2.名前をつけられしもの
夕飯は、半透明のテントの屋根が外された敷物の上で、バジリスク・バイキング・パーティーが始まった。
バーベキューはもちろんのこと、エマ医師とはまた別のコックが腕によりをかけて作ったバジリスク肉を使った料理──水炊き、ブラッドソーセージ、シチュー、ピザなどが出されている。体が痛くて医務室に寝ていたけれど、その体をおして食べに行く価値は十分。というか、匂いだけで元気が湧いてきそう。
「うっま~! うまいわ~。私はこのために仕事してるのよ~!」
エマ医師は特注の巨大串焼きにかぶりついて絶叫している。それを見たカートが二人分の皿を持ったまま立ち尽くしていた。小耳にはさんだ話では、カートはドクトル・エマのことを「ちょっといいな」と思っていたらしい。
「あんたがあの人の横に座るなんて、百万年早いって」
メイヤが串焼きの串までちらつかせると、カートはムッとして離れていった。
そんな賑やかな会場を見回しながら料理の並ぶテーブルによたよた近づくと、
「元気になったか」
「よっ、英雄!」
「監督がオロオロしてたぞ」
と、あちこちから声をかけられ、肩を叩かれた。加減してくれているのはわかるけど、それが打ち身に響いてへっぴり腰になり、盛った皿を落としそうになる。
極めつけはアーロンさんで、やっと席について食べていると、そばに寄ってきて、
「ようリオン。二年後が楽しみだな。それまで怪我すんなよぉ」
と、がっしり肩を掴まれた。普通でもどうかと思うくらいガッシリと。むせた。
「おお。どうしたどうした」
「お父さん。リオンは今怪我してるって。あんなので突っ込んでいったんだから」
いつの間にかルカが来ていた。シチューの皿を持ち、骸機に乗るときに着る装甲服を着ていた。
「ルカ。今から巡回か」
「うん。これ食べたら行く」
「そうか。頼んだぞ」
ルカは僕の隣りに座って食べ始めた。
ルカは、うちに来るアーロンさんによくついて来ていた。一緒にアーロンさんの運転する骸機に乗って、散歩に連れて行ってもらったりしたこともある。つやつやの黒髪をかなり短く切っているが、ついこの前までは肩までのばしていた。女の骸機乗りは珍しくはない。女性だけのチームもあるくらいだ。ファッションにも特に規範があるわけではない。髪型を変えたのは、誰かに強制されたとかではなく、ルカ自身が決めて切ったのだろう。一途なルカらしいことだ。
バジリスクの肉は鶏肉に似ていて、筋張っているところもあったけど、美味かった。
「その服さ、おじさんのおさがり?」
ルカの装甲服は翡翠竜の鱗でできていた。
「サイズがぜんぜん違うでしょ。お父さんの素材を分けてもらっただけよ」
ファッションに絶対的な規範はないけれど、骸機乗りがこだわるポイントが一つある。
自分が倒した竜の素材で装甲服や骸機を彩るってことだ。
市場に出回る素材で作っても構わないのだけれど、名のある竜を倒した時はその素材を身につける。それが自分のステータスになるのだ。
横のアーロンさんの場合、今は普段着だが、ベルトに倒した歴代の竜の鱗が縫い付けられてぐるりと一周している。僕がドラゴンなら震えあがる数だ。
「そのうち自分で倒した竜で作るんだから。今はそれが目標」
「ふーん。たぶん俺のほうが早いね」
「あんたまだ二年も先でしょう」
「なってすぐ狩ったらいける」
「分かってないな。そんなに簡単じゃないよ」
ルカはふふんと鼻をならした。
「ボディアタックで下敷きにできるようなサイズならすぐかもしれないけど。あんたが潰したバジリスクの皮いる?」
「あんな小者はいらない」
「そう。じゃ、私は巡回に行ってきまーす」
ルカは空になった皿を持って立ち上がった。背筋がピンとのびて、後ろ姿が大きく見える。
でも、見込みのない隔たりを百万年というなら、幼馴染の二年なんてたいしたことない。
光の速さで追い抜ける。
苦笑いのアーロンさんが、しおれているカートに声をかけていた。
「その皿、マシューに持って行ってくれないか。収蔵庫にこもりっきりなんだ」
二、三日ゆっくりして体の痛みは少しずつ引いていったけれど、ドクトル・エマの骸機解禁のサインはなかなか出なかった。
そこで転職。運搬係から倉庫番に移ることにした。
あまり動かなくてもできることはないかと父さんに相談したら、
「仕事に慣れてきた人たちを勝手に移動させることはできないからな。発掘したものに付けるラベルを書くのはどうだ」
つまり、デスクワーク。
最初の楽しみとは真逆の仕事になったけれど、それでもいい。護衛隊の骸機が交代で発進し、周りも忙しく働く中、一人テントで木漏れ日を眺めていると心がざわついてくるから。
一番大きなカーゴシップに作られた収蔵庫は、発掘したものの保管場所だ。
ここを管理しているキアンは、ウォンバル公の城から派遣された男でハーフ機械人だ。2メートル近い体の3分の2が機械となっている。顔は生身だけど表情はほとんど変わらず、僕ら(収蔵庫で働く人間は僕のほかにもいる)に指示を出す声にも抑揚がなかった。
金属とコードで作られた手足で大きな化石やまだ土のついた骸機の塊を一人で持ち上げ、棚に収めることができた。収めるとそれをじっと見ている。
「何してんの」と、子供っぽく尋ねてみた。すると「記録している」と棒読みの返事。「ここにあるのは全て領主様のものだ。盗んでもわかるからな小僧」
運搬係に運ばれた出土物はこの収蔵庫の集められるわけだが、こちらでする主な作業は「現場で付けられた番号と目録を照合して、ちゃんと到着したかどうか確認する」ことと「ラベルを付けて保管する」ことだ。
ドラゴンの頭骨なんていう大きなものはすでに番号と詳細な記録のラベルがつけられているので、そのまま保管箱に入れてキアンが持って行くのだが、小さいものはこちらでラベルを付けて「〇番はどの骸機の部品」とか書いた表を作ることになる。細かく砕かれたフレームなんかはモノに直接番号を書き込む。後で復元師がくっつけてしまうので、ラベルがゴミの山になるからだ。
ラベル書きなんていう細かい作業で退屈するかと思いきや、化石や骸機の部品をゆっくり観察できるのでけっこうやりがいがあった。
特に骸機は、フレームのそろっているものは収蔵庫の奥で保管箱から出され、一体分ずつ、体の位置に合わせてまとめられていた。父さんが収蔵庫にこもりっきりでやっていたのはこれだ。1、2体がうちにあるのはしょっちゅうだったけれど、5体の巨大な骸骨標本が両壁にずらりと並んでいると、さすがに畏怖する。
人型というけれど人間の骨格と違うところはたくさんある。
頭蓋骨にあたるフレームは人間ほど大きくないし、ものを食べないので下顎はない。目も一つだったりもっとたくさんあったり。角のあるものもいる。手足はだいたい二本ずつだが種類や個性でそうでないものも。爪も三本やら四本やら。生き物なら内臓が入っている所にコクピットボックスが入る。
そして、大きな特徴であるフレームに並ぶ小さな瘤。ここからフレーム内で作られたエネルギーを吹き出すので、これを使って飛び上がったり滑るように移動したりすることも可能だ。骸機になる前の本物だった頃は、ここのエネルギーを巨大な砲身から撃ってドラゴンの炎に対抗したというけれど、骸機でそんな高出力を出せるものはいない。やりたいと父さんは言っているけれど、ほぼ100%そろった骸機でも撃てないわ動かなくなるわで散々だったってさ。残らない部分に秘密があるのかもしれない。
僕が骸機を眺めていると、キアンが歩いてきた。
「何をしている小僧」
「休憩時間なんで、見学してました」
「出ていけ。持ち場に戻れ」
そして一つ一つの骸機の前に立って頭を動かす。たぶん無くなった物はないか確認しているのだ。
「キアン、変わったところはあったかい」
「ない」
「ここの骸機はどれも同じ?」
「知らん。向こうへ行け」
機械の大きな手を持ち上げたので、僕はいそいそとその場を離れた。
キアンは一見すると裸眼だが、たまにはじける虹彩の輝きから両目の奥に機械眼に近い機能があると思う。でも、奴のポーカーフェイスでは気づいているのか分からない。僕がここで見た波動に。
まるでつなぐ手をのばしたかのように揺れて、消えた。定期的に出る信号なのだろうか。あれを摑まえるにはどうしたらいいのだろう。
左から二番目の骸機。あれは、僕の機体だ。
最近の父さんは前より寝床に入るのが遅い。
遅くまで机で書類を作っていたり、収蔵庫に行っていたり。発掘現場は今の年代を掘り尽くして一区切りついたそうだが、そこからの方が忙しいようだ。
今晩もなかなかテントには戻ってこなかったので、探しに出ると、護衛隊のランドシップで発見した。
父さんはアーロンさんより年上の隊員ウェルスがやっている骸機の整備を手伝っていた。
アーロン隊の骸機が左右に三機ずつ並んでいる。二機は巡回に出ているので、全部で八機あることになる。
大きさには多少ばらつきはあるが、全体的に首の短い四肢のがっちりしたフォルムで、みんな翡翠竜の鱗や爪を使った装甲でまとめられている。足元には戦斧、剣、ランチャー等それぞれが好む得物が置かれていた。
「やっぱりフェロレプスはすごいね」
褒めたつもりだったんだけど、自分のアクセサリを磨いていたアルフにじろりと睨まれた。
アーロンさんは自分の骸機をなぜか「俺のかわいいウサギちゃん」と呼ぶので、アーロン隊の骸機はよそから「アーロン隊のウサギ」と揶揄される。それでは恰好がつかないと焦ったウェルスが「鉄兎」という名前を考えたんだけど、他の隊員にいまいちウケがよくない。ここにはないアーロン機には赤い羽根飾りがついているから耳に見えなくはないけれど。
「やっぱウサギはよくないよ。もっと派手な青ほしいからさ、今度東の青竜倒そうぜ」
「『ウサギよくない』『青竜倒したい』って、アーロンさんにそう言えたら、お前のセンスを認めてやる」
と、隣で横になっていた隊員バルジ。
「……こっそりウロコ拾ってこようかな」
「生きて帰れたらおごってやる」
父さんが手を止めてこっちを向いた。
「どうした。体が痛むか」
「うん。ちょっといい?」
飲み物を持って、二人でランドシップの外に出た。
「見つけたんだ、目を傷めたやつを。収蔵庫にあった。もう引き上げられていたんだね」
「それは困った。復元率75%を超える骸機は領主にやらなければならない契約だ」
「あそこにあるのは全部そういうやつ?」
「細かい部品を集めたらそうなりそうなフレームばかりだ。どうするかな」
父さんは冷静に考え込んだ。それが違和感だった。
「父さんは最初から知っていたのか。そんな骸機が埋まっているっていうこと」
「いいや。でも何かあるかもしれないと……あってくれたら、恩人にまた会えるかなと」
「眼に関係してることなんだ」
「そういうことだ」
幼いころ、僕たち家族が住んでいた町が狂暴なドラゴンに襲われた。母は死んで、僕は重傷を負った。そして、土地の領主様から眼をもらった──ということになっているのだが、本当に眼をくれたのは、うちに居候していた機械人だ。
そんな人がいたことをうっすらと憶えている。父さんもちょっと変わった普通の人間だと思っていたのだが、僕たちを助けた時にばれてしまった。僕に自分の眼を移植して、認識票を書き換えるコードをもった人。ぼくのミドルネームは、その人が認識票に細工をした時に自分の名前をくっつけたのだ。それから、うちにあった骸機に乗って出て、ドラゴンに潰された──僕が知っている話はここまで。
「骸機に乗る前に話をしたんだ。前々から『兄弟を探している』と言っていたんだが、どの辺にいるんだと聞いたら『たぶんこの辺。あまり未練はないから、よかったらそっちが使ってくれ。リオンに謝っといて』と」
大きな町に逃げてしばらく経って、アーロンさん達がドラゴンを追い払ったあと、お墓参りにいったことがある。母さんたちのお墓と一緒にその人のお墓もあった。残っていた体を埋めたんだって。
「『死ぬな』と言ったら『機能が停止するだけだから』と言って出ていった。機械人なんだから兄弟とやらが見つかったら生き返るんじゃないかってな。まあ、あくまで〈願望〉なんだが……」
父さんは空を見上げた。お墓参りをした時と同じ表情が、少し疲れている。
骸機にドラゴンの翼はつけられないのだろうか。
いつものように収蔵庫でフレームの欠片に注記しながら、同じ仕事をしている作業員にたずねた。
「こんな欠片やあの大きな骸機をもらって、領主様はどうするんだろうな」
「城の近衛兵が使うか、売るんでしょう。ウォンバル公は金にがめついっていうし」
夫と勤めているという婦人は手を機械的に動かしながら、口も自動生成したように返してきた。
僕も「機械人はお金にシビア」と聞いたことがある。城の倉庫に入れば本当のお蔵入り。市場に出ればまだ手に入れるチャンスはあるけれど運の要素も絡んでくる。あの機体を確実に手に入れるのならここでなんとかしなければならない。父さんの話から考えれば、復元率75%以下だったら無条件で接収されることはないわけだから、部品を隠してしまえば話し合いの余地が生まれることになるはず。
現場から運ばれてきたばかりのコンテナは山積みになっていて、どれが何の部品なのかは中を開けて目録と合わせないと、素人目では判別がつかない。
すでにラベルを付けて仕分けされたものは、半透明のフォルダに入れられ棚に収納されている。レンの兄弟機(仮にそう呼ぶことにした)の遺物の可能性がある小さいものも、その棚の一角にまとめられている。もし隠すならここにある物だが、棚の前はいつもキアンがうろうろしている。
キアンがコンテナを開けた作業員に呼ばれた。棚の前を離れる。でもすぐに大きな遺物を持って戻ってきた。
「手伝おうか、キアンさん」
ダメもとで声をかけてみる。もちろん「いらん」の一言。一人で棚に収め、見回っている。
「僕も復元師になりたいんだ。遺物を見て勉強させてくれないか」
「フン。学校で習え」
「体がよくなって退屈してきたのね」作業に疲れた人が話に加わってきた。「運搬係に戻るかい?」
「いやあ、骸機見れるからここもいいなって」
「お茶でも入れようか。キアンさんもどう?」
「ここに持ってきてくれ」
お茶好きなくせに仕事熱心で困る。
立ったまま小さいマグカップでずずーっとすする大男を横目で観察しながらどうしたものかと考えていると、壁のスピーカーから大音量のサイレンが鳴った。
『全員ヘルメット着用。避難用意して待機!』
ドアに駆け寄ると、護衛隊の船のほうから待機していた骸機が二機出てくるところだった。赤い羽根飾りに戦斧と小盾──一機はアーロン機。もう一機は多分、現調査から入隊したライリーだ。肩の赤い縦線に剣と小盾が新しい。
「何があったんだ」キアンが無線で問い合わせた。
『でかめのドラゴンが二匹来ている』ウェルスさんが応じた。『ベナトルがいない間に縄張りを乗っ取りにきたかな。ズシズシ近づいてくるんだ』
「追い払えるんだろうな」
『もちろん。しかし若いのは無鉄砲だからな。ドラゴンも人間も』
「フン。言い聞かせてやれ」
『やれやれ』
後ろの収蔵庫は大慌ててお茶の道具ややりかけの仕事を片付けて、コンテナの固定を始めた。キアンは相変わらず無線のレシーバーを持ったまま棚の前。混乱に乗じてっていうのも無理そう。無線からはアーロンさんの声も聞こえてきた。
『グェンジョン、現場は何人いる』
『監督含めて16人ですかね』
『トトと一緒にそこで待機。ウェルス、船を前に出せ。何発撃てる』
『二発。外の連中が避難したら動きます』
外にいた作業員が次々に船に駆け込んでくる。人の流れに押し込まれないようにドアにしがみついて外を見続けた。他の場所にいた骸機がまた二機、全速力で通り過ぎる。肩は白い花と青の二本線──ルカとカートだ。
『キアン、念のためいつでも動けるようにしておいてくれ』
「分かっている」
骸機が向かった先ははるか向こうの地平線で、ここからはまだ何も見えない。ただ、遠雷のような震撼と逃げる動物たちの影が空と大地に散っていく。
突如後ろから首根っこを掴まれた。
キアンにそのまま持ち上げられ、つまみ出される猫みたいに連れていかれる。折れ曲がった階段を上り船橋へ。キアンはカーゴシップの狭い操舵室に入ると、僕を運転席の隣席に放り投げ、自分は運転席にドカッと腰を下ろした。
「そんなに見たけりゃ特等席にいろ」
キアン……いい奴かもしれない。こんな奴から部品隠せるだろうか。
みんなが船の中で息を潜め、護衛隊も位置についてドラゴンの動きを注視する張り詰めた空気がコクピットのいても伝わってくる中、僕はこれから目の前でドラゴンとの戦いに(遠くてよく分からないけれど)高揚感を感じていたのは間違いない。
長く、無線の声しか聞こえない時間が続いた。
『バルジ、報告』
『やつらバジリスク狩って食ってます。こちらのことは気にしていないようです』
『キアン、データベースの使用許可をウォンバル公へ』
「許可する」
急に発せられた生の声に自分の体がびくっと反応した。データベースとは……竜狩人の使う情報網を領主たちが管理していると聞いているから、そのことかな。キアンがウォンバル公の代弁者として参加していることは知っていたが、こんな返答がくると〈代弁〉というより〈端末〉という言葉を当てはめたくなる。キアンは話さないときも口角の筋肉が動き、声にならない声を発しているようだった。
『個体の記録がありますな』
前方に移動したランドシップにいるウェルスからの無線だ。
『時々ベナトルの縄張りの外をうろついている個体と特徴が一致する。主の匂いが消えて、様子をうかがいに来たってところかねぇ。戦闘記録はなし。遠くから見かけた程度のようだ』
『人に興味を持たないタイプ?』ルカの声だ。
『そういう注意書きはないですな』
生体兵器として作られたドラゴンは基本的に攻撃的性格を持ち、特に人間に敵意を向けるというのが通説だが、世代が進んで攻撃性が薄れてきているという報告もある。
でも、僕の町のようにドラゴンに滅ぼされたというニュースは後を絶たない。機械人の城の周りに人が集まるのもドラゴンを避けるためだ。機械人の城にはドラゴンに対抗できる武器が必ず一つはある。ドラゴンもためらうほどの威力を持つものが。だから、城はドラゴンに破壊されることなく文明を保っている──そういう通説だ。
しばらくして『やつら腹いっぱいになって、草原で寝てます』という報告で、第一級の警戒態勢は解かれた。
しかし、近くにドラゴンがいることには変わりない。護衛隊がドラゴンの動きを見張りつつ、テントですごしていた僕らはカーゴシップの中に寝具を持ち込み、コンテナで間仕切りを作って寝泊まりすることになった。来る時も船室が足りなくてからっぽの貨物室を居住空間として使ったけれど、今は収蔵物や骸機が詰まっているので、かなり手狭で余裕がない。
エマさんとメイヤさんも医務室に最低限の空間を残して、自分たちは自分の骸機の下に追いやられていた。
「大収穫だったってことよね。帰りもこうなるはずだったんだもの」
「ええ。ドケチのウォンバル公のせいです。早いとこ冷凍庫の肉食い尽くしてクローゼットに変えましょう」
僕はコクピットのシートの後ろに寝袋を用意している。
現場で待機していた父さんたちも帰ってきた。
「アーロン、ドラゴンは大きいか?」
「尻尾も含めて30メートル前後。四肢と翼の揃ったシン・ドラゴン型。まだ若く、翼もそこまで発達していないが、二匹だ」
「楽しそうにピースサインしないでくれ」
船にいる全員が携帯食料で夕食を済ませた後、アーロンさんやウェルス、キアン、ドクトル・エマなど各部門の責任者が貨物室の隅に集まり、みんなが見守る中話し合いを始めた。
「潮時だな。カーゴも重たくなって速度が落ちている。発掘は終了しよう」
父さんがそう言うと、キアンは契約書類や地図の広がった机上を指さした。
「この区画はまだ手をつけていない。期日はまだのはず」
「あんなのが近くにいるんじゃ外で仕事はできない」運搬係の人がいう。
「キアン、ベナトルの動きは? 領主様は主要なドラゴンの動きを把握できるそうだが、城は何て言ってきている」
「変わらない。ちょっと猟場に踏み込まれるくらいは日常茶飯事だ。やつは動かない」
「縄張りを奪う気なら、岩山を目指すぞ」とアーロンさん。「あそこがこの辺りでは一番見晴らしが良い。なによりベナトルの巣がある。その途中に我々がいる」
「二匹は寝ているんだろう。じき帰る。まだ城の倉庫は満たされない。賃金が少なくなる」
「賃金減額は困る。あと何日いればいいんだ?」
「じゃあ、二、三日様子を見て決める?」
話し合いは一旦終了となった。みんなが疲れていたこともあった。
動いたのは真夜中だった。僕は操舵室の無線で飛び起き、シートの角でこぶを作った。真っ暗なサバンナの地平線が白く輝いている。
『すまん! 一匹空に逃がしちまった。発信機は成功した』
『カート、レーダーはどうなっている』
『急上昇して……レーダーから消えました』
『バルジが半壊した。もう雷撃弾の効果が切れる。やつらゴリゴリの本能丸出しだぞ』
『そのはね切り落としてくれるー!』アルフの怒号が無線を震わせた。
『トトを向かわせる。そいつは押さえててくれ。レーダーから目を離すな』
キアンが舌を鳴らしてサイレンのスイッチを入れると、サイレンと共に悲鳴が湧き上がってきた。
作業員を束ねる一人がコクピットのドアを開けてきた。
「キアン、どうなってるんだ」
「不意をつかれたんだ。色々備えてろ」
僕もキアンに尋ねた。
「キアン、父さんはどこにいるの?」
「向こうの船だ。元は技術屋だからな」
夜のサバンナの視界で骸機のあの瘤から吹き出すエネルギーの炎が激しく明滅している。
護衛隊の船が少し移動し、旋回する。船首から唯一の砲身がのびて射角をとった。
『照明弾上げますか』
『まだだ。レーダーを注視しろ。本能丸出しってんならこっちに来る』
『映った! 急降下してくる!』
『やれやれ、カート』あくびをするウェルスの声。『これが高度、速度……着地点を予測できるな。絶対当てろよ』
『わかってます』
『ルカ、照明弾』
斜め上に小さい光弾が打ちあがり、空を明るくする。光を切り裂いて、上空から爪を光らせた影が飛び込んできた。
同時に砲身がエネルギー弾を発射。見事に影を捉えた。
カーゴを狙っていたドラゴンは失速し、前方のサバンナに落下した。
ぐったりした緑の影に骸機がランチャーを浴びせる。弾を打ち尽くす寸前、尾が周囲を薙ぎ払った。四肢をふんばって体を起こし、長い首を振って粉になった鱗を落とす。鋭い大きな目で、ランチャーから戦斧に持ち替えたアーロン機を捉える。
ドラゴンが一声吠えて爪をたてた。かいくぐったアーロン機がかかとに重たい刃を立てる。
周りの骸機も攻撃を始め、戦斧と剣、爪と尾の応酬が何度かかわされた後、ドラゴンは突然咆哮し、飛び去った。
アルフたちの方からも「空へ逃れた」と連絡が入った。
レーダーで二頭がキャンプから離れていくのを確認しても緊張は続いた。
エマとメイヤがランドシップに渡る時、僕もついていった。
アルフとグェンジョンが抱えてきたバルジの骸機はひどく歪んでいたが、コクピットが頑丈にできていたので、バルジの命に別状はないということだった。しかし、僕よりも重傷なのは見て取れた。
ルカたちは入れ替わりでいつもより広い範囲を巡回し、待機中の骸機も動力を切ることなく身構えていた。
カーゴからは、平原や空の安全を確認するライトの筋が身を守る棘のように何本ものびている。
長くも息のつけない夜が更けていった。
僕は一睡もできず、カーゴシップの運転席からサバンナと空を眺めていた。それ以外に手伝えることが思いつかなかった。
眠れなかったのは周囲のほとんどがそうで、ドラゴンが去った頃から「早くこの場を離れたい」という声があちこちから上がっていた。いつもならキアンに近づかない人まで「キアン、お願いだから船を動かしてくれ」と懇願する場面があった。
だから、日が昇って、油まみれの父さんが再び会合を開き、
「今回の作業はこれで終了し、帰宅の準備をしようと思う」
と言った時は、貨物室全体から割れんばかりの拍手が起こった。
「ドラゴンに襲われ最悪の状態になった場合は中止してもよいとある。今は確実にそれにあてはまる状況だ」
キアンは腕組みをして黙っているが、顔面うっ血状態の形相だった。いつもなら全員遠巻きになるほどの迫力だが、皆キアンが船橋へ向かうのを期待をこめて見守っていた。
「しかし」父さんの言葉はまだ続いた。「移動には、もう少し時間がほしい」
周囲が固まった。父さんの言葉を継いだのはアーロンさんだった。
「動いている船を護衛するのは難しいんだ。ドラゴンも今はレーダーの範囲から外れたところにいるが、そんなに離れてはいない。正確な動きを知るために隊員二人を出している。ドラゴンの様子を探りつつ、安全に帰れるよう退路の計画を練りたい」
「私も時間が欲しい」
医務室からエマさんが出てきた。
「けが人に今は安静が必要。カーゴシップのモーター音は傷に響くから。今静かにさせることができたら、また仕事ができるようになるよ」
「ドクトル、時間はどのくらいいる?」父さんが尋ねた。
「少なくとも一日は」
周囲がざわめいた。
「この場の全員を守ることが俺たちの役目だ。一人欠けてもその役目を全うするためにその時間が欲しい」
アーロンさんがそう言っても、ざわめきは大きくなるばかりだった。「一日は多すぎる」「けが人を護衛隊のほうに移したら……」そんな声が聞こえてきた。「キアン、領主様はなんというだろうか」
ドン! キアンが足を踏み鳴らした。
「荷物が全部届いた方がいいに決まっているだろう! 満載したカーゴは遅いんだ。早く逃げたきゃ降りろ。トラックを貸してやる! それか、俺に放り投げられるか!」
もちろんざわめきは止み、静かになった。これまでも尋常じゃない様子だったキアンなのに、こめかみにはち切れそうな血管の筋が盛り上がり、この場の誰よりも悔しそうな顔をしている。
「すまんな、キアン」ちょっと笑いそうになっている父さんが謝った。
「とっととやるべきことをやれ! ウォンバル公に報告してくる!」
アーロンさんがキアンの肩をポンポンと叩いて出ていった。
周りの口と手が動き始めた。作業員の一人が父さんを摑まえて聞いた。
「監督、俺たちにできることはなんだ」
「そうだな……今は、静かな環境と……」
周りがちょっと静かになる。
「温かい食事。みんな腹が減っている。携帯できるものも作ってくれたらありがたい」
「じゃあ、肉を焼こう。ドラゴン食べて憂さ晴らしだ」
メイヤの提案にみんなの顔が生き返ってきた。僕は料理の手伝いをすることに決めた。サンドイッチを作り、ランドシップにデリバリーしよう。
ふと、誰かに頬を撫でられた気がして足がとまった。
痛くなくなったのは慣れたからか。それとも、その誰か〈何か〉の意志なのか。その意志の心、たまに発せられていた信号の意味を、今理解する。
使え。私を使え。あなたなら、できるはず。名前をつけられたものよ。




