第4話 転生
ティシヤ王国、王城の中庭。
「リシャルド様、姿勢が崩れております。もうお疲れですかな?」
「ま、まだまだっ……!」
汗だくのリシャルドは下がりかけていた腕を上げ、短剣を構え直した。
そうして、目の前の騎士に斬りかかる。
騎士は五十過ぎの、体格のいい男。
黒髪を短く刈り込み、如何にも歴戦を生き抜いた貫禄を感じさせた。
それもそのはず。
この騎士は、ティシヤ王国十五万の騎士や兵士を束ねる将軍だからだ。
リシャルドの短剣を軽々いなし、剣で反撃する。
だが、その反撃の剣をリシャルドもいなし、果敢に一歩踏み込む。
しかし、そこで足がもつれてしまった。
疲労で足の踏ん張りも利かず、そのまま転倒してしまう。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」
リシャルドはそのまま起き上がることもできず、胸を大きく上下させた。
その姿を見て、騎士は剣を鞘に戻した。
「今日はこの辺りにしておきましょう。」
騎士が離れると、リシャルドの下に数人の女中が駆け寄った。
「汗をお拭きしますね、リシャルド様。」
「リシャルド様、どうぞ。」
汗を拭いたり、水を飲ませたりと、少々構い過ぎな感がある。
だが、これはリシャルドの要望ではない。
城の女中たちが、リシャルドを構いたくて仕方ないのだ。
普段はあまり手間をかけさせてもらえないため、リシャルドが動けないのをいい事に、思う存分構っていた。
そのため、剣の稽古の付き添いは女中たちに人気の当番となっている、らしい。
「クラウデュオス。」
騎士が木にかけていたタオルを取り、汗を拭っていると声がかけられた。
声の方を向くと、六十代半ばくらいの男がこちらにやってくる。
白髪、白い顎鬚を伸ばした老人は、やや難しい顔をしていた。
クラウデュオスと呼ばれた騎士は、タオルで頭をごしごしと拭くと、そのタオルを首にかける。
「これはこれは、スッサーニ殿。如何された。」
「如何されたではない。少々厳し過ぎやせんか、クラウデュオス。」
そう言って、スッサーニは一度リシャルドの方を見る。
リシャルドはまだ動けないようだった。
再びクラウデュオスに苦言を呈す。
「殿下はまだ九つになったばかりですぞ? そもそも、剣などそれなりで良い。殿下がご自分で剣を振るうなど、あってはならないのだ。」
それはそうだろう。
リシャルドが自分で自分の身を守るなど、起こった時点ですでに最悪の事態ではある。
しかし……。
「それは俺じゃなく、リシャルド様に言われたらどうだ? 俺はリシャルド様の要望に応えているだけだ。」
「言うて聞かぬから、こうしてお主に言うておるのだっ。」
すでに、本人には言ったらしい。
本人が聞き入れてくれないから、指南役のクラウデュオスに話を持って来た、という訳だ。
それを聞き、クラウデュオスは苦笑した。
スッサーニが語気を強める。
「笑い事ではないぞ! 殿下の身に万が一があれば……っ!」
「スッサーニ殿。」
額に血管が浮き上がりそうなほど興奮するスッサーニに、抑えるようにゼスチャーする。
「宰相として心配なのは分かるが、過保護すぎる。本当に止めるべきだと思えば、俺の方からも陛下に判断を仰ぐ。…………どうせ陛下にも話をしたが、却下されたのだろう?」
クラウデュオスがそう言うと、スッサーニが苦い顔になった。
やはり、そうらしい。
この老人の政治力は素晴らしく、人を見る目もあるのだが、どうにもリシャルドに甘い。
孫と祖父そのもののようだった。
「……すでに、最悪が一度起きている。」
怒りを抑えたようなクラウデュオスの低い声に、スッサーニが底冷えする冷たい目になった。
一般には公表されていないが、すでに最悪の事態というのがあったのだ。
リシャルド誘拐事件。
生後間もないリシャルドが魔王信奉者に誘拐されるという、王国史に決して載せることのできない汚点。
代々王家に仕える女中や従者数名が、リシャルドを誘拐したのだ。
幸いリシャルドに怪我はなく、その後もすくすくと成長してくれた。
やや年齢の割には小柄な身体だが、とても利発で、将来に希望が持てる素晴らしい王子だった。
「近衛は何としても殿下をお守りする覚悟だが、リシャルド様自身も、戦う覚悟を持っていただいた方が良い。」
「その意見に、異を唱える気はない。しかし……。」
「スッサーニ!」
そこに、回復したらしいリシャルドがやって来る。
こちらに向かってくるリシャルドを、名残惜しそうに見ている女中たちが見えた。
リシャルドに呼ばれたスッサーニは、途端に目尻を下げた。
先程の冷たい目はどこへ行ったのやら、にこにことすっかり好々爺の顔になっていた。
「殿下、見ておりましたぞ。日に日にお強くなられますなあ。このスッサーニ、感服しましたぞ。」
スッサーニの変わり身の早さに、クラウデュオスは思わず肩を竦める。
この老人、宰相としては本当に優秀なのだが、リシャルドに対してだけはどうしようもなく甘い。
「スッサーニからも、クラウデュオスに言ってよ。」
そんな目尻の下がったスッサーニしか知らないリシャルドは、スッサーニに頼み事をする。
孫の頼みなら何でも聞いてしまうお爺ちゃんのようなスッサーニは、嬉しそうに頬をほころばせた。
「剣の練習がしたいのに、クラウデュオスが『まだ早い』って使わせてくれないんだ。」
「剣ですとっ!? な、なりませんぞ殿下!?」
しかし、さすがにこの頼み事は予想しなかったのか、途端に慌て始める。
気を利かせ、クラウデュオスが話に割り込んだ。
「リシャルド様のお身体はまだ成長途中です。身の丈を超える剣など、使うべきではありませぬ。」
「そ、その通りです殿下!」
クラウデュオスが単純明快な理由を伝えると、スッサーニも乗ってきた。
現在の練習でさえも「厳し過ぎる」と言うスッサーニが、短剣から剣へ替えることを受け入れる訳がなかった。
二人に反対され、納得いかないようにリシャルドは唇を突き出す。
そんな、年齢相応な態度に、クラウデュオスが困った顔になる。
「向上心は素晴らしいことですが、物事には順序というものがございます。リシャルド様は、すでに年齢に不相応なほど練習をされています。お身体に負担をかけすぎては、却ってお身体を壊すことにも繋がります。」
「クラウデュオスの言う通りです、殿下。」
二人の説得に、リシャルドは仕方なさそうに頷く。
話の流れの変わり目を察知し、スッサーニは「こほん」と軽く咳払いして、素早く話題を変える。
「ところで殿下。来月の視察の件ですが。」
「どうだった!?」
スッサーニの切り出した話題に、リシャルドは途端に食いついた。
期待に満ちた目でスッサーニを見上げる。
そんなリシャルドに、スッサーニはにっこりと微笑み、頷く。
「陛下の了承を得ました。同行しても良いそうです。」
「やったーっ!」
リシャルドはぴょんぴょんと飛び跳ね、全身で喜びを表現する。
一週間ほどをかけて地方を視察する陛下に同行したいとリシャルドが言っていたのだが、陛下は却下していた。
安全のために、リシャルドをあまり王城の外に出したくない。
万が一に備え、陛下とリシャルドは離れていた方が良い。
というのが、却下の理由だ。
リシャルドはまだ立太子していないが、陛下に万が一があれば王位に即くのは間違いない。
王城の外で二人に万が一が起こっては、王国が立ち行かなくなる。
それらを鑑みて、陛下はリシャルドの願いを却下していたのだが、スッサーニが陛下を説得した。
視察そのものはリシャルドの後学のためにもなる。
問題は、警備だけなのだ。
おかげでクラウデュオスは警備計画を練り直しになったが、それをわざわざ言う気はなかった。
臣下とは、主君の望みを叶えるためにいるのだ。
何度練り直しになろうが、そんなことは些細なことだった。
それに、リシャルドが同行するとなると、民衆は大いに喜ぶだろう。
陛下は若くして王位に即き、民衆に人気がある。
そして、その陛下にも負けず劣らず人気があるのが、この年若い王子リシャルドだ。
天の遣いかと見紛うほどのリシャルドが、笑顔で手を振るだけで、民衆は歓喜した。
その人気を利用するのは、有効な手段ではある。
政を行うのに、こうした単純な人気というのも重要だった。
たとえ同じ政策でも、人気のあるかないかで、民衆の受け入れ具合も変わってくるからだ。
「ですが殿下。公務となる以上は、殿下にも役目を負っていただきますぞ?」
「いいよ! 何でも言ってよ!」
表情を引き締め、王子としての務めを求めるスッサーニに、リシャルドは満面の笑みで答えた。
そんなリシャルドを見て、顔を見合わせるクラウデュオスとスッサーニ。
これは、本当に何でも喜んで引き受けそうだ。
「リシャルド様、あまり安請け合いは感心しませんな。」
「そうですぞ、殿下。」
と、二人は一応、苦言を呈してみる。
しかし、喜びはしゃぐリシャルドを見ていると、自然に笑みが零れてしまう。
中庭に三人の笑い声が響き渡るのだった。
………………………………。
………………。
………………。
………………………………。
そこは、真っ暗だった。
いや、違う。
目を閉じているだけだ。
ゆっくりと目を開けると、目の前に赤い物が映る。
赤黒い物が、目の前にある。
そこで、初めて俺は自分がうつ伏せに倒れていることに気づいた。
目の前にある物はカーペットだった。
所謂、レッドカーペットと呼ばれる物だ。
強張る身体に力を入れる。
右手を引き寄せ、左手を持ち上げ、一つひとつを意識して動かす。
そうして、震える腕に力を籠め、身体を起こした。
薄暗く、広い空間。
視点が少し高くなったことで、ようやく周囲を認識し始める。
ゆっくりと周りを見回す。
まるで体育館のような、いやそれ以上に広い部屋。
中央にカーペットが引かれ、そのカーペットの先に豪華な扉が見える。
「…………どこだ、ここ……?」
呟いた声が、違和感では済まされないほどに、違う。
高い、まるで変声期前の少年ようなの声。
「んんっ、んー……っ。」
軽く咳払いし、しっかりと身体を起こす。
膝立ちになり、周囲を確認しながら後ろにも視線を向ける。
カーペットは後ろにも続き、階段状の壇の上に三つの椅子が見えた。
薄暗いため細部は分からないが、随分と立派な椅子だ。
「謁見の間……?」
ファンタジー映画などで見る、まるで王様と謁見するための広間のようだった。
その瞬間、突然記憶が流れ込んで来る。
いや、流れ込むというよりは、記憶の中を一気に疾走しているようだ。
途切れていた記憶が繋がり、すべてを急速に理解する。
しかし、だからこそ訳が分からなくなる。
「……俺は、不良同期に朝まで付き合わされて…………、父上と視察で地方に行って……それから戻って……。」
ごちゃ混ぜの記憶に、パニックになりかける。
俺は目を閉じ、数回大きく深呼吸した。
焦るな。
これは、別々の記憶だ。
一人は氷上樹。
そう、俺だ。
そしてもう一つ。
リシャルド・シシア・ド・ティシヤ。
どういう訳か、まったく他人の少年の記憶が俺の中にある。
そして困ったことに、この場所にも心当たりがある。
見慣れた謁見の間。
しかし、これを見慣れているのは当然ながら氷上樹ではない。
リシャルドという少年の方だ。
俺は震える足を踏ん張り、立ち上がる。
胸にざわつきを感じた。
(おかしい……変だ。)
違和感の正体には、すぐに思い至る。
警備の騎士がいない。
謁見の間には、常に警備の騎士が置かれていた。
一切無人になることなどあり得ない。
「誰か…………誰かいないかっ!」
喉に力を入れ、叫ぶ。
だが、物音ひとつしなかった。
「父上っ! 母上っ! スッサーニッ! クラウデュオスッ!」
周囲を見回しながら、大きな声で呼びかける。
しかし、返事を返す者は一人もいなかった。
異常な事態だった。
リシャルドが呼びかけて誰も返事を返さないなど、生まれてこの方一度も経験したことがなかった。
夜中であろうと何だろうと、常に数名は傍に付き、姿は見えなくてもすぐに駆けつけられるように控えているのが当たり前だったのだ。
そんなリシャルドの常識に、思わず額に手を当て首を振る。
「どうかしているぞ、俺は……。」
呼べばすぐに誰かが来る?
どこの常識だ、それは。
ごちゃ混ぜの記憶。
胸を騒がすこの焦燥感は、きっとリシャルドのものだ。
不思議な感覚に戸惑いながら、それでも俺は玉座の方に向かった。
壇の袖には王族専用の通路がある。
その先は王族専用の居住スペースがあり、たとえ家族がいなくても警備の騎士がいる。
女中も従者もいるはずだ。
だが、居住スペースには誰もいなかった。
焦る気持ちに急かされるように、足が動く。
父や母の私室、自分の部屋、他の部屋も見て回る。
息を切らせて階段を下り、王城の中を駆け回る。
エントランス、会議室、ダイニングルーム、宰相の執務室、将軍の執務室、近衛騎士の控室、中庭。
王城内を見て回り、エントランスに戻った。
誰もいない王城に、嫌な予感だけがどんどん膨らむ。
心臓が締め付けられるように、ギューー……ッと痛んだ。
思わず、胸を押さえる。
「…………みんな……どこに行ったんだっ……。」
痛みを堪えるように、表情を歪める。
「みんなぁーーーーーーーーーーーっ……!!!」
声を張り上げ、あらん限りに叫んだ。
■■■■■■
ぱちっと目を開く。
昨日、横になったソファーだとすぐに気づいた。
俺はソファーの上でゆっくりと身体を伸ばし、身体を起こす。
額に浮いた汗を拭うと、傍らの短剣を膝の上に置いた。
また、あの時の夢だった。
三年前の、俺がこの世界にやって来た時の夢。
いや、実際は少し違う。
俺がこの世界にやって来たのは十二年前だ。
頭の中を整理していると、リシャルドとして目覚める前の記憶があることに気づいた。
リシャルドの記憶していない、だがリシャルドに関わる記憶。
氷上樹がこの世界にやってきたのは十二年前。
おそらく、何かの儀式が行われていた。
多分、その儀式のせいで俺はこの世界に引きずり込まれたのだ。
そうして、どうやらリシャルドに宿ることになった。
だが、その後は休眠状態というか、半覚醒の状態が続いた。
ただぼんやりと映画を見ているような、ただ映像が繰り広げられるだけの状態だ。
今でこそあれこれ考えることができるが、この頃はただ眺めているだけだった。
そして、三年前に突然目覚めた。
リシャルドとしての記憶はあるが、リシャルドの意識はない。
俺は、氷上樹だという自覚が強い。
それでも、リシャルドとしての『思い』みたいなものは強くあった。
そのため状況把握の一環として、消えた王城の人たちのことを探すことにした。
しかし、手掛かりは一切なく、それどころか消えたのは王城の人たちだけではなかった。
おそらくだが、王国の民が丸ごと消えてしまっていたのだ。
半年ほどをかけて、ティシヤ王国のあちこちを歩いた。
そうしていくつもの町や村を見てきた。
だが、一人として誰かに会うことはなかった。
半年の間、町や村を渡り歩きながら残された食べ物で食いつないでいた。
しかし、それにも限界がある。
そのため俺は、王国を出ることにした。
王城にも町にも、お金やお金に替えられる物はいくらでもあった。
だが、それらに手をつけることはしなかった。
リシャルドの『思い』が強く残っているせいか、王国の民の財産を掠め取るようなことはしたくなかったのだ。
ティシヤ王国の王都から、一番近いのはネプストル帝国だ。
王国の領土内で、王都はかなり南東に位置している。
そこで帝国の街を拠点に、生計を立てることにした。
ところが、どうやらこの世界、特にティシヤ王国やネプストル帝国では、世襲が当たり前のようなのだ。
農民の子は農民、職人の子は職人、商人の子は商人。
王侯貴族だけではなく、市井の民でさえも世襲が基本。
こうなると、縁故のない俺では金を稼ぐ手段が限られてしまう。
そうして世襲によらない仕事を探して見つけたのが、傭兵だった。
意外なことに、この仕事。
誰でもできる。
ど素人でもいいのだ。
昔は戦などで、百姓が狩り出されたりしていたというのは歴史の授業で習ったが、どうやらその延長線上にある職業のようだ。
勿論、手柄を上げて名が売れれば高い金で雇ってもらえたり、どこぞの貴族や金持ちに召し抱えられることもあるらしい。
しかしそんなのはごく一部で、剣や槍を持って振れればいい程度の「数だけ集めます」みたいな仕事もそこそこある。
ちょっと武具の扱いを訓練して、さあ行って来い、と。
俺はそこに潜り込んだ。
さすがに子供はだめだと言われたが、それなりに短剣が扱えたことが幸いした。
現在、国家間の戦争がないため、俺が雇ってもらえる仕事のほとんどは、山賊狩りや魔物魔獣退治を目的とする山狩り。
安い報酬で人数だけは山盛りで集める、そんな仕事。
報酬は安いが、一応は臭い飯と臭い寝床が漏れなく付いてくる。
とりあえず、飢え死にだけはしない程度の待遇だ。
そんな生活を半年もすれば、心は大分荒む。
僅かな報酬とメシのために簡単に人を殺し、死体を漁って金目の物を奪い取るなど日常茶飯事だ。
銀の腕輪の一つも奪い取れれば、自然とガッツポーズをするくらいには、俺の心は荒んでいた。
そんな生活を俺が生き抜いたのは、ティシヤ王国での短剣の訓練があったからだ。
安い仕事は、周りはみんな素人に毛が生えたような人ばかり。
こんな子供でも正規の訓練を受けていれば、雇い主やその側近に、それなりに戦える奴として目をかけてもらえた。
そして、気づく。
俺には不思議な力がある。
それも、三つも。
【加速】と【戦意高揚】。
俺はこの二つを、初めての実戦が間近に迫った、訓練中に気づいた。
リシャルドの記憶を探り、こうした不思議な力の存在自体は、この世界にあることが分かった。
しかし、そんな力はリシャルドも持っていない。
いつの間にか手にしていたのだ。
そして、いつの間にか手にしながら、どうやって使うのかすぐに理解した。
不思議な感覚だった。
初めて知る力。
それなのに、俺はその力の使い方を理解していたのだ。
理由は分からないが、それでも便利な力がある。
ならば、これを使わない手はない。
俺は騙しだまし、あまりこの力を大っぴらにはせず、それでも有効利用してきた。
おかげでそれなりに『使える奴』と認識され、割のいい仕事が回って来るようになった。
そのため、傭兵の仕事で日銭を稼ぎ、多少溜まったところでティシヤ王国に戻ってのんびり過ごす。
そうして王国内では、みんなが消えてしまった原因を探す。
そんな生活を送るようになっていた。
ザバァーーーッ……!!!
王城の横にある井戸まで行き、頭から水を被る。
俺は冷たい水で汗を流した。
「くぁー……っ、冷てぇーーーっ!」
暖かくなってきたとはいえ、まだまだ水を被るには早かったようだ。
お湯を沸かすのが面倒だと、横着してしまった。
誰もいない王城。
当然ながら、すべてを自分で行う必要がある。
湯場の準備をするのもそうだし、食事や洗濯もすべてだ。
コンビニも洗濯機もない世界で、すべてを自分で行うのはかなり大変だった。
「そりゃあ、みんな結婚するよな。」
元の世界でも、昔はこれが当たり前だった。
一つひとつの家事が、とんでもなく手間がかかる。
仕事をして、家事をしてなんて、とてもではないが大変過ぎる。
男は外に仕事へ、女は家で家事を。
不便であるからこそ、役割分担して生活の安定を図った、という側面はあるだろう。
「わざわざ政策で婚姻率や出生率を上げようなんてしなくても、みんな結婚したがる訳だ。」
洗濯機や炊飯器を無くし、コンビニを無くせば誰もが結婚をしたがる世の中になるだろう。
元の世界での問題は、価値観の多様性は勿論だが、こうした便利になり過ぎた故の弊害といったところか。
仕事が終われば食べて帰り、遅くなればコンビニで買って済ませる。
洗濯も全自動で乾燥までしてくれる。
一人暮らしでも安定した生活が送れるのだから、わざわざ結婚しようとする人が減るのは当然だろう。
恋愛とか面倒くせー、と思ってしまう。
相対的に、家事の面倒さと恋愛の面倒さで、差が詰まっているのかもしれない。
まあ、どちらがより面倒かは人によるだろうが、どちらも同程度に面倒。
下手したら「恋愛の方が面倒」とか言う人もいるだろう。
そんな、元の世界の少子高齢社会に思いを馳せながら、俺は身体を拭く。
そうして、帰路の途中で買い込んだ食材で、何を作ろうかと考え始めるのだった。