7.レシピノートをつくる(1)
「レシピを検索するのがしんどいです……」
私は鶴賀さんにそうこぼした。その日、私は同僚二人といっしょにランチに出かけていた。
以前の職場ではだれかと食事をすることがほとんどなかったけれど、今は場所を問わず、だれかと話しながら昼食をとることが多い。たいていはオフィスのデスクでそのまま食べるのだけれど、誰かがおいしいお店を見つけてくると、そこに行くこともあった。
今日は鶴賀さんが隠れ家的なお店を見つけたからと連れてきてくれたのだった。
「わかる」
後ろから高い声が降ってきて振り返る。深く首を振りながら頷いているのは、同じく同僚のさゆ里さん。彼女は華奢なのにとてもよく食べる人で、バイキング形式になったコーナーから、飲み物とデザートをたくさんかかえて戻ってきていた。
「検索するとたくさん出てくるけど、おいしいレシピとそうじゃないレシピがあるんだよね。それにまた作ろうって思ったときに探し直すのが手間で」
「――そうそう、それなんです! 毎回検索するのが本当に大変なんですよね。料理の前にひと手間ある感じも面倒になっちゃって」
私が早口で続けると、鶴賀さんがおっとりと微笑む。
「私はレシピノートを作ってます」
「えー、鶴賀さん、アナログですねえ。あたしは自分の文字がきらいだから絶対無理です」
さゆ里さんが言う。その言い方は決して嫌な感じではなく、鶴賀さんはにこにこしながらバッグからノートを取り出して見せてくれた。
「汚くて恥ずかしいんですけど……。でもね、あまり手書きはしないんですよ。雑誌の切り抜きとか……、それから、スーパーに無料のレシピが置かれてるでしょう? あれをもらってきて、とにかく貼るんです。それだけならあまり苦にならなくて、どんどん溜まっていきます」
「おいしくなかったときはどうするんですか?」
「――うーん、破きますかねえ」
にこにこおっとりしながら不穏なことを言う鶴賀さんに、私たちは驚く。
「とにかく実用的だったらいいかなあと。破っちゃっても気にしません」
「鶴賀さんって、たまに大雑把ですねぇ」
「O型ですから」
鶴賀さんが笑う。
「私もO型なんですけど、1ページでも失敗しちゃうと、もうそのノート自体が嫌になっちゃうタイプですね……」
私ががっくりと肩を落とすと、二人は呆れたようにこちらを見る。
「北條さんって、完璧主義なところがあるよねえ。むしろA型っぽい」
さゆ里さんが言う。私の場合は完璧主義というより、妙なこだわりという感じがするのだけれど――。
「でも、北條さんにお願いした仕事は速くて完ぺきだから助かってますよ」
と、鶴賀さん。私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになって、小さな声でお礼を言うと、ジャスミンティーをごくごくと飲んだ。
「でも、チラシにせよ雑誌にせよ、こうして紙の形になっているレシピはなかなか外れがありませんよ。工程が大変だったり、家族の好きな味じゃなかったりして諦めることはありますけれど。たぶん、しっかりと監修者の方がついているからでしょうね」
「なるほど……。ネットのレシピも、おいしいものは本当においしいんですけどね……」
「本当それ。発掘するのが大変だよね」
――今の職場は、楽しい。女性ばかりなのでまた折橋先輩のときのように嫌われてしまうのではないかと、最初は緊張した。ところが、会う人会う人優しくて誠実で、とても居心地の良い職場だった。
その日は、古いノートの詰まった箱から、レシピノートを2冊発掘した。
なるべく実話で…!と思って書いてきましたが、やっぱり物語の進行上むずかしいなあと痛感しました。ノート作りの場面ではなく、ストーリー面や人物面に関しては、どんどん創作していきたいと思います。




