第5話 騎士見習いレイン
俺がティシヤ王国の王城に戻って、三週間ほどが過ぎた。
その間、王城の中にある書庫で調べ物をしたりして過ごしていた。
やはり、ティシヤ王国の人々が消えた原因で、もっとも怪しいのは魔王の存在だ。
すでに討伐されたとはいえ、魔王の討伐と同時期に隣国であるティシヤの人々が消えた。
そこに何かしらの因果関係を求めるのは、不自然なことではないはずだ。
そして、もう一つ。
「どうして、俺だけは残ったんだ……?」
そう。
これも不思議と言えば不思議だ。
みんなが消えた。
しかし、その場にいたのに俺だけは残された。
なぜ?
そうした謎の手掛かりを探るべく、俺は書庫で魔王のことを調べた。
災厄を司る魔王、ラーナー。
割と最近に現れた存在のようで、大昔からいたという訳ではない。
そもそも、魔王なんて存在自体が史上初である。
この世界は元々『神と魔王が争っていた』なんて記録はなかったようだ。
悪しき存在。
魔物や魔獣、所謂“魔に属する者”という存在は普通にいたが、それを統率する王などという存在はいなかった。
それが二十六年前、突如として現れた。
魔王ラーナーの存在は、四百年前には伝承というか神話というか、お話の中では出てきたようだ。
だが、そんなのはお伽噺だろう。
実在する存在などと、誰が思うのか。
魔王ラーナーが記録として最初に登場するのは、大陸歴三二九年、教会による認定だ。
こいつは魔王ですよ、と各国にある教会に通達を出したらしい。
ちなみに現在は大陸歴七三六年なので、これが四百年前の記録という訳だ。
どうやらこれは、教会の教義の扱いに変更があったために行われたことらしい。
それまで魔王ラーナーは、邪神ナーラーと呼ばれていたそうだ。
ところが、
「善なる神は唯一つ。」
というそれまでの教会の教義が、
「神は唯一の存在。」
と変わった。
善なるも悪しきも関係なく、神は一つだけ。
その唯一の神以外は「神ではありません」と考えを改めたようだ。
そのため、邪神ナーラーから魔王ラーナーへと、神話の中の存在にすらいちゃもんをつけたらしい。
なぜ名前を『ナーラー』から『ラーナー』へ、文字を逆にしたのかは不明。
誤植……というか、書き間違いだろうか?
このアウズ大陸には、いくつかの宗教がある。
もっとも大きな勢力を持つのは、アウズ教。
ネプストル帝国の国教であり、大陸の名を冠したこの宗教が、魔王ラーナーを認定した教会だ。
そしてアウズ教に次ぐ勢力を誇るのは、ロズテアーダ修王国の国教である、千修教。
こちらは多神教の宗教で、俺の感覚で言えば仏教に近い。
修王という、非常に厳しい修行を修めた者が王位に即き、指導者として国のかじ取りを行う。
僧侶は全員丸坊主。
素手での格闘術が国民に奨励され、所謂武僧が盛んな国らしい。
ちなみに、この武僧崩れが、傭兵にはそこそこいる。
俺も何人か知り合ったが、そいつらは全員破戒僧ということだ。
厳しい修行から逃げ出したというよりは、厳しい戒律を破ったために破門にされたり、罰を逃れてきたという者がほとんどだという。
まあ、『酒を飲むな』『博打をするな』という戒律を破って追われたのだから、修行から逃げ出したというのとほぼ同義ではあるが。
生活面だって、修行であることに変わりはないのだから。
大きなところでは、この二つだ。
他にも土着の信仰はあり、地方に根強く残っているらしい。
また、他にもエルフ族やドワーフ族が信仰する神というのもいるそうだ。
というか、俺からするとエルフだドワーフだといった、亜人種が存在することの方がびっくりだが。
彼らは人族とはあまり関わらないため、俺もまだお目にかかったことはない。
大陸のあちこちに、集落が点在しているらしいのだが。
俺はパタンと本を閉じ、本棚に戻した。
斜め読みでざっと流しているが、有力な情報はあまりない。
まあ、こうして読むだけでも勉強になることも多いのは確かだ。
なにせ、俺はこの世界の常識には疎い。
いくらリシャルドの記憶があっても、そのリシャルドが常識人かと言えば、疑問符がつく。
まだ子供だったし、何より彼は王子なのだ。
一般ピーポーとは住む世界が違い過ぎる。
書庫の記録を読むことで、過去どんな問題があったのか、どういう意見が出たか、どう対処したか。
そこまで大袈裟でなくても、様々な情報の断片から、俺自身が見てきた実情とすり合わせることができた。
ただ見様見真似でやり過ごすこともできるが、どういう意味があっての行為か、という根拠を知る手掛かりになった。
「…………そろそろ昼の支度をするか。」
王城で過ごすと、家事をしなくてはいけないのがネックだ。
傭兵としてタコ部屋に放り込まれても、洗濯くらいは自分でやる必要がある。
それでも、食事は出てくる。
まあ、少々臭いが気になるが。
材料などに目を瞑れば、とりあえず腹は満たせる。
俺は一階に下り、勝手口から外に出た。
バシャンッ!
そうして井戸に桶を放り込み、ロープを手繰る。
地味に、この作業が大変だった。
体重の軽い、この身体が恨めしい。
キシ……ギシ……。
滑車を軋ませ、何とか桶を引き上げる。
そうして、持って来た別の桶に水を移した。
ガシャガシャンッ!
その時、大きな音が聞こえてきた。
何かが勢い良くぶつかったかのような音。
城門の方だ。
「……動物でも入り込んだか?」
魔物や魔獣の類だったら嫌だなあ、と思いつつ様子を見に行く。
歩きながら腰に佩いた短剣を確認し、腰の後ろに着けたナイフに触れる。
あるべき物が、あるべき場所にある。
それを確認してから、城の壁を背に、城門の方を窺う。
「何で開かないのよっ、もう! いるんでしょっ! 出て来なさいよっ!」
何やら、威勢のいい声が聞こえてきた。
壁の陰から少しだけ顔を出し、城門を見る。
そこには、薄汚れた十代半ばくらいの女の子がいた。
上に騎士鎧を身につけ、肘当てと膝当てを着けている。
正規の騎士にしては若すぎるので、多分だが騎士見習いではないだろうか。
女の子はガッシャンガッシャン、力任せに城門を揺らし、鍵のかかった門を無理矢理開けようとしていた。
その様子を、俺は呆れ顔で眺める。
(揺らしたからって、開くもんじゃないだろうに……。)
鍵がかかっていると分かれば、普通は諦めないか?
ところが、女の子は本気で力任せで開ける気なのか、いつまでも門を揺らしていた。
耳障りな金属音が響き渡る。
「あーっ、うるせーっ。」
両耳を塞ぎ、思わず顔をしかめた。
止めないと、いつまでもやり続けそうだ。
俺は諦めて門に向かった。
「何かご用ですか?」
とことこと歩きながら、女の子に声をかける。
ところが、女の子は俺の姿を見るなり、一瞬でバックステップし剣を抜いた。
猫が全身の毛を逆立てているような印象を受ける。
「何者っ!?」
鋭い誰何の声が上がる。
いや、それはこっちのセリフだが。
「さては、魔王の手先ねっ!」
「…………魔王?」
俺は首を傾げる。
「お願いだから災厄を止めてよっ! 何のためにそんなことするのよっ!」
女の子は必死な形相で俺を睨みながら、災厄を止めるように言ってきた。
しかしながら、何のことかさっぱり分からない。
「どなたかとお間違えでは? ここには魔王なんていませんよ。」
俺がそう言っても、女の子は剣を向けたままだった。
鬼気迫る形相だ。
(…………暖かくなってきたしなあ。)
春になると、こういう類の奴が湧いてくるよね。
早速、キの字認定する。
刃物持ってるし。
「じゃあ、あまり煩くしないでくださいね。ご近所迷惑なので。」
近所なんていないが。
俺は即行で背を向け、立ち去ろうとした。
キの字には関わらないのが一番。
何言っても通じないし。
「ちょっと、逃げるの!?」
だが、俺が門から離れようとすると、女の子が再び門に飛びついた。
そうして、ガッシャンガッシャンやり始めた。
(勘弁してくれ……。)
俺は両手で顔を覆い、項垂れる。
何なんだ、こいつは。
俺は盛大に溜息をつき、再び門の前に立つ。
女の子とは門を挟んでいるため、剣を振り回されてもそこまで危険はない。
だが、念のため門から五メートル以上の距離を空け、剣を突き出されても投げられても問題ないようにしておく。
「災いを止めてって言ってるでしょ!」
一方的に女の子を言う事を聞いても、さっぱり状況が掴めない。
というか、この子は自分の希望を要求するだけで、それ以外の有益な情報を何も出さない。
こちらから尋ねる形にするべきか。
「災いってのは、何です?」
「日照りよ! このままじゃ、今年も干ばつで飢饉が起きちゃうわ!」
今年……も?
(てことは、昨年とか一昨年とか、比較的最近も飢饉が起きてたってことか?)
とりあえず、その情報だけでも、そこそこ地域が絞れる。
とは言え、あちこちで結構災害が起きているのも事実。
魔王が討伐されて以降、大陸中で様々な災害が起きていた。
魔王は討たれながらも、未だに大陸に祟っている。
それが、この大陸に住まう人たちの共通認識だった。
「どこから来たんです?」
「カルダノ男爵領だけど……。」
その領地に、リシャルドは聞き覚えがあった。
王都から見ると、北北東の方角に位置する、帝国の領地だった。
ティシヤ王国に隣接する領地のため、教わったことがある。
そこまで聞き、俺は眉間に皺を寄せる。
「魔王に用事があるなら、魔王領に行ったらどうです? まあ、その魔王も三年前に討伐されたって話ですが。」
「魔王がいないなら、どうして日照りが続くのよ!」
ごもっとも。
と言いたいところだが、日照りぐらいは自然災害でいくらでも起きる。
すべてを「魔王のせいだ」と言われ、俺は軽く魔王とやらに同情した。
きっと、ごく普通に気象現象として起きた日照りや長雨も、魔王の仕業ってことにされてるんだろうなあ。
(死んでまでこれじゃあ、浮かばれないね。)
まあ、魔王に浮かばれることがあるかどうかは議論の余地があるが、何でもかんでも魔王のせいにするのは感心しない。
どうにもならないこともあるが、人為的に対応可能なことだってある。
治水次第で、防げることもあるからだ。
それでも、さすがに二年続けての日照りでは限界もあるだろうが。
そんなことを考えていると、女の子がガシャンと門を鳴らした。
「貴方は魔王の手先じゃないの!? でも、魔王はここにいるんでしょう!? みんな言ってるわ! 魔王のせいで、雨が降らないんだって!」
必死に訴える女の子に、同情すべき点もあるにはある。
しかし、その前に俺は疑問を口にした。
「どうして、ティシヤ王国に魔王がいると? 討伐されたんでしょう?」
「確かに、そう言われてるけど……。でも、それなら何でティシヤ王国は呪われてるの?」
女の子のその言葉に、胸がちくりと痛んだ。
ティシヤは呪われている。
確かにそう言われても仕方ない。
国民は尽く消え、送り込んだ軍まですべて全滅だ。
(…………そんな呪われた地に、この子は単身乗り込んできたのか。)
カルダノ男爵領方面の国境までは、六日の距離だ。
その国境から更に二日くらい行った所に領都があると習った憶えがある。
この女の子がカルダノ領のどこに住んでいるのかは分からないが、少なくとも六日以上もかかる距離を歩いて来たのだ。
災害を止めてもらうために。
多少の事情が分かり、俺は何も言えなくなってしまう。
俺の重い表情を見て、女の子も沈痛な面持ちになる。
「魔王は……いないの?」
女の子のその確認に、俺は頷く。
そんな俺の姿に、女の子は打ちひしがれるように崩れ落ちた。
「……折角、ここまで……来たのに……。」
その目からは、涙が零れているようだった。
だが、実際には女の子は、涙を流していない。
それでも、項垂れて顔を歪める女の子が、俺には涙を流しているように見えた。
きっと、水不足に苦しみ、思い詰めてここまでやってきたのだろう。
春だというのに土地が乾き、河川も枯れ、とてもではないが種蒔きができるような状況ではないから。
俺は門の横の扉に歩いて行くと、鍵を開けた。
そうして女の子の横まで行き、しゃがむ。
「ここまで、大変だったんだろう? 少し、休んで行ったら?」
俺がそう言うと、女の子は躊躇いがちに頷いた。
■■■■■■
王城内、ダイニング。
一心不乱に、女の子は俺の作った料理を食べていた。
あまりがっつく感じではないが、それでも視線は料理に釘付けで、余程お腹が空いていたのだろうと推察する。
丁度昼食を用意しようとしていたところだったので、「一緒にどう?」と聞くと、女の子のお腹が鳴った。
先日買い出しに行って来たばかりだったので、食材はそれなりに豊富にあった。
そのため、少し多めに料理を作ったのだが……。
「……こっちも、もし良かったら。」
俺がそう言ってスープの入った皿を押し出すと、恥ずかしそうにしながらも皿を引き寄せた。
これで、俺の分がすべて無くなった。
まあ、食材には余裕があるので、また作ってくればいいだけだが。
(凄まじく飢えてたらしいな。)
女の子の食べっぷりに苦笑しつつ、不躾とは思いつつ観察する。
長い、青紫の髪。
ぱっちりとした目に、瞳の色は髪よりももっと紫っぽい。
整った顔立ちをしており、手足もスラリと長いが、少々痩せ過ぎな感じか。
騎士鎧を身につけてはいるが、あまり騎士っぽくは見えなかった。
というより、格好を抜きにすればごく普通の女の子だろう。
「もう少し作ってくるよ。食べる?」
そう聞くと、女の子はぶんぶんと頷いた。
俺は苦笑して立ち上がると、キッチンに向かった。
魔法具の袋から干し肉や野菜を取り出して、ざくざくと適当に切る。
それを焼いたり煮たり炒めたりするだけの、簡単料理だ。
そんな料理にあれだけがっつくとか、どれだけ飢えていたのか。
俺はちゃちゃっと追加の料理を作り、ダイニングに運ぶ。
大盛りで二人前の肉野菜炒めもどきを作った。
さすがに今回は、自分の分は確保したいと思う。
俺がダイニングに戻ると、すでに女の子は食べ終わっていた。
「はい、お待たせ。」
「あ、ありがとう……。」
女の子は恥ずかしそうにしながらも、しっかりと受け取る。
そうして、再び食べ始めた。
俺も今度は料理に手をつけた。
先程までは女の子の必死な食べっぷりに、少々唖然としてしまった。
塩と、少しのスパイスを使っただけの味付けだが、肉野菜もどきはまあまあの出来だった。
食事が終わり、少し詳しい話を聞いた。
女の子はレイン・ミシェットと名乗った。
ネプストル帝国カルダノ男爵領で、やはり騎士見習いをしているらしい。
「わざわざ何日もかけて、日照りを止めてもらいに来たの?」
「う、うん……。」
どうやらレインは騎士見習いとして学院に通っているらしく、領都で暮らしていたようだ。
しかし、日照りが続き、男爵領は困り果てているらしい。
昨年は近隣領も日照りだったが、今年はカルダノ男爵領だけ雨が降らないという。
「でも、仮に魔王のせいで日照りだったとして、頼んで止めてくれるものかね?」
そんなことで止めるくらいなら、初めからやらなそうな気もするが。
そう思い聞いてみると、レインは気まずそうに顔を引き攣らせ、視線を逸らした。
まさか……!
「倒す気だったの!?」
「あ、あははは……。一番手っ取り早いかなあ、……なんて。」
見た目に似合わず、無茶しよる。
頼んでもだめなら、ぶっ倒しちまおうという腹だったらしい。
どうやら、この子は脳筋族の血を色濃く引いているようだ。
俺が唖然として見ていると、レインは真剣な顔になった。
「君は、本当に魔王のことは知らないの?」
そう言われ、俺は気を取り直す。
「知らない。……まあ、魔王のことは俺もちょっと調べてたところだけど。」
「調べてた?」
聞き返すレインに、俺は頷く。
「ティシヤの呪いだよ。消えてしまった人たちの手掛かりを探していたんだ。」
呪いだか祟りだかで消えたとされる人々。
その手掛かりを探していると話すと、レインは悲し気な表情になった。
「君は、もしかしてティシヤの……?」
その問いに、俺は力なく頷く。
「生き残り、って言うのが適切かどうか分からないけど……。」
「そうだったのね…………ごめんなさい。」
俺の身の上を慮り、レインが謝った。
見た目が子供の俺が、一人でいる理由に心を痛めているようだ。
少しばかり、重い沈黙が流れる。
俺は意識して笑顔を作った。
「レインはこれからどうする気?」
このままカルダノ男爵領に戻るのか。
あくまで魔王を探し、魔王領まで行くのだろうか。
そう思い聞いてみるが、レインは項垂れた。
「…………これからなんて、ないわよ。」
「はい?」
どゆこと?
俺は目を瞬かせる。
「魔王を倒そうと思っていたのよ? 良くて相打ち。生きて帰るつもりなんてなかったわ。」
「あぁー……、まあ、覚悟としては分からなくもないけど……。」
魔王と一戦交えようと言うのだから、生きて帰らない覚悟というのも理解はできる。
手下でもいれば、途中で力尽きる可能性だって高い。
何でもレインは、なけなしの金を使って食料を買い込み、一大決心して乗り込んできたらしい。
片道分の食料だけで金が尽きたが、どうせ生きて帰れないのだから、と。
そんなことを少々恥ずかしそうに話すレインに、俺は呆れた。
(カミカゼか、お前は……。)
帰りの食料など考えず、特攻してきたという。
潔いにもほどがある。
「どうしてそこまで? 領としての、正式な決定ではないんだろ?」
領主が改めて魔王討伐に乗り出したなら、レイン一人で乗り込んでくるのはおかしい。
見習い一人を送る込むなど、ある訳がないからだ。
つまり、レインは独断で突っ走った。
人、それを暴走と言う。
俺がレインを見ていると、レインは仕方なさそうに口を開いた。
「……不名誉を、雪ぐためよ。」
「不名誉……?」
俺が繰り返すと、レインは重く頷く。
レインの家は、どうやら代々領主の家に仕える騎士の家系だったらしい。
数年前、父が魔物との戦いで命を落とした。
それ自体は領主軍としての任務であり、騎士の家系であればままあることだ。
そうして、少し年の離れた兄が家督を継いだ。
ところが兄は、戦闘中に逃げ出してしまったらしい。
元々兄は気が弱く、あまり騎士には向いていなかったようだ。
思いもしなかった父の早逝によって、早々に家督を継ぐことになってしまった。
そんな、様々な重圧に耐えきれず、どうやらすべてを投げ出してしまったという。
「……残された母と私は、それは酷い扱いを受けたわ。」
恥さらし。
騎士の面汚しと、堂々と罵られた。
ほぼ、村八分のような扱いだったようだ。
そんな日々の中でも、レインは懸命に騎士を目指した。
ミシェット家の不名誉を雪ぐために、今年から騎士学院にも通い始めたらしい。
騎士学院とは、十四歳から入学が許される騎士を育てる学校だ。
修了すれば、正規の騎士として認められる。
騎士になって活躍すれば、ミシェット家の不名誉を雪ぐことができる。
そう思い、必死に喰らいついていた。
ところが……。
「……母が、亡くなったの。」
最近、レインの母親が亡くなったらしい。
話を聞く限り、おそらくは心労が一番の原因だろう。
夫が亡くなり、期待をかけた長男が逃げ出した。
周囲からは罵られ、疎んじられた。
いくら気丈に振る舞おうと、その精神的な負担は相当なものだっただろう。
レインは頑張って母を励まし支えていたが、突然倒れ、そのまま亡くなられたそうだ。
話を聞き、俺はレインにかける言葉が見つけられなかった。
この、ごくごく普通の少女に、どれほどの重圧がかけられていたのか。
過酷な環境でも懸命に耐えてきたが、母の死をきっかけに心が折れてしまったのだ。
(もしかしたら、魔王を道連れに……くらいに考えていたのかもしれないな。)
死に場所を求めていた。
今のレインには、生きる理由が消失してしまったのだ。
せめて母親だけでも生きていれば、家名の不名誉を雪ぐことを目標にできた。
しかし、もはや自分しかいないミシェット家に、支える意味を失ってしまったのかもしれない。
レインにとって、おそらく家族こそが大事だったのだろう。
自分一人しかいない家名には、そこまで価値を見出せなかったのだ。
目の前で項垂れ、生きる意味を見失ってしまった少女の姿に、俺は胸が締め付けられるのを感じた。