5.竜語なんて知りませんよ。あっちも人語分からないし
ランドシップは渇いた斜面を登り、台地の割れ目に入った。行く時にも通った峡谷の迷路だ。ベナトルの縄張りと人間の住処を隔てる壁で、いつも翼竜が飛び回っている。
高い土壁に囲まれた谷底を進むと、翼竜の群が留まる崖があった。崖の上で翼をたたみ石像のように動かない彼らは、横切るランドシップを凝視し、値踏みしていた。行きは船団が近くを通るだけで、彼らはすんなり飛び去った。骸機より大きい個体であっても、護衛隊が走りまわると、ゆっくりと大きな翼を広げた。骸機を掴んで楽々飛び立てそうな広い皮膜を。でもそうはせずに空へ舞う。僕らから逃れるためではなく、関わるのがめんどうくさくてより快適な空間へ居を移したという優雅さだった。
ランドシップは翼竜のいた谷を避け、別の谷筋へ入った。急展開した舳先をバジリスクが走り去った。しばらく走ると、また翼竜の一群が現れた。崖面に巣があり、翼竜は激しく鳴きたて、翼を広げて威嚇した。単体ではランドシップの方が大きいが、群れで襲われたら危険だ。今はまだ護衛隊は追いついていない。ウェルスさんは船を進めながらエネルギー砲を起動させ、バルジさんがトリガーを握り、照準を合わせた。
『バルジさん。バルジさん、聞こえてる?』
艦内無線からエマさんが呼びかけた。
「聞こえてます。なんですか、ドクトル・エマ」
『あなたのバレットランチャーを借りてもいいかしら。この狭い場所でエネルギー砲は強すぎる。周りの崖まで爆発しそう。私の骸機でもこれを撃つくらいはできると思うの』
『エネルギーはかなり抑えていますが……いいでしょう。距離を保てば襲ってこないと思います』
『ええ。念のためよ。行きと違ってあの子たちピリピリしているから』
バルジさんは口を押えてウェルスさんに「撃てますかね」と尋ねると、ウェルスさんも小声で「なにしろドクトル・エマだからな」と返した。
幸いにもランチャーもエネルギー砲も仕事をすることなく群れから離れられ、別の谷を通ってきたカーゴシップと護衛隊に合流することができた。
その後も大なり小なりの翼竜の群に出くわしたが、大きなカーゴがきても彼らはたやすく道を譲らなかった。自分の居場所を頑なに守り続けた。
その理由をレーダーは一瞬捉えていた。二つの大きな存在が峡谷の上空をかすめている。ツインズが近くにいるのだ。ツインズは狭い谷には入れないようで、谷は、貪欲な竜から身を隠そうとする生き物であふれていた。
無線にアーロンさんの報告が入った。
『ダメージの大きい一頭にもう一頭が付き添っている。動きも鈍っているから、この谷を利用して撒けるかもしれない』
『撒くか、やつらが諦めるか、ですな……』ウェルスさんが付け足した。『あの若い兄弟は人喰いに目覚めたばかりなんでしょうな。味をしめ、まだ本能のコントロールが効かない。たぶん、よっぽど痛い目にあわないと引き下がらない』
ドラゴンが成竜、つまり大人の竜になった時、異性を求めるように人喰いに目覚めると学校で習った。兵器として生まれた先祖の名残なのだという。ワイバーンやバジリスクなど小・中型のドラゴンは、世代を重ねるにつれそのプロセスを失っていったそうだが、寿命の長いシンタイプにはまだ残っている……そんな注釈があったと記憶しているけれど、目の前で殺気を帯びた翼竜たちを見ると、本当に失ったと書いてあったっけ?と自分の脳みそをめくってみたくなる。
自分ではめくれないので、操舵室の経験豊かな二人に尋ねてみた。
「あのう……今の話、ワイバーンたちもそうなんですか?」
「そう、というと?」ウェルスさんとバルジさんがちらりとこちらを向いた。
「人喰いの本能です。僕たちを追い払いながら、どう食べようかと思ってるのかって」
「講義の時間だよ。ウェルス先生」
バルジさんがニヤッとする。ウェルスさんは操縦桿を握ったまま頭をかきかき話し始めた。
「ああ、なんというか……翼竜たちにとって、俺たちは牛や馬と同じだ。つまり食べ物や縄張りを荒らす邪魔者だ。空腹だとか近寄られたくないとかの理由があって牙をむく。でも、シンタイプは違う。腹は満たされても人がいれば狙う。疲れたら眠たくなるように。オスがメスに求愛するように。もしくは殴りつけてくるひどい奴みたいに、だ」
「それぴったりだな。さすが先生だ」バルジさんが何度もうなずいた。「講義にしちゃ例えが悪いが、こっちは見つかったら狙われるわけだからな」
「お褒めにあずかり光栄だ。翼竜も昔はその植え付けられた本能があったんだが、世代を重ねて薄まったんだと。でも寿命の長いシンドラゴンは、そんなに代替わりしていないからな」
「でも、俺はシンドラゴンはその本能を知能でコントロールできる賢いやつだって思っているよ。ベナトルなんかは長いこと人とうまくやっている。温厚なほうなんだろ?」
『ドラゴンは生命をもてあそんだ人間の罪の結晶だ』無口なトトさんが無線に入ってくるのは珍しい。『神の領域を侵し、自分でこの世を地獄に変えた。温厚な悪魔はいない』
次に入ってきたアルフの声はくぐもっていた。
『俺、最近人食いは昔どこかの集団が植え付けた呪術だって聞いたぞ』後で聞くとスカーフをマスク代わりにしていたらしい。『一万人食わないと消えない呪い。ベナトルはすでに一万食ったんだとさ』
バルジさんはため息をついて「それ都市伝説だろ。リオン、今の話は骸機乗りの試験には出てこない。覚えなくていいからな」
ウェルスさんがバルジさんの肩を叩いた。
「講義担当をお前に譲ろう。帰ったら、ギルドの試験官に推薦してやろうか」
「おいおい。俺の手はまた動くようになるんだからな。ドクトル・エマのお墨付き」
みんな同じような谷間をぐるぐる回ることに飽き飽きしていたのだ。無線で様々なドラゴン談議が交わされた。
船団を傾いた日の影がどんどん覆っていった。渓谷の日没は早い。巨大なカーゴよりもはるかに高くそびえる壁に挟まれた谷底で僕たちはその日の進行を止めた。地面に船体を下ろした二隻の周りを6機の骸機が固める。グェンジョン機はふらふらしながらランドシップの隣りに膝をついた。父さんが整備道具の詰まったコンテナを引きずって出てくると、グェンジョンさんが骸機から顔を出した。
「ちとオマケをつけすぎた。調整頼む」
僕も格納庫の扉から地面に降りた。翼竜の鳴き声がこだましている。遠くのほうで鳴いているのだが、後ろの壁から飛び出してきそうだ。辺りを見回しながら伸びをして腰を叩いてしまった。キャラバンの中で一番若いはずだけど。
ずっと船に詰め込まれていた人たちもゆっくりと外に出て、深呼吸をしている。笑っている人もいるけれど、みんな疲れていた。ランドシップの人たちとカーゴの人たちはなんとなく分かれているが、何人かは寄り添って話をしていた。
「あのドラゴンはどうなった? 死んだの?」
「生きてるよ二匹とも。護衛隊が弾を何発か撃ち込んだが、一匹がかばっていた」カーゴに乗っていた人が怖い顔をした。「仕留めそこなったんだ。あいつら」
「いやだよ。腕のいいハンターだって聞いていたのに」
「いつまでこんな怖い目に合わないといけないんだ」
「キアンさん、キアンさん」
カーゴから出てきたキアンが、作業員の誰かに呼び止められていた。
「領主様は、あのドラゴンをやっつける用意はしてくれているんだよね」
「ああ。スゴンの地にドラゴンは入れないとおっしゃっていた」
「安心したよ。早く帰りたい」
その日の夕食は携帯食料とインスタントスープ。ずっと船の中にいたせいで、たいていの人は外で(船と警戒する骸機に囲まれながらだが)ゆったり食事をすることを望んだ。それならば肉を焼こうという案も出たけれど、匂いや音でドラゴンが寄ってくるのを心配する声があがったので、極力周りの生き物を刺激しないよう簡素に静かに済ませることにした。
僕はランドシップの中の骸機〈5〉を眺めながら食べた。
〈5〉は機体を動かす駆動機関とコクピットボックス周辺の制御系統、キャノピーが取り付けられ、あとは外殻装甲をつければ一人前の骸機になるはずだ。父さんはフェロレプスの予備や破損したパーツを修理して組み上げていて、無理やりサイズを合わせた寄せ集めなのだが、骸機には自然な気がする。そもそも骸機自体が昔のロボットの残骸なわけで、僕は埋もれていた実物を見てきた。バラバラで潰れているところもあったのに、もうすぐこの世に再誕する。その時を待ち望んで永く信号を送っていた君が動き出す瞬間を想像すると、僕の夕食の味気無さや腹五分くらいの量なんて気にならない。
格納庫の外から父さんとグェンジョンさんが骸機〈5〉の前にやってきた。
「父さん、どうしたのさ」
「一応組みあがったから、火入れをしておこうって話になってな」
「動かすの! グェンジョンさんの骸機の代わり?」
「勝手に壊すな。調整してもらったわ」
「まだ戦闘は無理だが、自立歩行ができるようにしておけば運ぶ手間も省ける。どんな素性の骸機か確かめたいってのもあるな」
〈火入れ〉は、スターターを注入し刺激を与えることで眠っていた骸機のフレームを叩き起こし、エネルギー生成活動を再開させることだ。スターターとなる物質はいくつかある。街では化学合成されたスターター液に〈○○ドラゴンの骨髄を配合〉〈ドラゴンの血漿を濃縮〉なんて書かれて売られていたりする。
「倉庫にスターター液があったっけ? 確かドラゴンの骨髄も使われるって聞いたけど……」
僕と同じくランドシップの中で食べていたメイヤさんが顔をあげた。
「バジリスクの血ならカーゴの冷凍庫にちょっとあるけど、持ってこようか?」
「メイヤさん、提案はありがたいが、バジリスクの血では量も足りない。人工スターター液もないから、もう一つの方法、他の骸機のエネルギーを分けてもらうことになった」
外からアーロン機がのしのしと歩いてきて、骸機〈5〉の隣りに片膝をついた。
アーロンさんの骸機のエネルギーなら強い骸機になりそうだな。
僕は〈5〉のコクピットによじのぼろうとして、グェンジョンさんに首根っこをつかまれた。
「初動はヤバいから俺が来たんだ」
アーロン機の装甲の隙間からエネルギーパイプを引っ張り出し、〈5〉の腰のフレームにつながるパイプに接続する。しばらくすると、〈5〉の中心に近い関節から青白く光り始めた。
フレームが震え始め、金属がこすれる甲高い音が格納庫内をかけ回った。僕たちは耳を塞いで骸機から離れた。痙攣して跳ね上がりそうになった機体のコクピット内で、グェンジョンさんが力任せにブレーキをかけて押さえつけている。
急に大人しくなって、静かにアーロン機と同じ片膝をついた姿勢になった。
「もう制御を受け入れたか。くせが強いかと思ったが、素直な奴だな」
「プログラムが合っていたのかもな」
あとは反応がフレーム全体にいき渡って充分エネルギーが作られるまで放っておく。
一連の作業を目撃した作業員さんたちの3分の2くらいは、カーゴで寝ることを希望した。
理由は〈夜中に動き出しそうだから〉。アンカーで固定してありますが……わかる。僕も工房で見慣れていても不安になる。
でも僕はすぐわきで寝袋で寝た。骸機のぬくもりが心地いい。こいつが喜んでいるような気がする。
空が白んでくると、翼竜たちはけたたましく鳴きたてた。あちこちで群れが飛び回っている。素人でも何かあったと分かるほどの騒がしさだった。船団の誰もが緊張していた。
様子を探りに近くの谷筋に入り込んでいったフェロレプスから報告が入ると、アーロンさんは出発することを提案した。
「このうるさい中を? 大丈夫かい」
作業員の一人の問いは、ほぼ全体の作業員の問いだった。
「帰ってきた主が縄張りを乗っ取りにきた奴らを追い回しているんだ。この隙に渓谷を抜ける」
「主っていうと?」
「ベナトルだよ。渓谷は彼女の縄張りだ」
船団は急いで出発した。僕はいつもの操舵室の補助席に座った。
『アーロン。ダメもとでドローンを上げてみる』ウェルスさんが発射スイッチを押した。
小さなドローンが進行方向を確認する任務を請け負って上がっていったが、神経質な翼竜にはたき落された。ここはまだドラゴンの地。制空権は彼らのものだ。昨日と同じくバルジさんがレーダーとコンパスを見ながらウェルスさんに指示する。
「この筋をまっすぐ行ってくれ」
「もうそろそろ抜けるはずなんだがな……」ウェルスさんがぶつぶつ呟きながら船を操る。
崖上からゴロゴロと何かが転がってきた。落石ならフェロレプスのランチャーが粉々にするのだが。先頭のランドシップがブレーキをかけた。
「おいアーロン、見ろ!」
ちぎられたドラゴンの頭だ。ツインズの一頭。ベナトルの仕業だろうか。思わず狭い空を見上げた。
一瞬、翼竜より大きな影が横切った。ベナトルかツインズの残りか、早すぎて分からない。
『急げ! 奴らは夢中になってる』
アーロンさんの号令でランドシップは再び動き出した。
「もしかして助っ人って……」
「ドラゴンに敵うのはドラゴンだ」
バルジさんがレーダーに視線を落としたまま答えた。
「もう暑い季節は終わるし、巣や縄張りに何かあったら様子を見に来るとふんだんだ」
「でも、僕たちは大丈夫?」
「ベナトルは温厚、という記録はあるが。ウェルス、そこ右」
急旋回で体が振られた。温厚な性格と言う割にはランドシップのスピードが出ている。後ろからレーダーを覗くと、谷はもう少しで抜けそうだが、翼竜たちを示す小さな点の塊の上を3頭の大きな飛影が映った。3頭!?
渓谷を抜けた。ドラゴンが人に残したスゴン地方に入る。風雨に削られた固い岩山が、道標のようにぽつぽつ残る砂漠の大地に。
谷の上空では、大・中・小の三頭のドラゴンが交錯していた。
中はツインズの一頭。それより二倍くらいのシンタイプのドラゴンが──ベナトルだ。ツインズより長い角、長い尾、鋭い牙、ツインズより赤みの強い銅色の鱗、金色の模様。ツインズの上を飛び、もがくツインズを抑え込み、威嚇する。体格、風格、パワー、どれもツインズが一頭で敵う相手ではない。
周囲を飛んでいる小型のドラゴンの色はベナトルにそっくりだ。でも角も牙も小さく、幼い丸みの残るプロポーションをしている。ベナトルの子どもだろう。
ベナトルは片方の前足でツインズの頭を掴むと、もう片方の前足で翼の付け根を引き裂いた。ツインズは必死に暴れて逃れると、血を吹きながらなんとか飛ぼうとする。
ベナトルはそこから離れた。代わりに子どもが飛んできてツインズに襲いかかった。子竜はツインズより小さく、ツインズも死にもの狂いで応戦したが、すでに弱っていた。子どもが親譲りの力でツインズを砂漠に押し付け、とどめを刺した。
『おい。俺たちは助かったのか?』カーゴからどよめきを背負った無線が入った。キアンではない作業員の一人だ。『アーロンさんよ。双子の一匹はどうした?』
『最後にベナトルの子どもがやっつけた』
『ベナトルはどこにいった?』
『谷の方へ飛んでいったようだが。バルジ、正確な位置が分かるか?』
「渓谷上空を旋回しています」
『め、滅竜砲の射程には?』
「渓谷を抜けたので、もう入るころです」
カーゴのどよめきが安堵に変わった。下からもランドに乗る人たちの嬉しいため息が湧き上がってくる気がした。
でも、それはすぐに護衛隊の驚きに上書きされた。
『あ!』『子竜が!』『飛んだ!』
『カーゴ危ない!』とルカ。
『うおっ!』キアンの悲鳴。
親と比べたらまだ小さくて可愛いと言えなくもない足だ。爪だって、ルカの大剣の方がよっぽど鋭くて凶悪。体もカーゴよりだんぜん小さい。その体で、爪で、子竜はがっしりとカーゴシップの後甲板に降り立った。そして、ミュウ!と無邪気な声をあげた。
カーゴがモーターをうならせスピードを上げる。子竜を振り落とす気だ。子竜は風を受け、本能的に小さな翼を羽ばたかせた。
カーゴの後部が持ち上がって、船体が斜めになる。カーゴを浮かせていた風が砂埃をもうもうとあげた。
ミュウ!ミュウ!ミュウ! 子竜の興奮した声が砂埃の中から聞こえてきた。
『止まれキアン! 子どもが面白がっている! 船がひっくり返るぞ!』
カーゴは緊急停止、砂の上に着地した。
子竜が振り向いた。目が稼働しているランドシップを追いかける。
『ランドもストップ! みんな動くな!』
船も骸機も、中の僕たちもみんなぴたりと止まった。子竜はカーゴに留まったまま、首をかしげながら周りを見渡している。
『ば、バルジ……』アーロンさんの囁くような無線。『ベナトル、どうしている?』
『谷の上です……崖の上に降りました……体をなめています』
『こっちに育児を任せたんじゃ……』とカート。
『冗談じゃない。母ちゃん迎えに来てくれ』とアルフ。
子竜は再びカーゴに興味を移し、掴んだ足で船を揺らした。
重たいカーゴはひっくり返りはしなかったが、中から悲鳴が聞こえた。子竜がまた首をかしげる。
『撃ちますか、アーロンさん。僕のロングシュートはまだ残ってます』
『待て。カーゴを巻きこむ。それにベナトルがまだいる』
『誰かなんとかしろ。リオン、子ども同士話し合ってこい』
「竜語なんて知りませんよグェンジョンさん。あっちも人語分からないし」
子竜が足の指に力をこめた。バキバキとカーゴの甲板が潰される。
『助けてくれ!』カーゴの無線が阿鼻叫喚となった。
急にルカ機が装備した大剣を叩きながらくるくる回り始めた。
『こっち! こっちおいで―』
そうか! カーゴから離すんだ。
『ほらほらこっち。あそぼうよー』
『おーい! こっちむけー!』
アルフ機が二本の剣をカチカチ合わせて音をたてた。
『こっちの剣が鋭いぞー。切り刻んじゃうぞー』
『ちょっとアルフ。それ赤ちゃんに言う言葉じゃないでしょ!』
『あんな怖い赤ん坊に遠慮できるか』
ライリーの骸機はスラスターを噴かせて高速で滑走し始めた。
『私の骸機は一番新しい。速いぞ。追いかけっこだ』
子竜がきょろきょろしてカーゴから足を離し、蛇行するライリー機を追いかけ始めた。
『カーゴまだ動くな。十分離すんだ。カート、撃つんじゃないぞ』
『こっちは二人だよー』
『ヒャッハー! 踊っちゃうぜー』
ルカ機とアルフ機も並んで剣で音をたてながら滑走していった。アルフ機はやけくそ気味に跳ねたり回ったりしている。その動きが面白そうだったのか、子竜が走りながらそっちに向きを変えた。
『アーロンさん、ベナトルがまた飛んだ』
『こっちに来るか』
『ああ。あ、止まった』
ベナトルは渓谷の出口付近まで真っ直ぐ飛ぶと、空中で円を描きながら喉を鳴らした。ゴロゴロ、ゴロゴロ……近づく雷雲のように響きわたっているけれど、どこか角のない優しい響きだ。
子竜は親竜を見て鳴いた。ミュウ!ミュウ! そしてまた骸機を追い回しにかかる。
ベナトルは旋回を止め、子竜のところに行きかけたが、あわてて谷の上に戻って飛び回り、今度はギャアギャアと喉を開けて鳴いた。
「あの動きは……」バルジさんが息を飲んだ。「あの母竜、滅竜砲の射程ぎりぎりを飛んでいる……」
子竜はやっと骸機を追うのをやめた。母のしつこい呼びかけに一声ミュウ!と鋭く鳴いて、母親に向かって走りながら広げた翼を羽ばたかせて、飛んだ。
とりあえずひと段落だ。詰まっていた息が肺から口へ抜けていく。みんなもそうだろう。終わったと思った。
バルジさんの叫びを聞くまでは。
『後ろから高エネルギー! 早! 耐──』
真っ白な光弾が子竜の背中を直撃した。後ろと聞こえたがほとんど上空からだ。
子竜は真っ黒になって地に落ちた。ベナトルが翼を傾け子竜へ向かった。
そのベナトルにも光弾が飛んできた。ベナトルが煙を上げて墜落した。
ズズンと地面が揺れたのを合図に、カーゴから歓声があがった。
『やったー! おちだぞー!』
『キアン!キアン応答しろ! あれが滅竜砲か! ウォンバルが撃ったのか!』
アーロンさんの呼びかけに、キアンの返事はウォンバル公の声で返ってきた。
『忌々しい獣どもめ。私の国を踏みにじればどうなるか。教えるにはこれが一番だ』
『ドラゴンが死んだ! ウォンバル公バンザイ!』
子竜は倒れたまま動かない。でも、子竜の近くに落ちた母竜は、頭をもたげて翼を広げた。
『砲弾また来る!』
バルジさんの声と同時にベナトルは舞い上がり、口から雷の弾を放った。
空から飛んできた光弾にベナトルの雷が当たって消滅した。
ベナトルはもう一弾空に撃った。さらにもう一つ下へ撃つ。狙いはカーゴだ。
カートのロングシュートが雷弾を貫いた。カーゴの寸前で雷は消え、衝撃でカーゴは跳ねて傾いた。
『よくやったなカート!』ウェルスさんが叫んだ。
『エネルギーは残っていますが連発されたら無理だ。ベナトルこんなの吐けましたっけ』
『記録はないが、吐けるのではないかと言われていた。オリジナルに近い世代だからな』
『カーゴ! キアン! 応答しろ。動けるか』
アーロンさんが呼びかけるが返事はない。カーゴの無線が切れている。
『もう滅竜砲飛んでこねえのか。ベナトルの雷にやられたか』
グェンジョンさんのつぶやきがやけに冷たく聞こえる。
『そうかもしれん』さっきからバルジさんはあちこちのモニターをチェックしていた。『城の辺りに着弾したようだ』
ベナトルは地面に降りた。動かなくなった子竜に首をのばす。そして大きく鳴いた。目が真っ赤に染まっている。
ベナトルに眠っていた危険な本能が目覚めるのを見た。背中に走った戦慄で、左の機械眼がうずいた。
次のアーロンさんの通達は噛みしめるようだった。
『フェロレプス、爪をたてろ。翡翠竜の爪を。あのドラゴンに通るのは、ドラゴンのものだけだ』




