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第20話 傭兵の流儀




 俺とレインは急いで山を下り、夕方には麓に着いた。

 だが、鉱山の町ノツトフからは離れた場所に下りてしまい、野宿を余儀なくされた。


 夜通し歩けば、朝になる前にはノツトフに着いたかもしれない。

 しかし、正直言えばもう一歩も歩きたくなかった。


 朝早くに採鉱場に入り、大量のフレイムロープとの戦闘。

 川に落ち、山の反対側に流された。

 それから山を登り、八岐大蛇もどきとの戦闘。

 採鉱場の前に集まっていたフレイムロープを駆除して、山を下りる。


 さすがに働き過ぎだ。

 しっかりとした休息を取ることが必要だった。


 糧食を腹に流し込み、交代で眠る。

 そうして、俺とレインは疲労の抜けきらぬ身体に鞭打ち、夜明けとともにノツトフの町を目指して出発するのだった。







「やっと、着いたのね……。」


 レインが死んだ魚のような目をしながら、呟く。

 着いたと言っているが、実際はまだ着いていない。

 ようやく、遠くに町が見えるようになった、というだけのことだ。


 それでも、そう言いたくなる気持ちはよく分かる。

 なぜなら、俺も死んだ魚のような目になっているからだ。


 まだ夏と言うには早い時期だが、照りつける太陽が憎たらしくなるくらいには暑い。

 俺とレインは、ただひたすらに歩き、全身汗だくになっていた。


 俺は町に着いたらやるべきことを、レインにアドバイスする。


「町に着いたら……まず、鉱山の管理事務所に行って……バルアーゾたちも心配してるだろうから、無事なことを伝えて……。」

「やめて……町に着いたら、宿屋に直行するわよ……。」


 レインはすべてをガン無視して、宿屋に行くつもりらしい。

 まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるが……。


「余計なトラブルを避けるためにも、仕事の報告は最優先にするもんなんだよ。」

「いやよ……私は宿屋に行くの……。」


 一歩一歩、歩きながらレインが呟く。

 さすがに、まだ傭兵として慣れていないレインには、少々きつい状況らしい。

 もはや、休むことしか考えられないような状態だった。


 まあ、今はそれでもいい。

 とにかく、一刻も早くノツトフの町に着く。

 町に着けば休める、という希望を抱くことが、今歩みを止めないために必要なのだろう。


 俺は煩いことを言うのを止めて、「もうすぐ着くぞ」「町に着けば休めるぞ」と、レインの前に人参をぶら下げることにした。







 そうして、昼を過ぎた頃にノツトフの町に着いた。

 宿で休みたい、と半ベソをかき始めたレインを宿屋に放り込み、俺は一人で鉱山の管理事務所に向かった。


 鉱山の管理事務所の前には、プライテスとチェラートンがいた。


「リコッ!?」

「無事だったか。」


 チェラートンが歩いてくる俺に気づき、仰天したような声を上げる。

 プライテスも振り返り、俺の顔を見るとほっとしたように息をついた。


「やっぱり、ちゃんと下山してたな。よかったよかった。」


 俺が二人に声をかけると、プライテスは頷き、管理事務所の中に入っていった。

 チェラートンが駆け寄ってくる。


「レインはっ!? あの子は無事なのか!?」


 どうやら、チェラートンは俺たちのことを随分と心配していたらしい。

 俺たちが川に落ちた大元の原因は、チェラートンの足場が崩れたことから始まっている。

 そのため、罪悪感があるのだろう。


 俺はチェラートンに笑いかけた。


「大丈夫、無事だ。もう動きたくないって言うんで、宿に放り込んでる。今頃はもう、イビキかいて寝てるんじゃね?」


 さすがに、そこまで早くはないか。

 先に湯場にも行ってるだろうし。


 俺がレインのことを伝えると、チェラートンは重い、本当に重い溜息を吐き出して呟いた。


「よかったぁ……。」


 俺は、チェラートンの腕をバンと叩いた。


「そんな気にすんなって。傭兵やってりゃ、こんなのは日常茶飯事だろう?」

「それはそうだが……あの子は……。」


 表情を曇らせるチェラートンに、俺は首を振る。


レイン(あいつ)も傭兵なんだ。あんなでもな。いくら新人(ペーペー)だからって、その扱いは失礼じゃないか。」


 俺がそう言うと、チェラートンは真顔になった。

 そうして、しっかりとした所作で姿勢を正すと、丁寧に頭を下げた。

 チェラートンのその動きは、とても洗練されたものだった。

 …………いつもの、薄っぺらいへらへら顔はどこ行った?


 そんなことを思っていると、チェラートンが真剣な声で謝る。


「……君の言う通りだ。すまない。」

「俺に謝る必要はないさ。あんた、意外に真面目なんだな。」


 俺がそう言うと、チェラートンがきょとんとした顔になる。

 そうして、へらっと軽薄な笑みを作った。


「ひどいなあ。初め(はな)っから僕は真面目だったろう?」

「その、薄っぺらい笑みがなければな。」


 どうやら、この軽薄さは意図してやっているようだ。

 増々、レインに手本とさせるべき笑顔だと思った。


 俺とチェラートンは、軽く笑い合う。

 そこに、バルアーゾが勢いよく事務所から出てきた。

 バルアーゾに続いて、プライテスも戻ってくる。


「リコッ! 無事か!」


 そうして、軽く周囲を見回す。


「……レインは?」

「無事だよ。そっちはどうなんだ?」


 俺がそう尋ねると、バルアーゾが頷く。


「こっちも全員無事だ。…………二人が無事で、本当に良かった。」


 どうやら俺の予想通り、『隊』のメンバーはあの後すぐに採鉱場を脱出したらしい。

 昨日のうちに下山し、今は大量に湧いたフレイムロープをどうするか、依頼者(クライアント)と相談中だったようだ。


 隊のみんなは、俺とレインの捜索もかねてすぐに採鉱場に向かいたかったが、依頼者(クライアント)が止めていた。

 山鳴りのこともあり、どうするべきかを悩んでいるようだ。

 救助に向かって土砂崩れにでも遭えば、更なる要救助者を増やすことにもなりかねない。

 さすがは鉱山の管理事務所だけあって、そこは慎重に対応をしようとしていた。


 そんな中、メッジスとウラコーの二人は、バルアーゾの指示で採鉱場に向かったらしい。

 あくまで偵察が目的で、安全に採鉱場まで着けるか?

 フレイムロープたちの様子は?

 そうしたことを、調査に向かっているそうだ。


 それらを聞き、俺は片眉を上げて、少しだけ思案する。


(…………言わない訳にはいかないよなあ。)


 バルアーゾから状況を聞いた俺は、自分たちのこれまでのことを報告した。

 勿論、都合の悪い事は隠して、だ。


 採鉱場の地面の下に、川があったこと。

 流され、山の反対側に出てしまったこと。

 そこから山を越えてきたため、時間がかかったことなどだ。


「山を越えている時に採鉱場が見えた。もしかしたら、落盤か崩落事故が発生しているかもしれない。」

「崩落……?」


 俺が採鉱場のことを報告すると、バルアーゾが難しい顔をして呟く。

 プライテスが頷いた。


「やはり、早々に脱出したのは正解だったようだな。あの山鳴りに気づかなければ、巻き込まれていた可能性もあった。」


 俺も、プライテスの意見に頷く。

 チェラートンが軽薄な笑みのまま、顎をひと撫でした。


「メッジスたちはどうする? ひとっ走りして、呼び戻そうか?」


 採鉱場付近での、第二第三の災害を警戒して、チェラートンが提案する。

 その提案に、バルアーゾが難しい顔をして考え込む。


「悪いがそうしてくれ。リコたちが無事だったことを知れば、あいつらも無理はしないだろうからな。」


 どうやら、メッジスとウラコーが偵察に行った一番の理由は、俺たちのことがあったからのようだ。

 寄せ集めの割に、今回の仕事は仲間思いの奴が多かったらしい。


 バルアーゾの指示を受け、チェラートンがプライテスを見る。

 チェラートンの視線を受けて、プライテスも頷く。

 どうやらこの二人が、メッジスとウラコーを呼び戻しに向かうということのようだ。


 それから、俺とバルアーゾは事務所の中に入った。

 プライテス、チェラートン組は、早速メッジスたちを呼び戻しに、採鉱場へ出発すると言う。


 俺は、ドドナッツォのことは話さなかった。

 また、フレイムロープの大軍を片付けたことも黙っていた。

 後者については、【災厄(カラミティ)】を抜きにしては説明のしようがないため。

 ドドナッツォについても、採鉱場が崩落した今では、()()()()()を誘うことになりかねないからだ。


 ただし、フレイムロープの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)形態については伝えておいた。

 バルアーゾも、二体が絡まった状態で戦闘体勢を取ってきた例を見ているので、これは納得が得やすい。

 さすがに、八体で、ということには驚いていたが。


 そうして、バルアーゾに言われて討伐数の集計となった。

 すでにみんなは集計していて、総討伐数は百体を超えているそうだ。

 ただ、昨日は俺とレインことがあったので、みんな大っぴらには喜べなかったらしい。

 ちょっと、悪いことしちゃったな。


 レインの分の金属卵(たまご)も預かっているので、これで全員の討伐数が確定する。

 とは言え、さすがにレインの討伐実績数は、それほど多くはないだろう。

 練習という名目で任せた分くらいなので、一昨日と昨日を合わせても十数体といったところか。


 そして、俺の方は数十体は実績があるはずだ。

 八岐大蛇もどきで八体。

 それと、採鉱場を脱出する時にも倒しまくったからだ。

 採鉱場脱出の時は、一体一体の弱点を確実に両断できていた訳ではないが、それでも相当な数が討伐できただろう。


 ただ、最後にフレイムロープを【災厄(カラミティ)】で倒した分については、含まれないと予想した。

 あれについては、ただの自然災害だ。


 俺の恣意が介入…………というか、完全に俺の作為によって引き起こした災害ではあるが、そんなの証明しようがない。

 単に竜巻に巻き込まれ、地面に叩きつけられた。

 客観的には、それだけの事象でしかないからだ。


 カウンターの上に二つの金属卵(たまご)を置き、討伐数を教えてもらう。

 事務員が金属卵(たまご)の一つを手にすると、カウンターの上の、箱みたいな魔法具に置いた。


「十六体ですね。」


 読み上げた数字に、俺は頷く。

 おそらく、こちらがレインの分だろう。

 事務員が残りの金属卵(たまご)を箱に置くと、口を半開きにして固まった。


「どうしたんだ?」


 その様子に、バルアーゾが声をかける。

 事務員は、声をかけられてはっとなった。

 そうして目を瞬かせながら、数字を読み上げる。


「さ……三百、九十七体……です。」

「…………はい?」

「三百、だとっ!?」


 バルアーゾがカウンターの上に身を乗り出し、魔法具の箱の数字を確認する。

 ごくり、と喉を鳴らした。


 俺は、予想外の数字の大きさに、顔が引き攣ってしまう。


(う……嘘やぁーーーーーーーーーーーん!?)


 何で!?

 どう考えても、【災厄(カラミティ)】の分が含まれてます!

 本当にありがとうございました!


(って、アホかぁーーーーーっ! どうやって俺だって特定したんだよっ!!!)


 金属卵(たまご)は、無駄に高性能だった。

 どうやっているのかは知らないが、俺の討伐数に【災厄(カラミティ)】の分が含まれているのは明らか。


 俺は俯いて、滝のような汗を流した。

 そんな俺を、バルアーゾが半目になって見る。


「…………どういうことだ?」


 そんなの、こっちが聞きたいわっ!


「隊としての討伐数、全部合計しても三百九十七体(これ)よりも少ないぞ?」


 俺以外の討伐数を合計しても、俺一人の討伐数以下とか、どう考えても普通ではない。

 俺が汗をだらだら流し、答えられずにいると、バルアーゾが大きく溜息をついた。


「レインの分はともかく、お前の分はちょっと待ってくれ。正直、想定外の多さだ。所長に確認したい。」


 一体につき二万シギングのボーナスだ。

 数日前に計った分もある。

 俺一人のボーナスだけで、実に八百万シギングを超える。


 バルアーゾが、俺の頭をがしがしと撫でた。

 俺がちらりとバルアーゾを見ると、バルアーゾは渋い顔をしていた。


「…………一応、聞くがな。あと、どのくらいフレイムロープがいると思う?」


 採鉱場を脱出する時、俺たちはかなりの数に囲まれていた。

 それらも合わせたフレイムロープが、採鉱場の前に集まっていたように思う……。


「もう、ほとんどいないんじゃないかな……。」


 俺はぼそりと答えた。


 確実なことなど分からない。

 採鉱場の前にいたフレイムロープで、全部だなんて言えない。

 それでも……。


(八岐大蛇もどきが、群れのボスだったら…………残りは、そう多くないんじゃないか?)


 バルアーゾは渋い顔をしたまま、一つ頷く。


「参考意見として、所長に報告しておこう。」


 そう言って、バルアーゾは二階に上がる階段に向かった。


「採鉱場の崩落の件。報告してもらえて助かった。今日はもう休め。明日の午前中、宿に顔を出す。」


 それだけ言うと、バルアーゾは階段を上がり始めた。

 が、すぐに立ち止まる。


「リコの短剣(ショートソード)は回収してある。今はメッジスが持っていてな。それも、明日届けてやる。」


 そう言って、二階に上がって行った。


 どうやら採鉱場の探索に行っているメッジスに、俺の短剣(ショートソード)を預けてあるようだ。

 もしかしたら、偶然でも俺と合流できたら、すぐに俺に渡せると考えたのかもしれない。


 俺はバルアーゾが上がって行った階段を見上げ、それから事務員に視線を向けた。

 とりあえず、伝えるべきは伝えた。

 もう、管理事務所(ここ)にいる意味はない。

 俺は事務員に挨拶して、管理事務所を出た。


「………………。」


 事務所を出て、一息つく。

 若干の厄介な問題を抱えながらも、今やるべきことはこれで片付いた。

 俺も宿屋に戻って、今日はゆっくりしようか。


「消耗品の補充だけしておくか。」


 結構な数の回復薬(ポーション)を使ってしまった。

 道具屋と食堂に行き、回復薬と糧食の補充だけは済ませておこう。


 俺は背中をぐっと伸ばし、まずは道具屋に向かうのだった。







■■■■■■







 翌日、朝からバルアーゾやプライテスなど、今回の仕事で結成した隊の全員が宿に押しかけてきた。

 さすがに、これだけの人数が集まると部屋では狭すぎる。

 軽く顔だけ出して、用件が済めば何人かはすぐ帰ることにした。


「ほれ、拾っておいたぜ。」


 メッジスが俺の短剣(ショートソード)を渡してくれる。

 そうして、ウラコーも回復薬(ポーション)を四つ差し出した。


「おかげで助かったからな。取っといてくれ。」


 火傷をした二人に、回復薬(ポーション)を渡したことのようだ。

 律儀に多く返しに来たらしい。


「こっちこそ、短剣(ショートソード)を拾ってもらえて助かった。」


 採鉱場が潰れてしまった以上、もはや回収は不可能。

 拾っておいてもらわなければ、諦めるしかなかっただろう。


 そのため、レインの(ソード)は諦めるしかなかった。

 大量のフレイムロープに襲われていた最中なのだから、拾えなくて当然ではある。

 むしろ、短剣(ショートソード)を拾っていた方が驚きなのだから。


「すまねえな。できれば(ソード)も拾ってやりたかったんだが……。」

「気にしないでください。大丈夫ですから。」


 わざわざ教えはしないが、代わりにドワーフの作った(ソード)を手に入れることができた。

 質という点で言えば、まったく比べ物にならない。

 レインが以前使っていた(ソード)は、父の予備の物だそうだ。

 あまり質のいい物ではなく、あくまで予備でしかないという。

 ちなみに、父の本当の形見といえる剣は兄が使っていたため、逃亡した際にそのまま持って行ってしまったそうだ。

 昨夜、レインがそう言っていた。


 メッジスとウラコーは、用件が済んだらすぐに帰って行った。

 このまま、ノツトフの町を出るそうだ。

 プライテスも、軽く挨拶をするとすぐに帰って行った。


 傭兵は、あまり他の傭兵と馴れ合わない。

 仕事の間一緒に飲み、友情が芽生えたとする。

 だが、その仕事が終われば解散するのだ。

 そうして、次の仕事では敵同士として再会するかもしれない。


 そういうものだと割り切れるならいいが、少しでも躊躇(ためら)ってしまうなら、関わりは最低限に留めておく方が賢明だろう。

 自分自身の、精神衛生のためにも。


 そうして、部屋にはバルアーゾとチェラートンが残った。

 チェラートンは、昨日と同じように真摯に頭を下げた。


「君のおかげで命拾いをした。ありがとう。」

「そんな……ぜんぜんそんなことありませんから! そんなことをしないでください!」


 大の男にがっつりと頭を下げられ、レインがわたわたする。

 そうして、子犬のような目をして、俺に助けを求めた。


「チェラートン。その辺にしてくれ。本気で困ってるから。」


 俺が苦笑しながらそう言うと、チェラートンはすぐに頭を上げた。

 その表情は、いつもの軽薄なものに戻っていた。







■■■■■■







 みんなが帰った後、一人残ったバルアーゾが、昨日決定したことを説明してくれることになった。

 レインとバルアーゾがテーブルに着き、俺はベッドの端に腰掛けて話を聞いた。


「メッジスとウラコーが採鉱場まで行って、リコの報告通りに崩落が起きていたことを確認している。…………採鉱場の前の、とんでもない数のフレイムロープの死骸もな。」


 バルアーゾの話を聞き、俺は目を泳がせた。

 そんな俺を、バルアーゾが半目になって見る。

 だが、すぐに説明を再開した。


「この結果を受けて、隊の解散が決定した。メッジスやプライテスたちが鉱山を登ったが、昨日は一体もフレイムロープに遭遇しなかったようだ。完全に駆逐できたかは不明だが、少なくともほぼいなくなったと考えていいだろう。」


 その話を聞き、レインが頬を綻ばせた。


 しかし、バルアーゾの表情は暗い。

 まあ、それはそうだろうな。


「この町はどうなる? 潰すのか?」

「……え?」


 俺がバルアーゾに尋ねると、レインがきょとんとした顔になった。

 俺はレインに、ごく簡単に説明してやる。


「採鉱場が潰れたんだ。採鉱場のために作ったこの町を、残しておく意味が無くなった。違うか?」


 それを聞き、レインがショックを受けたような顔になった。

 仕事のできない鉱夫たちのことを思い、受けた仕事だ。

 それが、却って鉱夫たちの仕事を奪う結果になった。

 いや、仕事だけではない。

 町を潰すことになれば、住居さえ失うことになるのだ。

 鉱夫や、その家族たちの。


 俺が最悪の予想を口にすると、バルアーゾが首を振った。


「確かに採鉱場は潰れちまったがな。採掘できる鉱石が消えた訳じゃない。」


 そうして、心配そうなレインに言い聞かせるように、断言する。


「採鉱場は一から作り直すことになる。仕事が無くなることはない。」


 管理事務所や領主からすれば、頭の痛い事態ではある。

 しばらくは、鉱山からの収入が見込めなくなるのだから。

 それでも、新たにいくつかの場所を掘り、鉱石を採るのにいい場所を探す方針らしい。

 その作業に、鉱夫たちが投入されることになると言う。


 バルアーゾの話を聞き、レインが胸を撫でおろす。

 だが、その表情はやや苦し気だ。

 そんなレインの表情を見て、俺は少し慰めてやることにした。


「レインが気にすることじゃない。俺たちは俺たちの仕事をやったんだ。レインは、採鉱場が潰れたことも自分たちのせいだと思ってるみたいだが、それは違うぞ?」


 俺がそう言うと、バルアーゾが頷いた。


「俺たちが何もしなくたって、採鉱場は潰れていただろう。その原因がフレイムロープなのか、他にあるのかは知らんがな。何もしなくても、採鉱場は潰れていたんだ。」


 バルアーゾの意見は正しい。

 元々、山鳴りが始まっていたのだ。

 潰れるのは時間の問題だった。

 俺たちは、たまたまそこに居合わせただけ。

 …………まあ、トドメは俺の【災厄(カラミティ)】かもしれないが。


「誰も予想しなかったほど、フレイムロープが多かった。放っておいたら、それこそ町が襲われていてもおかしくはない。それを未然に防いだんだ。レインが気に病むことはない。」


 バルアーゾがそう説明しても、レインは俯いて悩んでしまっている。

 まったく、しょうがねえなあ。


 俺はわざと声を明るくし、バルアーゾに尋ねた。


「で、ボーナス(あっち)はどうなった? 勿論、ちゃんと認めさせたんだよな?」


 俺がそう言うと、バルアーゾが顔をしかめた。

 自分の魔法具の袋を探り、テーブルの上にズシッと布の袋を置く。


「認めさせるのに苦労したぞ…………まったく。」


 多すぎる俺の討伐数に、さすがに依頼者(クライアント)は難色を示したそうだ。

 それでも、採鉱場の前にある(おびただ)しいフレイムロープの死骸をメッジスたちが確認した。

 金属卵(たまご)や集計する魔法具の故障ではなく、実際にそれだけ倒されている。

 そう確信したバルアーゾが、頑張って依頼者(クライアント)からぶん捕ってくれたらしい。


 まあ、それだけのフレイムロープがいたことは事実だし、そうなれば結局は誰かに依頼して討伐することになる。

 俺に払うか、別の誰かに払うかの違いしかない、という訳だ。


「うっしゃ! いい仕事すんじゃん、バルアーゾ!」


 俺はベッドを飛び降りると、テーブルの上に置かれた布袋を検める。


 現金その場限り。

 お金のやり取りは、その場でしっかりと確認しなくてはならない。

 後から多いだの少ないだの言っても通らないのは、元の世界では常識だ。


 ちなみに、こっちの世界での常識ではない。

 どんぶり勘定が横行しているため、年がら年中そんなトラブルが発生している。


 本当なら依頼者(クライアント)がいるその場で確認したかったが、隊を結成するような仕事の場合は、下っ端が依頼者(クライアント)と直接会うようなことは稀だ。

 ということで、もし足りなかったらバルアーゾから巻き上げよう。


 俺がほくほく顔で金貨を数えていると、レインが呆気に取られていた。

 金貨で八十五枚。

 端数分で大銀貨も二枚入っていたが、成功報酬の五十万と合わせ、実に八百五十二万シギングもの報酬になった。

 うははは、大儲けやね!


 俺がにっこにっこと受け取りのサインをすると、バルアーゾが呆れたように呟く。


「ったく…………俺の報酬より多いとか、どうなってんだ。」


 そんな恨み節を聞き流し、サインした紙をバルアーゾに返す。


「ごっつぁんです。」


 俺はちょんちょんちょんと手刀(てがたな)を切り、魔法具の袋にお金を仕舞った。

 そうして、呆けたようにこちらを見ているレインに、声をかける。


「ほらほら、レインもしっかり確認する。自分の手で稼いだ報酬だろ?」


 誇りを持って、しっかりと確認するように言う。

 レインは慌てたように報酬を数えると、受け取りの紙にサインした。


 俺とレインの報酬受け取りを済ませ、バルアーゾが立ち上がる。


「二人はこれからどうするんだ?」

「どうって言われてもな。特に何も決めてない。隊が解散したのも、今聞いたばかりだしな。」


 俺がそう言うと、レインも頷く。


「今日はゆっくりして、明日出発かな?」

「そうね。」


 俺とレインが大雑把な方針を立てると、バルアーゾが頷く。

 バルアーゾは、もうしばらくノツトフに滞在し、安全の確認を行うらしい。

 そこまでが、バルアーゾの受けた依頼、ということだろう。


「それじゃ、しっかり休むんだな。……大人しくしてろよ? じゃあな。」

「ああ。」

「お世話になりました。バルアーゾさん。」


 部屋を出て行くバルアーゾを、俺とレインは立って見送る。

 そうして二人きりになり、急に静かになることで、俺はようやく仕事が片付いたのだと実感してきた。


「それでは…………ご返済を済ませましょうか。」

「う……。」


 俺が厳しい現実を突きつけると、レインががっくりと肩を落とした。

 レインの報酬も八十万シギングを超えている。

 初仕事の報酬でこれだけ稼げるような奴は、そうはいないだろう。


「順調な滑り出しだな。…………まあ、実際に厳しい仕事だったろ?」


 魔物相手の仕事は、高額になりやすい傾向がある。

 それは、それだけ危険だからだ。

 今回の仕事だって、俺やレイン、チェラートンは命を落としても不思議はなかった。

 メッジスとウラコーも、かなり際どいラインだった。

 そういう、死と隣り合わせの仕事なのだ。傭兵とは。


 そうして、俺はもう一つの厳しい現実を突きつける。


「次の仕事で、例えばバルアーゾやチェラートンと敵として対峙した時。…………斬れるか?」

「っ!?」


 ようやく仕事を終わったばかりだと言うのに、俺は絶望的な現実をレインに突きつけた。


「今回、レインはチェラートンの命を救ってやったよな? 次の仕事で、そのチェラートンを斬れるか?」

「そ、それは……。」


 今回は仲間だった。

 だから助けた。

 では、次に敵として会った時に、その命を奪えるか。


 そんなイカれた現実を受け止め、淡々とこなせる異常者。

 それこそが、傭兵という仕事の本質だった。


 不必要に馴れ合わない。

 それは、自分の心を守るための、最低限の手段なのだ。


 笑いながら、同じ釜のメシを食った仲間を、躊躇(ためら)いなく斬れる奴もいるだろう。

 だけど、そんな奴ばかりじゃない。

 だから、余計にこの傭兵という業界は殺伐としてしまう。

 和気藹々(わきあいあい)と、殺し合える者ばかりではないから。


 俺は、レインの報酬を紙に書き留めると、魔法具の袋に仕舞う。

 そうして、痛みを堪えるような表情をしたレインを、黙ってみているのだった。







■■■■■■







 報酬を受け取った翌日。早朝。

 俺とレインは、ノツトフの町を出発した。


 よく晴れた、気持ちの良い空気の中を、二人で並んで歩く。

 バルアーゾは、見送りに来たりしない。

 それが、自分たちを苦しめる行為だと知っているから。


 俺は暗い顔をして歩くレインを、ちらりと見た。

 昨日話した後から、レインの表情は晴れない。


「…………あんまり考えすぎるなよ。(じき)に慣れる。」


 俺が傭兵を始めたばかりの頃、劣悪な環境以上に、精神をすり減らした一番の理由がこれだ。

 ある時は味方、ある時は敵。

 見知った顔を、金のために殺すのだ。

 正気を保つだけで精一杯なのは、誰でも分かることだろう。


 それを言葉だけではなく、実感として理解し始めたレインが、暗く落ち込むのは当然だと言えた。

 だって、それは俺も通った道だから。


(これでリタイアしても、しょうがないか。)


 俺は、レインに傭兵をやることを強要するつもりはなかった。

 もう嫌だ、と言うならそれでもいいと思っている。

 ごく普通の、一人の女の子として生きていけるなら、きっとそれが一番幸せなのだ。


(どうするかは、領都(ビゼット)に着いてからだな。)


 まずはビゼットに戻る。

 その先のことは、その時に考えればいい。


 今回は、()()()()()()()、思わぬ大きな収入を得られた。

 レインには悪いが、俺としては大当たりの仕事だった。

 …………危うく死にかけたけど。


 俺は大きく伸びをして、澄んだ空を見上げ、呟く。


「今日も、暑くなりそうだな……。」


 レインと二人、真っ直ぐに延びる街道を、北へ北へと歩き続けるのだった。





【後書き】


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 第二章はこれにて完結です。

 次回から第三章となります。


 第三章は9月の上旬には投稿したい(願望?)と思っています。

 申し訳ないですが、今しばらくお待ちください。

 投稿日が決定しましたら、また活動報告の方でお伝えします。


 相も変わらぬ拙文ですが、また読みに来ていただけたら嬉しいです。

 それでは。


 リウト銃士

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