第31話 ベリローゼの仮面と毛布
「さて、それで? これからどうする気だ?」
俺はベッドに後ろ手をついたまま、項垂れるベリローゼに問う。
「裏があることが分かった怪しいメイドを、俺たちがこのまま連れ回すと思うか?」
「そんなっ!? リコッ!」
そう。
これが俺の答え。
怪し過ぎる、そして実際にやばい裏のあったメイドを、このままにしておく訳がない。
そんな、俺にとってはごく当たり前の話に、レインが怒り出す。
「ベリーちゃんは助けてくれたじゃない!」
「レイン様……。」
まあ、レインならそう言うだろうな。
ベリローゼは、そんなレインを申し訳なさそうな顔で見つめる。
「あのな、俺の話聞いてたか? 使用人を雇うには高い税金を払う必要があるんだよ。」
この使用人税は、一度払えば終わりというものではない。
毎年許可を申請して、税金を払わなくてはならないらしい。
金持ちなら、そんな面倒な手続きさえ、使用人にやらせることもできるのだろうけど。
「金のことを抜きにしたって、睨んだ通り怪しさ満点じゃねーか。」
「ベリーちゃんは怪しくないわよ!」
レインの脊椎反射の反論に、俺はバフ……とベッドに倒れ込む。
だめだ、話にならん。
さすがは脳筋だ。
理屈などなく、ただその時々の感情だけで動いてやがる。
俺はむくりと起き上がり、ベッドの上で胡坐をかいた。
とりあえずレインのことは放っておいて、ベリローゼのことでいくつか確認していく。
まず、そもそも最初に見かけた時に、ベリローゼは木箱に入っていた。
あの訳の分からない行動。
ありゃ何なんだ、と聞いてみた。
「昔、道端に子犬が捨てられているのを見たことがありました。その子犬を、拾って行く人がいたので……。」
ずっと訓練施設に入っていたベリローゼだが、施設に入る前に捨て犬を見たことがあるらしい。
その子犬を親切な人が拾っていったのを思い出し、自分もやってみたと言う。
まあ、幼い頃からずっと特殊な環境にいれば、常識が歪んでしまうのも仕方のないことではあるが。
「何で行き倒れ寸前みたいになってたんだ? こう言っちゃなんだが、いくらでも金でも食い物でも調達できただろう? お前の腕なら。」
人の目を盗んで、金でも食い物でもちょろまかすくらいは朝飯前だろうに。
「人の物を盗むのは、良くないことです。」
「そ、そうね。その通りよ。」
命がかかっているというのに、つまらん倫理観で死にかけていたらしい。
うん、アホだな。
ベリローゼも、レインも。
というか、押しかけて強引に雇わせようとしたことは、お前の倫理観的に問題はないのか?
俺は若干の頭痛を覚え、思わずこめかみを押さえた。
「そもそもな? 何でメイド服着てんだよ? 四つ葉使用人協会や帝国軍が追ってるんじゃないのか?」
生き残っていることがバレているかどうか知らんが、もしバレているとしたらどちらからも追われる身だろう。
変装するなり何なりするものじゃないのか?
「…………追っていますか?」
「いや、知らんけどさ。」
ベリローゼに、逆に尋ね返された。
普通、追われてるかもって思ったら、それだけで隠そうとするものじゃないか?
俺はこめかみを揉むようにして、頭痛を堪える。
なんか、俺にとっては当たり前のことに、逆に疑問を持たれるのがえらくしんどい。
全然話が通じねえんだもん。
そうして、こめかみを揉んでいると、視線に気づく。
レインが、じっとこちらを見ていた。
その表情は、まるでいじけているかのようだ。
「…………何だよ、その顔は。」
「……………………。」
俺が聞いてみても、レインはただじっと見つめてくるだけ。
何も言ってこないが、何を言いたいかは誰でも分かる。
「お前、もう少し人を疑えよな?」
「…………うん。分かってる。」
全然分かっていないような顔で、そんなことを言う。
「はぁーーー……。」
俺はわざとらしく、大きく溜息をついた。
レインとベリローゼの視線が、俺の一挙手一投足に注がれる。
鬱陶しいなあ、もう。
「……好きにしろよ。」
「いいのっ!?」
俺が投げやりに言うと、レインが驚いたような顔で立ち上がる。
「良かねえよ。……たく、余計な面倒ばっか抱え込んで。」
俺はティシヤ王国のことを調べたいのに、何でこんな厄介なことまで抱え込まなくてはならないんだ。
無邪気に喜ぶレインとは対照的に、ベリローゼは戸惑っていた。
「どうして、ですか……?」
信じられない、といった顔で呟いた。
理由は、勿論ある。
俺だって、こんな怪しいメイドはさっさと切り捨てたい。
しかし、それ以上に、俺なりに切実な理由があった。
(【隠蔽】。)
もしもまた、あんな【加護】を持った奴が襲ってきたら?
山賊を裏で操っていた奴の手駒に、もう【隠蔽】を持つ者はいないと誰が言い切れる?
悔しいし腹も立つが、【隠蔽】を持った者の不意打ちを警戒できるのが、ベリローゼしかいないのだ。
…………本当にムカつくが。
俺はこめかみを揉んでいた手を下ろし、ベリローゼを真っ直ぐに見る。
「……前は折れたがな。もうそんなことを言ってられる状況じゃねえ。」
そう言って、ベリローゼを指さす。
「明日、朝一で傭兵ギルドに行って傭兵登録して来い。」
「リコ、それは――――。」
「だめだ、これは絶対条件だ。」
俺が本気で言っていることが分かったのか、ベリローゼは躊躇いながらも頷く。
「……分かりました。」
「それと、メイド服も脱げよ。」
ベリローゼをメイドとしてではなく、傭兵としてなら受け入れる。
これは、俺が譲歩できるギリギリのラインだった。
本来ならさっさと縁を切りたいところだが、【隠蔽】という厄介な問題がある。
そのため、戦闘メイドであったことを周囲に知られないように偽装を施すならば、まだ受け入れる余地もある。
これが、俺の譲歩案だった。
しかし、なぜかベリローゼはこれに猛反対してきた。
「それはできません!」
「おいっ! これはなぁ――――!」
「絶対に、承服できません!」
これまでの弱々しい、項垂れた姿からは想像もできないほど、強硬に反対してきた。
まさか、こんな服一つにムキになるとは思いもしなかった。
「追われてるかもしれないんだ! 隠すのが当然だろうが!」
「メイド服を脱ぐぐらいなら、死んだ方がマシです。追っ手? ならば、追っ手を皆殺しにすればいいだけでしょう?」
おい。
お前の倫理観はどうなってんだ?
食い物一つ盗むのは良くなくて、人を殺るのは構わないのか?
とんでもないことを平然と言い放つベリローゼに、さすがの俺もドン引きだった。
幼い頃に四つ葉使用人協会なんてテロ組織に拐かされ、戦闘メイドとして教育を受けた。
おそらく、今はまだ見えていないだけで、様々な部分にこうした歪みが隠れているだろう。
(……そういや、空腹で倒れた時のうわ言は、随分と子供っぽかったよな。)
組織の人間の目を誤魔化すため、メイドとしての姿を演じ続けていた。
それは、生き残るために必要な、擬態のようなものなのだろう。
素のベリローゼとはかけ離れた虚像を作り出し、必死に生き延びてきたのだ。
とは言え、思いもしなかったベリローゼの強硬な反対に、俺は頭を抱えた。
やっぱり見捨てるべきか、こいつ。
【隠蔽】対策は自力で何とかするとして。
「リコ、メイド服はどうしても脱がないとだめ……?」
頭を抱える俺に、レインが恐るおそる聞いてきた。
「どうしてもって、こんなの仕事に連れてる傭兵団がどこにあるよ。」
俺がそうベリローゼを指さすと、レインが困ったようにベリローゼを見る。
しかし、当のベリローゼはすっかり意固地になり、ぷいっと横を向いた。
本当に、叩き出そうかな。
レインが縋るような目で、俺を見る。
「…………何とかならない?」
「何とかって、どうにもならないだろ? そもそも目立ちたくないのに、こんなのがいたら目立ちまくりだろうが。」
追っ手がいると仮定して、目立つ部分を減らしたいと言っているのだ。
どこかの屋敷に仕えるというならメイド服でも目立たないだろうが、傭兵の中にこんなのがいたら一発で目を引く。
追っ手のことを抜きにしても、使用人の使用許可を得ているのかを確認されるたびに「これは違うんですよ」と言い訳を並べ立てなくてはならない。
実際、官所に拘留されている間に、何度も聞かれたのだ。
「今のところ、戦闘メイドだのテロ組織との関連だのは疑われてない。俺も、戦闘メイドなんて教えてもらうまで知らなかったしな。もう六十年も前に廃れた存在だ。だけど、いつまでも隠し通せると思うなよ?」
傭兵らしい恰好をすれば、それだけで誤魔化せるのだ。
それを、わざわざメイドの恰好なんかしているから、余計な疑惑の目を集めることになる。
しかも、それは疑惑ではなく、どんぴしゃなのだ。
「四つ葉使用人協会を摘発した帝国軍は、逃亡したベリローゼのことには気づいていないのかもしれないな。だけど、それだってあくまで予想だ。もしかしたら水面下で探している可能性はある。…………そして、それは四つ葉使用人協会も同じだ。」
今はベリローゼのことに気づいていないだけで、一度でも目を付けられれば終わり。
特に四つ葉使用人協会に関しては、情報屋が「やばいネタ」と言うほどだ。
俺が聞けた話は、当たり障りのない範囲でしかない。
「…………傭兵らしい恰好をしろ。」
「嫌です。」
メイド服をやめろと言う俺の言葉を、間髪入れず拒否するベリローゼ。
そっぽを向いたベリローゼを、じとっとした目で見る。
俺が、じぃ~……と見つめていることに気づいているであろうベリローゼは、意地になって横を向き続けた。
その時、気づく。
膝の上に置かれた、ベリローゼの手。
真っ白になるほど強く握り締めたその拳が、微かに震えていた。
(……仮面、か。)
生きるために作り上げ、十年もの間、必死に被り続けた仮面。
別人格。
使用人という役を演じることは、ベリローゼにとっては、心の防波堤のようなものなのだろう。
恰好などにこだわらず、自分の心の中で使用人を演じ続ければいいじゃないか、というのは他人だから言えることだ。
若しくは、安心毛布か。
ベリローゼの特殊な生い立ちは、メイド服に強い愛着を持たせたのかもしれない。
愛着というよりは、執着か。
メイド服を身につけていないと。
それを取り上げられると考えるだけでも、不安に襲われるほどに。
俺は、がっくりと項垂れた。
「もう、勝手にしろよ。」
「リコ…………ベリーちゃんは……。」
俺が投げやりに言うと、レインが心配そうにこちらを見る。
きっと、俺がベリローゼを追い出すつもりだと考えたのだろう。
「バレたら、俺たちも騙されてたってことにするからな。」
「…………え?」
レインが目を瞬かせる。
ベリローゼも驚いた顔をして、ゆっくりと俺の方を向いた。
「……良いの、ですか?」
「良かねえよ! 何度も言ってんだろうが!」
俺が「がぁーーっ」と吠えると、レインが苦笑する。
「リコ、ありがとう!」
「ありがとうございます、リコ様。」
二人にお礼を言われるが、渋い顔しかできない。
かなり厄介なことになったが、こうなっては仕方ない。
誰かに何か言われたら、
『メイドさん好きが高じて、自分でもこんな格好するようになっちゃって。コスプレとか、まじ勘弁してくれって言ってんすけど。』
てことにして、誤魔化そう。
こんなので誤魔化せればいいんだけど。
「良かったね、ベリーちゃん。」
「はい。レイン様も、ありがとうございます。」
俺の心配をよそに、喜び合う二人。
そんな二人を尻目に、俺は大きな溜息をついてしまうのだった。
■■■■■■
とりあえず、厄介この上ないベリローゼの処遇も決まった。
俺としては不本意な結果にはなったが、決まったことは決まったこととして割り切るべきだろう。
まあ、結局は問題の先送りのような扱いになった訳だが。
それでも、これで後に残ったのは簡単な話だけ。
つまりは報酬の分配。
…………簡単な、はずだった。
ガタンッ!
椅子を鳴らし、ベリローゼが立ち上がった。
「何なんですか、これは!? 横暴すぎますっ!」
ベリローゼは先程よりも険しい表情で、俺を見下ろした。
それはもう、今にも掴みかからんばかりだ。
「あの、ベリーちゃん、これはね……。」
「レイン様! こんなのおかしいです! 間違っています!」
取り成すレインの言葉を遮り、ベリローゼが俺を睨みつける。
俺はそんなベリローゼを見上げ、肩を竦めたのだった。
話は、数分前に遡る。
今回の報酬は、首領の首で三百万シギング。
アジトの発見で百万シギング。
合計で四百万シギングだ。
大雑把に言えば、今回の取り分は一人あたり百万シギング。金貨十枚。
各自に百万シギングずつを配り、残りの百万シギングを傭兵団の活動費とする。
ただし、今回は情報屋に結構な金額を支払っている。
これも傭兵団にとっての必要経費と考え、活動費から捻出することを説明した。
「勿論それでいいわ。」
「はい、異存ありません。」
俺の説明に、レインとベリローゼも納得する。
その他にも、宿代、消耗品、糧食などなど。
これらも傭兵団として支払ったり、補充したりすることを説明する。
「…………意外に、しっかりと考えているのですね。意外ですが。」
「おい、何で今二回言った?」
俺が傭兵団の会計のようなことをしていることが、心底意外そうにベリローゼが呟く。
「これからは、団としての資金も別に管理する。これまでは俺の持ち出しだったんだぞ?」
横目でレインを見ると、しょんぼりと小さくなっていた。
そういうこと、全然気にしなかったよな、レインって。
まあ、俺が子供にあまり金金言いたくなかったというのもあるが。
俺が財布の管理をしていたので、わざわざ言う必要もなかったし。
「てことで、これがベリローゼの取り分だ。」
俺は金貨十枚を積み、ベリローゼの方に押しやる。
「……え?」
だが、ベリローゼは目をぱちくりして、テーブルの上の金貨を見つめた。
「私にも、あるのですか……?」
「当たり前だろうが。今そう説明したろうが。何言ってんだ。」
俺は、呆れたように言う。
「ですが……以前、『給金は無い』と。」
「ん? あ、ああー……。」
ベリローゼを雇う時に、そう宣言したのは確かだ。
『飯と宿があるだけ有難いと思え。』
これは、確かにその通りである。
「それはあくまで、使用人としての話な。これは、傭兵団の戦力としての分さ。」
あの時は、あまり戦力として期待はしていなかったが、期待を遥かに上回る働きをした。
その分は胸を張って受け取るべきだ。
「まあ、こんな金額の仕事は普通はない。普段はもっと安い仕事ばかりだ。無駄遣いなんかするなよ?」
「あ……、ありがとう、ございます。」
あまりにすんなりと、百万シギングもの大金を俺が支払うので、ベリローゼは少し混乱気味だった。
「じゃあ、ベリローゼは先に部屋に戻ってろ。」
俺がそう言うと、ベリローゼが不思議そう顔になる。
「あの…………レイン様は?」
「私もすぐに行くから、先に部屋で待っててもらえる?」
レインが、ぎこちない笑顔で言う。
そんなレインの様子に、何か不審なものを感じ取ったのだろう。
ベリローゼが姿勢を正した。
「…………レイン様の報酬は?」
「それをこれからやるんだよ。……別に、団長だから多いとかないから。いいから部屋に戻れ。」
俺がそう言っても、ベリローゼは真剣な表情でレインを見ていた。
レインは気まずそうに、ちらちらと俺とベリローゼを見る。
俺は溜息をついて、レインに提案した。
「今度にしておくか?」
「ううん……いいよ。」
だが、レインはベリローゼが居ても構わないと言う。
あまり人前でこういうのも……と思うが、まあ同じ傭兵団の人間だ。
隠したところで、そのうちバレるだろう。
レインの返答を聞き、俺は魔法具の袋から一枚の紙とインクを取り出した。
「それじゃ、さっさと片付けちまうか。」
「うん……。」
俺が支払い内容を紙に書き込むのを、レインはしょんぼりしながら見つめる。
そんな俺たちの様子を、ベリローゼは不思議そうに見ていた。
「…………? 何をしているのですか?」
「何って、返済を記録しているんだよ。」
「返済……?」
帳簿と言うと大袈裟になるが、きちんと記帳して、これまでの支払い実績と残債を一目で分かるようにしている。
特に利子などは付けていないので、内容的にはほぼ『お小遣い帳』レベルのものだ。
何だかんだ言っても、今回を含めれば二百万シギング以上が返済されている。
鉱山のフレイムロープ討伐で八十万シギング。
今回の山賊討伐で百万シギング。
大半が、この二つの仕事の報酬によるものだが、ほんの数カ月でこの返済額だ。
これには、俺も驚いていた。
そうして、俺が記入した残債の金額を見たのか。
ベリローゼが目を丸くした。
「きゅ、九千……七百万!?」
ベリローゼは、驚いた顔をしてレインを見る。
レインは気まずそうに、ちらりとベリローゼを見た。
「あ、あははは……。き、気にしないでね、ベリーちゃん。」
「気にしないでって……。何が……何で、こんなことになっているのですか!?」
レインは、それには答えず俯く。
その様子に、みるみるベリローゼの表情が険しくなった。
「…………どういうことですか? 説明してください。」
ベリローゼの鋭い視線が、俺を射抜く。
俺はその視線を受け流し、レインの前に紙を押しやった。
「金額をしっかり確認して、そこにサインな。」
「うん……。」
俺からインクとペンを受け取り、レインがサインをしようとする。
バンッ!
その時、ベリローゼがテーブルを叩いた。
「レイン様! サインしてはいけません!」
そう言ってベリローゼは、レインのペンを持った手を掴む。
わなわなと唇を震わせ、まさに怒り心頭といった感じだ。
「レイン様は騙されているんです! こんな、九千万シギングもの返済なんて!」
「騙されてるって、ひどいな。」
俺が思わず呟くと、キッと睨んできた。
ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がると、ベリローゼが俺を見下ろす。
「何なんですか、これは!? 横暴すぎますっ!」
激高し始めたベリローゼに、レインの方が驚き、慌てる。
「あの、ベリーちゃん、これはね……。」
「レイン様! こんなのおかしいです! 間違っています!」
そう言って、ビシッと俺を指さす。
「レイン様の人が良いのにつけ込み、何か悪いことに巻き込んだんです!」
「お前がそれを言うか?」
ベリローゼの言い分に、俺は呆れた。
まさに、そうやって俺たちに近づいた奴が何言ってんだ。
「ベリーちゃん、いいのよ。これは、私が納得してやっていることなんだから。」
「納得って……!」
レインがそう言っても、ベリローゼの表情は欠片も納得していない。
おそらくベリローゼの中では、悪徳商人の俺と、騙された可哀想なレインという図式が出来上がっていることだろう。
「何にしろ、お前は部外者だ。邪魔するなら出て行け。レイン、サインしろ。」
「う、うん。」
「レイン様!」
レインはベリローゼのことを気にしながらも、返済のサインをする。
俺はサインの済んだ紙を受け取り、一つ頷く。
今回の返済の処理が済み、レインがほっと息をついた。
とんでもない返済額のため、まだまだ先は長いが、それでも着実に進んでいる。
そのことが実感できるので、レインも何とか心が折れずに済んでいた。
無理矢理にでも前を向かせるためとは言え、少し過大に背負わせ過ぎたかもしれない。
自分でもそう思わなくはないが、今更金額の変更をするのもおかしな話だ。
それに、今のところはレインも前を向けてはいる。
このまま報酬を返済という名目で取り上げ、まずは生きるための目標を探してもらおう。
俺がきっちりと返済額を記入しているのは、『これだけ預かっている』と明確にするためだ。
元の世界のように気軽には銀行の口座が開けないため、レイン用の口座というものがない。
もし口座が作れればそこに放り込むだけだが、今のところは俺の口座と一緒くたになっている。
そのため、きっちりと金額を残しておかないと、いくら預かったか分からなくなってしまう。
レインが何か目標を見つけたら、この金をそっくりそのまま渡してやるつもりだった。
何をするにしても、やはり先立つ物というのが必要である。
自分が命懸けで稼いできたお金だと思えば、馬鹿な浪費に使うこともないだろう。
と、そんなことを俺は考えていた訳だが、ベリローゼに通じる訳がない。
そして、それを教えてやるつもりもなかった。
俺はにっこりとレインに微笑む。
「毎度あり。次もまた、しっかりと稼いでくれな。」
「……頑張り、ます。」
まあ、今回の仕事ではあまりレインの活躍する場がなかったが、それも仕方がない。
今回の山賊討伐に関して言えば、元々はアジトの探索だけのつもりだったのだ。
それが直接山賊と対峙することになってしまったのだから、レインの実力と仕事の難度が釣り合わないのは仕方のないことだ。
俺の中では、これで一通りの処理が完了した訳だが、一人だけ納得していない奴がいた。
目の前で、俺を見下ろしているベリローゼである。
鬼のような形相で俺を睨みつけ、今にも掴みかからんばかりだ。
ベリローゼは、自分の前に置かれた金貨を手に取ると、俺の前にバンッと置いた。
「これも返済に充ててくださいっ!」
「はあ?」
「ちょっと、ベリーちゃん!?」
事情をよく知らんベリローゼが、何を思ったか自分の報酬をレインの返済に充てると言い出した。
俺は頭をぽりぽり掻きながら、目の前に置かれた金貨を見る。
「やだよ。面倒くさい。」
「なっ!?」
俺が心底面倒そうに受け取りを拒否すると、ベリローゼが絶句する。
ベリローゼの金の管理までやってられるか。
いずれはレインに返すつもりなのに、ここでベリローゼの金まで受け取れば、話がややこしくなるだけだ。
「何が面倒なんですか! 返済の金額が増えるのですから、嬉しいでしょう!」
しかし、そんなことを理解できるはずもなく、ベリローゼが迫ってくる。
「はぁーーーーーーーーーっ……。」
俺は大袈裟に溜息をついた後、ベリローゼを睨みつけた。
「行き倒れてた奴が、生意気なこと抜かすな。そういうのは、てめえの面倒を見られるようになってから抜かせ。」
「ぐっ……!」
痛い所を突かれ、ベリローゼが苦し気な表情になる。
「自分の金は自分で管理しろ。…………一括での返済だったら受け付けてやる。」
きっとその頃には、レインも新たな目標を見つけているだろう。
はらはらとした表情で、俺とベリローゼのやり取りを見ていたレインに、俺は部屋に戻るように伝えるのだった。
報酬の分配も終わったため、俺は二人を部屋から追い出し、ベッドに横になる。
明日は一日休みにし、明後日から次の仕事を探すという方針を伝えておいた。
「あー……、面倒くせえ。」
レイン一人を言いくるめるなら大した苦労もないが、ベリローゼが入ってくると途端にややこしくなる。
思い出すとイライラしてくる。
ただ、これはレインやベリローゼに対するイライラというよりは、ちっとも進まないティシヤ王国の調査に対してのものだ。
(一人で調べるには、限界があるか。)
今回初めて接触したが、情報屋ギルドを使うというのも、手といえば手だろう。
核心をずばりと調べさせるのは、少々リスクが高い。
しかし、誰でも知っているような情報や、ちょっと値の張る情報などは、金で簡単に手に入る。
そうして得られた情報から、核心に迫る調査を自分で行うというのは、悪くない方法のような気がする。
「一応、切り札もあるしな。」
地図の譲り先の筆頭候補は、情報屋ギルドだ。
大きい地図は譲る気はないが、小さい方の地図だって十分交渉に使えるだろう。
俺は、天井に向かって手を伸ばした。
何かを掴むように閉じた拳は、結局は何も掴むことはなかった。
「…………魔王。」
現在、もっともティシヤ王国の人々が消えた原因に近いのは、魔王という存在だろう。
そして、俺の中にある【災厄】。
討伐された災厄の魔王と、【災厄】という力。
みんなが消えた時、俺だけが残された。
「関係ない…………訳がない、か。」
握り締めた拳を見つめ、独りごちる。
ぱさ……。
俺は伸ばしていた手を下ろし、寝返りを打った。
すでにあの日から三年が経っている。
みんなを助け出す、というのはさすがにお伽噺か。
それでも、はっきりとした原因くらいは特定してやりたい。
(…………あの日、一体何があったんだ。)
胸の中に渦巻く焦燥感。
頭の中に浮かんでは消える、王国のみんなの笑顔。
もう一度寝返りを打ち、天井を睨む。
「俺は、諦めない……!」
誰にも聞かれることのない言葉が、空しく宙に消えていった。
【後書き】
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第三章はこれにて完結です。
次回から第四章となります。
第四章ですが、ちょっといつ投稿できるか分かりません。
本当に申し訳ない。
今月中の投稿を目標に、鋭意執筆中です。
投稿日が決定しましたら、また活動報告の方でお伝えします。
しばし……、しばしお待ちください。(汗
それでは。
リウト銃士




