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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第六章 兄と妹

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第57話 大条約破棄後の情勢




 魔王領との国境から、一週間かけて王城に戻った。

 一日だけ王城で休み、すぐ次に向かって出発する。


 まだ陽が出たばかりの早朝、王城の門の前に俺とレイン、ベリローゼが集まる。


「しばらく戻るつもりはない。忘れ物をしないようにな。」

「ピィ!」


 俺がレインとベリローゼに確認をすると、左肩に乗った白い鳥が鳴き声を上げた。

 そんな白い鳥を、レインとベリローゼが羨ましそうに見ている。


「いいなあ、リコ。ピイちゃんがそんなに懐いて。」

「少々ズルくありませんか、リコ様。ピイ様を独占するなんて。」

「何の話だよ! つーか、聞けよ人の話!」

「ピッ!」


 俺の確認などそっちのけで、レインとベリローゼの視線は白い鳥に釘付けである。

 どういうわけか、白い鳥はやたらと俺に懐いた。


 魔王領との国境から戻る道中、ずっと俺の肩に乗っていた。

 鳥は生まれてすぐ、最初に動く物を見ると、それを親だと刷り込み(インプリンティング)される習性がある。

 まさか俺を親だと思っているわけではないだろうが、やたらと傍に来たがるのは確かだ。

 レインたちに懐いていないわけではないのだが、俺への懐き方が異常だった。


(助けられた、って理解しているのかね?)


 飛竜(ワイバーン)に襲われているところを助けられた、と記憶しているのだろうか。

 そんな知能が、この鳥にあるのか分からんけど。


 この白い鳥は、猿に似た少し長めの指を持っている。

 爪を立てなくても、しっかりと俺の肩を掴んでいるのだ。

 そのため、急に俺が走り出しても振り落とされたりはしない。

 また、その指の中に鋭い爪もあり、猛禽類のようにがっちりと獲物を捕らえることができそうだった。

 意外にも、結構狂暴な鳥なのかね?

 こんなまん丸の身体をしているくせに。


 ちなみに白い鳥を襲った飛竜の死骸は、どこかで売り払おうと考えている。

 牙や爪、皮が売れるのだ。


 俺は踵を返し、さっさと出発した。

 レインたちの文句に付き合っていたら、いつまでも出発できない。


「あ、ピイちゃんが行っちゃう。」


 俺が歩き出すと、レインとベリローゼが後を追いかけてくる。

 その目的が、俺ではなく白い鳥の方であることは明らかだ。


「名前付けるなって、何度も言ってるだろうが。しかも、何だよピイちゃんて。安直すぎんだろ。」

「そんなことないわよ、ねえ?」

「はい。とても可愛らしい、良いお名前かと。」

「ピイ!」

「ほら、ピイちゃんもこう言ってるじゃない。」


 あかん。

 この白い鳥に関しては、二人とも完全に頭がやられてしまっている。

 歩きながらも、俺の肩に乗った白い鳥を撫でたりして遊んでいた。


「遊んでんじゃないよ。ちゃんと警戒しろよ、ったく。」

「大丈夫です。警戒に関してはお任せください。」

「切り替えが大事なのよね。いざとなれば、ビシッと動くから。」

「……………………。」


 俺の言ったことを逆手に取り、二人は思いっきり白い鳥と戯れていた。


「はぁーー……。」


 俺が盛大に溜息をつくと、白い鳥が慰めるように頬擦りをしてきた。


 ……確かに可愛いんだけどね。

 あんまり構い過ぎると、情が湧き過ぎてしまう……。







■■■■■■







 ティシヤ王国を出て、俺たちが向かったのはネプストル帝国の帝都ラジブールだ。

 これにはちょっとした目的があるのだが、その前にエザルバ子爵領の領都ルースオマに立ち寄る。

 かなり大回りになるルースオマに寄ったのは、情報屋ギルドのマシークに用があるからだ。


 いつもの食堂でコンタクトを取り、話し合う場を設けてもらう。

 衝立に遮られたテーブルに、俺とマシークが着く。


「久しぶりだな。どうだい、隠居生活は。」


 マシークの冗談に、俺は肩を竦めた。

 いつも肩に乗っている白い鳥は、今はベリローゼに預けている。

 レインの羨ましそうな目が、ちょっとうるんでいた。

 泣くなよ、そんなことで……。


 衝立の向こうには、情報屋ギルドの人間だけでなく、レインとベリローゼも控えている。

 以前は、情報屋ギルドと接触する時は俺だけだったが、今は二人も待機させるようになっていた。


 俺たちは二年間をティシヤ王国で過ごしていたが、完全に引き篭もっていたかと言えば、答えはノーだ。

 そもそも、食料の問題がある。

 最低でも月に一度はソバルバイジャン伯爵領の領都ビゼットに買い出しに行っていたし、たまに足を延ばしてルースオマに顔を出していた。

 王城にあった文献自体は、持ち出せば外でも読めるし。


 ティシヤ王国に籠っている間もルースオマに来ていたのは、依頼を出していた「俺を探る動き」を確かめるためだ。

 だが、これは空振りしていた。

 この二年間、裏で俺のことを探る動きは一切なかった。

 この事実に、俺は自分の置かれた状況を考え直す必要が出てきた。


 更に言えば、情報屋ギルドにとっても、この状況は好ましくはない。

 なぜなら、俺の持つ地図を譲る条件が「裏の動きを探り、黒幕を突き止めろ」だったからだ。

 血眼になって探ったところで、そもそも黒幕が動いてくれなければ見つけようがない。

 これに困り果てた情報屋ギルドが、条件の変更を申し出てきた。

 これが、一年前の話だ。


 その条件を飲み、俺は小さい方の地図をすでに情報屋ギルドに譲っている。

 代わりに俺が提示した条件は、「大陸の情勢を教えろ」だ。

 これは、その時限りの話ではない。

 今後、大陸にあるすべての組織に関わる情報は、俺に無条件で教えろというものだ。

 もちろん、俺が尋ねたことに限って、だが。


 新たにどこかを探れとか、皇帝や総大主教の身辺を洗えといった話ではなく、情報屋ギルドが持っている大陸の情勢の情報を提供しろというもの。

 これにはさすがに情報屋ギルドも難色を示し、一定の制限を設けてきた。

 機密性の高い情報は出せない、というわけだ。

 これを俺は飲み、まずは国際情勢の、通り一遍の情報は手に入れられるようになった。


 とにかく、雲の上で勝手に進んで行く政治の話は、一般の民には何も知らされない。

 二年前の、ヨッテンソーム王国を巡る各国の動きを知るため。

 また、今後も同じようなことが起きないとも限らないので、俺は情報屋ギルドと提携を結ぶことにしたのだ。

 当然ながら、前回ガセネタを掴ませたことも、きっちりと釘を刺した上で。


 おかげで、様々な情報が手に入るようになった。

 あのガセネタも、どうやら情報屋ギルドがわざと流していた偽情報というわけではなく、本当に裏をかかれたようだ。

 そして、その裏をかいた相手が、帝国らしい。

 帝国は偽の情報を使って、情勢をコントロールしようとしていた。

 情報屋ギルドも、それに一杯食わされた、というわけだ。


 俺は椅子に深く腰掛け、背もたれに寄りかかる。


「帝国と共和国は、変わりないか?」


 俺がそう尋ねると、マシークが頷く。


「相変わらず、国境で睨み合いだ。共和国と断交して二年。とりあえず、今のところは小競合いも無い。」


 ヨッテンソーム王国への侵攻により、両国の関係は著しく悪化していた。

 国境を閉鎖し、帝国軍と共和国軍の睨み合いが続いている。


 先の戦いで、一人勝ちしたのは帝国だ。

 ヨッテンソーム王国の国土半分を手に入れ、残りの半分を手にしたオランジェス王国も帝国に組み込まれた。

 あの一戦だけで、実質二カ国を手中に収めることに成功したのだ。


「ヨッテンソームとオランジェス。この二つが手に入るとなれば、大条約なんざ気にしてなんかいられないよな。その後の、共和国との関係悪化も想定内だろうし。」

「皇帝陛下は、そう目算を立てたのだろう。事実、その通りになった。宰相の操り人形って評判だったが、なかなかどうして、やり手みたいだな。……臣民としちゃ、喜ぶべきなのかもしれないけどよ。」


 そう、あまり喜んでいるとは思えない表情で、マシークが言う。


 若き皇帝、シグフリッド・キリアーン・ディ・ティ・ネプストル。

 叔父である宰相が国政の舵取りを行い、以前はあまり政治には関わっていなかったらしい。

 まあ、二十歳までは摂政が政治を取り仕切るという決まりがあったらしいので、そのせいかもしれないが。

 これまで叔父の影に隠れていた皇帝が、今回のヨッテンソーム侵攻を決めたという話だった。


 そして、その皇帝を動かしたオランジェス王や、オランジェス王国に対して工作を行っていたホルスカイト共和国とヨッテンソーム王国のことも、俺は情報を得ていた。


「共和国としちゃ、自業自得とは言え業腹だろう。目の前で帝国(トンビ)オランジェス(あぶらあげ)を掻っ攫われたんだから。しかも、友好国だったヨッテンソームのおまけ付きだ。」

「…………あぶらあげ?」


 俺の例えに、マシークが首を傾げる。

 俺は背もたれから身体を起こし、テーブルに片肘をついた。


「裏でこそこそやってたのを暴かれた挙句、共和国の口車にまんまと乗ったヨッテンソーム王は、自らの生命(いのち)で贖うこととなった、か。」


 帝国軍の、二十万ともされる本隊がヨッテンソーム王国の王都に到着した時、ヨッテンソーム王は毒を呷って自死したとされている。

 まさか、と思うが死亡していることは確実らしい。

 影武者などではなく、間違いなくヨッテンソーム王本人である、と確認されていた。

 となると……。


「本当に、ヨッテンソーム王は自死なのか?」

「そこに関しては、何度聞かれたって今更確かめようもねえからな。そんなに不審か?」

「そうじゃないんだけど、な。」


 マシークには、俺が疑問を持つこと自体が不思議なようだ。

 もはやこれまでか、と自死を選ぶ王はそれなりにいたらしい。

 生きて恥を晒すくらいなら、という考えによるものだが、俺には引っかかることがあった。


(…………眠る赤狼。王都で、やることがあると言っていた。)


 ある特定の作戦を契約していた。

 普通に考えれば、そんな契約の仕方を結びはしない。

 単純な傭兵としての戦力をアテにしていたのなら、わざわざ限定する必要はない。

 俺は、ヨッテンソーム王の死に、眠る赤狼の仕事が関わっているのではないか、と考えていた。


(生きて捕える、という契約。若しくは、秘密裏に死を与えろ、という契約か。)


 前者なら、依頼失敗ということになるだろう。

 後者なら、見事に依頼達成だ。

 帝国はヨッテンソーム王を生かしておきたかったのか。

 それとも、死んでいてくれた方が都合が良かったのか。


 さすがにそこまでの情報となると、情報屋ギルドでも入手できていないようだ。

 俺は、今更知りようがないヨッテンソーム王のことを、頭から追い出す。


「何にしろ、これで帝国は大陸の半分を手に入れたわけだ。そして、唯一国境を接する共和国とは険悪。…………止まるわけねえよな?」

「ああ、それは間違いない。すぐにすぐってわけじゃないようだが、着々と準備は進めている。」


 帝国はこの二年間、大人しく内政に注力していた。

 オランジェス王国は、内政がぼろぼろ。まずは立て直しを優先せざるを得ない。

 そして、新たに手に入れた旧ヨッテンソーム地域も、皇帝という新たなる統治者に慣れさせなくてはならない。

 これらにリソースを振り分けていたため、共和国との開戦には踏み切っていなかった。


 マシークが複雑な表情で、零す。


「まあ、新帝国領の統治には教会が喜々として協力しているからな。今のところ、そっちは順調らしい。」


 先の戦いの一人勝ちは帝国だが、そのおこぼれにあずかっているのが教会だ。

 オランジェス王国とヨッテンソーム王国。

 これらの国は、国教を定めていなかった。

 つまり、ティシヤ王国と同じように、アウズ教の教会と、千修教の寺院の両方があった。


 しかし、帝国はアウズ教を国教と定めている。

 そのため、現在は千修教の寺院を打ち壊し、新たにアウズ教の教会をばんばん建てているそうだ。

 民を慰撫し、帝国への反感を和らげるために、喜んで粉骨砕身しているらしい。

 改宗を進め、千修教徒にあからさまな差別を行い、アウズ教徒を優遇している。

 このため、アウズ教の信者は日々千単位、万単位で増えていた。


(ホルスカイト共和国も、国教を定めていないからな……。教会からすれば、目の前に広がる開拓地(フロンティア)か。)


 今も共和国で普通に教会を建て、布教活動を行っている。

 しかし、帝国に組み込まれれば、布教どころではない。

 半ば強制的に改宗させられるのだ。

 そうした事情があり、教会はこの一連の戦争を全面的に支持し、協力していた。

 大条約も「破ったのは共和国とヨッテンソームであり、帝国の戦いは正義の戦いだ」とお墨付きを与えていた。

 このため、共和国内での布教活動は、大変やりづらいものになっているようだが。


 俺は頬杖をつき、テーブルを指先で叩く。


「しかし、こうなると共和国と修王国の接近は避けられないだろ。修王国は動いていないのか?」


 ネプストル帝国とロズテアーダ修王国は、国境を接していない。

 厳密には、非常に険しい山脈で遮られているだけだが。

 鉱山でフレイムロープ退治を行った山脈の奥深くに、修王国との国境がある。

 しかし、これが非常に険しい道のりで、行き来はまず無理らしい。

 とても軍隊が行けるような山脈ではない。

 そのため、帝国の次の標的はほぼ間違いなく共和国となる。


 俺が修王国の動向を尋ねると、マシークは首を振った。


「正直言えば、修王国の動きは分からないことが多い。ただ、このまま共和国を見捨てるとは思えん。大条約が破棄された原因の一つは間違いなく共和国だが、だからと言って見捨てれば確実に帝国に落とされる。」

「それは、修王国自らの首を絞めることになる、か。」


 アウズ大陸で、ティシヤ王国と魔王領を除いた土地に限って言えば、ほぼ半分を帝国が支配したことになる。

 単純な国土面積で言えば、帝国≒修王国+共和国なのだ。

 比率的には帝国が五、修王国が三、共和国が二くらいか。

 これで共和国まで帝国の手に落ちれば、修王国としてはかなり苦しい状況になる。

 大陸の実に七割が、帝国の支配下に置かれることになるのだから。


 しかし、いくら帝国が支配地域を広げたと言っても、よく経済が回っているものだ。


「元々、帝国と修王国に交易は無いんだろ? 共和国とも断交して、これも断たれた。帝国の経済は大丈夫なのか?」


 素朴な疑問だが、今の帝国は鎖国状態なのだ。

 果たして、国家としてやっていけるのか。

 マシークは俺の疑問に、難しい表情になる。


「どうやら、そこも心配はないらしい。ギルド(うち)もこれまで、そうしたことを考えたことは無かったが、改めて情報を精査して計算してみた。多少の工夫は必要にせよ、ほぼ問題なく内需を賄えるそうだ。」


 食料自給率は、ほぼすべての品目で百%を余裕で超えているらしい。

 一部で足りないものもあるが、そんなのは流通に制限をかければ済む。

 食料、木材、金属、織物、燃料などなど。

 あらゆる分野で、ほぼ問題ないという結果だったそうだ。

 これには、オランジェス王国や旧ヨッテンソーム地域で生産される物を加味すれば、という条件が付くようだが。


「なあ。船で輸送とかも行っているよな? 他の大陸と交易は行っていないのか?」

「他の大陸? どこのことだ?」

「いや、どこって。知らんけど。」


 どうも、大陸間の交易はまだ行われていないらしい。

 それどころか、他の大陸というのも聞いたことがないようだ。


(船自体はあるし、輸送にも使われてる。造船技術で、何か外海に出れない問題を抱えているのか?)


 かなり大型の船舶もあるらしいが、まだ外海には出ていないと言う。

 軍船もあるようだが、帝国は陸軍に注力している。

 大陸の支配を進めるのに、この陸軍の活用を一番に考えているため、地上からの侵攻に主眼を置いているようだ。







 と、ここまでが、これまでの情勢のおさらい。

 そして現在も、以前聞いた情報から大きな進展はない。


「ところで……。」


 そこまでを確認したところで、マシークが何かを言いかける。

 きっと、いつものだろう。

 俺は魔法具の袋に手を入れ、大きな地図を一枚取り出す。

 テーブルに広げるまでもなく、それが何かを察したマシークの目が、真剣なものになる。


「仕方ないな。こっちも譲ってやってもいいぜ?」

「本当か!?」


 今、マシークが言いかけたこと。

 それは、この精緻な地図を譲ってくれという話だ。

 これまでも、マシークからは何度も譲ってくれと言われていた。

 しかし、これは相当に価値がありそうだと思っていたため、おいそれとは譲ることができなかった。


(だが…………おそらく、思っていたほどの希少性はない。)


 この二年間に、俺を探る動きがないという事実から、俺はこの地図の価値を下方修正した。

 取り返す必要がない。だから、俺を狙う必要もない。

 考えてみれば当然のことだが、そんな希少価値のあるものを、現場で商会を襲わせる山賊役に持たせるわけがないのだ。


(たぶん、ある所にはあるんだ。原本があり、これはあくまで複製。)


 そうなると、情報屋ギルドがどこかから調達してくる可能性もある。

 俺がいくら出し惜しみしたところで、他から入手されてしまえば、もはや俺の持つ地図に大した値はつかないだろう。

 ということで、俺は売り抜けることにした。

 今回、情報屋ギルドとコンタクトを取ったのは、これが目的だった。


「譲るとは言ったが、あくまで貸し出すだけだ。そっちで好きに複製してくれ。」

「ああ、それで十分だ。」


 俺の言葉に、マシークがしっかりと頷く。


 実のところ、俺はこの方針自体は一年前に決めていた。

 小さい方の地図を譲った時だ。

 その時に大きい方も譲らなかったのは、情報屋ギルドに貸しを作るため。

 ギルドの求めに応じ、小さい方の地図を譲る条件を変更した。

 そしてまた、大きい方の地図も譲ってやる。

 二回も譲歩してやった、という事実を作りたかったのだ。


「俺は、情報屋ギルドの価値を高く見積もってるんだぜ? だから、多少の譲歩も飲み込もう。……まあ、一度はガセネタを掴まされたけどな。」


 俺が、かつてのギルドのミスをつつくと、マシークが顔をしかめた。


「譲るところは譲ってやるさ、俺はな? ……で、だ。ギルドは、俺に何を返してくれる?」


 そう問いかけると、マシークが苦し気な表情になる。

 何を提示すれば、俺が納得するか。

 下手な条件を提示し、話が流れるのは避けたい。

 機嫌を損ね、二度と情報屋ギルドとは取り引きしない、なんて言われたら大失態だ。


「すまん、すぐには提示できない。そっちからは、何か条件はないのか?」


 マシークは、下手な条件を提示することを避けた。

 代わりに、俺の方に条件の提示を求める。

 俺は口の端を上げ、マシークを見た。


「制限の撤廃。」


 情報屋ギルドの持つ情報の、すべてを出せと要求をする。

 現在、俺が得られる情報は、誰でも知り得る情報に限られている。

 誰でも知り得るが、実際はそんなことはほぼ不可能だ。


 大陸の様々な地域に漂う、様々な噂、情報。

 その土地に行けば、誰でも知ることができるだろう。

 だが、実際はほぼ不可能なのだ。

 ギルドが、集まった膨大な情報を分類し、系統立てて整理してこそ、その情報に価値が生まれる。


 それだけでも十分な価値があると思ったので、小さい方の地図は、その情報を得る権利と引き換えに譲った。

 この時に特約として、情報料を無料(ロハ)にしろ、との条件もつけた。

 何かを依頼したりする時は別として、すでに持っている、俺に開示しても良いとされる情報を無料にさせた。

 まあ、実際は情報料が無料ということではなく、「地図という形で先払いしただろ?」というのが俺の主張だ。


 地図を譲る相手に情報屋ギルドを選んでやった対価として、高度な情報の解禁を求めた。

 その情報の代金を地図で先払いした、という理屈だ。


 しかし今回、もっと高度な情報を寄越せ、と俺は要求した。

 さすがにこれは、マシークも首を振る。


「……それは無理だ。今お前に伝えている情報だって、普通の相手には売らないような情報が多く含まれてるんだぞ?」

「分かっているさ。だから、俺も大きい地図(こいつ)を譲る気になったんだ。」


 ということにしておく。

 俺は大きい地図の上に手を置き、マシークに笑いかけた。


「本当にすべてを開示しろと言うつもりは、俺にも無い。だが、今よりは制限を緩和してくれ。ある程度の機密性のある情報を要求する。もちろん、俺がその情報を漏らすことはしない。」


 すべてでなくても構わないと言うと、マシークが腕を組んで考える。


「ただし、言えない情報がある時は『言えない情報がある』ということを明示すること。これが俺の条件だ。」


 煙に巻かれたり、誤魔化すのではなく、言えないことは言えないと明かす。

 これだけでも、提示された情報から「何が隠されているのか」を推測しやすくなる。

 まあ、あくまで推測なので、見当違いになる可能性もあるが。


 俺が条件を緩めると、マシークが頷く。

 そうして、魔法具の袋から指輪を取り出した。


「分かった。その条件を飲もう。」


 指輪を俺の前に置くと、裏社会に身を置く人間らしい、鋭い目で俺を射抜く。


指輪(そいつ)は、会員証みたいなものだ。どこの支部の者でも、それを見せればお前がギルドの上客だと分かる。普段は身につけるなよ? 必要な時だけ出すんだ。」


 俺は指輪を摘まみ、人差し指に着けてみた。

 少々大きく、ぶかぶかだった。


「鳥と……蛇?」


 金で作られた指輪は太く、意匠に描かれているのは、枝に止まった燕のような鳥。

 その鳥を囲む円のように見えた線が、よく見ると蛇だった。


(蛇は知恵、狡猾さの象徴……? 鳥は何だ? 遠くを見通す…………あとは、早さを表している?)


 指輪に描かれた象徴(シンボル)の意味を、軽く考える。

 俺は指輪を魔法具の袋に仕舞うと、残りの大きい地図をすべて取り出す。

 地図を渡すと、マシークは一枚一枚確認した。


「確かに、帝国全土をカバーしているな…………以前なら。」


 現在、帝国にはオランジェス王国と旧ヨッテンソーム地域が組み込まれた。

 当然ながら、二年前に組み込まれたこれらの地域は、地図の範囲に入っていない。


「文句があるなら返せ。指輪は返さねえけど。」


 俺がそう言うと、マシークが苦笑した。


「文句じゃないさ。……ようやく一仕事片付いて、肩の荷が下りた。」


 どうやらマシークは、俺から地図を買い取るように上から指示が出ていたらしい。

 俺がなかなか売らないため、大分せっつかれていたようだ。


「その指輪を持っている者は、いちいちその場で情報料を支払う必要がない。あとでまとめて支払う仕組みになっている。」


 普通、この情報屋ギルドの指輪を持っている者は、相当に地位(ステータス)のある者だと言う。

 俺みたいな、一介の傭兵如きが持つには、分不相応な代物らしい。


「俺は特約があるから、これまで通り無料(ロハ)か?」


 おかげで、世間話をするかのように、大陸の情勢を知ることができた。

 俺がそう言うと、マシークが苦虫を噛み潰したような顔になった。


「…………まあ、そうだ。この地図の価値が高いのは理解しているが、これからずっと情報を無料で提供するとなると、果たして釣り合ってるのか判断がつかんな。」

「だから、文句があるなら返せよ。それとも、特約をやめて買い取るか? 五億シギングでどうだ?」


 そうそう値などつけられないような地図だ。

 他にもありそうだと見切って、俺は売り抜けることにしたが、今現在の価値が下がったわけじゃない。


 マシークは溜息まじりに首を振り、地図を仕舞った。


「この地図に、それだけの価値が無いとは言わない。だが、さすがにそんな金額をほいほい動かすのは無理だな。」

「じゃあ、ぶちぶち言ってないで、情報をもらおうか。」


 俺がそう言うと、マシークが表情を引き締める。


魔王信奉者(サタニスト)を知っているか?」


 その質問に、マシークが眉を寄せる。


「何で、そんなもんに……。」


 そう言いかけ、マシークは視線を外す。

 何かを思い出し、鋭い視線を俺に向けてきた。


「……以前も、魔王関連の情報を買ったな。お前は、魔王信奉者(サタニスト)なのか?」

「いや、違う。だが、ロクでもないことを考えてそうな連中だと思ってな。何か知らないか?」


 魔王の情報、魔王信奉者の情報。

 こんな情報を欲しがる時点で、俺もロクでもないのは確かだろう。

 マシークは少し考え、溜息をつく。


「魔王振興会。」

「魔王、振興会……?」


 何だそりゃ。


「魔王に力を与えるとか何とか、そんなことを謳ってる連中らしいな。」

「魔王に? 魔王って、ラーナーか? もう退治されてんだろ?」

「そうなんだが、連中には関係ないらしい。せっせと『魔王のために』とか何とか言って、各地でこそこそやっている。拠点は分からん。小集団で大陸のあちこちに現れては、よく分からん儀式をやっているらしい。」


 つまり、よく分からんことをやっている、よく分からん連中ということらしい。


「あんまり、役に立ちそうにない情報だな。もうちょっと、具体的なことはないのか?」


 俺がそう言うと、マシークは腕を組んで考え込む。

 そして、二つの情報を開示した。


「常に、というわけじゃなさそうだが、黒衣のローブを身につけているところが目撃されている。」

「黒衣のローブ……。」


 黒いローブくらい、そこらでも売っている。

 だが、この連中は儀式の時に、全員が必ず黒衣のローブを身につけているらしい。


(…………そういえば。何か、憶えがないか……?)


 黒い、ローブを着ていた……。


(そうか、タネル子爵領の男か。)


 俺が見かけたのは一人だけだったが、確か森の中の建物で何かをやっていた。

 あの男が儀式をやっていたのかは分からないが、関係者であることは確定だろう。

 そして、あの建物からは、“力”が噴き出ていた。

 カルダノ男爵領の雨を阻害していた、“力”が。


「その、魔王振興会ってのは有名なのか? 帝国軍とかに指名手配されてるとか。」

「いや、知る者は多くないだろう。黒いローブを身につけている奴も、多いとは言わないが、まあ普通にいるしな。ほぼ、野放しになっている。」


 何かこそこそやってはいるが、具体的に何か悪さをしているかと言えば、そうでもないらしい。

 そのため、世間一般には「変な連中が町に来たな」「いつの間にかいなくなっていたな」程度にしか、認知されていないそうだ。


(あの“力”が見えなくちゃ、何やってんだか分かないだろうし。それは仕方ないのか。)


 何かをやっていることは確定。

 しかし、何をやっているのかは不明、というわけだ。


 そして、俺にはもう一つ、黒衣のローブを身につけている連中に心当たりがある。

 リシャルド誘拐事件だ。


(俺が、この世界に来るきっかけになった儀式。)


 間違いなく、連中は何かをやっている。

 そして、それは確実にロクでもないことだろう。


 俺が考え込んでいると、マシークがもう一つの情報を開示する。


「魔王振興会ってのは、正式には四つ葉魔王振興会というらしい。」

「四つ葉……?」


 それってさあ。


四つ葉使用人協会(フォーリーフ)!?」


 俺が驚いて声を上げると、マシークが口に指を当てる。


「大きい声を出すな。実際のところの関連は分かっていない。だが、同じ四つ葉(フォーリーフ)を名乗っているって話だ。」


 ベリローゼを誘拐し、戦闘メイドに育て上げたテロ組織、四つ葉使用人協会。

 同じ冠名を持つ、四つ葉魔王振興会。

 さすがに、これを偶然の一致で片付けるのは、間が抜けすぎているだろう。


「それ、どうにかして探れないか?」

「無理だな。そもそも、どこをほっつき歩いてるかすら、まともに分かっていないんだ。まあ、まともに追跡する気もないってのが一番の理由だが。」


 四つ葉使用人協会は、戦闘メイドを育てるという性質上、特定の場所に拠点を作る。

 しかし、四つ葉魔王振興会は小集団が時々目撃されるだけで、足取りなどは把握していないらしい。


 四つ葉(フォーリーフ)が話題に上がったことで、俺には一つの疑問が浮かんだ。


「なあ。」


 そうして、マシークにそれを尋ねてみることにした。


「戦闘メイドってのは、大条約で禁止されていたんだよな?」

「ああ、そうだ。」


 マシークが頷く。


「大条約が破棄された今、戦闘メイドの扱いってどうなってんだ?」


 取り締まる根拠となっていた、大条約が破棄されたのだ。

 国内法で、何か代わりの法律があるのだろうか。

 そう思って聞いてみたが、マシークは首を振った。


「戦闘メイドに関して、取り締まるような法律はない。まあ、もう廃れた存在だし、わざわざ法律で取り締まる必要もないってことじゃないか?」

「でも、つい二年くらい前にも施設を一つ潰したんだろ? まだいるってのは、国も把握してんだよな?」

「かもしれんが、今は手つかずだ。」


 つまり、ベリローゼの無罪放免が確定した。

 まあ、わざわざ吹聴する必要はないが、これは今日一番の収穫かもしれない。


(テロ組織が野放しってのはアレだが、俺たちにとっては朗報か。)


 あとで二人に教えてやろう。


 とりあえず、一通り聞きたいことを聞き、俺は席を立った。

 これから帝都に向かうことを伝え、その間に地図の複製を済ませるように念を押しておく。

 そして、もしも魔王振興会が現れたら教えてくれと頼み、今日の話し合いを終える。







 衝立の外に出ると、レインが白い鳥を抱え、頬擦りをしていた。

 白い鳥が羽根をバタつかせて俺の所に逃げてくると、ちょっといじけていた。





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