発動! 最強の拘束魔術
ここは、一年中降る雪によって閉ざされた最北の地。
魔物を用いて、世界を侵略していると言われている魔王の住む城である。
その玉座の間にて、オンダン王国から送られた勇者一行と魔王との戦闘が行われていた。
「フハハハハハ!その程度で我に挑もうなどと、100年早いわ勇者ども!!」
と、強気な発言をするのは、何を隠そうこの城の城主、魔王である。
その見た目は、頭に生える二対の羊のような角と背中にある蝙蝠のような翼、瞳孔が縦に割れている爬虫類のような目を除けば、文句なしの美人であると言えよう。
「くっ!この魔法攻撃も効かないんですか。反魔法の構築が早すぎます!」
「勇者さまー、賢者さまー、回復しますよー」
「やはり、この聖剣で切るしかないのか。だが、近づくスキが見当たらないっ!」
攻撃が通らずに苦戦を強いられているのはオンダン王国の勇者一行である。
一行のメンバーはみな、生まれた時からそれぞれの才能を開花させ、若くして勇者パーティーの称号を勝ち取ったのである。
聖剣に選ばれ、かつ剣を扱う才能を持ちながらも、努力を惜しまず鍛錬を積んだ真面目勇者。
この世に治せないものはないとまで言われている、おっとり聖女。
世界中のありとあらゆる魔法を知り、使いこなせるといわれている、苦労人賢者。
現状で、オンダン王国の送り出せる最高戦力である勇者一行であるが、魔王の予想を超える力を前に苦戦を強いられていた。
「ふむ。あの火焔龍らを倒したというからどのようなやつらかと思うたが、その程度では我は倒せんぞ。さぁ、どうするのじゃ?」
「仕方がない、賢者。あの遺跡で見つけた魔術を使おう。あれは確か拘束魔術だったはずだ!」
「たしかにー魔術がとおればスキを作れますがーあれは禁術とされていたのではー?」
「そうですよ勇者様。それにすべての解析が済んだわけではないんです。禁術の中には、いくつかの補助魔術を複合しているものも存在しますので、解析前に使うのは本当に危険なのです。最悪使用するにしても解析が終わらなければ……」
そう、魔法を扱う者には常識であるが、禁術とは新魔術の創造が盛んであった古代文明の時代において、危険であると判断され、封印された魔術の総称である。
現代においては、古代文明の遺産として禁術が発掘された際は、魔法使いの総本山である魔法都市に送られ、資格を持つ魔法使いによって解析され、一部の理論を現代魔法理論に準用する等の利用をしている。
稀に解析の結果、禁術をそのまま魔法として使用できるものも発掘されるが、その確率は本当に少なく、使用可能な者も限られた魔法使いだけなのである。
「だが、もうほかに手もないだろう。私の勘ではあるが命の危険があるようなものではないと思うのだ」
「うーん。まぁ勇者さまの直感が鋭いことには同意ですがー……禁術ですよー?」
「頼む賢者! 過去の禁術の傾向から見ても、拘束系のものはそのまま使われるものが多かったはずだ」
「うぅ。わかりましたよ勇者様。いきます! 『四方の通り道を塞ぐ。その内側は――
「うん? 詠唱を行うということは禁術の類か。何をするかはわからんが、止めさせてもらうぞ! 魔法使いの少年よ!」
「賢者を守るぞ聖女!」
「いわれなくともー『主よ、かの者を力の脅威から守りたまえ “アタック・プロテクト” 』」
聖女の唱える防御魔法は他のプリーストが唱えるものとは一線を画すものである。
いかに魔王であっても勇者の聖剣による攻撃を防ぎながら、この防御魔法を貫くことは難しい。
そして、そのうちに賢者の詠唱が終わる。
「くっ! 遅かったか!」
「これで、魔王を……」
「どーなるんですかねー」
「――いざ、這い出ることすら許さず捕らえよ! 拘束魔術 “コ・タツ” 』」
カッ! と強い光が魔王と勇者の間から溢れ出す。
光が収まり、勇者一行と魔王の間に現れたのは……
暖かそうな色の敷物と四角いふわっとした物体、そして布が挟んである一脚の机だった。
「は?」
「んー?」
「へっ?」
「あん?」
謎の物体が召喚されたことに固まる4者。
敵を前にしてあまりにも大きすぎるスキ。
拘束魔術といっておきながら相手に向かわずに鎮座するだけのもの。
あまりにも予想外な光景による硬直からいち早く抜け出したのは、拘束後に攻撃を加えんとしていた勇者であった。
「スキだらけだぞ! 魔王!」
「んなっ! しまった!」
まだ混乱の最中にある魔王へ攻撃を加えるために間合いを詰める勇者。
謎の物体を横切ろうとしたその時、拘束魔法の真価が発揮される。
「さあ! これでとど、ぐわああああああああああああああ――
「ゆ、勇者さまー!」
――あ“あ”あ“あ”あ“あああぁぁぁぁぁあったかぃぃぃ」
「えぇぇぇ! 勇者様!? 魔王目の前ですよ! 何してるんですか!」
魔王へと向かっていたはずの勇者が、魔王ではなく謎の召喚物に飛び込む光景をみて、聖女と賢者の混乱はさらに大きくなる。
自分よりも混乱しているものを見ると冷静になれるというが、そんな光景を見てまともな思考を取り戻したのが魔王だ。
「フハハハハハ! その禁術は未解析のものっだたようじゃな。よく知らんものに手を出すからそうなるのじゃ。」
「くっ! やはり禁術を使うのは間違っていましたか。何とかして勇者様を助けねば」
逆転の一手のはずが、敵に塩を送る結果になってしまうというイレギュラー。
しかし、賢者は勇者を救うために、己の思いつく限りの魔法を思い浮かべる。
「何をしてももう遅いっ! せめてもの情けじゃ。この小娘は勇者として、我の最高の一撃をもって終わらしてやろうっ」
「まずいっ。聖女様、防御魔法を――」
「そんな暇を与えるわけがなかろうがああああああああああああったかいぃぃぃ」
「って、おまえもかいぃぃぃぃぃぃ!!」
勇者の向かい側に吸い込まれるように入った魔王に対して反射的に突っ込んでしまう賢者。しかし、この状況は勇者一行に有利なものであり、かつ前2つの事例から、近づかなければ拘束されることはないとの判断を下すのには十分であった。
ゆえに、対魔法の専門家として、まだ無事である聖女に対し促す注意はただ一つ。
「あの拘束魔法は近づくものを際限なく取り込むものと思われます。おそらく敵味方の区別を付けずに捕らえることから禁術とされたのでしょう。ゆえに遠距離魔法を用いてあれに近づかずに魔王を倒すべきです。ですよね、聖女様。聖女様? せ……」
「Z Z Z...」
「なんで拘束されてんですかあんたあああああ!!!」
賢者が見たものは机に挟まれた布を肩までかぶり、四角いふわっとした物体を折り曲げて枕にしている聖女の姿であった。
「えぇ。てか聖女様寝てないですかあれ。なんで一番くつろいでるんですか。隣に魔王いるんですよ」
「どうだぁ。気持ちいいだろぉまおうぅ」
「おぬしが自慢するのはどうかとおもうがなぁぁ。はふぅ」
「Z Z Z...」
四方のうち三方が埋まり、その三者がそれぞれのだらけを見せるその光景は賢者の戦意を奪うのに十分であった。
「えぇぇ。これはチャンスなのか? ここから魔法を飛ばせば魔王に勝てるだろう。でも、みんな気持ちよさそうだなぁ。ちょっとくらい入ってみてもいいのではないだろうか。いやいや、勇者が出てこれない拘束魔術なのにそれは、いやいや、ちょっとくらいなら、例えば足先だけとか、いやいや、想像だけにしておくか? ほら想像すればあったかいような気もする、やっぱり一瞬だけなら、すぐに抜けばどうってことないってたぶん。ちょっとく――
「もう入っとるぞ、おぬし」
「うおあああ! 魔王! なぜここに!」
「いや、おぬしが来たんじゃろうが」
「はっ! いつの間に! おのれ魔王」
「なにをゆうか。どちらかといえばおぬしが元凶じゃろが」
「ぐぬっ、精神攻撃だとっ。やるな魔王」
「おぬしはなかなか話を聞かんな。そんな奴じゃったか?」
「あまりいじめてやるな魔王よ。戦闘モードでない賢者はこんなもんだ」
「ほう? 普段が賢いとこういう時のダメさは目立つな」
「あんたらなんで普通に話してるんですか。さっきまで殺し合いしてたのに」
「「この机に入っているからかもしれないな!」」
魔王城の玉座の間にて、魔王と勇者一行が一脚の机を挟んで向かい合う。
前代未聞の事態になった勇者の魔王討伐はどうなってしまうのか。