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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第三章 流浪の戦闘冥土

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第22話 誰か拾ってください




 護衛をしながらいろんな街を渡り歩く。

 そう方針を定めてから一カ月。

 季節はすっかり夏になっていた。


()ちぃー……。」


 俺は荷馬車の御者台に乗せてもらい、だらけていた。

 手で扇いで顔に風を送るが、そんなので大して涼しくもならない。

 俺は気の抜けた表情で、前方を見た。


 右手には木々が並び、左手は草叢。

 街道を行く他の旅人も、商隊もない。


「……そのままのペースを維持しろ。」


 俺がそっぽを向いて呟くと、右隣で手綱を握った小太りの商人が一瞬強張る。

 もっとリラックスしろ、と言いたいところだが、まあ無理もないだろう。


 俺は何気ない振りをして、身体を伸ばす。

 そうして頭の後ろに手を置くと、ハンドサインで荷台に信号を送った。


(前方、右、射手。)


 最近、この街道で襲われる商隊が頻繁にあるという。

 そのため、この商隊は護衛の数を増やすことにしたらしい。

 俺とレインは、その増員枠に潜り込んだ訳だ。


 今回の依頼に限っては、襲ってもらった方が商人に損がない。

 増員した護衛どころか、雇った傭兵のすべての費用を、地域の商業ギルドが持ってくれるからだ。

 ただし、商隊を襲う野盗どもを捕まえたら、という条件付きではあるが。


 商業ギルドというのは、非常に大きな組織だ。

 地域の商会が集まり、ギルドを作る。

 そうした地域の商業ギルドが集まり、帝国全土の商会が加盟する巨大なギルドとなっているらしい。


 今回の野盗のような、個々の商会だけの問題ではない場合、地域の商業ギルドが対応する。

 地域では済まないような非常に大きな問題には、全国の商業ギルドが協力する。

 報奨金を出して野盗や山賊の類の討伐するのも、その一つだ。


 俺のハンドサインを見て、幌を被せた荷台に隠れていたレインが、馬車の横を歩く隊長(リーダー)に伝達する。

 この伝達も、あくまでこっそりだ。

 野盗が食いついて来てくれないと、折角のボーナスが()()だからだ。


 護衛は、野盗が襲って来ればボーナスが出る。

 野盗を捕えれば、護衛費用を商業ギルドが出してくれる。

 野盗がいなくなれば、他の商隊も安心して街道を通れるようになる。

 まさにWin―Win(ウィンウィン)である。


 ()()()()()()()()()()

 これは、この商隊の全員の願いだった。

 まあ、もしかしたら商人は、それでも襲われない方がいいと思っているかもしれないが。


 俺は御者台に立つと、商人の後ろを跨いで右側に移った。

 これで、森の射手が商人を狙っても、矢を防ぐことができる。

 できれば馬は狙わないで欲しいが、こればかりは野盗(あいて)次第だ。


(……左の草叢にも潜ませてるか。)


 御者台に立った時、さり気なく草叢の方も確認していた。

 右の射手よりも手前あたりに、不自然な草の揺れがあった。

 荷馬車があの地点に差し掛かったら、おそらく矢が飛んでくるだろう。


 右の射手にばんばん射かけさせ、注意を引き付ける。

 その隙に、左の草叢から伏せていた賊が襲う。

 お手本のような、基本に忠実な戦術だ。


 俺は左手を商人の身体で隠し、ハンドサインを送った。


(前方、左、伏兵。)


 陳腐な作戦ではあるが、それだけ効果的な作戦と言えた。

 効果があるから、みんなが使うのだ。

 だからこそ、陳腐になる。


 この隊は俺とレインを除き、四人で護衛している。

 荷台を囲むように、左右に二人ずつ。


 荷台のレインから、横を歩く護衛の隊長(リーダー)に情報が伝えられる。

 隊長(リーダー)がその情報を元に、指示をレインに返す。

 レインはその指示を、荷台の反対を歩く護衛に伝える。

 リーダーと、荷台の反対を歩く護衛は、さり気なく後ろを歩く護衛にハンドサインで指示を出す。

 こうして、同じ情報と同じ指示が全員に伝達されることになる。


 ちなみに、俺は隊長(リーダー)の指示を必要としない。

 俺の任務は商人を護ること。

 襲撃の合図である第一射か第二射は、必ず商人を狙ってくる…………はずだ。

 その後の襲撃も含め、商人を護り抜くことが俺の役割だった。


(【戦意高揚(イレイション )】。)


 地力を底上げし、襲撃に備える。

 そうした準備を悟られないように、俺はわざと欠伸をした。


 シュッ……。


(【加速(アクセラレーション)】!)


 ドクンッと心臓が跳ねる。

 森に潜む射手が弓を放つのと同時に、俺は【加速(アクセラレーション)】を発動した。


 水色に染まる視界に、みるみる近づく矢を捉える。

 俺はスローモーションの動きで短剣(ショートソード)を抜くと、その矢を跳ね上げた。


 パシンッ!


 【加速(アクセラレーション)】を解除すると、乾いた音が響く。

 その音に、護衛たちが瞬時に臨戦態勢を取った。


「荷台に!」

「は、はひっ……!」


 俺は商人に荷台に入るように指示を出すと、周囲の警戒を続ける。

 商人は馬を止め、慌てふためきながら、何とか荷台に乗り込んだ。


 パシッバシンッ!


 【加速(アクセラレーション)】を発動し、続けて放たれた矢も叩き落す。


 ガキンッ! ガッ! ギンッ!


「殺せ殺せえっ!」

「「「うおおおおおおおおおっ!」」」


「来たぞっ!」

「撃ち漏らすなよ!」

「「おおっ!」」


 草叢から飛び出した野盗たちが、一斉に襲いかかる。

 護衛たちと、野盗たちの怒号が上がった。

 どうやら野盗は八人ほどのようだ。

 森に潜む射手がいるので、全員で九人か?


 俺は御者台に立ち、周囲を見回す。


「退けっ! ガキがっ!」


 御者台に上がろうとした野盗の喉を、短剣(ショートソード)でさくっと突く。

 いくら何でも油断し過ぎだろ、それは。


 頻繁に飛んでくる矢を叩き落しながら、俺は御者台に陣取った。

 荷台の中ではレインが最後の砦となり、商人を護っている。


「死ねええーーーーーっ!」

「フンッ!」

「ぎゃあああああぁぁぁああああああああっ!?」

「ぐわあっ!」


 怒号と悲鳴が辺りに響き、剣戟の甲高い音が耳に突き刺さる。

 どうやら人数では負けているが、質ではこちらが圧倒しているようだ。

 次々に野盗たちを斬り伏せ、数の不利を引っ繰り返していた。


 俺は森に注意を向けたまま、思わず舌打ちをする。

 どうやら射手は、直接は襲撃に加わらないらしい。

 一方的に撃たれるだけなのはムカつくが、商人の護衛があるため離れることができない。

 …………が。


「レイン。ここは任せた。」

「え? ちょっと!? リコッ!?」


 俺は賊の殲滅が時間の問題だと見切ると、御者台を飛び降りて森に向かって駆け出した。

 俺に向かって飛んで来る矢を、一瞬だけ発動した【加速(アクセラレーション)】で躱す。

 矢は、頬のすぐ横を掠めていった。


 そうして森の中に入ると、再度【加速(アクセラレーション)】を発動して射手に向かった。

 木の上に登っていた射手は、襲撃が失敗したと判断して、木から飛び下りようとしているところだった。


(逃がすか、ボケッ!)


 木から飛び降り、スローモーションで下りて来る射手を、空中で斬る。

 そうして【加速(アクセラレーション)】を切ると同時に、悲鳴が上がった。


「ぎいぃやあああああぁぁあああああああああああっ!?」


 俺に足を斬られた射手は着地に失敗し、ドスンッと地面に落ちた。

 地面をのたうち回る射手の喉に短剣(ショートソード)を突き入れ、ほっと一息つく。


(…………他はいないか。)


 動かなくなった射手の後ろ襟を掴むと、俺は荷馬車まで戻るのだった。







「よお、無事だったな。」

「リコッ! 勝手にどっか行かないでよ!」


 俺が商隊に合流すると、レインが文句を言ってきた。

 まあ、持ち場の放棄だからな。

 それは甘んじて受けよう。


「レインだから任せたんだ。レインなら、きっと大丈夫だろう、って。……でも、悪かったよ。」

「えっ!?」


 俺が愁いを含んだ表情で言うと、途端にレインがどぎまぎし始めた。

 ふ……ちょろいな。


 俺が引きずっていた射手を放すと、隊長(リーダー)がこちらにやって来る。


「そいつが弓使い(アーチャー)か。」

「ああ。逃がすのも厄介だしな。……射手(こいつ)から来てくれれば、追う必要もなかったんだが。」


 隊長(リーダー)はやや渋い顔になるが、一つ頷いた。


「伏せていた賊が全滅してからじゃ、逃げられていただろうからな。」


 商人の安全の確保が済んでからでは、間に合わなかった。

 俺の判断を説明するまでもなく、隊長(リーダー)は理解している。

 それでも、勝手に持ち場を離れたことは、勝手な行動である。

 俺は素直に謝った。


「悪かった。大丈夫だろうと思ってのことだが、絶対はない。勝手なことをしたのは分かっている。」


 俺が自分行動の意味を理解していることを示すと、隊長(リーダー)はもう一度頷いた。


「もう少し人数に余裕があれば、悪くない判断だったんだがな。」

「ああ、済まなかった。」


 最善を求めての行動ではあるが、そのせいで依頼者(クライアント)の危険は増した。

 結果オーライで済む話ではない。


 そのため、こうして隊長(リーダー)は俺に注意をする必要がある。

 依頼者(クライアント)に、隊長(リーダー)がちゃんと仕事を果たしていると見せるためもあるし、他の護衛たちに見せるために。

 勝手なことをした奴を、なあなあで許した訳ではない、と。


 他の護衛たちは賊の首を切り落とし、大きな布袋に放り込みながら、こちらの様子を窺っていた。

 賊を討伐した場合、頭目(かしら)と思われる者は、遺体をできる限り持ち帰る必要がある。

 その他は、首だけあれば良い。


 それが難しい場合は、可能な限り頭目(かしら)の首だけは持ち帰ることが推奨される。

 官吏に報告する際、何処で、どんな賊を退治したかを明確にする必要があるためだ。

 かなりグロい作業だが、自分の手柄を明確にし、横取りされないようにする意味もある。


 官吏に届け出ないと、街道脇にただ遺体が転がっているという事件になる。

 賊を退治した時は面倒でも届け出た方が、後で官吏が確認に来てくれるし、遺体を片付けてもくれるので、世間を無駄に騒がせないで済むのだ。


 俺は生き残った賊を見た。

 二人が足を斬られ、後ろ手に縛られて転がされていた。

 賊たちは命乞いも言い訳も聞くつもりがないため、猿ぐつわを噛ませている。


 わざわざ賊を生き残らせているのは、荷物持ちだ。

 ボスの遺体や、七人分の首を持って行かなくてはならない。

 そんなのを馬車に載せたくはないし、護衛が運んでいては仕事にならない。

 そのため、数人は賊を生かしておき、拘束した上で運ばせることが多い。


 足を斬って動けなくしているが、準備が整えば回復薬(ポーション)で治してやるという訳だ。

 官吏に引き渡すにも、生き残りがいた方が話が早い。


 ただし、絶対にそうしなければならない訳ではないので、


『死にたくなければ、死ぬ気で運べ。』

『嫌ならお前も運んでやろうか? 首だけだがな。』


 と脅すのが普通だった。

 あ、ちなみにこれ、()()()()()()です。







 野盗の襲撃という若干のトラブルがありつつも、無事に街まで着いた。

 いや、トラブルではないか。

 予定調和であり、最善の結果である。

 予定通りに野盗を返り討ちにし、官所で簡単な取り調べを受けてから、『隊』は解散された。


 官所は役所の窓口のようなものだが、隣接して騎士や兵士が常駐する詰所もあったりする。

 つまりは、役所と警察署と自衛隊が一カ所にまとまっているような感じだ。

 この辺りは町によって様々だが、ここの町ではそんな風になっている。


 商業ギルドからの報奨金もあって、ボーナスをたんまり貰い、ほくほく顔で俺は官所を出た。

 そんな俺の後ろを、レインが少々青い顔をしてとぼとぼ歩く。

 野盗の襲撃からこっち、レインは少し思い悩んでいた。


 人を相手にした、初めての実戦。

 魔物との戦闘は経験したが、人を相手に殺し合うのは、実はこれが初めてだった。

 レインは賊を殺しはしなかったが、荷台に上がろうとした賊を斬ってはいる。


 騎士を目指していたくせに、何を悩んでいるのか、と思う。

 ただ、仕方ないか、とも思った。


 騎士を目指す者は、騎士学院に数年通う。

 そこでは、皇帝や貴族たちへの忠誠、守るために戦うことの心構え、なども教え込まれるのだろう。

 悪党を斬らなくては、無辜の誰かが傷つくことになる。

 そうしたことを数年かけ、繰り返し教え込むのだ。


 騎士とは、誰かが傷つく代わりに、自分が傷つくことを覚悟した者をいうのだろう。

 それは身体の傷かもしれないし、心の傷かもしれない。

 自分が傷つくことで、他の誰かが傷つかずに済む。

 そうした覚悟は、一朝一夕で身につくものではない。


 そして、どれだけ覚悟を決めようが、現実はその覚悟を易々と超えてくる。

 高尚な覚悟も理念も、現実の生々しさの前には無意味だった。


 目を血走らせ、振り下ろされる剣。

 怒号と、断末魔の悲鳴。

 肉を斬り、骨を砕く感触。

 真っ赤な血飛沫の匂いと温かさ。

 凄惨な人の死を目の当たりにして、なおも高尚な理念を口にできる者は、正気でないか麻痺したかのどちらかだ。

 そのどちらでもない者が、レインのように悩むことになる。


 俺は立ち止まり、レインの方を振り向いた。

 レインも立ち止まり、生気のない顔で俺を見る。


「考えるだけ無駄だ。()らなきゃ()られる。それ以外の意味(こと)は、今は考えるな。」

「リコ……。」


 どんなに正当化する理由を考えたところで、必ず相反する理由もつけることができる。

 反論の材料が無くなることはあり得ない。

 どれだけ突き詰めて考えたところで、命を奪うことは悪いこと。

 この一点が消えて無くなる訳じゃない。


 それなら、考えなければいい。


『悪党を殺して、自分と、多くの人が助かった。』


 この理由に疑義を抱いてしまうなら、考えること自体を止めるのが一番だ。


「いくら血も泥も被る覚悟があっても、慣れるには多少の時間がかかる。今は、生き残れたことだけ喜んでおけばいい。」

「…………リコも、考えるのを止めたの?」


 俺?

 レインに問われ、俺は曖昧に頷く。


「俺は……、そもそもそこまで考えなかったな。自分が生き残ることしか考えられなかった。」


 精神をすり減らし、ただ生き延びることしか考えられなくなっていた。

 とてもじゃないが、他者の命がどうとか考える余裕すらなかった。

 自分で選んだことではあるが、傭兵も、殺し合いも、正面から受け止めるには重過ぎたから。


 俺がそう言うと、レインが少しだけ表情を和らげる。

 そうして、ぎこちない微笑みで頷く。


「……ありがとう、リコ。」


 レインのその言葉を聞き、俺は頷いた。

 すぐには無理でも、そのうち本当に慣れる。

 それが良いことか悪いことかは別にしても。


 俺は前を向いて、再び歩き出――――そうとして、固まった。

 道の端にある()()を見て、目を瞬かせる。


 ()()は、木箱に入っていた。

 古典的な表現で言えば、所謂捨て犬や捨て猫の(たぐい)だ。

 人がぎりぎり入れるくらいの、高さが三十センチメートルほどの木箱。

 そんな物が、いつの間にか道端にあった。

 だが、残念ながら捨てられているのは犬猫ではなかった。


 俺が固まっていると、レインが俺の視線を追い、()()に気づく。

 レインも同じように、ぽかんとした顔になる。


 木箱に入っているのは、メイドさんだった。

 年齢(とし)は二十歳の少し上くらいだろう。

 褐色の肌。ショートヘアーの白っぽい灰色の髪で、光沢は水色。

 このクソ暑い真夏に、ロングスカートのメイド服を着ていた。


 道端の木箱に、膝を抱えたメイドさんが窮屈そうに入っている。

 あんなの、さっきまであったか?


 メイドさんは木箱の中から、道行く人を眺めていた。

 だが、通りを行く人たちは、()()()()()()()()メイドさんを見ないようにしていた。

 それはそうだろう。

 怪しいどころか、もはや異様だ。

 メイドさんが、()()()()()()()()()()()()()()()など!


 その時、メイドさんがこちらを向いた。

 呆けていた俺たちと、目が合う。


 メイドさんは()()()と立ち上がると、木箱を跨ぎ、出てくる。

 そうして、さっきまで自分が入っていた木箱を建物横の隙間に積んだ。

 同じ木箱が積まれていることから、どうやら木箱はそこから調達したようだ。


 メイドさんは軽くスカートを払うと、こちらに向かって歩いてきた!


(まずい――――!)


 あまりにあり得ない光景に放心してしまったが、現状が非常にまずい方向に転がり進み始めたことに、今更ながら気づいた。

 ()()は、関わってはいけない。


 自分から木箱に入り、捨て犬を演出?

 真昼間の街中で、いい年齢(とし)したメイド服の女性が?

 これだけで、頭のネジが数本飛んでるのが分かる。


 俺はすぐさま回れ右をして、レインの手を掴む。

 そのまま、スタスタと歩き出した。


「ちょ、ちょっと、リコ!?」

「いいから来い。」


 スタスタスタ……。

 俺とレインは、来た道を引き返して歩く。

 スタスタスタスタ……。

 メイドさんは、真っ直ぐにこちらに向かってくる。


 俺は大きな通りに合流すると道を曲がり、宿屋を探した。

 大きな通りに面している宿は少々高いが、この際それも仕方がない。

 今は、人通りの少ない道は避けるべきだ。


 ちらちらと、レインが後ろを振り返っているのが、気配で分かった。


「…………ねえ、リコ。」

「何も言うな。あと、後ろを見るな。」


 俺は宿を探しながら、さり気なく建物の窓を使って後ろを確認する。


(――――ッ!? 距離が、詰まっている!)


 その事実に、俺は戦慄した。

 そして、やはりメイドさんはこちらに向かって来ている。

 完全にロックオンされていた。


 こんな時に限って、なぜか宿屋が見つからない。

 くそ……、初めての街はこれだから。

 俺は、心の中で悪態をついた。


 宿を探しながら、窓の反射を使ってメイドさんの位置を確認する。

 そうして何度か確認し、俺は更に戦慄することになった。

 メイドさんと、――――目が合ったのだ。


 窓の反射を使い、探っていることがバレた!

 何なんだ、こいつは!?


(もはや、さり気なくとか言ってられる状況じゃない!)


 全力で逃げる。

 あのメイドさんは、得体が知れな過ぎる。


「……次の角で全力で走るぞ。」

「う、うん。」


 俺が小声で伝えると、レインも同意した。

 さすがのレインも、あのメイドさんには異様なものを感じるのだろう。

 異論は挟まなかった。


「今だ!」


 そうして角を曲がった途端、俺とレインは全力で走り出す。

 多少人は多いが、雑踏というほどではない。

 気をつけていれば、他の人にぶつかるようなことはなかった。


 いくつかの道を曲がり、時折後方を確認する。

 メイドさんの姿はない。


「はぁーーーーー……っ。」


 俺は、少し走る速度を緩めた。

 そして、丁度目の前にあった宿屋に飛び込む。


「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」

「ふぅーーーーーーっ!」


 レインは肩で息をし、俺も大きく息を吐き出す。

 勢い良く駆けこんで来た俺たちに、店主が目を丸くする。


「随分と慌ててるみたいだけど、何かあったのかい?」

「いや、何でもないんだ。」


 俺は軽く息を整え、店主に不審がられないように愛想良くする。


「今日は、空きはあるか?」

「ええ、ありますよ。二部屋でいいかい?」


 店主も気を取り直し、にこやかに応じた。


「いや、一つでいい。ツインは空いてないのか。」

「ツインもシングルも、空きはあるけど……。」

「じゃあ、ツインでいい。」


 俺がそう言うと、店主が眉を(ひそ)める。


「お客さん、申し訳ないが、そういう訳にはいかないんだよ。」

「……ん?」


 なぜか、店主はツインの部屋を渋った。

 空きはあるって、今言ったのに。


 店主は腰に手をあてて、一つ息をつく。


「うちには三人部屋ってのは無いんだ。シングルとツインで二部屋か。あとは四人以上の大部屋しかないよ。」

「三人……?」


 まさかっ――――!


 俺とレインがバッと振り返ると、そこには先程のメイドさんがいた。

 とても静かに、美しい姿勢で後ろに控えていた。


「うわああああああぁぁああああああああっっっ!!?」

「きゃあああああああああぁぁあああああっっっ!!?」


 夕暮れの街に、俺とレインの悲鳴が響き渡るのだった。





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[気になる点] シリアスからギャグ転換? [一言] だいぶ溜まってきたので読み始めました >「暑あちぃー……。」 現実も暑あちぃです、もう何もやる気が起こらない
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