49 最終話 弘子「夢幻のごとくなり……か。」
私は、もう少し文献を調べたいという蛭尾教授と別れ、大学の図書館を出た。
ベンチに腰掛け、そのまま空を見上げた。
青空に白い雲が浮かんでいる。
信太朗夫婦も、今頃、同じような空を二人で見上げているのだろうか。
蛭尾教授の説では、歴史の修正力とやらで、自分に弟がいたという記憶もやがて薄れていくのだという。
さみしい、と思う気持ちと同時に、ホッとしている自分がいる。
大学受験を控えた大事な時に、両親のが事故死してしまってから今まで、10歳と年下の信太朗の面倒を見るのは私の役目だった。
そのしがらみが、今日無くなった。
私は、弟の存在を、しがらみだと、邪魔な存在だと思っていたのだろうか?
いや、そんなことはない。
むしろ弟を保護しなくてはということを言い訳にし、自分の行動に都合よく制限をして、生きてきたのではないだろうか。
信太朗のために勉強して、信太朗のために研究に没頭して……。自分の女性としての喜びにふたをしたい言い訳にしてきたのではないか。
信太朗は、彼女と出会うことで、私の呪縛を解き人生の意義を見つけた。
敦盛は、信太朗と出会うことで、平家一門のしがらみを外で、女といて生きていく勇気を得た。
あの時代の、本来不遇に終わった武士たちもそうだ。
私も、彼らのように、一度しかない人生を、しがらみ無しに生きてみようか。
ずっと保留していた、あの人のプロポーズに対して、本気で向きあってみようか。
「夢幻の如くなり……か。」
私は、信太朗や敦盛のことを覚えているうちに、彼らの事をいつか物語として書き残そうと思った。
題名は、そう「青葉の笛」なんてどうだろうか。
そんなことを考えていると、研究所の所員が私を呼びに来た。
「熊谷先生、研究室にお戻りください。」
私は、ゆっくりと微笑んで、立ち上がった。
そして、次の休みには、埼玉に戻って、名物熊谷笹団子とやらを食べに行こうと思った。
青葉の笛 完
追記
那須与一宗隆
弓の名手。源頼朝に仕える。彼の開発した新式の石弓『くろすぼう』は、後の元寇の際大いに役立ったという。浄土宗の法然に深く帰依したが、生涯出家はしなかったという。長生きで有名で、98歳まで生きたと伝えられる。
曾我十郎祐成
刀剣の名手。源頼朝の近侍として仕え、富士の巻狩りの際に頼朝の命を狙った刺客を一撃で討ち武名を上げ御家人となり、父の旧領を継ぐことを許され、河津氏に名を戻した。
敵としていた工藤祐経とは和解し、ともに頼朝政権を支えたと伝えられる。
曾我五郎時致
曽我十郎祐成の弟。熊谷次郎直実に仕えた。『熊谷家日記』とされる。また、実は女性であり、那須与一宗隆に嫁いだという言い伝えもある。
熊谷次郎直実
武蔵国の御家人。源平の戦いで功を上げる。源平和議後は、嫡子小次郎直家とともに、農地改革に取り組み、熊谷郷を一大農産地に変えたという。
また、音曲を好み、彼の住む熊谷郷では、しばしば笛の美しい音が流れ、人々の耳を癒したとも伝えられる。
終
この物語はここで完結します。
なにぶん初めて書いた小説で、お見苦しい部分ばかりかとは思いますが、ご容赦ください。
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小説を書くにあたってアドバイスをいただきました、田島はる先生と加藤良介先生に感謝の意を表します。
ありがとうございました。




