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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第四章 沈む塔

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第42話 塔の崩壊




 禍々しいオーラの中から、老人の冷たい目がこちらを見つめていた。

 俺のつま先から脳天まで、ぞくりとしたものが走る。

 鰐が、動いた――――。


「避けろっ! リコッ!」

「逃げろおっ!」


 ケベロムとカンザロスの声が届く。

 鰐の尻尾が頭上に迫っていた。


(クッ! 【加速(アクセラレーション)】!)


 ドクンッ、と俺の心臓が跳ねる。

 俺は、女の子を庇うように身を翻しながら、【加速(アクセラレーション)】を発動した。

 身をよじり、迫る尻尾からギリギリで逃れる。


 ダーンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!


 鰐の尻尾は、何度も何度も俺のいた場所に叩きつけられる。

 俺はつんのめりながらも、鰐の尻尾を何とか躱した。


 ほっと息をつくと【加速(アクセラレーション)】が切れ、振り返るとまだ鰐は尻尾を叩きつけていた。


 ダンッ! ダンッ! ダーンッ!


 先程まで、俺がいた場所を。


(何だ……?)


 俺が躱したことに、気づいてない?

 だが、俺からは老人も鰐の顔も丸見えだった。


「リコオオォォォオオオオッ!!!」


 ケベロムが、俺の名前を叫ぶ。

 見ると、カンザロスもメッジスもウラコーもホーマーも、こちらを見ていた。

 正確には、先程まで俺のいた場所を。


(………………………………………………。)


 俺は訳が分からず、目を瞬かせる。

 どういう訳か、みんな俺がやられたと思って、悲しんでいた。

 俺は首を傾げる。

 どゆこと?


『…………む……? ……どういうことだ……?』


 そこで初めて、老人も俺がいないことに気づいたようだ。

 老人が周囲をゆっくりと見回す。

 だが、みんなはまだ、俺の名前を呼んだりしていた。


 その時になって、俺は初めて気づいた。

 俺の中で発動している、【加護】の力に。


(…………これは……【隠蔽(ハイディング)】?)


 なぜか、【隠蔽(ハイディング)】が発動していた。


(何でっ!? 俺、そんなの持ってないだろ!?)


 自分の中で発動している力に、自分で戸惑う。

 だが、()()()()()()()

 これが、間違いなく【隠蔽】であることを。


 どういう訳か、【隠蔽】が発動している。

 そのために、俺の姿が見えていないのだ。

 鰐の魔物にも、老人にも、隊の仲間たちにも。


 正直言えば、訳が分からない。

 だが、だからと言って、時間を無駄にするのは愚の骨頂。

 気づいていないというなら、今のうちにホーマーにこの女の子を預けてしまおう。







 ドクンッッッ!!!


 その時、身体が強張った。

 視界に映る物すべてがモノクロになり、ブラーでもかかったように残像を残す。


(なっ!? これは……っ!)


 以前にもあった、金縛り現象だった。

 ぴくりとも、身体が動かなくなった。

 だが、不思議なことに視点だけは動いている。


 視点は、真っ直ぐに祭壇を捉える。

 そうしてゆらゆらと、ゆっくりと祭壇に近づく。


(またかよっ! 何なんだよ、これは!)


 意識ははっきりとしていた。

 なのに、何一つ自分の思い通りにならない。

 ゆっくりと祭壇に近づくと、詳細な様子が分かった。


 煌びやかな祭壇。

 金糸で刺繍された美しいシーツがかけられ、金の燭台、香炉、装飾の施された刀剣なども並ぶ。

 それらの真ん中には、一本の杖があった。

 木を削って作られた杖には、宝石がいくつも埋め込まれていた。


 だが、その杖の異様さは、巻きつけられた金属だ。

 その金属は、蛇を模していた。

 翼を広げた蛇。

 杖の右側に翼を広げ、左側に蛇の頭が伸びていた。


(ケツァルコアトル……?)


 たしかアステカ文明で信じられていた、文化を授けた神だったか。

 水の神とも風の神とも、太陽神ともされる。

 マヤ文明にも同じような姿の神がいたが、何と言ったか。

 まさかこの世界で、アステカやマヤなどのメソアメリカと関連があるとは思えないが、偶然の一致か?


 まあ、杖に絡む蛇というのは、王権の象徴などでは割とメジャーな形状だ。

 有名どころでは、確かカドゥケウスとか言ったような気がする。

 ファンタジー好きからするとカドゥケウスが真っ先に思い浮かぶが、普通はアスクレピオスの杖の方が思い浮かぶだろうか。

 こちらはギリシア神話の医療の神で、国連の世界保健機関(WHO)の旗や、他にも様々な医療や衛生に関わる組織で描かれている。


 そんなことを思い出しながら見ていると、杖に手を伸ばした。







 ビクッと身体を震わせ、視界が元に戻る。

 さっきまで祭壇の前にいたはずなのに、なぜか俺は女の子を抱えたまま、元の場所に立っていた。


(また、あの白昼夢……?)


 俺が混乱し、茫然としていると声が掛かった。


「リコ!?」

「無事だったか!」

「いつの間に!?」


 どうやら、【隠蔽(ハイディング)】は解除されてしまっているようだ。


「やっべ!」


 また鰐に狙われては堪らない。

 俺は慌てて、ホーマーの方に駆け出した。


『…………何、だ……? ……何だ、これは……!?』


 だが、老人は戸惑っていた。

 頭を抱え、ガリガリと掻きむしる。


『……我、の……か…を、……う……気か……! …………許さ……許さんぞぉ、……ヤ……ユめぇぇえ……!』


 老人が苦しみ出すと同時に、ゴゴゴ……と塔が揺れ出した。

 これまで時々起きていた揺れとは明らかに違う、強い揺れ。

 もしかして、塔を保ち続けていたのって、この魔物の力か?


 老人が勝手に悶えている間に、メッジスが祭壇に取りつく。

 そうして、祭壇に置いてある物を片っ端から自分の魔法具の袋に入れ始める。

 そこにウラコーも到着し、やはり祭壇の上の物を掻っ攫った。


 俺は女の子を抱えたまま、懸命に走る。

 ようやく、ホーマーの下に着いた。


「ホーマー! 頼む、【治癒(ヒーリング)】を!」

「リ、リコ君! 無事だったんですね!」


 ホーマーは俺が無事だったことを喜んでくれるが、今はそれどころではない。

 揺れはどんどん大きくなり、立っているのもつらいほどだった。


「俺のことはいい! この子に【治癒(ヒーリング)】を頼む!」

「ヒ、【治癒(ヒーリング)】ですか……!?」


 ホーマーは、女の子に【治癒(ヒーリング)】を使うのを躊躇(ためら)った。

 もしかしたら、攻略隊以外に使うことを禁止されているのかもしれない。

 本来、【治癒(ヒーリング)】のような貴重な【加護】は、高額の寄付をしないと受けられないらしい。

 教会にとっては、重要な資金源の一つだからだ。

 一般人が、おいそれと頼めるような金額ではないそうだ。


「頼むよ、ホーマー。」


 躊躇(ちゅうちょ)するホーマーに重ねて頼むと、何とか了承してくれた。

 すぐに【治癒(ヒーリング)】をかけ、女の子の怪我はすっかり治ったようだった。

 しかし、女の子はまだ気を失っていた。


「よし! あとは脱出だけだな。 ホーマーは、先に部屋の外に避難しててくれ。」

「で、ですが……!」


 ホーマーは、視線を鰐に向けた。

 鰐は、老人が苦しむのに呼応するように、無茶苦茶に暴れていた。


「おっと、危ねえっ!」

「くっそ! うわっ!?」


 誰かを狙って攻撃している訳ではないが、その暴れ回る鰐に巻き込まれ、ケベロムとカンザロスは防戦一方になっていた。


 二人は、メッジスたちが祭壇に祀られていた物を回収して戻って来るまで、鰐を押さえ込むつもりのようだ。

 まあ、まったく押さえ込めてねーけどな。


「あんなの、まともに相手しようとするだけ無駄だろ。」


 とは言え、メッジスたちが回収した物を、塔の外に持ち帰れなければ任務失敗だ。

 メッジスたちは回収には成功したようだが、暴れ回る鰐と、激しい地震に苦労していた。

 さすがに、メッジスたちを置いて先に逃げる訳にはいかない。


(そうは言っても、この状態で俺にできることなんてあるか……?)


 俺が鰐の相手に参加したところで、意味はないだろう。

 ケベロムとカンザロスだって、傍から見ていると右往左往しているようにしか見えないくらいだ。


(……それなら!)


 俺は一つ思いつき、それを実行する。

 女の子をホーマーに預けると、【災厄(カラミティ)】を発動した。


 先程まではただ漂っているだけの、大蛇のような胴体。――――地盤沈下に関わる因果。

 それが、今はまるで鰐の魔物と同じように暴れていた。


(こいつを押さえ込めれば!)


 メッジスとウラコーの行動を阻害するもの。

 暴れ回る鰐と、地震だ。

 立っているのもつらい地震を何とかできれば、移動がし易くなるはず。


 俺は意識を集中して、因果に干渉した。

 だが、凄まじい力で暴れる因果に、俺の干渉は難なく弾かれる。


(ぐぅぅううっ……! 暴れんじゃねえ!)


 のたうち回る大蛇を押さえつけるように、地震の原因となっている因果を必死に押さえつける。

 だが、あまりに強い力によって、俺がどれだけ押さえつけようとしても弾かれてしまう。


「……リコ君?」


 俺が何をしているか分からないホーマーが、声をかけてくる。

 しかし、懸命に意識を集中し、因果を押さえつけようとしている俺には、その声に答える余裕がなかった。


 ガクンッ!


「うわあっ!? ぅがっ!」


 その時、これまでの地震とか違う、別の動きに俺は思わず壁に叩きつけられてしまう。

 それは横方向の動きだった。


(まさか…………傾き始めてんのか!?)


 これまで真っ直ぐに沈んでいた塔が、傾き始めた?

 みるみるうちに、床にもひび割れが走り始めた。

 おそらく、傾きによって塔にかかっていた力のバランスが崩れたのだ。


 百数十メートルもある巨大な塔が横倒しになる姿を想像し、俺はぞっとした。

 真っ直ぐに沈むだけでも相当にやばい状況なのに、塔が横倒しになるなど、もはや絶望しかない。


 倒壊する塔に、圧し潰される家屋、瓦礫と化す街。

 一体どれだけの死傷者が出るか。


 山鳴りの時もそうだったが、あまりに発達し過ぎた因果には、干渉できない。

 因果を断ち切ることもできない。

 もはや万事休すか。


(…………いや、まだ手はある。)


 俺は歯を喰いしばって、生き残る道筋を考える。


 ぶっちゃけ、ただの賭けになってしまう。

 だが、このまま塔の倒壊に巻き込まれれば、確定的な死しか行き着く先はない。

 ならば、賭けるしかない。

 座して死に飲み込まれるくらいなら、無駄でも何でもやってやる!


「ホーマー! この子を頼む。ここで待っててくれ!」

「リコ君!? 何を?」

「あのクソじじいを片付けてくる……!」

「…………へ?」


 俺の言葉に、ホーマーがぽかんとなる。


 あの鰐の魔物と老人がいると、何をしてくるか分からない。

 できるだけ不確定の要素は消しておきたい。

 とは言え、果たして普通の剣で斬れるものか……。


「じゃ、頼んだぞ!」

「ちょっと、リコ君っ!」


 俺は激しい地震の中、転げるようにしながら鰐に向かって走り出した。

 何度も転び、それでもひたすら鰐を目指す。

 みんなに見られてしまうが、仕方ない。

 出し惜しみして、命を捨てる訳にはいかなかった。


「馬鹿っ! 下がれっ!」


 鰐に突撃する俺に気づいたカンザロスが、声を上げる。

 俺はその声を無視して、鰐の間合いに入った。

 だが、鰐はこちらに注意を向けたりはしなかった。

 老人も相変わらず頭を抱え、悶えているだけだ。


 俺は横から迫る尻尾を掻い潜り、【加速(アクセラレーション)】を発動した。

 ドクンッと心臓が跳ね、視界が水色に染まる。


 スローモーションの動きで鰐の足を踏み台にし、その背中に一気に飛び乗る。

 そうして、頭を掻きむしっている老人に向けて突撃した。


(くたばれえええええええええええっっっ!!!)


 短剣(ショートソード)を抜き、老人のすぐ横をすり抜ける。

 その首を刎ねながら。


 そのまま地面に飛び降りるが、地震のために上手く着地することができなかった。

 俺はごろごろと転がった。


「どうだっ!?」


 ガバッと起き上がると、すぐさま老人の方を見る。

 老人は驚愕に目を見開いたまま、首が宙に浮いていた。

 嘘やん!?


(まさか、と言うか、やっぱり? こんなのじゃ死なねーのか!?)


 俺が苦し気に顔をしかめて見ていると、老人が笑い出した。


『……は……はは……そうか……。……そういうことか……。』


 老人は俺を見下ろし、口の端を歪める。


『…………ム……ユめ……。……まんまと、……しくじりおったか…………。』


 しくじった?

 誰が、何をしくじったんだ?


『……ぎは……次こそは…………。……我……とならん…………。…………ナ……ルよ……。』


 鰐の魔物は動きを止め、ぼろぼろと崩れ始める。

 そうして、風に流されるように散っていった。

 老人の顔が、黒い炎のようなものに包まれる。


『……こ……たびは…………よう……。……しば……眠り…………次……我……が……。』


 黒い炎が燃え尽きるように消えていくと、老人の顔も無くなっていた。


(眠り……? てことは、やっぱ倒せた訳じゃないのか?)


 せっかく会えた鰐の魔物だが、正直何も分からなかった。

 魔王なのか、魔王じゃないのかも。

 とは言え、ゆっくりと考えている時間はない。

 今はとにかく、塔を脱出しなくては。


 ケベロムとカンザロスが、周囲を警戒しながら、俺の所にやって来る。

 老人は消えたが、本当に倒せたか疑問を持っているのだろう。


「おい、リコ。今の……。」


 そうして、ケベロムが俺のことを訝し気に見る。

 おそらく【加速(アクセラレーション)】のことだろう。


 尻尾に叩き潰されたと思ったら、躱していた。

 そして、普通ではあり得ない動きで、老人の首を刎ねてみせた。

 当然そこは「どうやって?」という疑問を持つだろう。


 俺が答えられずにいると、何かを聞こうとしたケベロムの背中を、カンザロスが叩いた。

 真剣な表情で、カンザロスがケベロムに首を振る。

 ケベロムが肩を竦めた。


 そこに、メッジスとウラコーもやって来る。


「おい、リコ! すげえじゃねえか!」

「どうやったんだよ、おい!」


 カンザロスの気遣いが台無しだった。

 とは言え、二人は少し離れていたため、よく状況は飲み込めていないようだ。


「上手く不意を突いてくれた。……な?」

「あ、ああ……。」


 カンザロスが、ケベロムの方を見ながらそう言った。

 ケベロムは不承不承で頷く。

 だが、そこで表情を引き締めた。


「さあ、野郎ども。あとはこっから逃げ出すだけだ。」

「分かってる。急いで下りて――――。」

「そのことだけど。」


 ケベロムに同意するメッジス。

 その言葉に、俺は割り込んだ。


「多分、このまま下りても間に合わない。というか、無駄になる。」

「どういうことだ?」


 俺は、部屋の床に走り始めたひび割れを指さす。


「塔が傾き出した。横倒しになれば街が巻き込まれるし、過重な力が加わった部分から塔が崩壊していく。塔を下りて脱出しようとしても、おそらく崩壊に巻き込まれると思う。」

「おいおい、やべえじゃん! 早く脱出しないと!」


 そうメッジスが言った時、ガキンッという音が響いた。

 音の方を見ると、俺たちが入ってきたドアだった。

 ドアがひしゃげ、その隙間から通路を塞ぐ瓦礫が見えた。

 全員が、絶望的な気分で、そのドアを見ていた。


 俺は、ふぅ……と息をつく。


「俺に一つ、アイディアがある。乗る奴だけ残って、協力してくれ。自力で何とかしたい奴は、急いで下りた方がいいぞ?」


 俺がそう言うと、ウラコーが呆れたような顔になった。


「なぁんで、素直に『手を貸してくれ』って言えないかね。この小僧は。」

「それができてりゃ、噛みつき(スナッピング)子狐(カブ)なんて呼ばれてねえだろ。」


 メッジスとウラコーが、俺の頭を揉みくちゃにした。

 やめろ、馬鹿野郎。


「リコの言う通り、確かにこの塔自体がやばそうだ。どうすりゃいいか、さっさと説明しろ。」


 メッジスがそう言うと、ケベロムやカンザロスも頷いた。

 本当、即席の割にいい(チーム)だよ、こいつら。


 俺は自分の魔法具の袋から、ありったけのラペリングロープを取り出した。


「これを一本に繋いだとして。全員がぶら下がって、もつと思う?」

「全員!? 俺たち全員か?」


 それなりに強度のあるロープだが、さすがに重量オーバーか。

 超重量級の、ケベロムとカンザロスもいるしな。


「なら、二本に分けよう。重量がだいたいでも均等になるように、二つのグループに分ける。あ、俺は入れなくていいからな。」

「リコはいいって……。どうする気だよ。」

「細かく説明している時間はない。とにかく全員持ってるロープを出して、繋いでくれ。」


 そうして、俺は二つの指示を出した。

 すべてのロープを結び、二本の長いロープを作る。

 それから、声の大きい一人だけは、別の役目を頼んだ。


「ここから地上の傭兵連中に呼びかけてくれ。」

「ここから……?」


 俺の指示に、カンザロスが戸惑う。

 俺たちがいる最上階から地上までは、まだ百メートル以上ある。

 それでも沈み方は早まったようで、この短時間に三階層分くらいが沈んだようだ。


 もちろん、激しく塔が沈み始めた今、地上では右往左往の大騒ぎである。

 振動音もあるし、かなり難しいミッションだ。


「あの傭兵たちを、少しでも多く待機させておいて欲しい。あの命綱を引き上げる、文字通り俺たちの命を握る役目だ。」


 そう言って、俺はケベロムたちが結び始めたロープを指さす。

 何となく、俺のやろうとしていることが分かり、カンザロスが顔を引き攣らせた。


「場所は、あの辺だと思う。」


 そう言って、俺は祭壇の後ろ辺りを指さす。

 塔が傾いているのは、祭壇の反対方向だ。

 つまり、祭壇のある辺りが、もっとも高くなっている。


 傾いている方向に対して直角。

 左右のどちらかにした方が、おそらく脱出の難度は下がるだろう。

 だが、その位置ではもし塔の一部が崩壊した時に、巻き込まれる可能性がある。

 誰かが落下物の下敷きにでもなれば、せっかく集めた傭兵たちが逃げ出してしまう。


「悪いが急いでくれ。これから、もっと早く沈み始めるぞ。」

「そう、なのか……?」


 何でそんなことが分かるのか、カンザロスが不思議そうな顔になる。

 何でって、()()()()()()()()なんだけど。


「ホーマーと女の子は、ロープで縛ってやってくれ。ラぺリングに自信のない奴は、見栄はってないで素直にロープで縛れよ?」

「ハンッ! そんな奴いるか!」


 俺がロープを縛ってる連中にアドバイスをすると、怒声が返ってきた。

 後悔するなよ、その言葉?


 俺は作業を隊の仲間に任せ、自分の作業に取り掛かる。

 これができなきゃ、大惨事は不可避。…………だと思う。

 何とか塔が横倒しになることだけは、避けなければならない。

 そのためには、どうすればいい?


 俺の持つ【災厄(カラミティ)】でできることは、災害を起こすこと。

 ならば、更なる災害で塔が横倒しになるのを防げばいい。


(【災厄(カラミティ)】ッ!)


 俺は【災厄(カラミティ)】を発動し、辺りを漂う因果を探る。

 今は地盤沈下に関わる因果が大暴れしているが、他の因果だって漂ってはいる。

 その中から、目的の因果を探す。


(くっそ……邪魔くせえな!)


 地盤沈下に関わる因果が暴れまくるため、他の因果への干渉がやりにくい。

 だが、泣き言を言っている場合ではない。

 やらなきゃならないなら、やるまでだ!


 俺は目的の因果を見つけ出し、災害を組み上げる。

 地盤沈下の因果に邪魔され、組み上げた一部を壊されながらも、丁寧に組み直す。

 そうして目的の災害が組み上がると、ズンッと塔の沈み方が加速した。


「おいおいおい、まじでやべえぞ!」

「急げっ!」


 これまで以上に振動が強まり、みんなが焦った顔になった。


 俺が組み上げた因果は、液状化現象と呼ばれるものだ。

 地震が発生すると起こったりする、地盤沈下の原因にもなる災害。

 元々が乾いた荒野で、液状化現象は起きにくい環境だったようだが、それをあえて引き起こした。


 気をつけなくてはいけないのは、この液状化を(ここ)だけに留めること。

 広範囲に発生してしまうと、俺こそが街の崩壊の引き金を引いたことになってしまう。


 そして『賭け』とは、この液状化によって塔がどう動くか、だ。

 却って横倒しになるのを早めやしないか。

 確かに、その可能性はある。


 だが、俺は逆に賭けた。

 つまり――――。


(さっさと、沈みやがれええーーーーーーーっ!!!)


 塔が倒壊する前に、沈めてしまうことだ。

 まだ傾斜の緩やかな今のうちなら、そうできる可能性は十分にあると俺は踏んだ。







「何とか間に合ったな。」


 俺はホッとする反面、重い責任を自覚し、呟く。


 激しい振動に苦労しながら、それでも何とかすべてのロープを二本に繋いだ。

 ロープにはそれぞれ一つの輪を作り、そこにホーマーと、未だに意識の無い女の子を潜らせている。

 念のため、ホーマーや女の子のすぐ上と下に、他の仲間がつく。

 本当は離れていた方が安全なのだろうが、荒事に慣れていないホーマーと、意識の無い女の子の安全のために、カバーに入ってもらう体制だ。


「本当にやるのか?」


 俺にロープの端を渡しながら、ケベロムが聞いてくる。


「今更やめます、なんて言えるか? 他に手があるかよ。」

「それはそうなんだが……。」


 すでに(さい)は投げられた。

 しかも、その(さい)を投げたのは俺だ。

 みんなの命を背負いながら、それでも自分で投げたのだ。

 ならば、その結果に責任を持たなくてはならない。


 俺は激しい振動の中、外縁部に近づく。

 地上を見下ろすと、高さはまだ五十メートル以上はあるだろう。

 俺の目論見通り、塔は倒壊を免れた。

 あとは、俺たちが脱出するだけだ。


「じゃあ、行くぜ? 準備はいいか。」


 俺がそう聞くと、両側に立ったケベロムとカンザロスが真剣な表情で頷く。

 俺は大きく深呼吸し、両手に掴んだロープをしっかりと握り締める。


「よし! 投げろっ!」


 俺の合図と同時に、ケベロムとカンザロスがロープの束を外に向かって放り投げた。

 そして、俺は両腕を広げて、塔の外にゆっくりと身体を傾けるのだった。





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