桜坂は陽キャだよ。
美しい白い髪と豊満な胸。エメラルド色の輝かしい瞳とどこか人に1目置かせるような独特のオーラ。
「(あ、さっきの子だ。)」
頭の中で彼女があの人であると理解する。なんて美しい人なんだ。ただただそう思った。
彼女は1人で何かを書いているようだった。
周りには目もくれず黙々と何かを書いている。
ここで声をかけたりなにかが起こったりするのがラブコメの常套句であるが、俺の高校生活は平凡である。何も起こるはずがない。
だからこのまま下校するため足を進めた。
「ねぇ、通!?」
そう言われて肩をポンポンと叩かれる。
「同じクラスだったんだね!一応1年よろしくね〜!」
そう言って彼女、桜坂恵は俺に声をかける。
「ああ、よろしくな。しかし相変わらず陽キャだな恵は。俺は今年も話しかけには行けなそうだよ」
「そんなことないでしょ?全然頼ってくれていいのに〜。同じ中学の子もいないみたいだし」
「それもそうか。まぁ機会があれば」
「それ絶対話してくれないやつでしょ!?も〜」
こういう気遣いが人を勘違いさせるのだ。俺も小学生の頃はこいつのことが好きだった。でも本当に思いを伝える勇気なんてなく大人になるにつれその気持ちも薄れて行ったのだ。彼女は誰にでも優しく明るい本当にいい子なのだ。
俺が幼なじみという有利ポジを埋めてしまっているのが申し訳ないくらいモテると思う。
うんうん、ゴメンなみんな。俺はこの子とお風呂に入ったこともあるんだ。ごめんな。
そんなことを考えながら恵と歩いていると、恵が隣のクラスを見て言う。
「あーあの子!もしかして首席で入学したのに、代表挨拶を断ったっていう神崎雪姫ちゃんじゃない?隣なんだ〜」
ああ、彼女は神崎さんって言うのか。それにしても成績も優秀であったとは。何か書いているみたいだし勤勉なんだな。きっと家庭も裕福なのだろう。俺には遠い存在であることを再確認した。
ありがとう恵よ。これで俺は勘違い系ラブコメ主人公にならずに済むよ。
そう頷きながらその場を後にする。
恵とは家が近くであるからこのまま一緒に帰ることにした。
「通って、このまま高校でもサッカー部に入る感じ?」
「いや、俺はそんなに上手いわけでもないしな。とりあえず様子見かな。友達がサッカーやるって言ったらやるし文化部に入るって言ったら文化部かな」
「そうやってみんなに合わせてなんでもそれなりにできるのはさすがだよね通は。」
「いや、そんなことないって。いつも中の上も行かない中途半端な努力しかできないだけだって。」
本当にそうだ。俺はなんでも人並みにはできるからこそその自分に満足してしまうのだ。努力しないことをそれなりにできるからという理由で肯定してなにかに熱中するということを未だできずにいる。
「昔はさ、通って「普通はゴミだよ。社会の恥だ!」とか結構尖ったこと言ってたのにね(笑)」
「俺も変わったんだよ…。大人になったんだ」
本当に大人になったんだ。
──────2年前──────
「通!お前なんか死ねよ!」
そう言って俺に蹴りや殴りを入れてくる4人。友達はそれなりにいたが、それとは別に恨まれることもしばしばあった。
生徒会だとか文化祭の実行委員だとかそういう代表になることが楽しくその当時は自分から前に出ていた。
それが俺が恨まれる原因である。
長男というのもあるだろうが周りの変なやつだったりめんどくさいとの関わりがあまりうまくない自分は、表に出ることでそういう奴らからあまり好かれなかった。
そればかりかあまり体格も恵まれなかったため、こうして殴られることが多いのである。
この時期を境に表に出ることは辞めた。
──────────────
ふと恵にも聞こうと思っていたことを聞く。
「お前は吹奏楽やんの?自己紹介ではやるとか言ってたみたいだけど」
「うーん、どうしようかなって感じ。まだ悩んでるんだよね〜。私他にやりたいことがあってさ。そっちに集中したいかも」
彼女が集中したいことってなんだろう。新しいことに興味を示して前に進んでそれをするために他を捨てる。
俺にはできない選択だなと思った。さすが恵って感じである。
「さすがだな恵は。ところでやりたいことって?」
「動画編集なんだけど、最近結構ハマっててね〜バイトみたいな感じでお金も稼げるしいいかなって」
「あーそっか恵は、昔動画上げてたもんな。そっち系には詳しそうだしいいと思うよ。頑張って」
彼女は小学生の頃ワラワラ動画に踊ってみたというジャンルで動画を投稿し、小学生なのに凄いと少しの間ネット界隈で話題になったちょっとした有名人なのだ。
しかし突然彼女は投稿をやめた。何故なのか俺も分からないし、聞こうともしたことは無い。
「じゃあまた明日ね!」
そう言って彼女と俺は別れた。鍵を開けて家に帰るとベッドに寝そべりワイtubeを見始める。
俺が最近推しているVtuberの白川ましろちゃんの配信があるからだ。
「みんな〜こんにちは〜!今日は雑談で〜す」
彼女はVtuber界隈でも最近急上昇して100万人もの登録者も抱える人である。自分はバズる前に見ていたため少しだけ誇らしい気持ちになる。
「今日はたくさんみんなのために直筆ポストカード頑張ってきたよ〜。疲れた〜」
そうかポストカードの発売日が近かったな。
この人の直筆ポストカードは本当に手に入らない。それは100万人も欲しい人がいると考えれば100枚でも直ぐに売り切れる。
「来年はもっと沢山書く予定だからよろしくね〜!みんなに届くように頑張るよ〜」
彼女のこういうところが好きで応援している。ただでさえなんでもできるのにその到達点に満足せず前に進み続けるのだ。
そんな彼女に人は魅せられ動かされるのだ。自分も何かしようと、そう思うのだ。
でも自分はそう思っても続けることは出来なかった。
だからこそ彼女の努力の行く末を見てみたい。そんな思いも加わって彼女を応援している。
その配信を見ている時、救急車のサイレンが家の近くを通り過ぎる。
その数分後彼女の配信から救急車の音が聞こえる。
「ん?もしかして…」
そう思ったが、そんなわけない。明日から新生活だ。とりあえず友達を作ろう。そう思って俺はこの配信を見続けた。