かせるか? 動くなら三回叩け』

 マイクを三回叩く。さっきから騒ぎに混じって、ぷつぷつと聞こえるのがトトさんのお祈りだとわかっておかしくなった。

『よしいいぞ。こっちはカーゴの中だ。見えるか? ベナトルを刺激するからまだ骸機は出せんが、必ず追いかける。がんばれ』

 ベナトルは少しずつ高度を下げながら砂漠の上を飛び続けた。砂に横倒しになったカーゴシップと、子竜の骸がはっきり確認できるところまできた。フェロレプスは一機も見当たらない。アーロンさんが言った通り、カーゴの中かどこかに引っ込めているらしい。

 ベナトルが急に角度を変えた。長く鳴きながら、子竜に向かって螺旋を描きながら降りていく。子竜にぶつかりそうな距離までくると、再び上昇に転じた。

『今なら降りられる! 離れろ!』

 骸機の手を離し、足でベナトルの頭を蹴って、僕はベナトルの子竜の体の上に落ちた。ベナトルは僕に気づいたと思うけれど、僕をどうすることもなく高度を上げ、渓谷を越えていった。彼女の瞳は、もう赤くない。

 遠くの空には雨のカーテンが引かれている。彼女の縄張りに雨季が来ていた。


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