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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第二章 傭兵団の初仕事

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第11話 暁の脳筋団、始動!




 ソバルバイジャン伯爵領、領都ビゼット。早朝。

 ようやく太陽が地平線から姿を見せ始めた頃、俺は宿屋の前で準備運動をしていた。

 俺の横では、レインも同じように身体を解している。


 すでに領都ビゼットに滞在して二週間。

 傭兵団を結成はしたが、俺たちはまだ仕事を請け負っていなかった。


「おっし、行くぞ。」


 俺がレインに声をかけると、レインも頷く。

 そうして、日課となっているランニングに出発した。


 早く仕事を受けたい反面、正直レインの腕には不安があった。

 そのため、傭兵ギルドに顔を出して仕事を探しつつも、レインを鍛え直す日々を送っていた。


 少しだけ肌寒い朝の空気の中を、俺とレインは走る。

 すでに街の一部は動き始めており、荷物を積んだ馬車や、逆に荷が空っぽの馬車が大通りを行き来していた。

 商店では開店準備を始める店があったり、早朝から開く食堂なんかではすでに客もいる。

 そんな、いつものビゼットの街を俺たちは走り抜けた。







 街外れの空き地。


「やあ!」


 気合の入った真剣な表情で、レインが(ソード)を振り下ろした

 だが、俺は難なくそれを躱す。

 そうして躱しながら、「うーむ……」と唸る。


「たあ!」


 レインの薙ぎ払う動きに合わせ、俺は一気に距離を詰め懐に潜り込んだ。

 そうしてレインの(ソード)を持つ腕を手で押さえつつ、足を払う。


「あっ!?」


 途端に体勢を崩し、数歩下がった。

 そこに、俺は追い打ちをかけるように短剣(ショートソード)を繰り出す。


「くっ!」


 無理な姿勢で、何とか俺の攻撃を受けるレイン。

 俺はレインの(ソード)を払い除け、素早く背後に回る。

 腰帯を掴み、体重を乗せて後ろに引っ張った。


「わわわわっ……!?」


 何とか堪えようとするが、見事に横倒しになったレイン。

 すぐに起き上がろうとするも、俺に背中を踏まれてあえなく潰れた。


「はい、そこまで~。」


 俺の宣言により、朝の訓練が終わる。

 しかし、レインは潰れたままで動く気配がない。


「いつまで寝てんだよ。さっさと起きろ。」


 俺がそう言うと、レインが悔しそうな顔しながら起き上がった。

 生意気にも、俺に手も足も出ないことがお気に召さないらしい。


 とはいえ、騎士学院で少し齧っただけのレインに、俺が負ける訳がない。

 子供の頃から騎士に習い、実戦にも身を置いてきた。

 確かに俺とレインでは体格差はあるが、その程度でひっくり返されるような経験の差ではない。


「……悔しい。」


 恨めしそうな目で、レインが呟く。


「いつも言ってるだろ? 動きが固いんだよ。一つひとつの動きが、初動からバレバレだ。喰らうかよ、んなもん。」


 そう。

 レインは、とにかく動きが固い。

 決して、一つひとつの動き自体が遅い訳ではない。

 だが、如何せんぎこちないのだ。

 動きの繋がりが、動き初めが、致命的にバレバレだった。


「学院で習った型がそのまんまなんだよ。もっとスムーズに繋げなくちゃ、躱されるに決まってるだろ。」

「そんなこと言われても……。」


 まあ、学院に入学したばかりで、まだそこまで教わっていなかったのだろう。

 むしろ、一つひとつの動きをきっちり教え込む。

 そういった、初歩の初歩という段階で退学(ドロップアウト)してしまったのだ。

 入学前に行っていたという自主訓練も、結局は一人で型をやっていただけのようだし。


 今、俺はレインの訓練に付き合っているが、【加速(アクセラレーション)】も【戦意高揚(イレイション )】も使っていない。

 それでも容易に躱せるレベル。

 どうしたものか。


(……あ!)


 そうして、一つのアイディアを思いつく。


 確か、素質はありそうだが力み過ぎて結果を残せなかったスポーツ選手を、たった一つのアドバイスで劇的に生まれ変わらせたという話を思い出した。

 実際は他にもいろいろあるのだろうが、たった一つの大きなきっかけ。

 そこから様々なことが好転し始めた、きっかけとなるアドバイスだ。


 俺は意識して笑顔を作った。


「笑おう。」

「………………はい?」


 レインの目が点になった。

 何のことかさっぱり分かっていないようだ。


「力が入り過ぎてるんだよ。だから動きが固い。相手と向かい合ってる時、力を抜くのに笑ってみよう。」

「…………意味が分からないのだけど。」


 懇切丁寧に俺が説明しているというのに、レインは少しも理解しなかった。

 眉を寄せ、困り顔で俺を見下ろす。


「いいから、ほら。笑えって。笑顔笑顔。」


 俺がそう言うと、レインは何やら無理矢理笑顔()()()表情を作った。

 引き攣り、強張り、少し血糊でも付けてやれば、そのままホラー映画にでも出られそうな表情だった。

 この表情だけで、魔物や魔獣も逃げ出しそうだ。


(…………ブリキの玩具(おもちゃ)だって、これよりはマシだな。)


 ぎこちなさが半端なかった。

 俺は大きく溜息をつき、項垂れる。

 それから、真顔でレインを見上げた。


「俺が悪かった。そうだよな……人間できることとできないことがあるもんな。ごめんな、無理なこと言って……。」

「どういう意味よ!」


 俺が心を籠めて謝っているのに、あろうことかレインは怒りだした。

 そりゃ、こっちもブチギレですわ。


「そのまんまの意味だよ! ふざけてんのか、お前!? それのどこが笑顔だ!」

「何ですって!?」


 俺とレインは取っ組み合い、お互いの頬を引っ張り合う。


「んぎぎぎっ…………ははへ(はなせ)はははほう(ばかやろう)っ……!」

ほっひほほ(そっちこそ)……っ!」


 一頻(ひとしき)り引っ張り合い、同時に限界を迎える。

 相手の頬から手を放し、自分の頬を揉んだ。

 痛ひ……。


 少しの間、自分の頬をもみもみし、ちょっとだけ痛みが引いた。


「とにかく、もっと力抜け。ぎこちなさ過ぎてロボットダンス見てる気分になる。」

「ろぼっとだんす……?」


 意味が分からず、レインが複雑な表情になった。

 そんなレインに背を向け、俺は歩き始める。


「まあ、いいや。戻るぞ。遅れると朝食抜きになっちまう。」


 宿屋では、別料金で朝食が出る。

 あんまり朝早くに出発する場合は、早朝に開店する食堂を使うが、そうでなければ宿屋の朝食で十分だ。

 俺たちが泊っている宿屋は、女将はむかつくが、大将の料理の腕がいい。

 それも、あの宿屋を使っている理由の一つだ。


 俺はレインが後ろから付いてきたのを確認すると、ランニングを開始するのだった。







 宿屋では湯場を借りて汗を流し、朝食をいただく。

 そうして、俺は大将と雑談していた。


「へぇ~……、そんなことになってんだ。」


 大将は隣のテーブルの空になった皿を片付けて、厨房に下げた。


「おかげで鉱山がストップしちまったらしくてね。今はストックがあるからいいけど、そのうち材料が足りなくなるかもって、鍛冶屋とかは気を揉んでるらしいよ。」


 皿を水に漬け、大将が戻ってくる。

 大将は中肉中背の、どこにでもいそうな普通のおっさんだ。

 ただ、その表情は人柄がにじみ出るのか、常に柔らかい印象を与える。


「傭兵ギルドには仕事が出てないかい?」

「まだ見てないなあ。一応毎日顔を出してるけど。」


 鉱山がストップした原因は魔物だ。

 最近になって、鉱山で魔物が現れるようになったらしい。


 今俺たちがいるソバルバイジャン伯爵領の南端には山脈があり、そこに採鉱場がある。

 近場の仕事だし、依頼主はおそらく領主になるだろう。

 そこそこいい仕事になりそうなので、気づかないとは思えない。


(……でもなあ。)


 魔物や魔獣の討伐の仕事はあるが、実は傭兵たちからはあまり人気がない。

 理由は簡単で、非常に危険で厄介だからだ。


 とにかく魔物や魔獣は狂暴で、何をやってくるか分からない。

 一応ギルドでも情報を蓄積し、気をつけるべきことなどを事前に教えてくれたりもする。

 だが、それだって絶対じゃない。


 一年くらい前だったか、魔物討伐に行った傭兵たちが命を落としたことで話題になった。

 そんなことは日常茶飯事ではあるが、この時は少しばかり特殊だった。

 その傭兵たちは、毒を受けて死んだのだ。


 これまで、その魔物が毒を持っているという報告は一度として無かった。

 そのため傭兵たちも毒については気にしていなかったのだ。


 それでも基本的な準備として、『毒消し薬』くらいは誰でも持っている。

 しかし、あくまで念のために一つ二つ入れているくらいが関の山だ。

 依頼を受けた傭兵たちの中の一人が、命からがら逃げ延び、その情報を伝えた。


 とにかく、魔物や魔獣は生態を含めて謎だらけ。

 中には人を操ったり、寄生して乗っ取るようなのもいると聞く。

 想像するだけで身の毛もよだつような話だが、そんなのを相手にするのは少々気が引ける。

 魔獣討伐の仕事は俺も受けたことはあるが、好んで受けたいとは思わなかった。


 こうした魔物や魔獣を相手にする仕事は、大きく分けて二つに分類することができる。

 一つが山狩り。

 とにかく傭兵を大量に安く雇い、大人数で魔獣を追い立てる。

 発見すれば数に物を言わせて袋叩き。

 比較的安全で、臭い飯と寝床だけは保証される。


 もう一つは、少数精鋭で魔物や魔獣に挑むというもの。

 それなりに報酬が高いなど、待遇は悪くない。

 だが、それに見合う、若しくはそれ以上に危険な仕事だ。

 雇ってもらうにはそれなりの腕が必要で、さっきの毒の話はこれにあたる。


 だが、俺ならどこかの勢力に雇われ、加担するような仕事がいい。

 相手は人間。

 特殊な力を使う【加護】持ちは厄介な相手だが、そうそういるもんじゃない。


 報酬も悪くなく、山狩りよりは稼げる。

 ただし、いつでも募集がある訳ではないし、近場でなければ現場に行っても募集が打ち切られていることもある。

 そのため、俺は毎日傭兵ギルドで仕事のチェックをしていたのだった。

 美味しい仕事にありつくには、スピードも大事だからだ


 大将は、俺がやや渋い顔をしているのを見て、笑った。


「まあ、魔物を相手にするような仕事は避けるのが吉だよ。……人間相手も、いい商売とは言わないが。」


 そう、ちくりと警告する。

 大将は、俺が傭兵をやっているのを良くは思っていない。

 やはり危険だし、子供がそんな仕事をするなんて、と思っているのだろう。

 それでも、そのことを口にしない。

 生きていくには、稼がなくちゃならないことを分かっているからだ。


 綺麗事を食べて、生きてはいけない。

 子供がお金を稼ぐってのが本当に大変なことだと、理解してくれているのだ。

 世襲が基本のこの国では、親がいない、縁故がないってのは、死と(ニアリーイコール)だった。


(……とはいえ、ガキってのは逞しいものだけどな。)


 貧民窟に行けば、そんな子供はいくらでもいるし、みんなそれなりに食っていってる。

 まあ、スリをやったり、窃盗だったり、褒められた手段ではないけど。


 そうした子供たちに、


『人の物を盗むのは悪いことなのでやめましょう。』


 なんてほざく奴がいたら、頭がお花畑もいいところだ。

 それは、面と向かって「死ね」と言っているに等しい。

 耳障りのいい言葉で、隠しているに過ぎないのだから。

 その日一日を生き延びることに必死な子供たちにそんなことを言うのなら、代わりに食わせてやるのが筋ってもんだ。


 とっ捕まれば、袋叩きになる。

 それが分かっていても貧民窟の子供たちは、『盗む』という方法でしか食いつなぐことができないのだから。


 俺は向かいに座ったレインに視線を向けた。

 レインもたった二週間で逞しくなった。

 朝っぱらから身体を動かし、それでも食べれば動けるようになる。

 まあ、まだ苦しそうではあるが。

 すぐには無理でも、こうした生活に徐々に順応してきているようだった。


「それじゃ、そろそろ行くか。」

「…………う、うん……。」


 レインは、少々苦しそうにしながら頷く。

 俺に言われて、腹いっぱいまで詰め込んでいるからだろう。


 とにかく食べろ、と食事の度にこれでもかというくらいに食べさせられていた。







■■■■■■







 いつも通りに傭兵ギルドにやって来て、まずは掲示板に向かう。

 場所や依頼内容、期間や報酬などが書かれた依頼書が張られ、そこでまずは今ある仕事を確認する。


 興味のある依頼があれば、カウンターに行って詳細を確認。

 受けたいと思えば、現地や依頼者(クライアント)指定の場所へ向かう。


 カウンターで仕事を受ける、という訳ではない。

 あくまでギルドは今ある仕事の紹介や斡旋という位置づけだ。

 実際に依頼者(クライアント)やその代理人に会い、そこで雇ってもらわないといけない。


 そのため、行ったらすでに定員になっていて募集を打ち切られていた、なんてのはザラだ。

 インターネットで応募するなんてことはできないので、情報伝達にタイムラグがあるのは仕方ない。

 遠方の仕事ほどそうしたことが起こりやすいため、無駄足にならないためにもなるべく近場で探すのがいい。


 数人の男たちが、掲示板に張り出されている依頼を確認していた。

 俺は、まずは端の方から順番に見ていく。

 最近は毎日見に来ているので、ほとんどが昨日までに見かけた依頼書ばかりだ。


 残念ながら、この掲示板は整理などされていない。

 右の方が新しく、左の方へ行くほど古い依頼、なんてことにはなっていないのだ。

 募集の打ち切られた依頼書を剥がし、新しい依頼書は空いているスペースに張り付ける。

 それだけ。


 そのため、一々すべてを見ていかなくてはならないのだ。

 俺は見覚えのある依頼書はざっと流し、新しく張られた依頼書を探す。


「……あ。」


 その時、俺の横に並んで掲示板を見ていたレインから、何かに気づいたような声が聞こえた。


「何かいいのがあった?」

「え? ……そうじゃないんだけど、あれ。」


 そう言って、レインは一枚の依頼書を指さす。


「さっき、おじさんが言ってた話じゃない?」


 レインの指さす依頼書を見ると、採鉱場の魔物討伐の依頼だった。

 ソバルバイジャン伯爵領の南部にある、採鉱場に出現するようになった魔物を駆逐する。

 募集は六名。

 少数精鋭で挑むタイプの仕事のようだ。


(魔物は…………フレイムロープ?)


 聞いたことがない。


 そこそこ数がいるようで、そのすべてを駆逐し、ストップした採鉱場を復旧できるようにすることが求められる。

 ただし、魔物の数などは正確に把握しようがないので、想定以上に潜んでいる可能性もある。

 その場合、参加した傭兵たちの合計で百体倒せば依頼達成扱いにされるらしい。


 あまりに数が多い場合は計画を練り直し、改めて依頼を出し直す。

 そういう方針なのかもしれない。


「パス。」

「どうして?」


 俺が受ける気がないこと伝えると、レインが不思議そうな顔をする。

 これまでだって依頼書を普通にスルーしてきているのに、なぜかレインはこの仕事が気になるようだ。


「魔物ってのは、とにかく厄介なんだよ。何やって来るか予想もつかないし。俺は楽な仕事が好きなの。」

「それは、確かにそうだけど……。」


 レインは不満げだ。

 そんなレインを放っておいて、俺は掲示板のチェックを続けた。







 そうして一通り掲示板を確認し、俺は肩を竦める。

 今日も仕事がない。


 いや、あるにはあるのだが、安い護衛の仕事ばかり。

 比較的近くの町などに行く荷馬車の警護だ。

 この仕事を受けるくらいなら、その期間レインを訓練で(しご)いていた方がいい。

 もう少し実戦で戦えるようになってから、もう少しマシな仕事を受けたい。

 護衛の仕事、特に近場の町に行くような荷馬車の警護は、下手すると本当にお散歩レベルで終わるからだ。


(……俺一人だったら、受けられる仕事もあるんだけど。)


 傭兵団として受けるとなると、当然ながらレインも同行することになる。

 しかし、お散歩以上の仕事では、経験の無いレインでは少々厳しい内容ばかりだった。


(このまま仕事ができずに、ただ時間が経つってのもなあ。)


 今日明日でどうにかなるような状況ではないが、無駄に資金が減るのも気が滅入る。

 一度ティシヤ王国に戻って、徹底的にレインを鍛えるか。

 それとも、どこかで見切って、例えリスクがあろうと飛び込む方がいいだろうか。


(……実際、もう少し底上げをしてからだよなあ。)


 今のレインの腕では、やはり厳しい。

 せめて、あの()()が取れてからでないと、実戦は無理だ。


 俺は、この後の訓練の負荷を上げることを考えつつ、レインの方を見る。

 レインは、未だに先程の依頼書を見ていた。


「レイン。帰るよ。」


 俺がそう声をかけると、情けない表情をしたレインがこちらを見る。

 どうやら、あの採鉱場の依頼が気になって仕方がないらしい。


「はぁぁ~~~~~~~……っ。」


 俺は肩を落とし、盛大に溜息をつく。


「あのな、自分の腕を考えて仕事は受けような。」

「それは……分かっているんだけど……。」


 レインは依頼書をちらりと見て、しょんぼりする。

 俺は頭をがりがりと掻いた。


「断言してやる。死ぬから。今のレインがこんなの受けても、絶対に死ぬ。」


 そうして、腰に手を当てて、フンと鼻を鳴らす。


「それに、雇ってもらえると思ってんのか? その手の仕事はそれなりに腕を要求される。そもそも雇い主が雇わねえよ。」


 そう俺が言いきると、レインは増々しょんぼりする。

 それでも、ちらちらと依頼書に視線が行っているのが分かった。


 俺は首を振り、大きく息をつく。


「分かったよ。話だけでも聞けばいいさ。」


 この()()()()()め。

 俺はカウンターに視線を向け、依頼の詳細を確認するように提案した。


 途端に、レインが笑顔になる。


「いいの!」

「良かねえよ! レインが聞かないから、仕方なくに決まってんだろ!」


 俺がそう言うと、再びしょんぼりした。

 そんなレインを放置し、俺はさっさとカウンターに向かった。

 レインは、慌てて俺の後をついて来た。


 そうして、空いているカウンターで、係の女性に声をかけた。


「今日張り出されたらしい、採鉱場の依頼の詳細が聞きたいんだけど。」


 俺がそう言うと、係の女性はカウンターの中で書類を探す。

 そうして、説明を始めた。

 とは言え、内容的には依頼書と大して変わらなかった。


「フレイムロープってのは、どんな魔物なんです?」


 俺にとっては、気になるのは討伐する対象の情報だ。

 まあ、ここで確認した以外の攻撃をしてくる可能性もあるが、まったく知らないよりは知っておいた方がいい。


「フレイムロープというのは、細長い魔物です。かなりの長さで十メートル以上のものがほとんど。長ければ三十メートルを超える個体もいます。」

「三十メートル……。」


 それは本当に長い。

 どうやら、蛇によく似た魔物ようだ。…………いや、ミミズか?

 だから、フレイム()()()

 名前の由来は、その見た目かららしい。


「全身が弱い炎に包まれています。弱いと言っても、触れれば十分火傷しますので、巻きつかれたら……。」


 係の女性が、微かに眉を寄せる。

 仮に十メートル級であっても、全身をぐるぐる巻きにするには十分な長さがある。

 つまり、全身火傷確定だ。

 回復薬(ポーション)で治せるとしても、かなり厄介な魔物であることが分かった。


 俺は、横で話を聞いていたレインを見上げる。


「分かったろ? かなり危険な仕事だ。基本的に魔物ってのは厄介なのが多いんだよ。」


 そう諭すが、レインは口をへの字にして黙っていた。

 何をそんなに意固地になってんだか。


 俺が呆れたように見ていると、レインは係の女性に尋ねた。


「あの…………採鉱場が止まっているんですよね? いつからですか?」


 ん?

 採鉱場?


 レインに聞かれた係の女性は書類に視線を落とし、確認する。


「一カ月くらい前からですね。最初は近場の支部で依頼を出していたのですが、この手の依頼はあまり人が集まらないので……。」


 それで最近、募集範囲を広げたらしい。

 帝都などの大都市なら、それでも六人くらい簡単に集まっただろう。

 しかし、辺境の町では厳しかったようだ。

 伯爵領の領都にまで募集を広げて、何とか早急に片付けたいという考えらしい。


 傭兵たちからすれば、おそらく『駆逐』というのがネックなのだろう。

 多少強かろうと、一個体を討伐するような仕事の方が、好まれるのは確かだ。


(一カ月ね……。レインが気にしていたのは、そこか。)


 別に、死にたがって危険な依頼を受けたかった訳ではない。

 採鉱場が止まれば、そこで働いていた鉱夫たちの生活が立ち行かなくなる。

 それは、鉱夫たちの家族の生活が破綻することを意味する。


(世のため、人のため、か……。)


 元々、そういう仕事がいいと言っていたことを思い出す。

 しかし……。


(こういう、使命感に燃えちゃうタイプってのが一番厄介なんだよな。…………ある意味。)


 俺は渋い顔をしてレインを見る。

 すると、レインも真っ直ぐに俺を見た。


「……………………。」

「……………………。」


 言葉はない。

 それでも、レインの表情を見ていれば分かる。

 今のレインの顔は、初めて会った時のようだった。

 干ばつを止めるためにティシヤの王城にやって来た、あの時の思い詰めたような表情だ。


 俺は増々顔を渋くする。


「…………受けたいのか?」

「…………うん。」

「ちっ。」


 遠慮なく、思いっきり舌打ちする。

 それでも、レインはまったく気にしない。


「リコ。」


 レインの紫の瞳が、真っ直ぐに俺を見る。


「あぁーーっ、もうーーーーっ……!」


 俺はがりがりと頭を掻きむしった。


「死ぬぞ! 絶対に死ぬからな!」


 だが、レインにこんな脅しは効果がない。

 むしろ、逆効果かもしれない。

 死にたがりというのもあるが、何より俺への支払いを踏み倒せるからな!


(くそっ……何でこんな仕事をわざわざ……。)


 それでも、本人(レイン)がやる気になっている。

 なら、行くだけ行ってみるか?


(俺自身、魔物との戦いに慣れている訳ではないんだが……。)


 俺は俯き、逡巡する。

 そうして、じとっとした目でレインを見上げた。


「自分の身ぐらい、自分で守れよ? 俺だって自分のことで精一杯なんだ。」


 俺が苦々しくそう呟くと、レインの表情がパァァー……と明るくなった。


「うんっ!」


 元気いっぱいに頷くレインとは対照的に、俺は頭を抱えて見悶えるのであった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] わー、大っ嫌いなタイプのヒロインだった。 そしてそのわがままを聞く無謀なヒーロー。
[気になる点] この子は、自分の決定が仲間を死地に追いやることは 理解しているのかね?自分の能力も理解してないようだし・・・('ω')スン
感想一覧
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