いつか、東京で見た空(2)
「莉佳、きょうもお昼行かないの?」
岩永夏菜は同期で、隣の部署で働いている。隣といってもだだっ広い空間を仕切らずに使っているから、電話の声も聞こえてくるし、立ち上がれば互いの顔が見える距離だ。
「みんな、待ってるよ」
「私も行きたいんだけど、なかなかやることが終わらなくて。昼休みの間に少し進めたいんだ」
私はにこにこしながら嘘をついた。
「――そう。大変そうだね。最近、小説は書いてるの?」
私はどきりとする。
「ううん、さっぱり書いてないよ」
「……そっか。じゃあまた今度食べようね。――あ、莉佳ちゃん! そういえば今度、部署編成があるんだって」
「部署編成?」
「そう。いろいろメンバー異動があるみたいだよ。一緒になれたらいいよね。でも、同期だとさすがに無理かなあ」
夏菜はそう言って困ったように笑った。
同期同士は仲がよく、昼食はみんなで集まって取っていた。
そこに顔を出さなくなったのはいつからだっただろう。
寂しく思いながらも、とにかく人と関わることが負担になっていた。誰かと話すことはことさらにエネルギーを使う。
急ぎの仕事は午前中でほとんど終えてしまった。タイピングの速さと効率化のテクニックだけは自信がある。
くり返し行う作業は、ひと手間かけてマニュアルをつくり、それを上司に見せながら確認してもらう。
はじめに齟齬をなくしておくとミスが防げるし、一つひとつ質問しないで済むから相手の時間もあまり取らない。しかもこれは誰かに引き継ぐときにもそのまま渡せるから便利だ。
工程の多い、同じ作業をくり返すときは、マニュアルと進捗表を兼ねた表を作ってしまう。
エクセルで二段の表をつくる。一段目は左から右へ手順を書いていく。二段目は進捗チェック欄だ。マニュアルの手順に沿って作業を終わらせたら、チェック欄に丸マークを入れる。こうすれば抜けも漏れもなく、考える時間も必要ない。
くり返し行うことには、急がば回れということわざがぴったり。自分をロボットにするように、丁寧にマニュアルや進捗表を作り込んでいくと、結果的にとても早く終わるのだ。
そんなわけで自分の仕事はお昼を待たずに終わってしまっている。
ただ、私が帰るのは終電近い時間だ。あとは、いかにして仕事を探し出すかにかかっている。
会社を出るだけで、呼吸するのが楽になるような気がする。このままどこかに歩いていきたいけれど、体がだるい。結局、隣の
コンビニでおにぎりを1つ、ヨーグルトを1個、それにお茶を1本買って、すぐにオフィスに戻った。
恐る恐る見回したけれど、私の部署にはだれも残っていない。安心して席に着いた。
胃がきりりと痛んだ。おにぎりは半分しか食べられなかった。
袖机から手帳を取り出す。後ろのフリーページを開き、パソコンで「Excel マクロ」と検索しはじめた。
キーワードはその日によって変わる。Photoshopについて調べたり、PowerPointのまとめ方を調べたり、電話対応のマナーについて調べたりする。
そうしてまとめた手帳のフリーページは、さながらスキルのコレクション帳のようで、とても気に入っていた。