神楽遊は俺とは違う。
始業式の次の日、今日から高校生活の日常が始まる。
日常と言っても、最初の授業だから説明ばかりで、まだ日常感は感じられないが。
そんなこんなで昼休みを迎える。
辺りを見回すと何人かは既にグループを作っているようだが、ほとんどが1人で昼食を食べるようだった。
まだ大丈夫なようで良かったとほっとする。
どうやら明日の総合のタイミングでコミュニケーションを図るためのレクリエーションが設けられているらしいので、そこまではそんなに焦らなくても大丈夫そうである。
おもむろに1人で弁当を開けて食べようとすると聞き覚えのある声が俺の名前を呼ぶ。
「通〜!良かったら私も一緒にご飯食べてもいい?」
そう言って恵が近寄ってきた。彼女も人気者とはいえまだクラスにイツメンのような人はいないのか1人だったみたいだ。
それにしてもそこそこにかわいい女の子が俺みたいな平凡な男とご飯を食べるだなんてクラスの中で目立って仕方がないじゃないかと断れる理由を必死に探した。
「う、うん。全然大丈夫」
断る理由が見つからずまぁ小心者の俺が悪いだけであるので承諾した。
今度こそ食べようかとしている時に廊下から視線を感じてそちらを見てみる。
「あ!通〜!てか桜坂さんもいるじゃん!良かったらなんだけど俺も飯一緒していい?」
そう言って教室の外から入ってきたのは神楽遊。俺とは中学で3年間同じクラスで仲良くしていた親友とも呼べる男だ。
「うん、全然いいよ。むしろ助かるよ。恵も大丈夫だろ?」
「うん!全然大丈夫だよ〜!」
そう言って3人になった俺たちは今日の授業やら学校の話題を話し始めた。
ん?
何かを感じて当たりを見渡す。
知り合いの安心感で忘れていたが、クラスの注目の的になっていることに気づく。
それはそうだ。かわいい女とそこそこに陽キャな他クラスの男が平凡男の机を囲んでご飯を食べているのだ。目立たないわけがない。
安堵感を羞恥心が蝕んでむず痒い気持ちになった。
「そういえば神楽くんは、もう入る部活決めた?」
そんな小心者の心の叫びはそこそこに話題は部活動の話になっていた。
「俺はちょっと仕事みたいなことがあってさ、部活はできないかな〜」
遊は昔からスポーツからゲームまで幅広い分野が万能で顔もそこそこ整っているから俺の上位互換かと思っていたが、彼にもしっかりとやりたいことはあったらしい。
俺とは違う人種のようだ。
「へぇ〜、どんなことしてるの?私神楽くんとは学校で話す程度だったから知りたいな〜」
「え〜っとね、まぁ動画関係の仕事なんだけど、動画とか音楽とか編集する感じなんだよね」
「え!私も動画編集してるの〜!今度どんな人のやつやってるとか教えて欲しいな〜」
「う、うん、機会があればね」
2人とも似たようなことをしているのか。
しかし、遊のやつとは音楽の話なんてしたこともなかったし、音楽が好きだなんて聞いたこともないから少し意外だった。
「俺は動画編集とかよく分からないんだけど2人のやってることって具体的にはどんなことなの?」
少し気になったため聞いてみる。
「えっとね、私たちはより動画を面白く見せるために動画の要らない部分だったり面白くない部分をカットしたり、テロップって言われる文字を入れたり、アニメーションやBGM、動作に合わせて効果音を入れたりしてるんだ」
「なるほど、動画の味付け的な役割を担っているのか」
頷く恵と、変な笑みを浮かべながら頷く遊。
そうか、2人ともしっかりとやりたいことを見つけて自分から動いているんだ。
自分にもそんな風に思うものがこの高校生活で見つかるのだろうか。
自分の目立たず生きるというモットーとは程遠いものだと感じつつも、昔の俺の思いが心の奥底で叫んでいるのがわかった。
チャイムがなって、午後の授業を合図する。
何となく外を眺め、少し遠ざかってしまった彼らのことを考える。
とりあえずは明日のレクリエーションで頑張ることを考えなければと思い、ふと我に返って授業に集中した。
授業時間もあと数分という時に俺のポケットの携帯のバイブレーションが響く。
こっそりと先生にバレないように画面を見る。
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白川ましろ初のオフラインイベント!
豊洲PITにてワンマンライブ決定!──────
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俺の推しが大きな会場でライブをするらしい。これは行かなければとソワソワしながら今日の学校は終わった。