第20話 傭兵の流儀
俺とレインは急いで山を下り、夕方には麓に着いた。
だが、鉱山の町ノツトフからは離れた場所に下りてしまい、野宿を余儀なくされた。
夜通し歩けば、朝になる前にはノツトフに着いたかもしれない。
しかし、正直言えばもう一歩も歩きたくなかった。
朝早くに採鉱場に入り、大量のフレイムロープとの戦闘。
川に落ち、山の反対側に流された。
それから山を登り、八岐大蛇もどきとの戦闘。
採鉱場の前に集まっていたフレイムロープを駆除して、山を下りる。
さすがに働き過ぎだ。
しっかりとした休息を取ることが必要だった。
糧食を腹に流し込み、交代で眠る。
そうして、俺とレインは疲労の抜けきらぬ身体に鞭打ち、夜明けとともにノツトフの町を目指して出発するのだった。
「やっと、着いたのね……。」
レインが死んだ魚のような目をしながら、呟く。
着いたと言っているが、実際はまだ着いていない。
ようやく、遠くに町が見えるようになった、というだけのことだ。
それでも、そう言いたくなる気持ちはよく分かる。
なぜなら、俺も死んだ魚のような目になっているからだ。
まだ夏と言うには早い時期だが、照りつける太陽が憎たらしくなるくらいには暑い。
俺とレインは、ただひたすらに歩き、全身汗だくになっていた。
俺は町に着いたらやるべきことを、レインにアドバイスする。
「町に着いたら……まず、鉱山の管理事務所に行って……バルアーゾたちも心配してるだろうから、無事なことを伝えて……。」
「やめて……町に着いたら、宿屋に直行するわよ……。」
レインはすべてをガン無視して、宿屋に行くつもりらしい。
まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるが……。
「余計なトラブルを避けるためにも、仕事の報告は最優先にするもんなんだよ。」
「いやよ……私は宿屋に行くの……。」
一歩一歩、歩きながらレインが呟く。
さすがに、まだ傭兵として慣れていないレインには、少々きつい状況らしい。
もはや、休むことしか考えられないような状態だった。
まあ、今はそれでもいい。
とにかく、一刻も早くノツトフの町に着く。
町に着けば休める、という希望を抱くことが、今歩みを止めないために必要なのだろう。
俺は煩いことを言うのを止めて、「もうすぐ着くぞ」「町に着けば休めるぞ」と、レインの前に人参をぶら下げることにした。
そうして、昼を過ぎた頃にノツトフの町に着いた。
宿で休みたい、と半ベソをかき始めたレインを宿屋に放り込み、俺は一人で鉱山の管理事務所に向かった。
鉱山の管理事務所の前には、プライテスとチェラートンがいた。
「リコッ!?」
「無事だったか。」
チェラートンが歩いてくる俺に気づき、仰天したような声を上げる。
プライテスも振り返り、俺の顔を見るとほっとしたように息をついた。
「やっぱり、ちゃんと下山してたな。よかったよかった。」
俺が二人に声をかけると、プライテスは頷き、管理事務所の中に入っていった。
チェラートンが駆け寄ってくる。
「レインはっ!? あの子は無事なのか!?」
どうやら、チェラートンは俺たちのことを随分と心配していたらしい。
俺たちが川に落ちた大元の原因は、チェラートンの足場が崩れたことから始まっている。
そのため、罪悪感があるのだろう。
俺はチェラートンに笑いかけた。
「大丈夫、無事だ。もう動きたくないって言うんで、宿に放り込んでる。今頃はもう、イビキかいて寝てるんじゃね?」
さすがに、そこまで早くはないか。
先に湯場にも行ってるだろうし。
俺がレインのことを伝えると、チェラートンは重い、本当に重い溜息を吐き出して呟いた。
「よかったぁ……。」
俺は、チェラートンの腕をバンと叩いた。
「そんな気にすんなって。傭兵やってりゃ、こんなのは日常茶飯事だろう?」
「それはそうだが……あの子は……。」
表情を曇らせるチェラートンに、俺は首を振る。
「レインも傭兵なんだ。あんなでもな。いくら新人だからって、その扱いは失礼じゃないか。」
俺がそう言うと、チェラートンは真顔になった。
そうして、しっかりとした所作で姿勢を正すと、丁寧に頭を下げた。
チェラートンのその動きは、とても洗練されたものだった。
…………いつもの、薄っぺらいへらへら顔はどこ行った?
そんなことを思っていると、チェラートンが真剣な声で謝る。
「……君の言う通りだ。すまない。」
「俺に謝る必要はないさ。あんた、意外に真面目なんだな。」
俺がそう言うと、チェラートンがきょとんとした顔になる。
そうして、へらっと軽薄な笑みを作った。
「ひどいなあ。初めっから僕は真面目だったろう?」
「その、薄っぺらい笑みがなければな。」
どうやら、この軽薄さは意図してやっているようだ。
増々、レインに手本とさせるべき笑顔だと思った。
俺とチェラートンは、軽く笑い合う。
そこに、バルアーゾが勢いよく事務所から出てきた。
バルアーゾに続いて、プライテスも戻ってくる。
「リコッ! 無事か!」
そうして、軽く周囲を見回す。
「……レインは?」
「無事だよ。そっちはどうなんだ?」
俺がそう尋ねると、バルアーゾが頷く。
「こっちも全員無事だ。…………二人が無事で、本当に良かった。」
どうやら俺の予想通り、『隊』のメンバーはあの後すぐに採鉱場を脱出したらしい。
昨日のうちに下山し、今は大量に湧いたフレイムロープをどうするか、依頼者と相談中だったようだ。
隊のみんなは、俺とレインの捜索もかねてすぐに採鉱場に向かいたかったが、依頼者が止めていた。
山鳴りのこともあり、どうするべきかを悩んでいるようだ。
救助に向かって土砂崩れにでも遭えば、更なる要救助者を増やすことにもなりかねない。
さすがは鉱山の管理事務所だけあって、そこは慎重に対応をしようとしていた。
そんな中、メッジスとウラコーの二人は、バルアーゾの指示で採鉱場に向かったらしい。
あくまで偵察が目的で、安全に採鉱場まで着けるか?
フレイムロープたちの様子は?
そうしたことを、調査に向かっているそうだ。
それらを聞き、俺は片眉を上げて、少しだけ思案する。
(…………言わない訳にはいかないよなあ。)
バルアーゾから状況を聞いた俺は、自分たちのこれまでのことを報告した。
勿論、都合の悪い事は隠して、だ。
採鉱場の地面の下に、川があったこと。
流され、山の反対側に出てしまったこと。
そこから山を越えてきたため、時間がかかったことなどだ。
「山を越えている時に採鉱場が見えた。もしかしたら、落盤か崩落事故が発生しているかもしれない。」
「崩落……?」
俺が採鉱場のことを報告すると、バルアーゾが難しい顔をして呟く。
プライテスが頷いた。
「やはり、早々に脱出したのは正解だったようだな。あの山鳴りに気づかなければ、巻き込まれていた可能性もあった。」
俺も、プライテスの意見に頷く。
チェラートンが軽薄な笑みのまま、顎をひと撫でした。
「メッジスたちはどうする? ひとっ走りして、呼び戻そうか?」
採鉱場付近での、第二第三の災害を警戒して、チェラートンが提案する。
その提案に、バルアーゾが難しい顔をして考え込む。
「悪いがそうしてくれ。リコたちが無事だったことを知れば、あいつらも無理はしないだろうからな。」
どうやら、メッジスとウラコーが偵察に行った一番の理由は、俺たちのことがあったからのようだ。
寄せ集めの割に、今回の仕事は仲間思いの奴が多かったらしい。
バルアーゾの指示を受け、チェラートンがプライテスを見る。
チェラートンの視線を受けて、プライテスも頷く。
どうやらこの二人が、メッジスとウラコーを呼び戻しに向かうということのようだ。
それから、俺とバルアーゾは事務所の中に入った。
プライテス、チェラートン組は、早速メッジスたちを呼び戻しに、採鉱場へ出発すると言う。
俺は、ドドナッツォのことは話さなかった。
また、フレイムロープの大軍を片付けたことも黙っていた。
後者については、【災厄】を抜きにしては説明のしようがないため。
ドドナッツォについても、採鉱場が崩落した今では、余計な憶測を誘うことになりかねないからだ。
ただし、フレイムロープの八岐大蛇形態については伝えておいた。
バルアーゾも、二体が絡まった状態で戦闘体勢を取ってきた例を見ているので、これは納得が得やすい。
さすがに、八体で、ということには驚いていたが。
そうして、バルアーゾに言われて討伐数の集計となった。
すでにみんなは集計していて、総討伐数は百体を超えているそうだ。
ただ、昨日は俺とレインことがあったので、みんな大っぴらには喜べなかったらしい。
ちょっと、悪いことしちゃったな。
レインの分の金属卵も預かっているので、これで全員の討伐数が確定する。
とは言え、さすがにレインの討伐実績数は、それほど多くはないだろう。
練習という名目で任せた分くらいなので、一昨日と昨日を合わせても十数体といったところか。
そして、俺の方は数十体は実績があるはずだ。
八岐大蛇もどきで八体。
それと、採鉱場を脱出する時にも倒しまくったからだ。
採鉱場脱出の時は、一体一体の弱点を確実に両断できていた訳ではないが、それでも相当な数が討伐できただろう。
ただ、最後にフレイムロープを【災厄】で倒した分については、含まれないと予想した。
あれについては、ただの自然災害だ。
俺の恣意が介入…………というか、完全に俺の作為によって引き起こした災害ではあるが、そんなの証明しようがない。
単に竜巻に巻き込まれ、地面に叩きつけられた。
客観的には、それだけの事象でしかないからだ。
カウンターの上に二つの金属卵を置き、討伐数を教えてもらう。
事務員が金属卵の一つを手にすると、カウンターの上の、箱みたいな魔法具に置いた。
「十六体ですね。」
読み上げた数字に、俺は頷く。
おそらく、こちらがレインの分だろう。
事務員が残りの金属卵を箱に置くと、口を半開きにして固まった。
「どうしたんだ?」
その様子に、バルアーゾが声をかける。
事務員は、声をかけられてはっとなった。
そうして目を瞬かせながら、数字を読み上げる。
「さ……三百、九十七体……です。」
「…………はい?」
「三百、だとっ!?」
バルアーゾがカウンターの上に身を乗り出し、魔法具の箱の数字を確認する。
ごくり、と喉を鳴らした。
俺は、予想外の数字の大きさに、顔が引き攣ってしまう。
(う……嘘やぁーーーーーーーーーーーん!?)
何で!?
どう考えても、【災厄】の分が含まれてます!
本当にありがとうございました!
(って、アホかぁーーーーーっ! どうやって俺だって特定したんだよっ!!!)
金属卵は、無駄に高性能だった。
どうやっているのかは知らないが、俺の討伐数に【災厄】の分が含まれているのは明らか。
俺は俯いて、滝のような汗を流した。
そんな俺を、バルアーゾが半目になって見る。
「…………どういうことだ?」
そんなの、こっちが聞きたいわっ!
「隊としての討伐数、全部合計しても三百九十七体よりも少ないぞ?」
俺以外の討伐数を合計しても、俺一人の討伐数以下とか、どう考えても普通ではない。
俺が汗をだらだら流し、答えられずにいると、バルアーゾが大きく溜息をついた。
「レインの分はともかく、お前の分はちょっと待ってくれ。正直、想定外の多さだ。所長に確認したい。」
一体につき二万シギングのボーナスだ。
数日前に計った分もある。
俺一人のボーナスだけで、実に八百万シギングを超える。
バルアーゾが、俺の頭をがしがしと撫でた。
俺がちらりとバルアーゾを見ると、バルアーゾは渋い顔をしていた。
「…………一応、聞くがな。あと、どのくらいフレイムロープがいると思う?」
採鉱場を脱出する時、俺たちはかなりの数に囲まれていた。
それらも合わせたフレイムロープが、採鉱場の前に集まっていたように思う……。
「もう、ほとんどいないんじゃないかな……。」
俺はぼそりと答えた。
確実なことなど分からない。
採鉱場の前にいたフレイムロープで、全部だなんて言えない。
それでも……。
(八岐大蛇もどきが、群れのボスだったら…………残りは、そう多くないんじゃないか?)
バルアーゾは渋い顔をしたまま、一つ頷く。
「参考意見として、所長に報告しておこう。」
そう言って、バルアーゾは二階に上がる階段に向かった。
「採鉱場の崩落の件。報告してもらえて助かった。今日はもう休め。明日の午前中、宿に顔を出す。」
それだけ言うと、バルアーゾは階段を上がり始めた。
が、すぐに立ち止まる。
「リコの短剣は回収してある。今はメッジスが持っていてな。それも、明日届けてやる。」
そう言って、二階に上がって行った。
どうやら採鉱場の探索に行っているメッジスに、俺の短剣を預けてあるようだ。
もしかしたら、偶然でも俺と合流できたら、すぐに俺に渡せると考えたのかもしれない。
俺はバルアーゾが上がって行った階段を見上げ、それから事務員に視線を向けた。
とりあえず、伝えるべきは伝えた。
もう、管理事務所にいる意味はない。
俺は事務員に挨拶して、管理事務所を出た。
「………………。」
事務所を出て、一息つく。
若干の厄介な問題を抱えながらも、今やるべきことはこれで片付いた。
俺も宿屋に戻って、今日はゆっくりしようか。
「消耗品の補充だけしておくか。」
結構な数の回復薬を使ってしまった。
道具屋と食堂に行き、回復薬と糧食の補充だけは済ませておこう。
俺は背中をぐっと伸ばし、まずは道具屋に向かうのだった。
■■■■■■
翌日、朝からバルアーゾやプライテスなど、今回の仕事で結成した隊の全員が宿に押しかけてきた。
さすがに、これだけの人数が集まると部屋では狭すぎる。
軽く顔だけ出して、用件が済めば何人かはすぐ帰ることにした。
「ほれ、拾っておいたぜ。」
メッジスが俺の短剣を渡してくれる。
そうして、ウラコーも回復薬を四つ差し出した。
「おかげで助かったからな。取っといてくれ。」
火傷をした二人に、回復薬を渡したことのようだ。
律儀に多く返しに来たらしい。
「こっちこそ、短剣を拾ってもらえて助かった。」
採鉱場が潰れてしまった以上、もはや回収は不可能。
拾っておいてもらわなければ、諦めるしかなかっただろう。
そのため、レインの剣は諦めるしかなかった。
大量のフレイムロープに襲われていた最中なのだから、拾えなくて当然ではある。
むしろ、短剣を拾っていた方が驚きなのだから。
「すまねえな。できれば剣も拾ってやりたかったんだが……。」
「気にしないでください。大丈夫ですから。」
わざわざ教えはしないが、代わりにドワーフの作った剣を手に入れることができた。
質という点で言えば、まったく比べ物にならない。
レインが以前使っていた剣は、父の予備の物だそうだ。
あまり質のいい物ではなく、あくまで予備でしかないという。
ちなみに、父の本当の形見といえる剣は兄が使っていたため、逃亡した際にそのまま持って行ってしまったそうだ。
昨夜、レインがそう言っていた。
メッジスとウラコーは、用件が済んだらすぐに帰って行った。
このまま、ノツトフの町を出るそうだ。
プライテスも、軽く挨拶をするとすぐに帰って行った。
傭兵は、あまり他の傭兵と馴れ合わない。
仕事の間一緒に飲み、友情が芽生えたとする。
だが、その仕事が終われば解散するのだ。
そうして、次の仕事では敵同士として再会するかもしれない。
そういうものだと割り切れるならいいが、少しでも躊躇ってしまうなら、関わりは最低限に留めておく方が賢明だろう。
自分自身の、精神衛生のためにも。
そうして、部屋にはバルアーゾとチェラートンが残った。
チェラートンは、昨日と同じように真摯に頭を下げた。
「君のおかげで命拾いをした。ありがとう。」
「そんな……ぜんぜんそんなことありませんから! そんなことをしないでください!」
大の男にがっつりと頭を下げられ、レインがわたわたする。
そうして、子犬のような目をして、俺に助けを求めた。
「チェラートン。その辺にしてくれ。本気で困ってるから。」
俺が苦笑しながらそう言うと、チェラートンはすぐに頭を上げた。
その表情は、いつもの軽薄なものに戻っていた。
■■■■■■
みんなが帰った後、一人残ったバルアーゾが、昨日決定したことを説明してくれることになった。
レインとバルアーゾがテーブルに着き、俺はベッドの端に腰掛けて話を聞いた。
「メッジスとウラコーが採鉱場まで行って、リコの報告通りに崩落が起きていたことを確認している。…………採鉱場の前の、とんでもない数のフレイムロープの死骸もな。」
バルアーゾの話を聞き、俺は目を泳がせた。
そんな俺を、バルアーゾが半目になって見る。
だが、すぐに説明を再開した。
「この結果を受けて、隊の解散が決定した。メッジスやプライテスたちが鉱山を登ったが、昨日は一体もフレイムロープに遭遇しなかったようだ。完全に駆逐できたかは不明だが、少なくともほぼいなくなったと考えていいだろう。」
その話を聞き、レインが頬を綻ばせた。
しかし、バルアーゾの表情は暗い。
まあ、それはそうだろうな。
「この町はどうなる? 潰すのか?」
「……え?」
俺がバルアーゾに尋ねると、レインがきょとんとした顔になった。
俺はレインに、ごく簡単に説明してやる。
「採鉱場が潰れたんだ。採鉱場のために作ったこの町を、残しておく意味が無くなった。違うか?」
それを聞き、レインがショックを受けたような顔になった。
仕事のできない鉱夫たちのことを思い、受けた仕事だ。
それが、却って鉱夫たちの仕事を奪う結果になった。
いや、仕事だけではない。
町を潰すことになれば、住居さえ失うことになるのだ。
鉱夫や、その家族たちの。
俺が最悪の予想を口にすると、バルアーゾが首を振った。
「確かに採鉱場は潰れちまったがな。採掘できる鉱石が消えた訳じゃない。」
そうして、心配そうなレインに言い聞かせるように、断言する。
「採鉱場は一から作り直すことになる。仕事が無くなることはない。」
管理事務所や領主からすれば、頭の痛い事態ではある。
しばらくは、鉱山からの収入が見込めなくなるのだから。
それでも、新たにいくつかの場所を掘り、鉱石を採るのにいい場所を探す方針らしい。
その作業に、鉱夫たちが投入されることになると言う。
バルアーゾの話を聞き、レインが胸を撫でおろす。
だが、その表情はやや苦し気だ。
そんなレインの表情を見て、俺は少し慰めてやることにした。
「レインが気にすることじゃない。俺たちは俺たちの仕事をやったんだ。レインは、採鉱場が潰れたことも自分たちのせいだと思ってるみたいだが、それは違うぞ?」
俺がそう言うと、バルアーゾが頷いた。
「俺たちが何もしなくたって、採鉱場は潰れていただろう。その原因がフレイムロープなのか、他にあるのかは知らんがな。何もしなくても、採鉱場は潰れていたんだ。」
バルアーゾの意見は正しい。
元々、山鳴りが始まっていたのだ。
潰れるのは時間の問題だった。
俺たちは、たまたまそこに居合わせただけ。
…………まあ、トドメは俺の【災厄】かもしれないが。
「誰も予想しなかったほど、フレイムロープが多かった。放っておいたら、それこそ町が襲われていてもおかしくはない。それを未然に防いだんだ。レインが気に病むことはない。」
バルアーゾがそう説明しても、レインは俯いて悩んでしまっている。
まったく、しょうがねえなあ。
俺はわざと声を明るくし、バルアーゾに尋ねた。
「で、ボーナスはどうなった? 勿論、ちゃんと認めさせたんだよな?」
俺がそう言うと、バルアーゾが顔をしかめた。
自分の魔法具の袋を探り、テーブルの上にズシッと布の袋を置く。
「認めさせるのに苦労したぞ…………まったく。」
多すぎる俺の討伐数に、さすがに依頼者は難色を示したそうだ。
それでも、採鉱場の前にある夥しいフレイムロープの死骸をメッジスたちが確認した。
金属卵や集計する魔法具の故障ではなく、実際にそれだけ倒されている。
そう確信したバルアーゾが、頑張って依頼者からぶん捕ってくれたらしい。
まあ、それだけのフレイムロープがいたことは事実だし、そうなれば結局は誰かに依頼して討伐することになる。
俺に払うか、別の誰かに払うかの違いしかない、という訳だ。
「うっしゃ! いい仕事すんじゃん、バルアーゾ!」
俺はベッドを飛び降りると、テーブルの上に置かれた布袋を検める。
現金その場限り。
お金のやり取りは、その場でしっかりと確認しなくてはならない。
後から多いだの少ないだの言っても通らないのは、元の世界では常識だ。
ちなみに、こっちの世界での常識ではない。
どんぶり勘定が横行しているため、年がら年中そんなトラブルが発生している。
本当なら依頼者がいるその場で確認したかったが、隊を結成するような仕事の場合は、下っ端が依頼者と直接会うようなことは稀だ。
ということで、もし足りなかったらバルアーゾから巻き上げよう。
俺がほくほく顔で金貨を数えていると、レインが呆気に取られていた。
金貨で八十五枚。
端数分で大銀貨も二枚入っていたが、成功報酬の五十万と合わせ、実に八百五十二万シギングもの報酬になった。
うははは、大儲けやね!
俺がにっこにっこと受け取りのサインをすると、バルアーゾが呆れたように呟く。
「ったく…………俺の報酬より多いとか、どうなってんだ。」
そんな恨み節を聞き流し、サインした紙をバルアーゾに返す。
「ごっつぁんです。」
俺はちょんちょんちょんと手刀を切り、魔法具の袋にお金を仕舞った。
そうして、呆けたようにこちらを見ているレインに、声をかける。
「ほらほら、レインもしっかり確認する。自分の手で稼いだ報酬だろ?」
誇りを持って、しっかりと確認するように言う。
レインは慌てたように報酬を数えると、受け取りの紙にサインした。
俺とレインの報酬受け取りを済ませ、バルアーゾが立ち上がる。
「二人はこれからどうするんだ?」
「どうって言われてもな。特に何も決めてない。隊が解散したのも、今聞いたばかりだしな。」
俺がそう言うと、レインも頷く。
「今日はゆっくりして、明日出発かな?」
「そうね。」
俺とレインが大雑把な方針を立てると、バルアーゾが頷く。
バルアーゾは、もうしばらくノツトフに滞在し、安全の確認を行うらしい。
そこまでが、バルアーゾの受けた依頼、ということだろう。
「それじゃ、しっかり休むんだな。……大人しくしてろよ? じゃあな。」
「ああ。」
「お世話になりました。バルアーゾさん。」
部屋を出て行くバルアーゾを、俺とレインは立って見送る。
そうして二人きりになり、急に静かになることで、俺はようやく仕事が片付いたのだと実感してきた。
「それでは…………ご返済を済ませましょうか。」
「う……。」
俺が厳しい現実を突きつけると、レインががっくりと肩を落とした。
レインの報酬も八十万シギングを超えている。
初仕事の報酬でこれだけ稼げるような奴は、そうはいないだろう。
「順調な滑り出しだな。…………まあ、実際に厳しい仕事だったろ?」
魔物相手の仕事は、高額になりやすい傾向がある。
それは、それだけ危険だからだ。
今回の仕事だって、俺やレイン、チェラートンは命を落としても不思議はなかった。
メッジスとウラコーも、かなり際どいラインだった。
そういう、死と隣り合わせの仕事なのだ。傭兵とは。
そうして、俺はもう一つの厳しい現実を突きつける。
「次の仕事で、例えばバルアーゾやチェラートンと敵として対峙した時。…………斬れるか?」
「っ!?」
ようやく仕事を終わったばかりだと言うのに、俺は絶望的な現実をレインに突きつけた。
「今回、レインはチェラートンの命を救ってやったよな? 次の仕事で、そのチェラートンを斬れるか?」
「そ、それは……。」
今回は仲間だった。
だから助けた。
では、次に敵として会った時に、その命を奪えるか。
そんなイカれた現実を受け止め、淡々とこなせる異常者。
それこそが、傭兵という仕事の本質だった。
不必要に馴れ合わない。
それは、自分の心を守るための、最低限の手段なのだ。
笑いながら、同じ釜のメシを食った仲間を、躊躇いなく斬れる奴もいるだろう。
だけど、そんな奴ばかりじゃない。
だから、余計にこの傭兵という業界は殺伐としてしまう。
和気藹々と、殺し合える者ばかりではないから。
俺は、レインの報酬を紙に書き留めると、魔法具の袋に仕舞う。
そうして、痛みを堪えるような表情をしたレインを、黙ってみているのだった。
■■■■■■
報酬を受け取った翌日。早朝。
俺とレインは、ノツトフの町を出発した。
よく晴れた、気持ちの良い空気の中を、二人で並んで歩く。
バルアーゾは、見送りに来たりしない。
それが、自分たちを苦しめる行為だと知っているから。
俺は暗い顔をして歩くレインを、ちらりと見た。
昨日話した後から、レインの表情は晴れない。
「…………あんまり考えすぎるなよ。直に慣れる。」
俺が傭兵を始めたばかりの頃、劣悪な環境以上に、精神をすり減らした一番の理由がこれだ。
ある時は味方、ある時は敵。
見知った顔を、金のために殺すのだ。
正気を保つだけで精一杯なのは、誰でも分かることだろう。
それを言葉だけではなく、実感として理解し始めたレインが、暗く落ち込むのは当然だと言えた。
だって、それは俺も通った道だから。
(これでリタイアしても、しょうがないか。)
俺は、レインに傭兵をやることを強要するつもりはなかった。
もう嫌だ、と言うならそれでもいいと思っている。
ごく普通の、一人の女の子として生きていけるなら、きっとそれが一番幸せなのだ。
(どうするかは、領都に着いてからだな。)
まずはビゼットに戻る。
その先のことは、その時に考えればいい。
今回は、団長のおかげで、思わぬ大きな収入を得られた。
レインには悪いが、俺としては大当たりの仕事だった。
…………危うく死にかけたけど。
俺は大きく伸びをして、澄んだ空を見上げ、呟く。
「今日も、暑くなりそうだな……。」
レインと二人、真っ直ぐに延びる街道を、北へ北へと歩き続けるのだった。
【後書き】
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第二章はこれにて完結です。
次回から第三章となります。
第三章は9月の上旬には投稿したい(願望?)と思っています。
申し訳ないですが、今しばらくお待ちください。
投稿日が決定しましたら、また活動報告の方でお伝えします。
相も変わらぬ拙文ですが、また読みに来ていただけたら嬉しいです。
それでは。
リウト銃士