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始まりは無関心と悪意から

先日行われた王家主催のパーティで見事王子の婚約者の座を手にいれたのは、全くのノーマークであった貧乏伯爵令嬢であった

婚約者候補筆頭であった公爵令嬢が憤るのも無理はない

その伯爵令嬢が同じ学園に居ることを突き止めた公爵令嬢は、早速その日の放課後に人目のつかない場所へ呼び出した


「貴女の様な貧乏伯爵家ごときが、分不相応ではございませんこと?」

「………?」


開口一番からのこの言いように伯爵令嬢は首をかしげる

色々前口上を用意していたはずだが、それらをすっ飛ばしたせいで公爵令嬢に付き従っている令嬢達も大混乱である

普段は少しばかり傲慢だが、格式高い公爵令嬢の名に恥じない淑女である彼女が一体どうしてしまったのかと

しかし彼女は頭に血がのぼっているのか、目を徐々に吊り上げていく


「わたくしから幼馴染みを取り上げた気分は、とても宜しいでしょうが、そうはいきませんわよ。貴女では未来の国母は荷が重い。さっさと婚約者の座を辞したらどうですの?厚顔無恥の無学もの」

「!」


『幼馴染み』『婚約者』

この単語から、先日の王子との婚約の事だと遅まきながら気付いた伯爵令嬢

公爵令嬢は王子の幼馴染みであり、幼い頃から慕っているというのは学園では有名な話である

この、普段からでは想像も出来ない程荒れている彼女が、心から王子を慕っていると確信した伯爵令嬢は、しばし考える

どうやって彼女と王子を結ぼうかと

実はこの伯爵令嬢、王子や王家等に一切興味が無い

貧乏伯爵家に産まれた事で、女だてらに剣や弓を振り回し、森で狩りをして過ごす、猫被りが得意な似非淑女である


「あの、辞退は良いのですが…その前に、貴女様を殿下にアピールしても良いでしょうか?」

「そんなこと許しませ………?い、今、なんと?」

「はい。殿下に近い、今の立場を利用し、貴女様をアピールした後に婚約を辞退致します」

「し、信用なりませんわ!彼との婚約は全ての女性の悲願。易々と手放せるものではありません!そうですわ!わたくしなら醜く縋ってでも絶対に降りませんもの!」


目を白黒させながら、辞退しろ、でも辞退するなとハチャメチャな事を言う公爵令嬢

己を強く律する彼女がここまで感情を露にする姿に、すっかり毒気を抜かれた回りの令嬢達の目は生暖かい

伯爵令嬢に王子の婚約者の座がどれ程の名誉であるかを語り、それを辞退する罪を説き、王子の恐らく本人は生涯隠し通したかったであろう秘密を暴露して締めた頃には、呼び出してから半刻程が過ぎていた


「ですので、こんなにも素晴らしい彼に選ばれた貴女はとんでもない幸福者なのですわ!」

「そんなことはありません。私にはこの婚約は、不幸そのものなのです」

「! な、なんてことを!」

「彼が私を選んだ理由、何だと思います?『パーティの中で、一番無害そうだったから』ですよ!?絶対に選ばれない様に地味な格好をして、目に止まらない様に気配も薄くして、なるべく死角に入るよう気をつけていたのに!消極的な理由で選ばれたなんて。私だって貴女みたいな積極的な恋がしたいんです!」

「へっ?」

「貴女が羨ましい!」


伯爵令嬢の頬に、涙が一筋伝う

野生児といえど乙女。両親が年老いても中睦まじく、尚更恋に強い憧れを抱いた

それなのに、こんな悲しい見初められ方をしたのだ

その姿はとても痛ましいものであり、呼び出した当初の目的もわすれ、彼女を慰めようとする令嬢も居る


「っ……失礼しました。彼は、殿下は、『王子妃』を狙う女性方に辟易しているのです。先日のパーティでも、彼自身を見てアピールしている方はおりませんでした。貴女様も、周りの方を牽制するばかりで彼を見ていなかった。こんなにも素晴らしい愛があるのに何故伝えないのですか?」

「わ、わたくしが………恋?あ、愛!?愛している?彼を…!?」


公爵令嬢として恥ずかしい程に吊り上がっていた目はすっかり萎え、本来の少し垂れた、優しげな目に戻ったのもつかの間

今度はどんどん潤んでいき、先程と同じく、だけれど全く違う意味で顔を赤く染めていった


王妃は王子を産んでから体調が崩れた。そんな王妃を想いやった一途な王が側室を取らないと宣言したのは王子らが7歳の時であった

王子は一人息子になり、将来は王になる事が決まった。なので将来の王妃の座を狙う貴族が押し寄せた

王子は大変賢い子であった。しかしそれが災いして、令嬢達が何が目的で近づいてくるのかを気づいてしまった

幼馴染に恋をしていた王子は、愛もなく愛を囁く令嬢達によって、どんどん女性不信になっていく

それを見ていた幼馴染みであり、また公爵令嬢という令嬢のトップの彼女は、彼を庇うべく前に出た

しかし常に隙が無いか探られ、見つかればつつかれ、その度に王子は疲弊してく

そうしていくうちに、彼女は彼を見る余裕が無くなり、王子は彼女も王妃の座しか見なくなったと思うようになった

こうして、恋を知る前に愛に突き動かされるままの少女と、愛なき愛に初恋を殺され絶望した少年が出来上がってしまった


「変な形で巻き込まれた私ですが、精神的にも肉体的にもタフだと自惚れています。貴女が愛なくこの場を作ったのなら、これを理由に領地に引きこもる算段でしたが…両片想いのお二方の盾になるのは吝かではありませんよ?」

「両片想い?」

「はい。殿下もまた、拗らせてます。領地で『恋の小天使』の異名で呼ばれた私の見立てでは間違いありません」

彼女の家の領地って…

『恋の小天使』?

聞かないわね

似たような『恋の小猿児』なら有名ですわ

あら……

「????」

…………………


伯爵令嬢の小首を傾げた微笑みで、ヒソヒソとした擬音が消えた

最初の頃の威勢は既になく、主導を完全に奪われた公爵令嬢

彼女は今更自覚した感情を上手くコントロールできない

あわあわと唇を震わせ、目は潤み、眉尻はすっかり落ち、耳の先まで赤く染め、へなへなとその場に座り込む様は、まるで断罪された悪役令嬢だ

公爵家の出である彼女だが、幼い頃より他の令嬢達と戦ってきた為、彼女の周りに残った者は家柄等ではなく彼女自身の人柄に惹かれた者達のみである

その中より、一人の令嬢が前に出る


「貴女が、私達の同士になりえる事はよくよく解りました。ですが、今日の所は…この状態では」

「まさか自覚がお有りでないとは露知らず…申し訳ありません」

「いいえ。私達も、殿下の方までは解りませんでしたゆえ、大変歯がゆくありましたもので。とてもありがたかったです」

「へっ?その、わたくしの気持ちは皆様…?」


力なく座り込む公爵令嬢の言葉に答える者は誰も居なかった






季節は巡り、本日は学園の卒業パーティ

そこには笑顔で語り合う見目麗しい男女と、その傍らで談笑に入りつつも鋭い視線で近寄る者を選別するまるで騎士の様な少女、そしてそれを見守る複数組の貴族が居た

娘を推す為に近付こうとした親子は、少女の視線に震え上がり、外縁で見守っていた貴族によりそっと離れさせられた

公爵家の威光すらものともしなかった侯爵家の親子だったが、終には『恋の小天使』の前に敗れ去ったのだ


あれが『恋の小猿児』の眼光

学園では視線すら向けずに足を竦ませたと聞いたが…

婚約者で無くなっても、守ろうというのか

素晴らしい忠誠心だ

『恋の小猿児』が結んだ縁は、何も殿下達だけではないそうだぞ

あぁ。殿下達の外縁に居る者達…皆、幸せそうだ

しかし、彼女自身はどうなんだ?

それがな…


在学中に婚約者を変更した王子であったが、卒業パーティの際に大変な事を言い出した

婚約者の公爵令嬢の卒業を期に、すぐさま結婚をする事

その際、同時に側室として一人の令嬢を召し上げる事

そして彼女を最後に、二人以外の女性を召し上げない事

二人は正妃と側妃だが、差異無く同様に愛する事

会場は、大きな拍手でこれを讃えた

王子の傍らには、かの日とは顔色が真逆の天使が二人、笑い合っていた

無関心と嫌悪。どちらも好きの対義語であったようだ

真っ直ぐな子は報われるべき

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