6.間違っていた気遣い
十時に出社して、十六時にはオフィスを出る。あのころの生活を思い出すと、今の自分ならもっともっと時間を上手に使えたのに――と、悔しくなる。
自分で考え、悩み、研究したからこそすべてが変わった。それでも、あの頃抱えていた孤独感や申し訳無さといった感情は、長い間私を、ひいては冬吾のことも蝕んでいったと思う。
私がもっと効率よくできたなら。そう思わずにはいられない。
冬吾は朝食を摂らない。彼の仕事は激務で、帰りはいつでも終電だった。
帰宅するのは午前1時近く。食事と入浴を済ませてふとんに入るのは2時ごろだっただろうか。だからこそ、朝は遅刻しないぎりぎりのラインまで眠っていたいというのが彼の希望だった。
この頃の私は、彼に合わせた生活をするのが何よりも大切だと思っていた。疲れて帰ってきた冬吾に、あたたかい出来たての食事を出してあげたい。そう思いながら、日々レシピを検索したり、料理本のページをめくったり、スーパーをうろうろしたりしていた。――これこそが間違いのもとだと気づかずに。
彼に合わせて食事をつくるということは、日付が変わったころに料理をはじめるということだ。
けれども、冬吾に合わせて2時か3時に布団に入っていた私は、慢性的な睡眠不足に悩まされていた。仕事が休みの日に一日中寝てしまっていたのも、おそらくその帳尻合わせだったのだろう。
勤務時間は長くはないし、デスクワークがほとんどだから体を動かすわけではない。それでも、夜九時を過ぎるあたりには抗えない眠気が襲ってきて、ソファにぱたりと倒れ込んでしまう。気絶に近いくらいの眠り方だった。
目を覚ますのは冬吾が鍵を開けて入ってくるときだった。ソファに丸まっている私を見つけるたびに、彼はため息をついた。そしてシャワーを浴びに行った。
当然食事は用意できていない。まだぼうっとする頭で慌てて食事作りの段取りを考えるけれど、調べたレシピ通りにつくろうとしても時間が足りなかった。
買い置きの材料はどんどん傷んでいくし、結局買い置きのインスタント食品やレトルト食品を食べるだけだった。
彼自身は、インスタント食品もレトルト食品も好きだ。だから、私が手料理を用意していなくても、そこには別段困っていなかった。
楽な生活をしているはずの私が、ソファでのんきに寝ているのを見て嫌な気分になったのだと思う。もし私が同じ立場だったら、きっとそうだった。
帰りが遅くて疲れているのに、終電は混んでいてさらにくたくたになってしまうのだから。
冬吾は何度も言った。
「レトルトでも、冷凍食品でも、インスタントでも、どれも嫌いじゃないから別に作らなくていい」
むしろ、でも、朝食もとらないし、昼はコンビニのお弁当という生活だったので、せめて夕食はできたての栄養のあるものを……と、考えていたのだった。
気遣いのつもりだった。でも、完全にやり方を間違っていた。
――今の私だったらどうするだろう?
まず、食事の時間は絶対に分ける。深夜に作って一緒に食べるのではなく、自分は夕方に作って食べる。
それでも、たとえば炊飯器を使った煮込み料理なら、保温しておけば手間なく温かいまま食べられる。スープジャーに入れるというのも一案だ。
お惣菜でもレトルトでも、大切なのはある程度の栄養バランスを揃えること。焼きそばにたこ焼きというような組み合わせではなくて、炭水化物にたんぱく質、できれば少し野菜が揃えられるなら、そちらに頼ることも厭わないだろう。
あのころの私は愚直なまでに「いい奥さん」になろうとしていた。私がするべきだったのは、間違った気遣いではなくて、自分の身の丈にあった範囲で食事を提供することだったのだ。
短編小説でUPしていた前日譚。これからのストーリーを考えたら、こちらがないと情報不足になりそうだったので序章の前に入れました。
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夫が食べる手料理の範囲は、とても狭いです。これも長年私を悩ませてきた問題でした。「がっつりした肉系」で「名前のある料理」で「ひき肉か豚バラ肉か牛肉のみ」というもの。それ以外だったら、出来合いのものを食べるほうが遥かにいいそうで……。
去年、画期的な方法を思いつきました。それは「My固定献立」。この方法にしてから献立決めに悩まなくなりました。この物語では登場しないので、詳しく知りたい方は検索してみてください。