第15話 ドワーフ族
採鉱場の魔物討伐。三日目。
一昨日、昨日と、採鉱場の周辺で狩るだけに留めていた。
採鉱場内部という本丸に挑む下準備の段階だが、すでに討伐数は各組の累計で五十体に迫っていた。
そうして、採鉱場入り口。
まだ陽が出たばかりという早朝に、俺たちはついに採鉱場内部の掃除に取り掛かることにした。
「採鉱場の中は入り組んでる。今日だけで狩り尽くすつもりもない。無理しないで片付けて行くぞ。」
バルアーゾの確認に、全員が頷く。
採鉱場内では、基本的に隊列を組んで進む。
前衛がメッジス、ウラコー組。
中衛が俺とレイン。
後衛にプライテス、チェラートン組。
隊長のバルアーゾは、俺たちのすぐ後ろだ。つまりは中・後衛のポジション。
バランスの取れた良い隊列だと思うが、実はこれ、欲によって決まっている。
前衛のメッジス、ウラコー組は、この二日間であまりフレイムロープに出くわさなかった。
つまり、討伐数にやや不満がある。
そこで「前衛で稼ぎたい」と申し出たのだ。
俺とレインはボーナスよりも、まずは生き残ることが優先。なので異存はない。
バルアーゾはそもそも隊長なので、いくらで契約しているか不明だ。
だが、それなりにいい報酬を貰っているはずである。
そのため、ボーナスにこだわる必要がない。
残りのプライテス、チェラートン組は、ボーナスはしっかり欲しい。
だが、隊の中であまりアンバランスになると不和が生じる。
それは理解しているので、「日ごとにバランスを見て隊列を変更する」ことで合意した。
この場合の入れ替えは、前衛と後衛だけだ。
俺とレイン、バルアーゾは安定の中衛ということで話がついていた。
採鉱場内の坑道は結構広かった。
メインの坑道はトロッコのレールが敷かれているので当然だが、レールの敷かれていない副坑道も四~五メートルくらいの横幅がある。
天井も三~四メートルくらいの高さなので、移動だけで苦労するという事態にはならないで済んだ。
「おらぁ!」
ウラコーが、フレイムロープの弱点である結び目を両断した。
採鉱場内に入って、これで七体目。
散発的に現れるフレイムロープに、メッジス、ウラコー組はご満悦の様子だった。
「いいペースだな。」
「はっはぁ! もっとじゃんじゃん出てきてくれていいんだぜ!」
メッジスとウラコーが軽く拳をぶつけ合う。
この調子でいけば、今日中に討伐数トップはメッジス、ウラコー組になりそうだ。
「油断するなよ。こんな狭い坑道内でうじゃうじゃ出て来られたら面倒だ。」
少々浮かれているメッジスとウラコーに、バルアーゾが気を引き締めるように言う。
いくら坑道が広いと言っても、それは移動に限った話だ。
戦闘を行うには少々窮屈だし、あまり大きく動けば味方同士で接触しかねない。
何より、相手が馬鹿みたいに長いフレイムロープだ。
この程度の坑道では、攻撃を躱す十分な広さとは言い難い。
俺は松明を掲げて、前後を改めて確認した。
見える範囲では、動く物はいなそうだ。
とは言え、壁の僅かな隙間からでもフレイムロープは出てきた。
油断はできない。
すでに採鉱場に入って二時間以上が過ぎている。
だが、思ったよりも数が少ないというのは、全員が感じていることだった。
「まあ、百体を下回ることはないと思うけど。……ちょっと不安になってきたよ。」
散発的なフレイムロープに、もっと出て来いと思っているのはチェラートンも同じのようだ。
そもそも百体を超えてくれないと、ボーナス自体がおじゃんである。
なるべく早く、『ボーナス確定』が欲しいのだろう。
「まだ採鉱場の四分の一程度だ。奥に行けば、もっといるだろう。」
武僧のプライテスが、冷静に言う。
というか、プライテスって素手なんですけど……。
もしかして、素手でフレイムロープを倒してるのか?
(熱くないのかね。)
そんな、どうでもいいことを思う。
バルアーゾが手にしたランタンで採鉱場内の地図を見ながら、顎で奥を示す。
「もう少し行った所に、広間があるはずだ。この副坑道はそこで終わり。さっさと確認して主坑道に戻るぞ。」
その指示に、全員が頷いた。
壁からも出て来る可能性があるので、慎重に進んで行く。
そうして進んで行くうちに、微かな音が聞こえてきた。
……ササッ……パタ……ザザ……。
前衛の二人もその音に気づき、瞬時に立ち止まる。
全員が息を潜め、警戒した。
(……どこだ?)
張り詰めるような緊張感の中、俺は目の前の壁を凝視した。
とにかく狭い隙間からも出て来るので、松明を動かし岩肌の陰も確認する。
音に耳を澄ませながら確認するが、おそらく坑道の先から音は聞こえてくるようだ。
前衛のメッジスが振り返り、頷く。
俺たちは音を立てないように、慎重に足を進めた。
そこには、広い空間が作られていた。
この副坑道の突き当りにあたる、広間だ。
広間に入るには、階段状に削られた足場を下りる必要がある。
広さは、綺麗に真四角という訳ではないが、縦横四十~五十メートルはありそうだ。
階段を下りてからの、天井までの高さは十メートル以上。
採鉱する上で、この辺りは集中的に掘削したらしい。
採鉱場には、こうした広間が結構あった。
副坑道を進むと広間があり、そこからまた奥に続く坑道が掘られていることもある。
俺は松明を掲げて、広間をざっと見回す。
音の発生源は、探すまでもなくすぐに見つかった。
(何だ、ありゃ。)
広間の真ん中では、二匹のフレイムロープが絡まっていた。
ザザッ……パタン……バタバタッ……。
長いフレイムロープ同士で絡まり、地面を擦ったり、ビタンビタンッと暴れていた。
その光景に、思わず俺は半目になって気が抜けてしまう。
取っ組み合ってるのか、じゃれ合っているのか知らないが、二体のフレイムロープは俺たちに気づくことなくバタバタと暴れている。
(…………何やってんだか。)
松明の光が届かずはっきりと確認はできないが、他にはいなそうだ。
まあ、暗がりにいてもフレイムロープ自体が燃えているので、そこそこ気づきやすい。
死角に入り込まれていない限り、他の個体はいなそうだった。
俺は再び、絡まった二体のフレイムロープを見た。
何と表現しようか。
体育祭で使う綱引きの綱が二本、油をかけて火のついた状態で絡まり、暴れている。
そんな感じだ。
正直な感想としては、俺は近づきたくない。
俺は「早よ行け」との思いを込めて、メッジスとウラコーをじっと見た。
メッジスとウラコーは、やや表情を引き締めて広間に下りていった。
フレイムロープは好き勝手に暴れているので、巻き添えを喰らわないように慎重に近づく。
侵入者に気づいたフレイムロープが攻撃してくるが、間合いに入った部分を斬り飛ばし、徐々に短くしていく。
そうして、二人はほぼ同時に、二体のフレイムロープの弱点を斬った。
「他にも潜んでいる可能性がある。よく確認してくれ。後衛は坑道で退路の確保だ。」
俺とレイン、メッジスとウラコー、バルアーゾの五人で広間内を確認。
特に入り口付近からでは見えなかった部分を、一つひとつ潰していった。
プライテスとチェラートンの後衛組は広間の入り口付近で待機。
坑道からの襲撃に備える。
広間を一通り確認するが、特にフレイムロープの潜んでいる場所などはなかった。
ただ、先程のフレイムロープが、壁や天井の隙間から広間に侵入してきた可能性がある。
今姿が見えないことが、この広間が安全であることの理由にはならない。
「よし、主坑道に戻るぞ。」
広間内の確認が一通り終わると、バルアーゾの指示で再び前衛中衛後衛の隊列を組み、坑道を戻った。
それからもいくつかの副坑道を確認しながら、現れたフレイムロープを倒し、俺たちは採鉱場の奥へ奥へと進んで行った。
「あ……。」
主坑道を進みながら、不意にレインが呟く。
「どうした?」
俺がそう聞くと、レインが少し先を指さした。
前方のやや右。
トロッコのレールが敷かれている辺り。
「……少し、崩れてるみたい。」
それは、三十センチメートルくらいの穴だ。
枕木にかかるように、地面の一部が落ちていた。
俺たちはその穴には近づかず、少し遠めに穴を確認する。
「バルアーゾ。坑道の下は空洞なのか?」
俺はそう聞いてみるが、バルアーゾはランタンを掲げて地図を見ている。
「特に……、そうしたことは書かれていないな。俺も聞いてない。」
二十~三十センチメートル程度の、ただの窪みか。
はたまた奈落まで繋がる深き穴か。
試してみないことには分からない。
だが、それを試すような奴は一人もいなかった。
危険そうなら、避けて通るべき。
俺たちには、採鉱場の構造的安全を確認してやる義務などないのだから。
バルアーゾが地図に印をつけ、穴の位置を記録する。
あとで、管理事務所に確認すると言う。
そのまま主坑道を進み、副坑道も一つひとつ確認していく。
すでに昼は回っているだろう。
これまでに、採鉱場の三分の二くらいは踏破していた。
そこで一旦休憩を取り、糧食で腹を満たす。
三日連続で、毎食糧食である。
さすがに、ちょっと飽きていた。
「今日はどうするんだ?」
俺がこの後の予定を聞くと、バルアーゾが逡巡する。
全員が、バルアーゾの返答を黙って待った。
「一度町に戻る。この三日間の報告もしておきたいしな。」
これ以上は採鉱場の奥には行かず、ここで引き返す方針を示した。
全員が糧食には飽きていたようで、特に不満は出ずにその決定に従う。
元々、町までは半日程度の距離なので、三日を目途に街に戻るという方針ではいたのだ。
今日はこのまま出口まで引き返し、鉱山を下りれば夕方には町に着くだろう。
明日は一日休みにして、明後日の早朝にまた町を出る。
本格的な採鉱場内の調査と駆除は、明後日以降ということだ。
大雑把に、そんなスケジュールが頭を過ぎった。
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採鉱場を出ると、その明るさに思わず顔をしかめる。
暗い坑道内を半日うろついていたので、日光は少々刺激が強過ぎた。
「このまま拠点まで戻る。そこで小休止をしたら町まで下りるぞ。」
バルアーゾの指示に従い、俺たちはそのままログハウスを目指した。
採鉱場を出たので、もう隊列にこだわることもないのだが、何となくみんなそのままだ。
「結局、今日は一回も戦わなかったな。もし次出たら、一体もらえるか?」
「ああ、いいぜ。」
「『練習』は必要だもんな。」
俺の提案に、メッジスとウラコーが振り向いて了承する。
その笑顔は、とても良いものになっていた。
討伐数に不満のあったこの二人だが、今日だけでトップに躍り出た。
前衛の二人で討伐したフレイムロープは、今日だけで十六体。
ほくほくにもなろうというものだ。
…………まだ、総討伐数で百体になっていないけど。
「次は僕たちだからね。」
「分かってるって。」
釘を刺すチェラートンに、ウラコーが答える。
こうして、なるべくバランスを取るようにしていけば、大きな不満は出ない。
隊のメンバー同士、協力的になれるのも道理だ。
そして、勝手に次の予約をされたレインが、ちょっと複雑な顔になる。
ここ二日で、それなりに戦えるようになってきたレインだが、忘れないように一日一体か二体は倒しておきたい。
そんな話をしながらログハウスに着き、小休止。
忘れ物などないだろうが、念のために割り当てられた部屋を確認しておく。
そうして、町に向かって出発したのだった。
三時間ほどを歩き、だいぶ陽も傾いた頃。
鉱山を下りる俺たちに向かって、前から歩いてくる人影に気づいた。
その人影を一言で言い表すなら、異様。
短躯で、やたらと横に大きい。
ずんぐりむっくりした、まるで樽を思わせるシルエットだ。
その樽が、山道を登って来た。
俺たちは警戒して立ち止まる。
さすがに剣に手をかけはしないが、いつでも抜けるように気を張る。
「ふぅーっ……、そう警戒せんでくれ。儂に害意はない。」
樽は、俺たちの手前十メートルほどで立ち止まると、声をかけてきた。
どっしりと、抜群の安定感で俺たちを見上げる。
髪は肩まで延び、顎髭、口髭ももじゃもじゃ。
毛むくじゃらのおっさんだった。
(……なんか、すげえな。)
それしか感想が浮かばない。
薄汚れ、短躯。でもガッシリ。
毛がもじゃもじゃと、インパクトだけはあった。
バルアーゾが隊列の前に歩み出て、樽に話しかける。
「…………貴方はもしかして、ドワーフ族の?」
ドワーフ!?
俺は、そのパワーワードに驚きを隠せなかった。
目を瞬かせ、思わずもじゃもじゃ樽を凝視する。
(え? ドワーフって、まじでドワーフ?)
文献に載っているのは見かけたが、本当に実在したのか。
(ドワーフ族って、鍛冶とか装飾品作成に定評があるってのが定番だよな! うおぉぉっ、まじかーっ!)
一人でテンション爆上がりである。
急にそわそわしだした俺に、レインが少し冷めた視線を向けた。
「お前さんたちが、採鉱場のフレイムロープ討伐を受けた傭兵だな?」
「ああ、そうだ。貴方は?」
バルアーゾとドワーフのおっさんが話を始める。
こうした時、基本は隊長が交渉するということになっている。
メンバーが勝手な交渉したりすると、意図せぬトラブルに発展することがあるからだ。
ただ、そんなのは『基本的には』というだけで、絶対のものではない。
交渉に長けた人がいれば、その人を前面に出すこともある。
ドワーフのおっさんは、少々困った様子で口を開く。
「…………すまんが、その依頼をキャンセルしてもらえんだろうか。」
そのあまりに唐突な内容に、俺たちの中に白けた空気が漂った。
馬鹿言ってんじゃねえ、ってとこだ。
「俺たちの方からキャンセルすることはできない。」
という、ごく当たり前の主張をバルアーゾが即答する。
傭兵が、一度受けた仕事を一方的に投げ出すことは御法度だ。
辞めるにしても、きちんと依頼者と話し合い、合意する必要がある。
まあ、実際のところは、バルアーゾの主張はそんな傭兵としてのルールの話ではない。
単に「こんな美味しい仕事を辞めて堪るか」というのを、ルールを盾に主張しているに過ぎない。
もっとも穏便な理由だしな。
それはドワーフも分かっていたのか、しつこく食い下がることはしなかった。
ただ落胆し、痛みを堪えるような表情になる。
「何か、事情があるのですか?」
そこに、傭兵としてのルールをまったく理解していないレインが口を挟んだ。
何言ってんだ、この子。
口挟んでんじゃねーよ。
と、様々な意味の籠められた視線がレインに集まる。
俺はぽりぽりと頬を掻いた。
(これは、俺の監督不行き届きだな……。)
すべての状況を想定し、事前に伝えておくことなど不可能ではある。
その時になったら教えればいいや。
少しずつ慣れてくれればいいだろう、と先送りにしていたことが裏目に出てしまった。
「レイン、こういう時に口を挟むのは……。」
そうやんわり窘めると、レインも自分の失態に気づいたようだ。
慌てて口塞いだ。
しかし、これを好機と捉えたのか、ドワーフのおっさんが少し表情を和らげて説明し始めた。
「フレイムロープは、トルヒグス様の遣いなんだ。」
トルヒグス?
その、よく分からない単語に、俺は思わず首を傾げる。
それは、レインも同じだった。
そんな俺とレインを見て、ドワーフが説明を続けた。
しまったな……。
「トルヒグス様というのは、火の神のことだ。フレイムロープは、火の神の遣いなんだよ。」
つまり、このドワーフが言うには「フレイムロープは火の神の遣いだから、討伐などしないでくれ」ということらしい。
ドワーフ族は独自の文化、信仰を持つと文献で見た憶えがある。
そのため、フレイムロープのことを頼みに来たようだ。
採鉱場の周辺でフレイムロープを狩っている俺たちをたまたま見て、依頼者に直接依頼の取り下げを頼みに行ったのだ。
ドワーフは人族の文化をよく理解しているようで、俺たちが傭兵であり、依頼者が依頼を取り下げない限り俺たちを止められないだろうと考えた。
(でも、それってさ……。)
ドワーフの話を聞き、すぐにピンときた。
説得通りに依頼者が依頼を取り下げたなら、わざわざ俺たちに言う必要はない。
ということは、このドワーフは依頼者の説得に失敗したのだ。
そして、無理だと承知で、仕方なく俺たちに直接言いに来た。
「けっ……トゥーヒーグが何だってんだ……。」
「魔物の親玉じゃねえか……。」
ドワーフの話を聞き、メッジスとウラコーが吐き捨てるように呟く。
トゥーヒーグ?
バルアーゾは仕方なさそうに肩を竦めながら、ドワーフの横に立つ。
「悪いが、貴方に貴方の事情があるように、こちらにもこちらの事情がある。依頼者がノーと言うなら、俺たちから言うことは何もない。」
「…………そうか。」
ドワーフもそれは分かっていたのか、諦めたように項垂れる。
「行くぞ。」
バルアーゾが声をかけると、メッジスとウラコーが歩き出す。
そうしてドワーフの横を通り過ぎる。
「レイン?」
だが、レインは動かなかった。
俺は一歩を踏み出したが、レインが立ち止まったままなことに気づき、振り返る。
俺たちの後ろにいたプライテス、チェラートン組も、そんなレインに気づき足を踏み出せないでいた。
レインは何かを悩んでいる表情をしていた。
それを見て、俺は思わず溜息をついてしまう。
「……悪い。先に行ってもらえる?」
俺は後衛の二人に伝えた。
もう町までは大した距離ではない。
この辺りならフレイムロープもいなそうだ。
仮にいたとしても、少数なら俺一人でも倒せる。
そうした俺の判断を理解したのか、俺たちがどうなろうと知ったことではないのか、二人は素直に先に進んだ。
俺はレインの前に立ち、その顔を見上げる。
何だか、ごちゃごちゃといろいろ考えているようだ。
その表情は、少し苦し気だった。
ドワーフのおっさんも、少し戸惑った感じだ。
まさか、俺たちが残るとは思っていなかったのだろう。
「詳しい話が聞きたいのか?」
俺がそう言うと、レインはこくんと頷くのだった。
フレイムロープは火の神の遣い。
それはドワーフ族に昔から伝わることらしい。
ドワーフ族は、四柱の神を特に篤く信仰しているという。
火の神、大地の神、鍛冶の神。
鉱石や宝石を加工し、武器や防具、装飾品を作ることを得意とするドワーフ族は、鍛冶に関わるこの三柱の神々を信仰する。
そして、酒の神。
百日分の食料よりも、一樽の酒。
そんな格言があるくらいには酒好きの種族なため、酒の神もめちゃめちゃ信仰しているらしい。
ちなみにこの一樽の酒とは、一日分二日分の酒のことを表し「百日分の食料よりも今日飲む酒の方が重要である」という意味だそうだ。
どんだけ飲むんだよ!
(ただ、まあ…………うん。そんなイメージはあるね。)
まさにイメージぴったりのドワーフ族の文化を聞き、俺はちょっとウキウキしてしまった。
これら四柱の神々は、千修教という宗教の神々だという。
ドワーフの神を千修教が組み込んだのか、千修教からドワーフが取り入れたのか。
そこについては分からないようだ。
千修教は、ロズテアーダ修王国で信仰されている宗教だ。
ロズテアーダ修王国はアウズ大陸の南西の大国で、俺たちが今いるネプストル帝国とほぼ拮抗するほどの国力を持つ国だ。
ティシヤの王城で文献を調べていた時、帝国と修王国は割と頻繁にその名前が出てきた。
そして、鉱山のあるこの山脈を越えると、実はもう修王国の領土である。
かなり険しい山脈地帯が続くため、通常はこんなルートは選ばないけど。
だが、単純な地理だけで言えば、この山脈を挟んで両国は隣接しているのだ。
そんな神々を信奉するドワーフたちは、大陸中のあちこちに集落を持つ。
少人数の集落で暮らしているのだと言う。
「儂らはちょいと足を延ばして、この近くに簡易の工房を作っていたんだ。」
そう、ドワーフは説明した。
この辺りは、中々質の良い鉱石が採れる。
だが、集落はちょっと離れているらしい。
そのため、いちいち鉱石を採集して集落に戻るのが面倒になった三人ほどのドワーフで、近くに工房を作ったのだと言う。
ところが、フレイムロープが出始めた。
ドワーフ族としてはフレイムロープは神聖な存在のため、退治などしない。
フレイムロープの習性で、一時その場に留まっても、いずれはまたどこかに行くらしい。
ドワーフたちは、フレイムロープが現れたらその土地を離れ、別の場所に移り住むことにしているのだとか。
そうして、フレイムロープがどこかに行ったら、また元の場所に戻って来たり、移住先に留まったり。
対応は各自によって様々らしい。
「集落まるごと引っ越しするんじゃ大変じゃないか。何で退治しないんだ?」
レインでさえコツを掴めば、然して苦労せずに倒せるのだ。
倒してしまえばいいではないか。
…………ごめん、嘘。まだ苦労してるな。
俺が疑問に思ったことを聞いてみると、ドワーフは丁寧に説明をしてくれた。
「フレイムロープのいた土地は、後で鉱石などが豊かになるんだ。」
このドワーフが言うには、どうやらフレイムロープは土などを食べているようだ。
そうして、魔力をたっぷり含んだ糞を出す。
一部の優れた鉱石は、こうしたフレイムロープの糞から時間をかけて作られるらしい。
(見た目だけじゃなくて、やってることもミミズじゃねーか。)
そんなことを思ってしまう。
ミミズは土地を豊かにして農作物のための土壌を作り、フレイムロープも土地を豊かにして鉱石が作られる。
共存可能ならば、確かに共存すべきかもしれない。
しかし……。
(もう、仕事を受けちゃってるしなあ。)
それに、もし仮に俺たちが降りても、バルアーゾたちが仕事を全うするだろう。
つまり、結果は何も変わらないのだ。
俺は知らなかったが、フレイムロープが鉱石の材料を作ることは、別にドワーフだけの知恵という訳ではないらしい。
人族でも知っている人は知っている。
それでも、人々はドワーフのように移住することを拒んだ。
害を為すフレイムロープを、駆除する道を選んだのだと言う。
人は大きな町を作る。
俺がよく拠点として利用していた領都ビゼットは、人口が十万人に近い。
フレイムロープが来たからといって、そうそう移住する訳にはいかないのだ。
そして、もしフレイムロープが人と遭遇すれば襲ってくる。
ならば、駆除するしか道がないというのも理解はできた。
俺はこれらの話を聞き、顔をしかめてしまう。
ドワーフの事情は分かった。
それでも、今さら自分の中に別の選択肢が生まれるということはない。
「お話は分かりました。…………その、残念ですが。」
俺がそう言うと、レインもつらそうな顔になる。
感情的には、ドワーフの言うことも分かる。
それでも、俺たちは別の選択を選べない。
レインにもそれが分かっているので、何かを言ってはこなかった。
俺たちが重い表情をしていると、ドワーフのおっさんは逆に笑顔になった。
「いや、いいんだ。君たちの言い分も分かる。分かっては、いるんだ……。」
だめ元で、それでもフレイムロープのために何とかしてやりたい、と動かずにはいられなかった。
そう、ドワーフは寂しそうに笑った。
「話を聞いてくれてありがとう。戦うとなると、中々狂暴な相手だ。気をつけるんだよ。」
「はい。」
レインも、少し寂し気な笑顔を作り、頷く。
どうやらドワーフたちも、絶対にフレイムロープと戦わないという訳ではないようだ。
不意の遭遇で仲間が襲われ、駆除することが無い訳ではないらしい。
あくまで貴重な鉱石の元を作るので、なるべく尊重する、というスタンスだと言う。
このドワーフのおっさんは、最近フレイムロープが自分たちの作った簡易工房の近くに現れるようになって、引き上げる準備の最中なのだとか。
その間に、どの辺りに分布し、どの程度の数の群れなのかを調査していたそうだ。
場合によっては、集落自体の移住が必要になるからだ。
その調査中に、俺たちがフレイムロープを駆除しているのを目撃したらしい。
これから戻るつもりの集落の場所がどこか、それは教えてもらえなかった。
人族とドワーフ族は、あまり交流がない。
まだ、お互いのために最低限の接触に留めるべきだ、という方針のようだ。
他にも少し話を聞き、今更ながら名乗り合う。
ドワーフのおっさんは、ドドナッツォという名前らしい。
俺は空が赤くなり始めていることに気づき、話を切り上げることにした。
「それじゃ。道中、気をつけて。」
「安全に集落まで戻れますように。ドドナッツォさん。」
「二人も、今夜の酒が素晴らしい一杯であらんことを。」
俺とレインは、ドドナッツォが無事に集落に戻れるよう、祈った。
ドドナッツォは、俺たちの今夜の晩酌が、素晴らしいものになるように祈った。
どうやら、それがドワーフ流の別れの挨拶のようなものらしい。
お酒、飲まないんだけどね。俺もレインも。
そうして、赤く染まりつつある山道を、俺たちは別々の方向に歩き出すのだった。




