第一話
星の意思に選ばれた現女王ルキアが女王の玉座についてダーク・ジェイル城内の時間で1ヶ月が過ぎようとしていた。
この城の外、聖域外は時間の神・アイオーンの加護の下にあるために時間の過ぎ方は一緒ではない。
聖域内と聖域外で見られる天気や自然の風景が、正反対なのは3代ぶりだと歴史書に残されることになる。
それでも、時間は止まることは無い。現女王が破壊の能力を制御できない壊れ逝く星の中でも…。
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やまない雨が、星中に降り続いている。
そんな悪天候の中、緑の生い茂る深い深い森の入り口に1台の車が止まった。ここから先には車が入れる道は無い。
車を運転していたのはユウガ・フィリアードであり、その隣にはリオン・アンジェルの姿があった。ユウガが車のエンジンを止めてから先に下りるとリオンと一緒に入るための白地の、淡いピンク色や白色のリボンとレースがふんだんに使われている大きいサイズの傘をさし、リオンの乗る方へと車の後ろからぐるりと回るとリオンが下りやすいようにドアを開けてから右手を差し出した。
「ありがとうございます」
ユウガから差し出された手を嬉しそうに受け取ると、リオンは車から下りる。そしてユウガはナイトさながらにエスコートをして車のドアを閉めた。
ここから先は“招かれざる客”は強い結界に弾かれて中に入ることは許されない。そんな場所に2人は足を進める。
「リオン、そこの木の根が出てるから気をつけろ」
「私これでも星立の軍校で空軍を専攻する予定だったのですよ?」
心配しなくても大丈夫だとリオンはユウガに笑って見せる。
リオンが星の意思によって暗闇の星の女王に選ばれたのは聖魔ライトシャイン学園の高等部3年の時だった。卒業まであともう少しであり、将来は軍でマジシャンとしての力を発揮しようと思っていたところに当時の先代の女王が現れたのである。
「懐かしいな、オレもその頃は第二軍校に通ってた」
今とは違う、学校体制…聖域の内と外では全く違う時間の流れは残酷にも感じる。女王とナイトの役目が終わり、時間の神・アイオーンの支配下に戻った時にはもう…家族も友人も、自分を知る者達は誰もいない。
「今からでも聖霊魔術学院に入学しようかしら?」
「リオンの実力じゃ教師陣が恐縮するんじゃないか?いろんな意味で…」
そんな意地悪な言い方をするユウガにリオンは納得いかないわ!と言うように頬をプクリと膨らませた。
そうこうしているうちに雨は突然止んで、辺りは淀んだ空気など存在せず晴れわたっている。どうやら無事に結界の中に入れたらしい。ユウガは雨をサッと払ってから傘を閉じた。
「よく来たな、2人共。まあ、ここに移り住んでから客が来るのは珍しいことだ」
そう言いながら出迎えてくれたのは李空・テンペストーソ・リソルート。とても綺麗な空色の髪と瞳、彼は先々代の女王のナイトだった男である。
ここはリオンとユウガの住む屋敷と同じで、役目を終えた女王に用意された土地である。リオンの屋敷と同じく、残った女王の能力と白の霊力で張られている結界だった。そして、奥に見えてきた大きな大きな大樹と、その隣に建てられた小さな家が見えてきた。
「茶を用意してくるから、適当に腰掛けていてくれ」
大樹の傍にはゴシック調のデザインのテーブルと椅子があった。そして、それよりも目に付くのは黒い色の四角い棺だった。蓋になる部分は無いようで、その中にはリオン達のもう1人の尋ね人であった“ルキリア”の姿がある。
それを見て驚いたリオンは慌てて、家の中に入って行こうとしていた李空を呼び止めた。
「あの、李空さん…!?」
「これはいったい、どう言うことですか?」
リオンとユウガの驚きすぎている顔が面白くて、それでいて“説明”を忘れていた李空は何とも言えない顔で笑った。2人が言っているのは“棺の中で眠るルキリア”で間違いないだろう。もうこれが日常の李空にとっては慣れたことだったが、初めて訪ねて来たリオンとユウガにはインパクトが強すぎただろう。
「気にするな。寝てるだけだから」
李空が心配ないと苦笑している。子供達が結婚したり独り立ちして巣立った後、突然に何処からか棺を取り出したかと思うと…“これから棺で寝るね”と言ったルキリアには長い付き合いの中でも一番驚かされて、なんて言っていいか分からずに言葉が見付からなかったことを思い出して、更に笑いが込み上げてきた。
「笑い事ではありませんわ」
「確かに寝てるだけみたいだけど…」
怒るリオンの代わりに棺の近くに寄ってそれを確かめたユウガは、リオンの前の女王のだったルキリアさんを思い出しては李空と同じように苦笑した。ナイトの説得に来た時と引き継ぎで少しの間だけ城で話しただけだったが…ちょっと子供っぽいというか、変わっている人だった。
「大丈夫だ。おれ達の声はルキリアに聞こえてる。残った女王の能力で地獄耳だからな」
「李空さん!そんな言い方しないでください!!」
リオンの勢いに押されて李空は言い方が悪かったとすぐに謝ったがリオンは更に眉間にシワを寄せる。すると、ルキリアの結界でいつも穏やかに調整されている空間に突然に風が吹き抜けて3人の頭を撫でた。
「ルキリアが笑ってる…それに、たぶんお前らを早くもてなせって言ってるんだろうな」
李空はそう言って笑うと、今度こそお茶の準備をしに家の中に入っていった。リオンはそれを見送るとユウガは手伝ってくると言って李空の跡を追い掛けて行った。リオンは分かりましたと返事をして微笑み、棺の中に眠るルキリアの側へ歩み寄った。
ここは外とは違い安全は保証されている。女王の玉座を下りて生きる元女王の結界の中は、首都であるライトシャインの聖域、女王の城であるダーク・ジェイルの次に安全が保証されている場所になるだろう。そのためユウガがずっとくっついて側でリオンを守る必要はない。
「ルキリアさん、私も無事に女王の玉座から下りることができました。ですが、現女王であるルキアさんが心配です…」
リオンの言葉に返ってくる言葉はない。それでも“聞いてくれている”と感じながらリオンはお茶の準備ができるまでルキリアにたくさん語りかけた。
そこには、美しい姿で眠り続ける“黒き眠り姫”と翼をはためかせてから羽を閉じる天使の姿があった。
紅茶の入ったティーカップを口に運んで一息ついたリオンは、現女王のナイトについて話していた。先程まではなかなか見付からない女王探しについての話という名の愚痴だったが、今話しているのは“どうしてナイトをしてくれないのか”という愚痴だ。リオンが選んだナイトは2人ではない。3人だ。1人ナイトの任を断った者がいる。
「そうなのか?ナイトも女王と同じで決まっているところがあるのになぁ」
そう言っているのはクッキーを手にした李空だった。ユウガはアーモンドののったクッキーにかじり付きながら李空の言葉の意味を理解できずにいた。
ティーカップをソーサーに戻したリオンに、李空はこれも食べろよとカラフルなマカロンののった皿を持って差し出した。
「わ〜可愛いですね。ありがとうございます、李空さん」
「李空さんってルキリアさん以上に甘い物好きでしたよね…」
甘いお菓子などが得意ではないユウガは、目の前で砂糖の入った甘めの紅茶と甘いお菓子を堪能する2人を見ては、甘いお菓子にはほとんど手を付けずにストレートティーばかりを飲んでいる。本音を言えば濃いめのブラックコーヒーが飲みたい、がルキリアさんも李空さんも紅茶派なためにここにはコーヒーが存在しない。リオンも紅茶派のために俺は肩身が狭い。
「ルキリアの好きなものは何でも好きになりたいからな」
気付いたらおれの方がハマってることなんてよくある、なんて李空は笑い話をするとリオンも笑顔になる。そのためユウガも釣られて笑っていると、李空が不意に顔を上げると先程リオンとユウガが歩いてきた方向に顔を向けた。
「こんなところに来るのはお前らと、あいつくらいだな」
李空の視線の先にはこちらの方へ近付いてくる人影があった。役目を終えた女王であるルキリアの結界内に入れる者に対してそこまで警戒する必要なんて無いと思いながらも、ユウガはいったい何者かとリオンを守るように席を立つ…直感的に警戒せずにはいらっれなかった。
「お前はいったい何者だ?ナイトの任を断っておいて…何故この場所を知っている?」
「ちっ、前女王…」
お互いの存在を認めた時に、ユウガと緋友は嫌悪感を示した。リオンはただ驚き、李空は“よく来たな”と嬉しそうに出迎えている。
オレの質問に“答えろ”と、ユウガは緋友を睨み付ける。それに対して緋友も物凄く嫌そうな顔をしてユウガと前女王であるリオンを殺気を込めて睨み返した。
「質問に答える義務はないよ」
「やるのか?お前みたいなガキが!」
リオンにも殺気を向けられたことでユウガは緋友を更に殺気を放って前に出た。緋友も“やれるものならやってみろ”と云うように右手を胸の前位の位置に上げると、強く握りしめた拳に黒の魔力を纏わせた。
それを見てユウガは一瞬の驚きと、好戦的な不敵な笑みを浮かべて怒鳴る。
「マジシャンごときが!」
ユウガのその言葉を合図に、2人は一瞬の内に距離を詰めるとお互いの顔面をめがけて殴り合う。
身体能力が優れる鬼という種族として生まれ、その中でも実力は上位に当たるユウガ・フィリアードはリオンのナイトとして更に己を鍛え上げている。それに対して生まれ持った白と黒の才能を併せ持つ宮城緋友は聖霊魔術学院でも間違いなく他に類を見ない優秀な生徒である。
そんな2人の戦闘は、お互いの攻撃に当たること無く、それでいてお互いが一撃を入れることもできずに地上戦から空中戦へと切り替わっていた。
「やめてください!ユウガ!!」
リオンが2人を止めようと声を張り上げるが彼らは止まらない。痺れを切らせたリオンは自分自身が止めに入ろうと白の霊力を全身に纏って飛び出そうとしたところで李空に腕を掴まれて静止させられた。
「駄目だ。リオンじゃあの2人のスピードにもパワーにも負ける」
「ですがっ…あのままでは…」
「大丈夫だ。おれの方がまだあいつらより強い」
早くユウガと緋友を止めたいリオンに対し、自分の方が強いと笑う李空の空色の瞳には強い自信が映っている。先々代の女王であるルキリア・R・ダークネスのただ1人のナイトだった李空・テンペストーソ・リソルートは間違いなくナイトとしては優秀過ぎだった。聖域を出て時間の神・アイオーンの支配下に戻って早100年の時間が過ぎても…と言ってもルキリアの結界内は過ぎる時間が結界外とは少し違っていた。そしてルキリアが棺で眠り続けるようになってから更に狂っていったが、ブランクがあったとしてもまだまだ若造達には負けない。
「心配するな。問題が起きる前にはちゃんと止めてやるから、な?」
ルキリアもリオンも争いは望まねえからな、と李空は不安そうな顔をするリオンを宥めていた。




