1-4:雨と刺客2
「かくかくしかじか」
「がってんしょうち」
事情を説明したところ、塔まで運んでもらえることになった。さすがは魔法少女。善性の権化だ。
「さぁ、乗って」
地面にしゃがみこみ、おんぶの態勢をとるランドグリース。戦闘服のデザインの関係で大体に晒された華奢な背中に、ボクは遠慮なくおぶさった。
「しっかりつかまっててね?」
「イエスマムっ」
元気な返事を聞き届けたランドグリースは、渾身の力で地面を蹴った。一瞬でトップスピードに達した彼女は、雨で滑るデコボコ道など物ともせずに通りを駆ける。
最早「突風」なんて例えじゃ生温い。ミサイルのごとく市街地を突き抜ける最終兵器魔法少女。叩きつけてくる雨風は石つぶてだ。めちゃくちゃ痛い。
*
ゴミ山には一瞬で到着した。
だけどボクは魔法少女に背負われたまま、降りるタイミングをうかがっている。
それというのも、すべては独断専行した隣人達のせいだ。ボクを置いてきぼりにした森野さんとレヴィアさんは、こちらなんてお構いなしに仲良くバトルを繰り広げている。
いつものケンカ……じゃあない。いくら犬猿の仲の二人とはいえ、ゴミ山に穴があくようなヤンチャはしない。ボクの知る限りの彼らの能力では、地形を変えるほどの衝撃なんて起こせるはずがないんだ。
では一体、この街の象徴をボコボコにしてくれたパワーファイターは誰か?
そんなの一目瞭然だ。
戦場と化したゴミ山に存在する人物は五人。ボク、ランドグリース、森野さん、レヴィアさん、そしてもう一人。
もうわかったよね?
単純明快な消去法によって導き出された犯人は、市街地きっての武闘派二人を同時に相手にしながら、余裕の表情を浮かべている。
純白の翼で力強く宙を舞い、ライフル銃の一撃を難なくかわし、濁流と見紛うほどの雨の弾幕すら軽くはね返して、銀の髪を振り乱しながら、反撃の火球を放つ有翼の女の子。市街地に住む人は大体把握しているけど、初めて見る子だ。殺伐とした状況さえ頭から追い出してしまえば、その姿はまるで天使。とどのつまり、現実を素直に受け入れたボクの目にうつる彼女はおっかない【死の天使】だね。
「いくら攻撃してもムダ」
脳天目がけて飛来した弾丸を片手でいなし、天使は無表情に言い放った。
「ちぃッ……! ちょこまか動きやがって! テメェは羽虫か!」
「虫はあなた」
舌打ちする森野さんに向かって、カウンターの火の球が放たれる。
火球なんて言い方は生やさしいかも。あれは隕石だよ。横合いにジャンプにして間一髪で避けたけど、寸前まで森野さんがいた位置には見事なクレーターができあがっている。この調子でバカスカ撃たれたら、この街はお月様みたいになってしまう。
森野さんはヒグマだけど。
「死ぬかと思ったぜ!」
「大丈夫。この街で死人は出ない」
「殺す気はあるってことだろぉが!」
「……? なぞなぞは好きじゃない」
「カマトトぶってんじゃねぇ!」
「カマボコ? おいしそう」
「死ねぇ!」
噛みあわない会話にしびれをきらし、森野さんは機関銃のトリガーに指をかけた。フルオートで放たれた弾丸が、雨アラレと天使へ襲いかかる。だけど当然、おとなしく的になってくれるようなタマじゃない。
「だからムダだってば」
天使は即座に逃げの一手を打った。翼を羽ばたかせ、ヒョイと身をひるがえす。
……しかし、しかしである。ボクの愛すべき隣人達は、やられっぱなしじゃあ終わらない!
「なっ!?」
天使が逃げた先に、狙いすましたように水鉄砲が飛んでいく。今まで涼しい顔をしていたおきれいな顔に、焦りが生じる。紙一重で避けたものの無理に方向転換したせいで、天使は大きくバランスを崩してしまった。あわや墜落か? ……と思われたが、ギリギリのところでなんとか持ち直す。惜しいなぁ。これはまごうことなき強敵だ。
「私のことを無視するんじゃないわよ!」
追撃をしかけたのは、もちろんレヴィアさんだ。恨み言を呪文のように連ねながら、扇の先に魔力を集中している。練りあげられた神秘の力は、とめどなく降り注ぐ雨粒を吸い込み、大きな水球を形成した。
何度も言うが、レヴィアさんは水を支配下に置く魔王。雨天時は怖い物なしだ。それが返って、天使の強さを物語っているともいえるけど……。
「トリアイナ!」
凛とした声が技名を唱えた。号令を受けた水球はグワリと波打ち、水の槍を射出する。目にも止まらぬスピードで立て続けに二本、三本と放たれた矛はしかし、かすり傷すらつけられずに全て華麗にかわされた。
「技名を言わなければ当たったんじゃないかな?」
「ヤボなこと言っちゃいけません」
素朴な疑問を口にすると、ランドグリースにたしなめられる。そういえばボクは今、魔法少女の背中にいるんだった。とんだ無礼をはたらいてしまったなぁ。失敬失敬。
「はい! ごめんなしゃへぶふっ……!?」
謝罪を口にしようとしたボクは、盛大に舌を噛んだ。流れ弾ならぬ流れ火球を避けるため、ランドグリースが跳びあがったからだ。悶絶するボクの眼下に新たな穴があく。
ついに巻き込まれてしまったか。えらいこっちゃである。
「もうあきらめたら?」
涙で滲む視界に、悠然と浮遊する天使が入りこむ。淡々と落とされた言葉は、ある種の勝利宣言だ。悔しいけど、ここまで一方的にやられたんじゃあ、受け入れざるをえない。ボクの愛する隣人達は、もう十分に戦ったと思う。これ以上の戦闘は無意味だ。
「ひょりのはん、れうぃあはん、ほうはんひひょう!」
「なんて?」
ボクは痛みをこらえ、降参すべきと進言する。
しかし、所詮は弱者の戯れ言だったようだ。
「残念だけど、私は執念深いのよ!」
レヴィアさんは凄絶な笑みを浮かべた。青いドレスの裾を波のようにひるがえし、細腕に握られた扇がたおやかに空を薙ぐ。ゆるりと半月を描いたそれは、鋭利な音をたてて口を閉じた。
するとどうだ。天使の脇を通り過ぎたはずの三本の槍が空中でターンして、音もなく戻ってきたじゃないか! さしもの天使もこの不意打ちは予測できていなかったらしい。片翼を貫かれ、とうとう地へ落ちる。これは奇跡だ。……いや違うか。数々の死闘をくぐり抜けてきた女王様の、堂々の作戦勝ちだ。
それでも二本はかわされたのだから、あっぱれと言うほかない。野性の勘か、はたまた第六感か。舌を巻くほどのすさまじい反応速度だった。ランドグリースもうなっている。
「よくやった蛇女! たまにはやるじゃねぇか」
「うるさいわよクマ。そっちこそ、手を抜いてたんじゃないでしょうね?」
「誰かさんに花持たせてやったんだよ」
「ごまかそうたってそうはいかないわよ?」
「めんどうくせぇ女だな」
「あなたが怠惰なだけじゃなくって?」
勝利の喜びを分かち合う森野さんとレヴィアさん。
「ひどいよ二人ともっ!」
ランドグリースの背中から跳び降りたボクは、二人に向かって駆け出した。
水を差すのはしのびないけど、約束を破ったこと、ボクは忘れてないんだからね! 針千本じゃすまさないぞ!
……いやー、それにしても、ようやく地面に足が着いた。ランドグリースさんお疲れさまです。本当にありがとうございました。