12.やることリストのつくりかた(1)
「北條さん、この書類の確認お願い」
そう言ってモミジさんに渡されたのは、私が毎回している雑務だ。
同じものを同じ手順で確認していく。それを出社のたびにくり返す。
「雑用は北條さんに頼むのが一番だねえ。雑用のプロ! あたしはこういうの向いてないんだよ。もっとクリエイティブなほうがあってるからさ」
からかうような色のあるその言い方に多少は胸がくすぶるものの、ひどく落ち込んだり、傷ついたりということはなかった。
そういう意味では、前の職場で鍛えられたといってもいいのかもしれない。
優しい人の多い職場だけれど、すべての人とうまくいくわけではないのは当たり前のことだった。
「ねえ、北條さん。またモミジさんに雑用押し付けられてたでしょう」
お昼休み、さゆ里さんがぷりぷりして言った。
「いつものことですよ」
私は苦笑した。
「自分が定時に帰るために周囲に仕事をばらまくのが彼女のやり口ですからねぇ」
鶴賀さんがにこにこしながら毒を吐いた。
「――とは言え、私も来年、下の子が小学生になるまでは時短勤務にしてもらっているから、あまり人のことは言えませんけれど……」
「鶴賀さんは仕方ないよ! でも、モミジさんは私と一緒で独身だし、習い事のためにそうしてるんだよ。仕事って楽しいものじゃないし、気持ちはわかるけど、他人に押し付けるものじゃないでしょ?」
実際、一番の被害者はさゆ里さんだった。正社員の中でも一番年若い彼女は、モミジさんの「お願い」を一番多く受けていて、基本的に退社時間の早いこの会社で、唯一毎日遅くまで残って仕事をしていた。
「ううーそれにしても、今日モミジさんが言ってたの聞いた? 『本当に仕事ができる人は人を使うのに長けている。全部自分でやるのは仕事ができない人』だって。人を使うんじゃなくて、押しつけてるんだってば! ――ああ、もやもやするぅ」
「――しますねえ」
鶴賀さんが同意した。
ひとしきり吐き出したところで、デザートのケーキが運ばれてきて、私たちはわあと歓声を上げる。
「モミジさんのこと文句言ってるけど、あたしの仕事もたくさん北條さんに回しちゃってるよね。ごめんね」
さゆ里さんがぽつりと謝る。
「私もです。この間の雑務、大変じゃありませんでしたか? 」
「ぜんぜん平気です!謝らないでください! 私はバイトなので残業もないですし、おふたりのことはできるだけお手伝いしたいです。モミジさんがおっしゃるとおり、雑用のプロですから」
それは心からの本音だった。
私が冗談っぽく笑うと、二人はほっとしたようにほほ笑んだ。社員は何人もいるけれど、仕事を押しつけられるのは大抵、鶴賀さんとさゆ里さんだった。気の強い女性が多い職場で数少ない、おっとりした優しい性質によるものだろう。
その日、ふたりは私にランチをごちそうしてくれた。少し手間のかかる雑用を頼まれたとき、ふたりはいつもそうして私を気遣ってくれる。
説明もなく丸投げして文句ばかり言うモミジさんとは違い、ふたりは頼むときもすごく丁寧だ。必要なものをあらかじめ準備してくれていたり、定期的に声をかけて進捗やわからないところを確認してくれたりする。
ただの同僚という関係だったけれど、私はふたりのことがとても好きだった。
※ストーリー部分は物語になるよう、フィクションで進めています。