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第9話 生きる理由




 俺たちは、タネル子爵領からカルダノ男爵領に戻って来た。

 空を見上げると、以前は乱されていた『因果』が漂っていた。

 まだ、本当にか細いが、一応これで正常化したとみていいだろう。

 それでも、自然に任せていては、いつ雨が降るか分からない。


「こりゃ、期待はできそうにないな。」


 やはり、介入してやらないと雨は降りそうになかった。


「本当に、雨を降らせられるの?」


 俺の独り言を聞き咎め、少々棘のある口調でレインが言う。

 俺たちは今、カルダノ男爵領の領都に向かう街道を大きく外れ、荒野を歩いていた。


「細工は流々、仕上げは見ての御覧(ごろう)じろってね。」

「何それ?」


 どうやら、こういう言い回しはこの世界にはないらしい。

 いや、レインが知らないだけか?


 とりあえず俺は、カルダノ男爵領の中心を目指していた。

 気休めかもしれないが、領地全体に雨を降らすなら端っこでやるよりは、中心の方がやり易いかな、って。

 それだけの理由だ。


 なにせ、やったことないことをやろうというのだ。

 少しでもやり易い方がいい。


「先に言っておくが、丁度いい塩梅なんてのは分からん。高い確率で水害が発生すると思う。覚悟はしといてくれ。」

「う、うん。」


 俺が真剣な口調で言うと、レインも神妙な面持ちで頷く。

 勿論、やり過ぎないように気をつけるつもりではあるが、それでも多少は犠牲が出ると思う。


 なぜなら、俺が操作するのは()()だからだ。

 恵みの雨なんかじゃない。

 山をも削り、田畑を押し流し、人々を飲み込む自然の脅威なのだから。


 こんなご時世だ。

 川の中州付近にキャンプしている奴はいないだろうが、いきなり大雨が降れば何らかの事故は起きるだろう。

 まあ、どっちがいいか、というだけの話だ。

 このまま干ばつが続き、領地全体が飢饉に陥るのと、突然の大雨で事故に遭う人が出るのと。


 不自然なことをやろうとしているのだ。

 そのしわ寄せがどこかに起きるのも、当然といえば当然だろう。


 俺は歩きながら振り返り、レインに声をかける。


「大体でいい。領地の中心辺りになったら教えてくれ。」

「分かったわ。」


 そう言って、レインは俺の横に小走りで並ぶのだった。







 カルダノ男爵領に入り、丸一日が経った。

 昨夜は野宿し、朝早くに出発した

 今はすでに昼を回ったくらいだ。


「この辺か?」


 俺がそう聞くと、レインが頷いた。

 俺たちは小高い丘の上に立ち、周囲を見回す。

 草もほとんど生えていない、荒野。

 日照りになる前は、この辺りも野原だったらしい。


 丘の上から見ていると、遠くに川が見えた。

 だが、その川もほとんど干上がり、人々はどんどん水位の下がる井戸からの水で、何とか生き延びているような状態だ。


「おっし、いっちょやるか。」


 良く晴れた、清々しい空を見上げて俺がそう言うと、レインは固唾を飲んで見守る。


 俺は【災厄(カラミティ)】を発動、空を凝視した。

 様々な可能性。

 色とりどりの、細長い煙か霧のように漂う『因果』の中から、水害に関わるものをいくつも手繰り寄せる。

 あまり無理矢理動かすと、切れてしまいそうだ。

 俺は慎重に、慎重に、空中を漂うそれらの『因果』を手繰る。


 大雨。

 元の世界でも度々悲惨な事故を引き起こしていた、身近な災害の一つだ。


 やり過ぎる訳にはいかない。

 できれば期間を空け、数回に分けて少しずつ発生させられればいいのだが、生憎そこまでしてやる義理はない。

 領主にこの力を知らせるつもりもない。


 俺はティシヤ王国には戻らず、このまま帝国内で傭兵稼業に勤しもうと考えていた。

 そうすると、カルダノ男爵領のような田舎ではロクな仕事はないだろう。

 俺が傭兵として活動する時に拠点にしていた街に向かうとして、カルダノ男爵領を縦断するのに、今日を除いて二日くらい。

 ということは、分けるとしてせいぜい一回か二回。

 その間に、それなりの雨量を降らせないと焼け石に水だろう。…………雨だけに。


 俺が【災厄(カラミティ)】を使って災害を組み上げると、どこからともなくゴロゴロゴロ……と音が聞こえ始めた。

 晴れ渡っていた空に、急速に雲ができ始める。

 見る間に、空を黒い雲が覆う。

 水分をたっぷり抱えた雨雲だ。

 明らかに高度が低く、まるでこちらに覆い被さってくるようだった。

 陽の光が遮られ、急激に辺りが暗くなる。


 そんな空の急変を、レインは茫然と見上げていた。

 目を見開き、口を半開きにして、アホ面を晒す。


(…………折角、整った顔をしているのに。)


 スマホがあれば、是非とも一枚撮っておきたかった。

 後で、思いっきりからかってやれたのに。

 惜しい……。


 そんなレインを横目に、俺は再び意識を【災厄】に集中する。


(どのくらいの雨量でいくかな。)


 一時間あたり、三十ミリリットルくらいか?

 半日で六時間。

 合計で百八十ミリリットルの降水量。

 十分驚異的な雨量だ。


 元の世界でも、このくらいの雨量だと冠水が起き、土砂崩れなども発生することがあった。

 発達した治水能力を備え、災害対策を行っていた現代でさえもそうなのだ。

 この世界の治水能力では、どこかで河川の氾濫が起きてしまうかもしれない。


 たかが水、されど水。

 水害というのは、どれほど人が抗おうとも抗いきれない、自然の脅威の代表格と言っていいだろう。


 だからこそ、太古より水も雨も川も海も、人々は敬い畏れてきた。

 神として祀り、恵みをもたらしつつも決して侮ってはならない、感謝を忘れてはならない存在だと。


 俺としても災害など起こしたくはないが、介入できるのが災害級の事象だけなのだ。

 なるべくミニマムに……、と気を使いながら調整を進める。


 まあ、計ったようにぴったりできるわけではないが、大体こんなもんかな、という感じでセットする。

 やったことないのだから、ただの勘になってしまうが。


 ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は、瞬く間に大雨へと変わる。

 地面を叩く雨の音が、あっという間にバシャバシャッといった水音になった。


 当然ながら、遮る物のない場所でそんな雨に打たれれば、一瞬でびしょ濡れだ。

 雨に巻き上げられた土埃が、鼻に独特の臭いを感じさせた。


 俺は雨に濡れた髪をかき上げ、レインを見る。


「ご要望に沿えましたかな。」


 そんな、おどけた俺の言葉など耳に入らないように、レインはずっと空を見上げていた。

 叩きつける雨の中、瞬きもせずに、ずっと。

 ただただ、降り注ぐ雨、空を覆う雨雲を見つめていた。


 茫然と立ち尽くすレインの前に行き、俺も空を見上げる。

 そうして、レインの顔を見た。


 その顔は、涙を流しているようだった。

 叩きつける雨に、涙も何も分からないが、おそらくレインは涙を流している。

 まったく動かなくなってしまったレインに、俺はやれやれ……と首を振る。


「浸水して、どっかイカれたか? 防水仕様になってないのか、お前は。」


 そんな憎まれ口をぶつけてみるが、それすらも聞こえていないようだ。

 …………と思ったら、ゆっくりとレインの顔が下がる。

 雨に張り付いた髪もそのままに、俺のことをじっと見る。


「んだよ。何かご不満か。」


 そんなことを言ってみるが、やはり反応がない。

 やっぱ壊れたか?


 バシャッ!


 突然レインが動き出し、抱きつかれた。

 鎧を着たレインに抱きつかれたって、単に鎧に押し付けられているようなものだ。

 ていうか、普通に痛い。


「何だよいきなり。」


 俺がそう言っても、レインはぎゅーー……っと抱きしめる腕に力を籠めるだけだった。

 い、痛い……苦しい。


「…………あり、が……とう……。」


 激しい雨音に掻き消されながら、耳に微かに聞こえたのは、感謝の言葉。

 レインは、何度も何度も、声を詰まらせながら俺に「ありがとう」と言った。







■■■■■■







「あらあらぁ、二人とも大変だったわねえ。」


 宿屋のおばちゃんは、びしょ濡れで駆け込んできた俺たちを見るなり、タオルを出してくれた。

 どうやら、今日は突然の雨にやられて駆け込んで来る客が多く、カウンターに用意してくれていたようだ。


 雨の中、様々な思いでいっぱいになり、動けなくなっていたレインに喝を入れて、俺たちは町を目指した。

 さすがに、いつまでも濡れたままではいたくなかったからだ。


 雨が降っていなければ野宿でもいいが、雨の野宿は本当に大変だ。

 そのため、三時間ほど苦労しながら歩き、ようやく町に辿り着いた。

 ぶっちゃけ俺は、この時ばかりは雨を降らせたことを後悔していた。

 …………いいんだけどさ。


 町の中では、土砂降りの雨の中を小躍りしている人の姿をいくつも見かけた。

 まとまった雨が降ったことを喜んでいるのかもしれないが、どんだけ踊ってんだよ。

 風邪ひくぞ、まじで。


 宿に着くと、即行で湯場を借りて身体を温める。

 さすがにまだ春ということで、濡れた状態ではひどく体温を奪われた。

 俺もレインも、宿に飛び込んだ時には、唇が真っ青になっていたくらいだ。







 そうして温まり、おばちゃんが温かな食事も用意してくれた。

 俺たちは人心地つき、部屋で休んでいた。


 レインは窓を開け、外を眺めている。

 すでに雨は上がっているが、濡れた地面や水溜まりを、鼻歌交じりに眺めていた。

 ()()()()()()()()上機嫌である。


 俺はベッドに横になりながら、そんなレインをぼんやりと見ていた。


「ご機嫌なところ恐縮だけど、何かお忘れじゃあありませんかね?」


 放っておいたら、空にまで浮き上がりそうなほど浮かれきったレインに、俺は冷や水をぶっかける。

 しかし、そんなことではレインの気分はびくともしない。

 にっこにっこしながら、俺の方を向いた。

 その、弛み切った頬を引っ張ってやろうか。


「忘れてなんかいないわよ。報酬でしょ?」

「ああ。」


 忘れていなかったようで何より。

 俺は起き上がって、ベッドの端に座り直す。


「いくら払えばいいの? 今は手持ちはないけど、絶対に払うわ。」


 少しばかり表情を引き締め、レインが言い切った。

 まだ、少し頬が緩んでいるけどな。


 そんなレインに、俺はにっこりと笑顔を向ける。


「一億シギング。」

「…………………………え”?」


 俺の提示した金額に、浮かれきったレインの表情が凍りついた。


「日照りの原因の調査、及びその排除。そして実際に雨を降らせてみせた。明日また降らせてやるし、カルダノ男爵領を出る時にも降らせてやる。そんだけ降れば、数カ月は問題ないだろう。」


 固まってしまったレインに、これからの予定を説明してやる。


「今後……そうだな。来年の春までは、状況を見て雨を降らせてやる。そこまでを『込み』だ。アフターサービスもばっちり、良心的だろ?」


 一年間の保証付き。

 我ながらお人好しだなあ。


 だが、そんな俺の『安心パック』にレインが異議を唱える。


「そんなに払えないわよ!」

「おいおい、今更そりゃないだろう?」


 舌の根も乾かぬうちに発言を翻すレインに、俺は肩を竦め、やれやれ……と首を振る。


「自然には降らない雨を降らせてみせた。来年の春までは安泰。これで今年の飢饉はほぼ無くなったと言っていいだろう。一体いくらの価値があると思う? いくらなら妥当なんだ?」

「そ……それは、そうかもしれないけど……。」


 俺の言い分に、レインは反論できない。

 それはそうだ。

 こんなの、お金で解決できるようなことではない。

 一億が百億だって、一兆だって無理なものは無理だ。

 本来なら。


 天にも昇るような浮かれっぷりだったレインが、今度は地を這いずり回るような絶望のどん底に堕ちた。

 つーか、本当に床に崩れ落ちたな。


 そんなレインに、俺はきらきらとした笑顔を向ける。


「何も、レインが払う必要はないんだよ。」


 そう、アドバイスを送る。

 床に伏し、がっくりと項垂れたレインが、僅かに顔を上げて俺を見上げた。


「領主に払わせればいいんだよ。私のおかげで雨が降ったんだ、代金を払えって。」


 俺はレインと契約したので、レインに請求する。

 だから、レインも領主から取り立てればいいのだ。

 領地に責任を持つのはレインではなく、領主なのだから。


(ま、払う訳ねえけどな。)


 一体、そんなことをどうやって証明するのか。

 普通に考えれば、あり得ないし、信じない。


 事前に取り決めておけば、それも可能だったかもしれないが。

 その手順を怠ったのは、レインの落ち度だ。

 まあ、怠ったと言えば、先に報酬の金額を確認しなかったのが何より致命的だね。


 とは言え、先に確認したとしても、せいぜい十分の一程度で決着しただろう。

 それだって、レインに払えるとは思えない。


 俺は、あえてレインに払えない金額を提示し、飲ませた。

 レインに生きる目的を与えるために。

 実際、金なんか然して困っていない。

 必要なら自分で稼ぐだけだ。


 だが、何の制約もなくこの一件が片付いたら、その後レインはどうしただろうか。

 また死に場所を求めて彷徨う?

 正直言えば、俺には分からない。


 分からないが、この心根の真っ直ぐな少女が、死に場所を求めるような生き方をするのを「嫌だな」と思った。

 そのため、無理矢理にでも生きる理由を与えた。

 別に、本気で一億シギングを取り立てる気などないのだ。

 ただ、次の目標を見つけるまでは放っておけないな、と思っただけのこと。


(…………本当、大概だな俺も。)


 甘すぎる。

 そう思わなくもない。

 それでも、この少女と少々深く関わり過ぎた。

 踏み込み過ぎてしまった。


 俺は立ち上がると、レインの下に向かう。

 そうして、床に這いつくばって動かなくなったレインの横にしゃがみ込むと、ぽんとその肩に手を置いた。


「それじゃあ、お支払いのプランについて話し合おうか。」


 そう、穢れのない笑顔を見せるのだった。







■■■■■■







 カルダノ男爵領に滞在している間、俺はもう一度だけ【災厄(カラミティ)】を使って雨を降らせた。

 やはり、あまり連続で降らせると川の氾濫などが起きそうだった。

 そのため、移動中は降らせるのを中止し、男爵領を出る時に置き土産として雨を降らせた。

 川の堤防などがしっかりと整備されている訳ではないので、これくらいが限界なのだ。


 俺とレインは、カルダノ男爵領を出て、一週間かけて南下した。

 そうして着いた街は、俺にとっては馴染みのある街。

 ネプストル帝国ソバルバイジャン伯爵領、領都ビゼット。


「やっと着いたな。」


 街の入り口に立ち、見慣れた風景を眺める。

 夕方というには少し早い時間。

 いくつもの馬車や人が、忙しなく行き来していた。


 隣に立つレインは、初めて見る大きな街に落ち着かないようだ。

 さっきから、周りをきょろきょろと見回している。


「とりあえず宿を取るぞ。」


 そう言って歩き出した俺に、レインは慌てて付いてくる。


「リコはこの街、詳しいの?」

「よく使う所だけだな。隅々まで知ってる訳じゃない。」


 この街は、俺の傭兵稼業の拠点と言うべき街だ。

 勿論、仕事によって王国のあちこちに行ったりするが、まず起点になるのはこの街。

 ここで仕事を探すのがお決まりのパターンだ。


 砦攻略の帰りにも、この街に寄っていた。

 単に通り道というだけではあるが、ティシヤ王国との国境にある森は、このソバルバイジャン伯爵領にあった。

 広大な帝国の中では比較的端っこに位置するが、そこそこ大きな街だ。

 人口は確か、十万人に近いような話を聞いたことがある。


 ここの領地は縦長で、領都はほぼ北の端に位置する。

 南の広い土地は田畑が広がり、その更に南は山脈となっている。

 山脈からは鉱石なども採掘できるらしく、農業と鉱業で潤っている、という訳だ。

 力自慢の荒くれ者の多い街だが、俺はこの街のちょっと殺伐とした雰囲気が結構気に入っていた。


 そうして、雑多な感じのする通りを進み、裏路地に入る。

 裏路地と言っても、そんなに薄暗い感じではない。

 単に、大通りから少し入っただけの場所だ。


 俺はいつもの宿屋に着き、その建物を見上げた。

 築二十~三十年ほどの、コンクリートも使用された三階建ての宿屋。

 大通りに面した宿屋は、それだけでいい値段がしてしまう。

 俺は、立地の割にお手頃価格のこの宿を好んで使っていた。


 宿屋に入ると、やや頬のこけた、痩せた女性がこちらを見た。

 この女性が宿の女将だ。

 陰気な感じの、どう見ても商売になど向かないオバハン。


 カウンターの向こうに座った女将は、俺の顔を見るなり、顔をしかめた。


「フン……また来たのかい。」

「おい。それが客に対する態度か?」


 まあ、この女将のこの態度はいつものことだった。

 カチンとくる女将の態度ではあるが、慣れればどうということはない。


 少々口は悪いが、そんなのはお互い様だ。

 何より、ぶつぶつと文句を言いながらも、意外と気を利かせたりする一面もあったりする。

 立地の割に良心的な値段で泊まらせてくれるのだから、それなりの理由が無くては、却って怪しく思えるくらいだ。


 そんな女将が、俺の後ろで落ち着かない様子のレインに視線を向ける。

 そうして、露骨に顔をしかめた。


「ガキが色気づきやがってっ……。ウチは連れ込み宿じゃ――――。」

「ふざけんな、ババア! いいからツインを一部屋用意しろ。」

「ちょ、ちょっと、リコ!?」


 これまでも、そこまで礼儀正しかった訳ではない。

 ただ、女将に対する俺の態度のあまりの悪さに驚き、レインが止めに入った。


「レインも怒っていいぞ? 今のはレインに『商売女』って言ってるようなもんなんだから。」

「え、えーと……。」


 俺にそう言われ、レインは戸惑った表情でおどおどする。

 その様子に、女将が片眉を上げ、訝し気な顔になった。


「どういうことだい……? リコがカタギ連れてるなんて。」

「あのなあ……。」


 それでは、まるで俺がカタギじゃないようではないか。

 まあ、傭兵稼業に片足を突っ込んでるような奴は、普通の人たちからすればならず者と大差ないのだろうが。


 俺は「はぁ~~~~……」と特大の溜息をつき、女将を半目で見上げた。


「さっき着いたばかりで疲れてんだよ、こっちは。部屋は空いてんのか? いないんか?」


 一応確認してやる。

 まあ、女将がこの調子だから、満室になることなどほとんどないけどな。


 渋々といった感じに、女将が帳簿をつけ始める。

 それを見て、俺はとことこと歩き出す。

 カウンター横から、奥にある食堂を覗き込んだ。


「大将は?」

「……仕込みが終わって、休憩に行ってるよ。」

「ふーん。」


 そうしてカウンターの前に戻ると、レインが俺の服を引っ張った。


「リコは、よくここを使うの?」


 その質問に、俺は眉を寄せた。


「それなりに常連のはずなんだけど……。」


 そう言って、女将をちらりと見る。


「そろそろ拠点(ヤサ)を変えることを考えた方が良さそうだ。」


 俺の言葉が気に食わないのか、女将が「フン」と鼻を鳴らした。

 本当に商売に向いてねえな、この女将(ババア)


「四千シギング。」


 女将にそう言われ、俺は魔法具の袋に手を突っ込んだ。

 そうして宿泊料を取り出している時に、女将がレインに話しかける。


「お嬢ちゃん。悪いことは言わないよ。こういう輩と関わるのはおよし。」


 それは、俺が聞いたこともないような、優しい声音だった。

 俺は銀貨四枚をカウンターに置き、鼻で笑った。


「余計なお世話だ。部屋は?」

「二階の奥。」


 カウンターに置かれた鍵を取り、俺は二階に上がる階段に向かった。

 レインは俺と女将を交互に見て、ペコリと女将に頭下げる。

 そうして、ぱたぱたと俺の後を追いかけてきた。


 女将は、少し憐みの籠った目をレインに向けるのだった。







「リコ、さっきの人だけど……。」


 部屋に着くと、レインが少し困ったような表情で口を開く。


「気にしないでいいよ。挨拶みたいなもんだから。」

「挨拶って……。」


 あっけらかんと話す俺に、レインは増々困った顔になった。

 俺は腰に佩いた短剣(ショートソード)を外すと、テーブルの上に置いた。


 ベッドが二つに、テーブル、椅子が二脚。

 典型的なツインの部屋だ。

 部屋は、若干狭いか?


「俺が初めて傭兵やるようになった時も、まあいろいろ気にしてくれたよ。」

「だったら……。」


 俺の態度に一言ありそうなレインに、俺は指を向ける。


「傭兵をやるようになったら、そんなこと言ってられなくなるよ。」


 そう。

 レインもこれから、傭兵稼業に片足突っ込むことになるのだ。

 俺への、報酬支払いのために。


「とにかく殺伐とした世界だ。ひどい仕事だと、まじでばんばん死ぬから。」


 そんな世界に引きずり込もうというのだから、ひどい話ではある。

 だが……。


(それ)で、俺への報酬を支払うのだろう?」


 俺が顎でレインの腰の(ソード)を示すと、レインは真剣な顔つきになり、しっかりと頷いた。


 レインは、短い期間ではあるが、騎士学院に通っていた。

 そして、その前からそれなりに修行もしていたようだ。


 (ソード)で稼ぐとなると、職種としては大分限られる。

 名声がそれなりにあれば、直接雇ってもらうことも可能だろう。

 だが、無名のレインにそんな仕事がある訳がない。

 そうなると、必然的に傭兵のような仕事しか無くなるのだ。


 世襲を基本とするこの国で、戦いを生業とする仕事は数少ない世襲を無視できる職種だ。

 騎士になるには騎士学院を修了する必要があるが、逆を言えば要件はそれだけ。

 親の職業など関係なく、誰でも騎士学院には入れるし、修了すれば騎士になれる。

 王か貴族が雇ってくれれば、だけど。


 とは言え、騎士ならともかく、傭兵なんかやる奴はならず者と大差ない、とイメージは最悪だ。

 その意見には、俺も概ね同意だし。


「まあ、レインには俺がいろいろ教えてあげるから、まだマシだろうけどね。俺が一人でこの稼業に飛び込んだ時は、右も左も分からなかったからさ。」


 それはそれは、ひどいものだった。

 そうしてどんどん精神をすり減らしていた俺に、女将が口煩くいろいろ言ってきたのだ。


 女将としては、子供がそんな商売に染まっていくのを、黙って見ていられなかったのだろう。

 ただ、女将はあの通り口が悪い。

 そして、その頃の俺も、女将の気遣いに気づけるような精神状態ではなかった。

 結果、顔を合わせるたびに、喧嘩をするような口調で言い合うようになった。


 それでもこの宿屋を使い続けていたのは、やはり立地が良くて便利だったことと、安いこと。そして、大将がいたから。

 大将、つまりは女将の旦那のおかげだ。

 大将は本当にいい人で、何であんな人が女将となんか結婚したのか、本気で謎だった。


 俺も真剣な顔になり、レインを見つめる。


「レインの希望する、世のため人のためになるような仕事をなるべく探してやる。でも、そんな希望通りの仕事ばかりじゃない。そこは飲み込んでくれよ。そもそも、素人(ペーペー)が仕事選べるような甘い世界じゃないんだ。」

「うん。分かってる……つもり。」


 レインが、不安混じりの複雑な表情で頷いた。


 レインにはもう、騎士学院に戻る気がない。

 学院に戻って騎士を目指すというなら、それでもいいと思っていたが、本人が拒否した。

 騎士にはならず、それでも誰かのために戦いたい。

 それが、レインの選んだ道だった。


「それじゃ、今日はゆっくり休んで。明日傭兵ギルドに行くぞ。」


 必ず傭兵ギルドに登録しなくてはならないという訳ではないが、仕事の仲介、斡旋を行ってくれるので、あえて登録しないことを選ぶメリットもない。


 俺は意識して明るく言ったのだが、あまり効果はなかったようだ。

 レインは不安を隠しきれない引き攣った笑顔で、躊躇いがちに頷くのだった。





【お知らせ】


 他作品のことで恐縮ですが……。


 本日発表になりました第5回アース・スターノベル大賞にて、リウト銃士の作品「神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~」が入選いたしました。


 有難いことに多くの方に応援していただき、審査員の目に留まることができたようです。

 驚くことにコミカライズ賞もいただけるということで、書籍化&コミカライズが決定いたしました。

 本当に、本当にありがとうございました。


 詳しいことは分かりませんが、なにせ人生初の書籍化作業。

 勝手に妄想して、ちょっとどきどきしております。


 詳しいことが分かり次第、活動報告などでご報告させていただきます。

 少しでも良い作品を皆様にお届けできるよう、精一杯頑張っていきたいと思っております。


 今作ともども、引き続きのご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。


 リウト銃士

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