14.やることリストのつくりかた(3)
雑務の中でもっとも好きになれないのはテープ起こしだ。取材してきた音源を聞いて、それを文字に起こすというものだ。
今日のテープ起こしは、話すのが苦手な人が相手だったのだろう。会話の中にずっと「あー」「えーと」といった言葉が挟まれていた。
テープ起こしの方法にはいくつかある。
「ケバ取り」というのは「あー」「えーと」などといった、ケバと呼ばれる無意味な部分をカットするものだ。ケバ取りをすると、書き起こした文章が格段に読みやすくなる。
一方、「素起こし」というのは、一字一句そのまま打ち込んでいくもの。需要がどこにあるのだろう、と思っていたけれど、どうやら面接やカウンセリング、研究といった分野で需要があるようだ。
「整文」という方法では、さらにもうひと手間かける。話し言葉を書き言葉に直したり、ですます調にしたりと、文章を整えながらテープ起こしを行なう。
どこでもそうしているのかはしらないけれど、テープ起こしをするときは、一度聞いて素起こしをし、2度目を聞きながらケバ取りをし、3度目で整文していくのだと先輩が言っていた。
一時間程度の録音時間なら、業者に頼むと3、4日かかり、1万円程度かかる。当日中を指定すると4万円近くかかるところが多いようだ。
テープ起こしはもっとも嫌いな仕事だ。でも、得意でもある。
タイピングの速度と効率化の工夫だけは自信があるので、一度聞くだけですべてを書き起こすことができるし、1時間程度の音声なら、たいてい2、3時間以内には作業を終えることができる。
実は、業者に頼んだら4万円ほどかかる内容だと副編集長が教えてくれた。私にはたったの3,000円しか入らないので、苦笑いで答えるしかなかった。それでいて、3時間近くぶっ続けでタイピングをするのでものすごく疲れる。一時期、すべてのテープ起こしが私に集中したことがあって、毎回出社から退勤までテープ起こし漬けになったことがあった。そのときは腱鞘炎になったし、最後のほうはもうなにも聞きたくなくなっていた。
だから、今の状況では、やり甲斐を感じられない、実はなるべく避けたい仕事だった。
とはいえ、いつかモミジさんに嫌気がさして、どうしても会社に来たくなくなったら、テープ起こしを生業にするのもいいかもしれない。好きな作業ではないけれど、ここで食べていける気がする。
ふとそう考えたら、気持ちが楽になった。
退勤時間まであと十分になった。
なんとか整えたテープ起こしの文書を編集長にメールで送る。ついでに今日最後のメールチェックをし、次の出勤日にすることのリストを書いて、袖机に入れておく。 デスクの上にあるものはすべて引き出しに戻し、パソコン以外何もなくなったデスクの上をウェットシートで拭き上げると、ちょうど退勤時間だった。
コートを羽織って立ち上がり「お先に失礼します」と声をかける。
「おつかれさまです」という声に混じって、モミジさんの舌打ちが聞こえた。そして「残業できないなんて嘘だろ」という独り言も。