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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第二章 傭兵団の初仕事

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第19話 これは事故です




 俺とレインは、ドドナッツォの案内で山を登っていた。

 どうやら俺たちが流されて来たのは、鉱山の裏側のようだ。


 短剣(ショートソード)(ソード)を譲ってもらった俺たちは、まずは採鉱場を目指すことにした。

 町を目指すにしても、山を越えなくてはならない。

 それならば、採鉱場の様子も確認して行こう、ということで決まった。


 だが、小規模でも崩れる場所があるのは間違いないということで、ドドナッツォが安全なルートを選んでくれることになった。

 今俺たちが登っているのは、採鉱場のある鉱山ではない。

 厳密には鉱山と同じ山かもしれないが、隣の峰にあたるルートで、こちらまでは影響はないだろうとの見立てだった。

 …………今回は、という注釈付きではあるが。


 ドドナッツォが、前方を指さす。


「あの尾根を越えたら、反対側に出る。あの辺りなら、採鉱場もよく見える。」


 ドドナッツォ自身が、あそこから俺たちが戦っているのを見かけたのだと言う。

 俺は額の汗を拭き、ドドナッツォに礼を言った。


「ありがとう、ドドナッツォ。道案内まで頼んじゃって、何から何まで世話になりっぱなしだな。」

「構わないさ。それより、本当にここまででいいのか?」


 心配そうなドドナッツォに、俺は頷く。


「俺たちは、フレイムロープが出たら倒さなくちゃならない。…………身を守るために。」


 俺がそう言うと、ドドナッツォは少しだけ表情を曇らせる。

 ドワーフ族にとっては、フレイムロープは火の神の遣い。

 そんな場面を、わざわざ見せることもないだろう。


「ありがとうございました、ドドナッツォさん!」


 レインが元気にお礼を言うと、ドドナッツォは首を振った。


「この程度、なんてことはないさ。」


 そうして、俺たちはドドナッツォと握手を交わした。


「また、どこかで会えるといいな。」


 俺がそう言うと、ドドナッツォも頷いた。


「ああ、そうだな。」

「絶対に会えますよ!」


 そうして、笑顔で別れる。

 山を下りて行くドドナッツォを、俺たちは手を振って見送った。







「…………それで、どうしてドドナッツォさんを帰したの?」


 ドドナッツォを見送り、尾根を目指して歩き始めると、レインが声をかけてきた。


「気づいてたか。」

「それは、ね。」


 どうやら、少々不自然だったらしい。

 俺は立ち止まって周囲を見回し、誰もいないことを確認する。


「山が崩れるのを止められないか、試したい。さすがにこれは、ドドナッツォにも見せたくないんでな。」

「ドドナッツォさんなら、大丈夫だったと思うけど?」


 レインは、すっかりドドナッツォを信頼しているようだ。

 まあ、それは別にレインだけではない。

 俺だってそうだ。

 それでも……。


「何でも用心するに越したことはないだろ?」


 俺は【災厄(カラミティ)】を発動し、辺りに漂う『因果』を探る。

 まるで霧か煙のように漂う、色とりどりの『因果』。

 災害の可能性。


 その可能性の中で、一つの可能性だけが突出して、活発に動いていた。

 これが、採鉱場の崩落や、土砂崩れに関わる『因果』なのだろう。


 俺はその『因果』を手繰り寄せ、災害を止められないかを試す。

 とは言え、こんなのどうすればいいんだ?


 手繰った『因果』は強く、俺からの干渉を跳ね除けるように動く。


(この動きを止めれば、災害は止まるか……? それとも……断ち切る?)


 そう思いついた瞬間、足元から頭の天辺までを、ぞわぞわぞわ……としたものが這い上がる。

 身の毛もよだつその感覚に、俺は恐ろしいほどの不吉さを感じた。


(…………これは、絶対にやってはいけない。)


 【災厄(カラミティ)】という力の使い方を自然と理解していたように、俺は()()()()()()()()()()として、それを理解した。


 俺は溜息をつき、レインを見る。

 レインも心配そうな表情で俺を見ていた。


「どうやら、起こすことはできても、止めることはできないらしい。」

「そう……。」


 それでも、『できること』と『できないこと』が少しずつ分かっていく。

 つまり、無駄ではなかったってことだ。

 できないことに期待して、時間を無駄にすることがなくなる。

 それは、これからの様々な場面で、行動を決める大事な指針となるはずだ。


 俺はレインに微笑みかけた。


「とりあえず町を目指す。その途中に採鉱場を眺めるスポットがあるから、そこで採鉱場の様子を確認する。つまり、予定通りってことだな。」


 改めて今後の行動を確認すると、レインも頷くのだった。







■■■■■■







 ドドナッツォと別れてから一時間以上をかけて、俺たちは採鉱場を見下ろせる場所に着いた。

 採鉱場からは一キロメートルくらい離れているだろうか。

 平坦な場所だが、この辺りにも木はほとんどなく、固い土と砂利が剥き出し。

 大き目の岩が所どころにあった。

 かなりの大回りにはなるが、このまま採鉱場には近づかず、避けて下山するつもりだ。


 そうして俺とレインは採鉱場を見下ろしている訳だが、茫然としていた。

 フレイムロープが、採鉱場前の拓けた場所にうようよいたからだ。

 その数は、百ではきかないだろう。

 二百……三百?

 これを数えるには、日本野(ピー)の会の皆さんに協力していただかないと無理だと思う。


 うにょうにょと蠢くフレイムロープの大軍を見下ろし、俺の頭には魚の生き餌が思い浮かぶ。

 大量のアオイソメやイシゴカイが、タッパーの中でうにょうにょと…………い、いや、何でもない。

 俺は何も想像していないぞ。


「…………気色悪いな。」

「そ、そうね……。」


 レインは両手で自分の身体を抱くようにし、引き攣った顔でその光景を見ていた。

 あんな中で戦っていたのかと思うと、俺もげんなりした気分になる。


「他の連中は、無事に脱出できたのか?」


 少なくとも、採鉱場前でバルアーゾたちが戦っているということはない。

 そうなると可能性は二つ。

 まだ採鉱場内にいるか、すでに採鉱場を立ち去ったか。


(バルアーゾやプライテスあたりは、かなり経験豊富な傭兵っぽかった。チェラートンやメッジス、ウラコーも傭兵としては一人前だろう。)


 ならば、きっと賢い(クレバー)な選択を採っているはずだ。

 レインは非情な選択のように思うかもしれないが、あの状況であそこに留まり続けるのは下策も下策。

 あの場で見切りをつけるのは、冷酷でも冷淡でもない、傭兵として最善の選択だ。


「みんなは、おそらく鉱山を下りただろう。この期に及んでログハウスに留まってるとも思えない。俺たちも下りよう。」

「分かったわ。」


 俺が歩き出すと、レインもすぐに後を付いてくる。

 だが、俺は少しして立ち止まった。


「…………? どうしたの?」


 急に立ち止まった俺に、レインが怪訝そうな顔で尋ねる。

 俺はそれを無視して、じっと耳をそばだてた。


 周囲を見回すが、異変はない。

 だが、…………いる。


(【戦意高揚(イレイション )】。)


 俺が短剣(ショートソード)を抜いて警戒すると、レインも戸惑いながら抜剣した。

 そうして、全周警戒する。


 俺が手にしている短剣(ショートソード)も、ドドナッツォ作の物だ。

 以前使っていた短剣(ショートソード)と、使用感のあまり変わらない物を選んだ。


 しかし、それでもこの短剣の方が断然使いやすい。

 驚くほど手になじみ、まるで専用に用意されたような感触。

 前の短剣こそが、まさに俺のために用意された物だったのだが、それよりももっと手になじむ。

 さすがはドワーフの作った短剣だ、と感嘆せずにはいられない逸品だった。


 周囲を警戒していると、前方の離れた場所に数体のフレイムロープが現れた。

 …………三体……五……六……八体……。


 次々と地面から這い出すフレイムロープに、俺は少しだけげんなりする。

 さすがにこの数を相手には、無傷とはいかない。

 …………普通なら。


(見られたくない奴がいないなら、遠慮なく【加速(アクセラレーション)】が使えるな。)


 十分に引きつけて発動すれば、上手くすれば一発で片がつく。

 ただ、這い出して来たフレイムロープたちは、かなり大きい個体だ。

 八体ともが、三十メートル級さえも超えるような長さだった。


(懐に入り込むまでに、少し時間がかかるな。さすがに一回では無理か?)


 俺はフレイムロープのサイズを加味し、考えを改める。

 安全を期すならば、ヒットアンドアウェイで二~三体ずつ片付けるのがベストだろう。


「レイン、下がってろ。間合いが広すぎて、レインが相手するには少し苦労するだろ。」

「それが何よ! 私だって戦うわよ!」


 レインは俺の忠告を聞かず、()る気まんまんのようだ。


「好きにしろ。」


 そう言って、俺は慎重にフレイムロープとの距離を詰めた。

 三十メートル級なら、半径十五メートルで、フレイムロープの間合いに入ったことになる。

 戦闘体勢に入ったフレイムロープは、(とぐろ)から弱点である結び目を出すことを嫌がるからだ。

 中間である結び目を隠しながらの戦闘。

 だから、半径十五メートル。


 しかし、このフレイムロープたちは戦闘体勢を取らなかった。

 二体、五体……八体と取っ組み合いを始めた。

 うねうねと、好き勝手に絡み合う。


(…………これはこれで、ちょっとやりにくいな。)


 まるで、表面が蠢く球体のようだ。

 グロいわ気色悪いわで、近づきたくない。

 何より、動きが不規則で読めない。


 フレイムロープの戦闘体勢は、(とぐろ)の上に一本()()()を伸ばし、その伸ばした部分で攻撃してくる。

 つまり、そこだけ注意していればいいのだ。

 こんなに分かりやすい攻撃はないだろう。


 だが、丸まって好き勝手に蠢きまくっていると、どこから攻撃が来るのか予兆を掴みにくい。

 というか、この状態で攻撃してくることはできるのだろうか。

 それすらも見当がつかない。


 弱点である結び目も一瞬だけ表面に出て来ては、またすぐ内側に入り込んでしまう。

 弱点を無視して、まずは適当に斬り飛ばすべきか?


 そうして俺が手を出せずに悩んでいると、フレイムロープたちの動きが変わる。

 八体のフレイムロープは()()()合い、(とぐろ)を作り始めた。


「まさか……。」


 俺は思わず、呻くように呟いてしまう。

 二体がやっているのは見た。

 ()()を、…………八体でやる気か?


 フレイムロープは、巨大な(とぐろ)を作った。

 そして、その巨大な(とぐろ)の上には、八本のロープが蠢く。

 その姿に、俺は呆気に取られてしまった。


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)……?」


 それは、フレイムロープの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)形態だった。

 上に伸びたロープの二本、三本がまとまったり、またバラけたり。

 ゆらゆらと、不規則に蠢く。


「何よこれ……。」


 レインの声が、僅かに震えていた

 フレイムロープの異様な姿に、怯えているようだった。


「不用意に近づくなよ。守りに徹しろ。」

「う、うんっ……!」

「他にも出てくるかもしれない。周囲の警戒は任せる。」


 俺の言葉に、レインはハッとなって周囲を見回す。

 俺はレインのことを頭から切り離し、目の前のフレイムロープに突撃した。

 間合いと思われる十五メートルの遥か手前、二十メートルほどのラインを踏み越えた途端、フレイムロープの攻撃が始まった。


 三本の攻撃!


(【加速(アクセラレーション)】!)


 ドクンッと心臓が跳ね、水色に視界が染まる。

 急激に身体が重くなる。

 こちらの動きよりも明らかに速い、フレイムロープの攻撃。


 スローモーションの世界で、俺は一本の攻撃を躱し、続く二本の攻撃を短剣(ショートソード)で斬り飛ばす。


(チッ!)


 じれったい動きにいら立ち、心の中で舌打ちをしてしまう。

 だが、すぐにそんなことを言っていられる余裕もなくなった。

 更に三本の追撃が繰り出されていたからだ。


 俺は真横に飛んで、何とかフレイムロープの攻撃を回避する。

 そこで、【加速(アクセラレーション)】が切れた。


 慌てて距離を取ろうとする俺に、八岐大蛇形態のフレイムロープが、(とぐろ)を維持したまま寄ってくる。

 そうして、更に雨のような連続攻撃を繰り出す。


「ちょっ、くそっ、ふざっ、けんっ、なっ!?」


 俺は動き回り、短剣(ショートソード)で斬り飛ばし、受け止め、ぎりぎりを掠めながら地面を転がる。

 バラ鞭をすべて回避しろとか、無理ゲーにもほどがあるだろが!


「リコッ!」


 レインが、悲鳴のような声を上げる。

 だが、俺にはそちらを見る余裕さえない。


(【加速(アクセラレーション)】!)


 ドクンッ!


 俺は再び【加速】を発動し、フレイムロープに向かって突撃する。

 だが、相変わらずフレイムロープの攻撃は速く、こちらの動きはスローモーションでしかない。

 一応、フレイムロープの動きもスローモーションではあるのだけど。

 元々の速さの違いもあり、手数を捌き切れない。

 俺は防戦一方になり、必死になってフレイムロープの攻撃を掻い潜った。


(何とかして、このバラ鞭みたいな連撃を止めないと! まともに近づくこともできないぞっ!)


 手数が多すぎて、とてもではないが捌ききれない。

 俺はごろごろと地面を転がりながら、ぎりぎりのところでフレイムロープの攻撃を避けるしかなかった。


 そうして、ただ回避しているだけで【加速(アクセラレーション)】が切れてしまう。

 フレイムロープと距離を取りながら、俺は魔法具の袋を探る。


 砂利も多い場所で全力で転がっていたため、あちこちが擦り傷だらけになっていた。

 回復薬(ポーション)を取り出そうとして、ふと一つの方法を思いつく。


(必要な物は、…………揃ってる。)


 魔法具の袋に入れてある。

 俺は魔法具の袋に手を入れたまま、逡巡した。

 上手くいくだろうか。


 八岐大蛇形態のフレイムロープが、ずりずりと近づいてくる。

 俺は後退りながら、魔法具の袋からタオルを取り出した。


 取り出したタオルで、左腕をぐるぐる巻きにする。

 続けて木樽を取り出す。

 長旅や、万が一の遭難に備えて、水を入れてある木樽だ。


 俺は木樽を地面に置くと、蓋を軽く短剣(ショートソード)で斬る。

 そうして、タオルを巻いた左腕で、蓋を突き破るように力いっぱい殴った。


 ボゴンッ!


 蓋が真っ二つに割れ、木樽を満たしていた水で、タオルがびしょ濡れになる。

 俺は木樽から左手を引き抜くと、フレイムロープに向かって走り出した。


 フレイムロープの間合いに入る。

 その瞬間に、三本のロープが襲いかかってきた。


「【加速(アクセラレーション)】ッッッ!!!」


 ドクンッ!


 スローモーションの動きで、迫るフレイムロープの攻撃を殴り飛ばす。

 濡れたタオルを巻いた、左腕で。


 次々に迫る攻撃を俺は一切避けることなく、すべて左腕で殴り飛ばし、短剣(ショートソード)で斬り飛ばした。

 フレイムロープの火力自体は、それほど強いものではない。

 それでも巻きつかれれば、濡れタオルでも防ぎきれないかもしれない。

 そのため、巻きつかれないように殴り飛ばすことで、俺は道を拓いた。


(うおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおっ!)


 迫るロープを殴り飛ばし、斬り飛ばしまくることで、フレイムロープの目の前まで駆け抜ける。

 すぐに俺は、(とぐろ)を斬りまくった。

 ドドナッツォの短剣(ショートソード)は、よれた(とぐろ)も抵抗なく斬ることができた。

 目の前の(とぐろ)を斬り刻み、削りまくる。


(うおらああぁぁあああっっっ!!!)


 左腕で(とぐろ)を殴り、邪魔な残骸を取り除くと、弱点である結び目を剥き出しにした。


(くたばれえええええぇぇぇえええええええっっっ!!!)


 上下左右斜めと剣筋を何往復もさせ、結び目を粉微塵になるまで斬りまくる。

 そうして、崩れ落ちて来るフレイムロープに巻き込まれないように、一息で離脱した。


「リコッ!?」


 突然目の前に現れた俺に、レインが驚いたように声を上げる。


「ふぅー……。」


 俺は、左腕のタオルを外しながら、フレイムロープの方へ振り返った。


 結び目を斬り刻まれ、両断されたフレイムロープたちは、一匹残らず絶命した。

 ただし、フレイムロープは斬り飛ばされても、しばらくはびったんびったん動きまくる。

 正直気色悪いが、それでも意味ある行動をしてくる個体は、もういないようだった。


 八岐大蛇もどきを片付け、俺はほっと息をつく。

 そうして、レインを見た。


「さっき呼んだみたいだけど、何かあったか。」


 周囲には、新たに現れたフレイムロープはいなそうだが。


「そうだ! あ、あれ! あれ見て!」


 レインに手を掴まれ、少し見晴らしのいい場所に移動する。

 そこは、採鉱場を見下ろした場所だった。


「げっ!?」


 俺はその光景を見て、呻くように声を上げてしまう。

 それは、フレイムロープの大移動だった。

 採鉱場の前にいたフレイムロープたちが、一斉にこちらに向かって来ていた。


「何で!?」

「知らないわよっ!」


 もしかして、さっきの八岐大蛇たちが群れのボスだった?

 群れに集合をかけたのか?


「どうすんだよ、これ……。」

「どうするって…………逃げる?」


 逃げる。

 それもいい案だろう。

 逃げることに、俺は躊躇(ためら)いはない。

 …………逃げ切れるならば。


「多分、逃げ切れない。」


 フレイムロープたちに、追いつかれないように逃げる?

 初めて通る山道を?

 危険だし、何よりどこまでついてくるかも分からない。


(……こんなのが町に押し寄せてみろ。間違いなく町が壊滅するぞ。)


 俺は両手で顔を覆い、空を仰ぐ。

 こんなのどうすればいいんだ。


 顔を覆った両手。

 その指の隙間から、澄んだ青空が見えた。


(いける、か……?)


 俺は、向かってくるフレイムロープの大軍を見下ろした。


 距離は、ある。

 なら、こちらに被害が出ないようにすることは可能だろう。

 あとは、威力の問題。

 フレイムロープの弱点を破壊できるだろうか?


(多分、いける。)


 地中に潜っている奴もいるだろうから、一匹残らず殲滅というのは難しいかもしれないが、大半はこれで叩ける。


(もしだめなら、プランBに切り替えればいい。)


 即座に代替案も思いつくが、まずは最初の案を実行しよう。

 …………できればプランBは避けたいが、状況によっては贅沢も言っていられないだろう。


 俺は【災厄(カラミティ)】を発動し、漂う『因果』を凝視した。

 目立つ動きの、活発に動いている『因果』を無視し、別の『因果』を探す。


(これか……?)


 俺は、非常にか細い『因果』を、丁寧に手繰り寄せる。

 しかし、これだけではお話にならない。

 求める威力にはほど遠い。


(もっと……もっとだっ!)


 関連しそうな『因果』も手繰り、目指す災害を組む。

 辺りに、急速に風が吹き出した。

 立っているのも苦労するような風が全方位から集まり、フレイムロープたちの上に上昇気流を作り出す。


 更に意識を集中し、俺は災害を組み上げた。

 範囲を限定し、()()をも捻じ曲げ、自然ではあり得ないような災害を完成させる。


 俺が作り出した不自然な上昇気流は、水分をたっぷりと含みながら、高高度まで押し上げられる。

 集まってくる風はどんどん勢いを増し、強くなっていく。

 もはや、俺とレインは立っていることもできないほどだ。


「リコッ! この風って!?」

「聞くまでもないだろうがっ!」


 俺とレインはしゃがみ込み、怒鳴るような声で会話する。

 そうしないと、とても相手に聞こえないからだ。


 上昇気流は渦を巻き始め、ロート状の数百メートルにもなる竜巻へと変化した。

 まずは、第一段階クリア。


 発生した竜巻は砂や土だけでなく、小石なども巻き上げ始めた。

 フレイムロープたちは、突然発生した竜巻に驚いたのか、地中に潜ろうとする奴が出始める。


(逃がすかっ、ボケッ!)


 見る間に竜巻は大きくなり、またいくつも発生し始めた。

 二つの竜巻が合体し、更に大きな竜巻となる。


 そうして勢力の増した竜巻は、慌てて潜ろうとするフレイムロープたちを吸い込み始めた。

 次々と空に舞い上がるフレイムロープ。

 それは、まるで炎の竜巻だった。


 火災旋風。

 炎が竜巻となって立ち昇る光景に、レインは驚愕し絶句する。


 いくつもの火災旋風が、フレイムロープたちを飲み込む。

 地面にしがみつき、竜巻に耐えるフレイムロープたちを、地面ごと吸い上げた。


 こちらに向かって来ていたフレイムロープたちは、(ことごと)く吸い上げられ、一体も見られなくなった。

 もしかしたら逃げ果せた個体もいるかもしれないが、ほとんどは竜巻で吸い上げられただろう。

 第二段階は、これでクリアだ。


 竜巻は次々と合体していき、最終的には一つのとてつもなく大きな竜巻となる。


(…………ここからが本番だ。)


 ここまでは、あくまで準備。

 俺は上空の見上げ、次の段階に移行させた。


 竜巻が消え、それまで吹いていた風が突然止んだ。

 俺は周囲を見回し、手ごろな岩を見つける。


「レイン、急げ。こっちだ。」


 俺はしゃがみ込んでいたレインの腕を引っ張り、立たせる。

 そうして、しっかりとした高さと大きさを持った岩の後ろに、急いで隠れた。


「今度は何!?」

「すぐに分かるさ。」


 岩の後ろに座り、背中を岩に預ける。


「両手で耳を塞いでおけ。」

「へ?」


 訳の分からないレインが、呆けたように返事をする。

 だが、俺が両手で耳を塞いでいるのを見て、同じようにした。


(まあ、さすがに鼓膜が破れるようなことはないと思うが……。)


 とは言え、どうなるかは分からない。

 そんなことを考えていると、再び風が吹き始める。

 今度は、先程とは逆方向の風だ。


 その風は徐々に強くなると、一気に勢いを増した。

 そうして、ついには木々さえも薙ぎ倒す突風へと変わる。


 ダウンバースト。

 その急激な下降気流は、時に時速二百キロメートルを超える風速にもなる。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!


 凄まじい衝突音とともに、吹き飛ばされそうな暴風が吹き荒れる。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」


 レインが何か叫んでいるようだが、さっぱり聞こえない。

 まあ、耳も塞いでいるし、とにかく凄まじい騒音だった。







 そうして、まるで世界の終わりかと思うような、地獄の数分間を堪える。

 時間にしたら、本当に三~四分程度のものだ。


 風が止み、地響きがしなくなったのを確認して、俺はゆっくりと両手を下ろした。

 特に何かが聞こえたりはしない。

 どうやら、無事に最終段階を終えたようだ。


 俺は、横で震えているレインの肩を叩いた。

 レインは耳を塞ぎ、膝に顔を埋めるようにして、必死に堪えていたようだ。

 髪もぼさぼさで、ひどい有様である。


 数回肩を叩き、ようやくレインは気がつく。

 恐るおそるといった感じに顔を上げ、強張った表情でゆっくりと周囲を見回す。


「終わった。成果を確認するぞ。」


 俺は立ち上がり、レインに立つように促す。

 だが、レインは身体が固ってしまったのか、腰が抜けたのか、中々立つことができなかった。


 足が震え、よろめくレインを支えながら、採鉱場が見下ろせる場所まで移動する。

 そうして、その想像を絶する光景にレインが目を見開く。


 採鉱場の前には、(おびただ)しい数のフレイムロープ。

 ただ、それらはほぼ原形を留めていない。

 上空からダウンバーストとともに地面に叩きつけられ、そこに更にバスケットボール大の雹を降り注がせた。


 これが、俺が組んだ災害だった。

 上空から勢いよく落とすことで叩き潰し、もし生き残った個体がいても雹で圧し潰す。

 これなら、生き残った個体がいるとしても、ごく僅かだろう。


 ちなみに、失敗した時の代替案、プランBとは落雷だ。

 ただ、落雷で倒すには俺たちが近すぎた。

 一キロメートルも離れていない場所に雷をばんばん落とせば、こちらにどんな影響が出るか自信がなかった。

 そのため、できればダウンバーストと雹のコンボで片付けたいな、と考えていた。


 しかし、雹のサイズが小さすぎては、ロクなダメージにはならないだろう。

 そのため、意図的にバスケットボール大の雹ができるように、材料となる水分をたっぷりと上空に押し上げてやった訳だ。

 たまたま大きい雹ができた、という訳ではなく、すべての雹をバスケットボール大まで()()させた。


 俺は成果に満足し、腕を組んで「うむ」と頷く。


「いやあ、大成功大成功! もしかして、俺って天才と(ちゃ)うか?」


 ご満悦、と顔に書いた俺は、隣で茫然とするレインを見上げた。

 いつまで呆けてんだ、レイン(こいつ)は。


「ほれ、行くぞ。日が暮れる前には、何とか麓まで下りたいからな。」


 だが、レインは動かない。

 ただただ茫然と、採鉱場の方を見ている。

 あんなぐっちゃんぐっちゃんなの見てて、何が楽しいんだ?


「おーい、レインー? どしたー?」


 レインの顔の前で、俺は手をぶんぶん振る。

 ようやく、レインは俺の方を見た。


「……な…………こ……ょ……。」


 俯いたレインの表情は、暴風でぼさぼさになった髪がかかり、よく分からなかった。

 俺は眉を寄せ、聞き返す。


「何だって?」


 すると、レインはキッと顔を上げ、鬼のような形相で俺に掴みかかった。


「何てことしてるのよっ! 死ぬかと思ったじゃないっ!」

「ぅわあっ!? びっくりした!」


 俺の両肩を掴み、レインが迫る。

 ちょ、近い近い。

 あと、怖いって、顔が。


「先に言いなさいよっ!」

「そんな悠長なことしてられる状況だったかよ。」


 フレイムロープが迫っていたのだ。

 説明に一分かければ、その時間の分だけフレイムロープが近づく。

 俺たちの安全のためには、なるべく距離が離れた状態で実行する必要があった。

 下手をすれば、俺たちが竜巻に吸い込まれる危険だってあったのだ。


 ズズ…………ンッ……!


 その時、微かに響く音が聞こえた。

 俺はガックンガックン揺すられながら、きょろきょろと周囲を見回す。


「落ち着けレイン。何か聞こえなかったか?」

「誤魔化さないのっ!」

「いや、そうでなくて。」


 何やらブチギレ中のレインをぺいっとして、俺は音の発生源を探る。


「あ……。」


 そうして、おそらく()()()()というのを見つけた。

 採鉱場の入り口から、もくもくと土煙が上がっていたのだ。


「……………………。」

「……………………。」


 俺とレインは、黙ってその光景を見ていた。

 土煙が、風に流される……。


「あ、あぁー……。だ、誰もいない時で、よ……良かったんじゃないかなぁ。」


 誰もいない。

 そうだ、いる訳がない。

 採鉱場で落盤、崩落事故は起きたが、人的被害はありませんでした。

 不幸中の幸いだったね。


 あっははー、と俺が笑うと、レインは顔を引き攣らせていた。

 俺は、そんなレインに、きりっとした表情で言う。


「団長! こういう事故を目撃した時は、傭兵ギルドに報告すると感謝されるぞ。今回の場合は、鉱山の管理事務所だな。俺は、これは傭兵の義務だとさえ思っている。」


 事故を目撃した。

 そう、事故だ。

 元々山鳴りがするような危険な状態だった採鉱場で、事故が起きてしまった。


 たまたま近くで竜巻が発生し、たまたま大量発生していたフレイムロープが巻き上げられ、たまたま採鉱場の前に落ち、たまたま大きな雹が降り注いだ。

 その衝撃で、元々危うい状態だった採鉱場で落盤、崩落事故が起きたのかもしれないが、そんなのは事故だ。天災だ。

 自然現象なんだもん。

 しょうがないよね?


 レインが、ぎこちない動きで、俺の方を向いた。

 もはや、その顔色は青いと言ってもいいかもしれない。


「…………事、故……?」


 情けない顔をしたレインに、俺は力強く頷く。


「事故に決まってるじゃないか。他に何があるって言うんだ。」


 俺がそう言い切ると、レインが何事か呟いた。


「そ……そうよね……事故よ……事故だもん…………仕方ないわよね……。」


 何やらぶつぶつと、懸命に自分に言い聞かせる。

 そんなレインに、俺はにっこりと笑いかけた。


「急いで知らせた方がいい。町に戻るぞ。」

「…………わ、分かったわ。」


 そうして、俺たちは下山を始めたのだった。





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