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疾風の竜狩人は……まだタマゴ!  作者: 汎田有冴


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4.ただいまより、ゴー・ホーム作戦開始しますので、よろしくー

 キアンと班長さんたちが話し合いを始めたので、僕とアーロンさんは骸機に戻った。そのうちランドシップがここに来るから僕は残ってもいいと言われたけれど、緊張感いっぱいの顔を突き合わせた人達を眺めているより、骸機に乗っている方が何倍も気持ちがいい。

 僕は再びアーロンさんの骸機の手のひらの上に乗り、熱を帯びた風をまいて走った。

 大地の闇の上を無数の星が飾っていて、空を優しく照らしていた。左目の機械眼で数える星は右目の裸眼より多くて、星の集まりが虹雲のように見えるところもある。

 その一つ、遠い地平線付近の輝く雲の前を二つの羽ばたきが横切り、山の影に溶けた。

 僕はぞっとしてアーロンさんを呼んだ。

「アーロンさん! アーロンさん!」

「どうしたリオン」

 アーロンさんの声がキャノピー越しに聞こえた。

「あの二頭が来ている。あの山の方!」

「おいブリッジ。今誰がいる?」

『カートです』無線の声も僅かに聞こえた。『頭冷やしたいならここにいろって』

「周囲を分析しろ。片付けはいったん中止して、出撃準備で待機」

 ランドシップに着くと、ルカ機とライリー機が外に出ていて、船は主機関を起動させていつでも動けるようになっていた。格納庫ではアルフとトトが自分の骸機をウェルスさんと父さんにチェックしてもらっていて、それが済めばすぐ乗り込めるように構えている。

 ブリッジに上がるアーロンさんについていくと、計器の合間に大人が数人入るほどの室内に、カートとグェンジョンさんがいた。

 立ってフロントガラスを睨んでいたグェンジョンさんが振り向いた。

「よく見つけましたねぇ。骸機のスコープじゃきつい距離ですよ」

「やっぱり来ているか」

 アーロンさんの問いにレーダーの前に座っていたカートが応えた。

「向こうの山陰に隠れていますが、心音の大きさや熱量でドラゴンが二頭いると、おんぼろレーダーは捉えています」

「おいおいカート」グェンジョンさんがたしなめる。「おんぼろなんて言うなよ。機械もへそを曲げるんだぞ」

「ああ。ごめんよ、プリティーレーダーちゃん。がんばってくれてありがとう」

「それで動きは? こっちへ来るか?」

 グェンジョンさんは首を振った。

「いいえ。でも、いずれは来るでしょう。あのツインズなら」

「あの準備は大丈夫か」

「ばっちりです。やりますか?」

 アーロンさんが溜息をついてから頷くと、グェンジョンさんは無線のマイクを持った。

『えー護衛隊の皆さま。ただいまより、ゴー・ホーム作戦開始しますので、よろしくー』

 そして、グェンジョンさんはポケットから小さなカード型の機器を出して、そのボタンを押すと、外から軽い振動が伝わってきた。

 アーロンさん達が一斉に同じ方角を向いた。振動したのは僕たちが発掘作業をしていたところで、てっぺんにベナトルの巣があると言われている山だ。その岩山の中腹から灰色の煙がもくもくと立ち上がっている。山なみに沿ってその先、またその先にも。

 再びレーダー画面を覗きこむカートにアーロンさんが尋ねた。

「ツインズの動きは?」

「離れていきます。うちのプリティーレーダーの外へ。ビビってるっていうあいつの見立てが正しいわけだ」

「こっちに来るっていうお前の見立てもな」

「……そうですかね」

 グェンジョンさんが僕に耳打ちしてきた。

「このことは、カーゴの奴らには言うなよ。不安がるといけねえ」

「ツインズのことだね。それとも、作戦のこと?」

「両方だ。それじゃ、リオン、カートも引っ越し準備急いでこい」

 グェンジョンさんに肩を叩かれ、僕はカートと一緒にブリッジを出た。通路のスピーカーからアーロンさんがコマンドを通達する。

『出撃体制は解除。全員片付けを再開してくれ。ドラゴンはこちらで見張る』

 あ、そういえば……僕は階段を降りながらカートに尋ねた。

「あの煙、カーゴからも見えると思うけど、なんて説明したらいいんだろう」

「うーん……ドラゴン除けとでも言っとけば? ほんとは逆だけど」

「えっ。ほんとは何なの?」

 カートがしまったと顔をしかめた。

「え、えっと、一応助っ人を呼ぶためなんだが……そいつが気まぐれすぎて、上手くいくかも分からない奥の手なんだよ。だからこれも絶対秘密な。パニックになったらいけないし……あ!」

 カートが急に真剣な顔で迫ってきた。

「エマさんが『あれ何?』って聞いてきたら教えて。俺がきちんと説明するから」

「い、今、作戦は絶対秘密って言わなかったっけ」

「中身は教えられないけど、彼女の不安に寄り添うようにする。これで行くぞ!」

 うっとおしいのを引きはがすためにとりあえず「わかった」と返事をしたけれど、たぶん……いや、絶対ないと確信しているので、万が一エマさんが訊ねてきても教えない。こんな大事な状況で彼の士気を削いではならない。我ながらいい判断だ。


 ランドシップが左右に7機のフェロレプスを従えてカーゴシップの前に現れた時は、すでに真夜中になっていたけれど、待っていた作業員たちはすぐに移動を始めた。

 バルジさんは座っていられるほど回復したので、ウェルスさんの補佐としてランドシップのブリッジに上がった。エマさんやメイヤさんもランドに移ってきた。

 予想外だったのは、ランドシップに移った人数が圧倒的多数ではなかったことだ。カーゴにはキアンの他、カーゴを動かすための10名にその家族や友人たちが伴った。ランドシップに移っても確実に助かるとは言い切れないというのが理由の一つだった。計画とは様子が変わってしまったけれど、アーロンさんはそれで良しとした。ランドシップにはその分余裕が生まれたので、エマさんメイヤさんの骸機もランドシップに積み込めた。二人は愛機を自分の傍に置けて嬉しそうだ。父さんと父さんが組み立て中の骸機〈5〉もランドシップに残せた。僕はもちろん骸機〈5〉と共にランドに乗る。

 全員が夜通し動いたおかげで、明るくなるとすぐ帰りの旅路に出発することができた。

 左右をアーロン隊で固め、ランドシップを先頭にして乾いた平原に土煙をあげながら進む。

 船が動き始めると、格納庫内のほとんどの人が仮眠を始めた。僕も眠たかったけれど、外を眺めたかったので甲板へ向かった。格納庫に小さい窓はあるが、砂が入るしエアコンもきいているので開けたくない。

 急こう配の狭い階段を上がり、分厚くて重たいハッチを開けると、船の後部の甲板に出た。観光客むけの椅子や望遠鏡があるわけもなく、平らなデッキがあるだけで、追随してくるカーゴシップが視界を遮っていた。急停止してもぶつからないくらいの間隔は開いているが、巨船の圧が伝わってくる。操舵室でキアンが腕組みして睨んでいるから更に威圧感を加えていた。手を振ったら、片手をあげてくれたけど。

 正面に回る通路には船首が切り裂いた風がビュービューと吹き渡り、『通行禁止』と書かれたロープを叩いていた。甲板の真ん中にいても、船の大きな揺れで端っこに運ばれていく。風にあおられて、あわてて握った落下防止のフェンスも細くて所々曲がっていて、保護は最低限、自己責任感たっぷりといったところ。それでも、壊れかけのフェンスから身を乗り出し、開けた正面と側面の風光を浴びた。

 一万年前の戦争が基礎を作ったという草原がどこまでも広がっていた。体感では、航行スピードは行く時と比べて半分だけど、これまで掘っていた岩山がどんどん遠くなっていく。昨夜上がった煙はまだ山並みに残っていて、山頂が弓なりの地平線に沈んでも天へ向かってのびていた。煙の先には雲の群が流れていて、猛暑の終わりを告げていた。

 護衛隊の骸機は、船の左右に少し前かがみになった姿勢の低空飛行で列になっていた。どの骸機も複数の武器を身に着け、陸船についていくための大型スラスターを背負っているので、バックパッカーを思い出す。

 武器の内容は個々それぞれだけど、共通して持っている一つは、エネルギーランチャーだ。フレームで作られたエネルギーを直接撃ちだす遠距離武器。小口径のエネルギー弾を高速かつ連続で撃つ仕様も大きなエネルギーの塊も撃てる。骸機が動く限り弾切れの心配はないが、父さんが前に実験した通り、放出するエネルギー量が多いと骸機の動きが不安定になり、ともすれば壊れてしまうので、あまり威力は出せない。この欠点を補うため、射撃を多用するカートやグェンジョンさんは、予めエネルギーを充填したカートリッジを装填し、実弾も撃てるバレットランチャーも(エネルギーランチャーに対してそう呼ばれる)持っていた。

 もう一つの共通装備は翡翠竜の爪だ。ドラゴンの爪は硬い。鱗に覆われなかなか刃の通らないドラゴンの皮膚もドラゴンの爪なら引き裂くことができる。武器の刃にうってつけの素材だけど、翡翠竜の爪は特に硬くて加工が難しかったので(お金をかければできるそうだけど)、アーロン隊はそのまま腕につけてしまった。

 突如、すぐ傍の骸機のキャノピーがばこっと開いて、せき込むアルフの顔が出てきた。

「どうしたのさー!」

 風に負けないよう声を張り上げると、アルフもとびきりの大声で叫んだ。

「中がまだくせぇー! 砂煙のほうがましだー!」

 後ろの甲板から笑い声がした。僕のあとをついてきて上がってきた作業員たちだった。


 昼過ぎになって仮眠をとっていた人たちが起き出すと、父さんは骸機〈5〉の修復を再開した。骸機を動かすのに必要なシステムはもうほとんど出来上がっていて、あとは細かな調整のみだそうだ。まだ装甲がついていないので、骸機の内部機関が丸見えで吊り下げられている。

 基になったフレームは、クリーニングで汚れを落とされて、各部を特殊なジョイントで繋ぎ、足りない部分は他の骸機のフレーム片や別の素材で補っている。血管のように機体に張り巡らされたチューブは、フレーム内で生成されたエネルギーを取り出し、各関節の駆動システムにエネルギーを供給するためのものだ。エネルギーの一部はタンクに蓄えられ、エネルギーランチャーやスラスター、コクピットの操縦システムやエアコンなどに分配されるだけでなく、フレーム内にも戻され、新たなエネルギー生成の触媒にされる。

 コクピットボックスは腹部に入れられている。父さん曰く「お腹に頭があるようなもの」──比喩だってわかっちゃいるけど、ちょっと気持ち悪い表現だ。それで思い出した。父さんは、掘り出される人型兵器の残骸という骸機の化石は、骨のように堅いから、単純に骨格(フレーム)と呼んでいるけれど、ほとんどが骨だけでなくそれにくっつく腱や靭帯にあたる部品までカラカラに乾いたフィルムで包まれた状態で出てくるらしいので、遺体に例えるならミイラに近いとも言っていた。そんな風に残っている謎のテクノロジーを使いこなせたら、もっと骸機は強くなるだろう──とも。

 〈5〉をじっと見上げている間、左眼が痛んだり、変な波動を感じたりすることはなかった。今の状況に満足しているのか、現代の制御システムを組み込まれてありのままの闘争本能を発露できなくなったのか。

 籠を抱えたエマさんがそばに寄ってきた。一瞬構えてしまったが、理由はどうでもいいことだった気がする。

「お腹すいてない? 台所を借りて作ろうかと思ったけれど、もうお昼だから」

 煙の質問じゃない。緊張が解けた。籠の中は非常食のパウチだった。

「ありがとうございます。昨夜から何も食べてなかったんだった」

「カントクにも渡して。夢中だから声をかけづらいわ。あとは外装をつけたら完成、かな?」

「まだですよ。外装もいるけれど、動かすにはスターターを入れないといけないんです」

「ああ。あの、永く眠っていたフレームの能力を起こす()()、ね」

 なんだ……知っているんだ。偉そうに言うんじゃなかった。

 柔らかく微笑んでいるエマさんの籠から非常食を取って、起きた人たちに配っていると、ウウーと短くサイレンが鳴ってウェルスさんの放送が流れた。

『遠方にドラゴンの影を発見したとの連絡がありました。船が大きく揺れる可能性があります。全員床に座るか、どこかに掴まっていてください』

 周りが反射的に腰を落とした。エマさんとメイヤさんも籠を抱えたままぴたりと動きを止め、天井を見上げた。

 船はまだ揺れなかったが、外の骸機の駆動音が次々と離れていく。

 僕は操舵室への階段を駆け上がった。

「こらこら! 座りなさいって言われたでしょう」

 エマさんからとがめられたけど、ごめん、止まれない。

「皆さんは落ち着いて。それぞれの居場所に帰って」父さんは全体に呼びかけていた。「ウェルスのいう通りにしてください。僕が無線で外の様子を聞きます」

 操舵室のドアを開けると、オープンになっている護衛隊のやりとりが飛び交っていた。

『弾幕を張れ。近づけさせるな』

 右側の窓に、スラスターを閉じて地を走る骸機の隊が見えた。彼らがエネルギーランチャーを構えると、甲高い破裂音と共に、無数の弾が空へ放たれた。

 雲の切れ間に羽ばたくあのツインズが、エネルギー弾を避けながら見え隠れしている。

 運転席のウェルスさんが怖い顔で振り向いた。

「放送が聞こえなかったのか。当たり前のようにこっちきやがって」

「だって、ほら、雑用係だし」

 追い返される前に壁際の補助席に座ってベルトを締めた。

「ここが一番安全だから」

「そうでもないぞ」

 怖い顔は直らないけれど前を向いてくれた。関門は突破できた。

 ウェルスさんの隣りで、まだ左手を吊っているバルジさんが父さんと無線で話していた。

「右舷の上空、今雲の中へ……ええ、同じ大きさの二つです。まだ距離がありますから、このまま進みます」

 唐突に射撃が止んだ。船の重い推進音だけが耳に響いてくる。

『もう離れたかな……』ルカのつぶやきを無線が拾う。

 思わず窓に張り付いた。僕の左眼には見えている。

「まだ追ってくるよ。大きな雲を避けただけだ!」

「座れ! ベルト!」

 ウェルスさんが僕とマイクに同時に怒鳴った。

「聞こえたかアーロン。雑用係がうちのプリティーレーダーと同じことをわめいている!」

『グェンジョン、ロングシュートを用意してくれ』

『了解。うまく誘導してくれよ』

 グェンジョンさんの骸機が、脚部を固定しカートリッジ付きの他より重たそうなランチャーを構え直した。

 ドラゴンが降下してくると、他の骸機が再び小弾を空へばらまく。

 隙のない弾幕にあえて作った間隙にツインズの一頭が入った時、グェンジョンさんのランチャーが爆音を吐いた。飛んでいったエネルギーの塊がその片翼に命中。

 被弾した翼はよじれ、ドラゴンはぐらりと失速。墜落した。

 同時に窓から護衛隊が見えなくなった。

「仕留めたか。もう一頭は?」ウェルスさんが無線に尋ねる。

『落ちた一頭のそばに降下していく』

『仲良しだな。切りに行けねえじゃねえか』

『このまま航行せよ。予定通り、その先の谷へ入れ』

「了解。少し速度を上げる」

 たぶん護衛隊はカーゴシップの後ろで、ドラゴンをけん制しながら追いついてくるだろう。

 悔し気なドラゴンの咆哮を置いて、僕らは先へ進む。


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