4人の呆れる美少女
__ここが、僕の新しい家__。
僕の名は、光 優希。
この春、東京に上京して新しい家を購入...というか、押し付けられた。
聞いた話では、僕以外に3人の女の子が同棲することになるらしい。
正直言って、高校生に間もなくなる僕がこんなことになるなんて、嬉しいけど少し困ったものだ。
理由についてはともかくとして、家族...普通ならまだいいけど、名前も知らなかった人と同棲なんて、常識的に考えればあり得ない。
僕が女の子大好きという点は否定しないけど、さすがに同棲ともなればハードルが高い。ちょっとした事情で年頃の女の子の扱いは大体分かっているつもりだが、あんなことやこんなことを無計画で対応できる自信はさすがにない。
でも、反抗しても無駄だということは分かっている。そもそも僕に拒否する選択肢なんてなかった。
最初にやることは、3人の女の子と仲良くなることだ。
どんなことになるにしても、真っ当に生活するなら、この選択肢以外はない。
それが、僕に与えられた試練だからだ__。
__残念ながら、そんな意気込みを早くもひっくり返したくなった。
「ねーえ、優希くん、遊ぼうよ」
「まだ庭の草むしりや掃除が終わっていないから後で」
「うふふふふ...」
「リビングのど真ん中でそんな本を読むな、後服を着ろ」
「私寝てるね」
「整頓くらいしろ」
「今掃除しても、1時間後には影響が出るよ。1日もすれば元通り。害虫の発生率から考慮するに__」
「そんな理屈こねる前に手伝え」
そろいもそろって、問題児しかいない!!しかも1人増えている!
こいつら、見てくれだけなら同級生のお姉さんたちにも負けないと断言できる。
なのに、内面が台無しすぎる。あらゆる意味で。
僕にしがみついて駄々こねている子は、春川 愛美。4人の中では唯一、僕と同じ学年のクラスメイトだ。茶髪が綺麗でショートヘアらしく性格も明るいけど、ちょっと元気すぎるのが困り者だ。
リビングのど真ん中で本を読んでいる子は、佐望 風花。黒髪のロングヘアが美しく、見た目に限って言うなら理想中の理想だが、本の表紙と漏れる声がヤバすぎるので、相当な変態だ。
呼んでもすぐに自分の部屋に戻ろうとしている子は、永小路 依月。金髪で優しいくてアホ毛がかわいいし、邪魔にならないのはいいのだが、引きこもりのめんどくさがりだ。
意味不明な理屈を言うちっちゃい子は、天宮 彩子。ピンク髪のツインテールもかわいいし本人が言うにはIQ390の超天才児らしいのだが、自堕落で無駄に切れ者だ。
一体、何があって僕はこの4人のハウスキーパーなポジションになってしまっているのか。
4人と協力して、緊急事態に対応できるように組まされたスペシャルチームのはずだったのに。
確かに高校生、中学生相当の皆が一筋縄では団結できないというのは理屈の上では分かる。
だからといって、プライベートがダメダメな所を、僕が穴埋めするということはおかしいはずだ。
「お前ら...いい加減にしろ!」
遂にこらえきれなくなった僕は声を荒げてしまった。
「普段からダラダラするのはいいとしても、生活の維持を殆ど僕に回すのはおかしいだろ!分かるか!?僕が朝起こして3食作って掃除して買い物して整頓して学校に通う辛さを!」
説教じみているのは僕でも分かるが、こいつら4人はまず聞く耳をもたない。春川は抱きついたままで離れようとしないし、佐望はだらけたままだし、永小路と天宮はそれなりにビクビクしているものの、反省しているような表情が見えない。
「そんなことより遊ぼうよ」
「あのな」
「そんな神経質だと将来苦労するよ」
「悪かったな」
「でも、優希さんは頼もしいからつい...」
「それは嬉しいけど少しは片づけろ」
「一番できる人がやるのが当然だよ」
「サボる口実に使うな!」
本当にこいつらは反省の「は」の字すら感じられない。
プライベートの遊ぶ時間がなくなるのはまだいいとしても、朝5時から朝食と弁当の準備をして、6時くらいに起こして、8時くらいに出発して、16時くらいに帰宅。それでもって買い出しで30分は使って、夕食に入浴をスムーズに済ませても、20時は経過する。しかも、4人の後始末にひたすら走ることになるので、スケジュールが伸びて21時になるのはよくあることだ。
特にない平日でこれなので、仕事のある日や休日だともはや地獄だ。
「...もういい、さっさと終わらせたいから邪魔だけはするな」
「はーい」
当たり前のように経験しつつある諦めの感情と共に、僕は掃除を全速力で終わらせることを決断した。
一刻も早くお風呂に入りたいために。
物凄い勢いで掃除を終わらせた優希はそのままお風呂に入った。
当然、愛美たち4人の女の子は取り残される形となった。
「もー、優希くんって、ホント口うるさいよね」
愛美が愚痴る。
「1日3回くらいお風呂入っているよね、めんどくさくないのかな?」
風花がそう疑問を口にして、
「むしろ臭くなるみたいですけど、優希くんからはそんな匂いしませんね」
彩子がそう答えると、愛美が「綺麗好きが度がすぎているよね」と苦笑した。
年も離れ、ほんの数日前に会った4人だったが、一般基準から言えば随分打ち解けていると言えるだろう。
「私は引きこもっていたかったのに、どうしてこんなことに...」
依月が面倒そうに愚痴を濁す。
「私たちは運命に選ばれた5人。我が頭脳をもってしても解明しきれない力、魔法を手にした人たちです。古の時代から物理や科学では説明のつかない現象がありましたが、それぞれの__」
物凄く長い彩子の話を要約すると、彼女たちと優希を含む5人は、超常的な力を持つ魔法の才能を与えられている。
昔からどのようにしても証明ができない事態があったが、ここ最近では大幅に増えている。
そこで、数少ない魔法の才能を持つ5人を一集めして、専門のスペシャルチームとして結成させられたというわけだ。
「__政府は私たちを特別扱いして魔法の力を役立てようと企てて...こんなこと、言わなくても分かりますよね?」
彩子の数分に渡る説明は、愛美がフリーズしてしまい、風花と依月に至っては眠ってしまっていた。
「やれやれ、あなたたちがそんな有様では、リーダーたる私の足を引っ張りそうで心配ね」
彩子の自信満々な発言に、愛美がカチンときた。
「いやいや、このちびっ子に任せられるわけないでしょ」
「身長のことは言うなー!あと3年もしたら羨むほどのナイスバディになってみせるんだから!」
「あたしも3年経てばもっとすごい身体になるかもよー?」
「ムキー!」
「IQ390の天才ちゃんがこんなことで怒るなんて、やっぱり自称なんだ~?」
彩子がどうにか言い返そうとするも、愛美にはことごとく手玉に取られてしまう。当の愛美は挑発と言うのに相応しい顔芸まで披露しており、玩具の如く楽しんでいる有様だった。
「やっぱりイケメンがいいわ」
「話は終わり?じゃあ引きこもるから」
うるささに目を覚ました二人は、風花が趣味のイケメン観賞を続け、依月は自分の部屋へそそくさと逃げ込んだ。
今の僕にとって唯一の楽しみと言えるのが、お風呂だ。
開放的になるという点はおいとくとして、身体は綺麗になるし、石鹸やシャンプーが心地いいし、程よい熱さのお湯が喧噪や使命を忘れてゆったりできる。
なにより、あのうるさい4人がここまで入ってくることはまずないというのが嬉しい。同じく入ってこないという意味ではトイレもそうだが、さすがに一つしかない場所を用もないのに閉じこもるのは気が進まない。
本当に、一体なぜこんなことになってしまったのか。
そもそも、魔法という力を与えられて生き残ったという時点でこの宿命をつけられたのかもしれない。
その話はもう少し後で振り返るとして、僕は全面にある鏡に映る自分の姿を見詰めた。
自分で言うのもなんだが、ルックスには自信がある。
薄めのピンク色の髪はつやつやで、肌は日本人にしては綺麗な白色。目つきや髪の長さもよく、100人に1人程度の美男子だろう。
筋肉については小さいながらも確かについており、無駄な脂肪なども存在しない。
こんな感じなので、女性に見間違えられることも度々あるが、あくまで男性でいるつもりではあるので、少々複雑な気分だ。
しかし、自分の顔を見詰めているのもキライではないのだが、やはりお湯にじっくりつかるのが一番だ。
身体を湯船に沈めて、未来へと想いを馳せようとしたその時__。
「聞いてよ優希ー!」
「うわあああああ!!」
なんでお風呂場に佐望が平気で入ってくるんだよ!どう見ても入っているだろ!僕が!
思わず身体のバランスを崩して湯船の中に突っ込んでしまう。
辛うじてだらしない姿を見せずに済んだ僕は、体勢を立て直して仕方なく耳を傾ける。
「私のクルメンが、愛美と彩子に破られたー!」
「そんなこと言うために入ってくるなー!」
佐望が言うクルメンとは、日刊クールイケメンズの略でかっこいい男たちのコレクション雑誌のことだ。暇さえあれば読みふけっているところを見るに、相当に好きなのは容易に分かる。
だからといって、お風呂場にいる僕に突撃するのはどう考えてもおかしい。
しかも、仮にもリアルの男性の裸を見ているというのに、赤面どころか、硬直すらしないのもおかしい。ご丁寧に身体をすごく近づけているので、僕の上半身どころか、下のアレすら見えている。
まあ、普段の変態な顔を見れば、大人じゃないと見られないサイトとかエッチな本とかを嗜んでいるのは想像つくのだが。
「...はあ、あんたが絶世のイケメンだったらよかったのに」
「悪かったな、あとそんなエッチなところを見て判断するな」
もうこいつに突っ込む気は失せそうだ。
「上がったら、後で説教だからな」
もう1時間入ろうと思い直して、僕は佐望を追い出した。
ほんの数日で、こいつらがおかしいのは承知していたが、この様子では胃薬が必要になるかもしれないと考えると、頭が痛くなってきた。
1時間後、太陽が真上に到達する時間帯の頃。
僕は佐望の愛読書を破いた春川と天宮、バスタイムに乱入した佐望の3人を説教していた。ちなみに、永小路は引きこもって無関係だったのでここにはいない。
「じゃれていただけだよ、ね、風花」
「そんなことで私の葉桜くんの顔を壊さないでよ!」
「全くです。第一、本の一つを破損させられて怒る方がおかしいじゃないですか。その顔を記憶していれば、本など不要です」
「自称天才の基準で言うな!そんな感じだったらもてないよ!」
「私の天才的な頭脳をもってすれば、世の殿方など、メロメロになるに違いありませんけどね」
「...本当にお前達は」
これも想定していたが、全く聞く耳を持ち合わせているとは思えない。いきさつからすれば春川たちが悪いだろうが、どう考えても反省しているとは思えない。
「天宮、誰であろうと大切なものがある。それらを壊されて黙っていられるか?」
「これだから青二才は嫌いだよ。大人でもない、子供でもない人の言い分なんて、薄っぺらにも程があるよ」
「だったら、子供のお前は未成熟だからと何しても許されると思っているのか?」
「勘違いしないでよね。それは理解している。ちょっと本を破いただけで、許す許さないの話になるなんて、随分感情的ね。分かっていたことだけど」
天宮は無駄に頭がきれるので、多少の理論では容易にかわされる。というか、僕を明らかに見下している。
「...本を破いたことそのものに、罪悪感を感じていないのは分かった」
「そうね」
「だけど、誰もがお前のような天才じゃない。誰であろうと、違う点を受け入れなくては、共にいることなどできない。そのことは忘れるな」
「はいはい」
「お前のような天才なら、その程度の理解など、簡単だと思っていたけどな」
とはいえ、少しずつだが僕も彼女たちの性格や特徴も把握している。天宮は非常にプライドが高いため、そこを突くように挑発すれば大体乗ってくれる。
実際に、天宮はわずかに身動ぎをしている。そういう所はまだまだ子供か。
「それとも、共感性の大事さも理解できないほどバカだったのか?」
「...」
「とはいえ、誰であろうと失敗はするものだ。お前も少しは誰かを理解できるような考え方をしてみるといい」
「...なぜこの私がこんなやつ如きの為に天才の頭を使わなくてはいけないのよ」
少し反省したかと思ったら、これだよ!
「一人で出来ることなどたかが知れているからだ。これ以上は天才様のためにならないから自分で正しく考えるように」
天宮の説教だけでもう疲れを感じてきているが、中途半端に止めるわけにはいかない。というか、途中から春川が不自然なほど機嫌を悪くしているのを無視するわけにもいかない。
「優希く~ん、どうして彩子ちゃんのためにこんなに話したのかな~?」
分かりやすく言うなら、嫉妬しているのだろうが、正直そこまでのことをした自覚がない。少なくとも、こいつらが僕のことを好きになる要素などあるとは思えない。
むしろ、こいつらが付き合うとなるとどのようなタイプがいいのかという点がすごく気になるのだが、今は関係ないのでやめておく。
「...理由はどうあれ、正しく向き合うのは大事だ。次は君の番だ、春川」
不機嫌そうなのは変わらないが、表面的には納得したようだ。こちらとしても感情が強いと話す意味がなくなるので、助かるのだが。
「君の明るさや天真爛漫さは確かにいい所だ。でも、誰にもどのようにも元気にふるまえばいいというものじゃない。なにより、君が楽しいと思っても、相手はつらいということだってあるんだよ」
天宮と比べると、生意気さが殆どなく、少なくとも天宮と比べればバカだから話の内容には困らない。本人に言う必要がないのは言うまでもないけど。
「大切なものをよく理解してあげるんだ。相手が何をしたら喜ぶのか、よく考えるんだよ」
「うん」
肩透かしな気がするが、春川はあっさり納得してくれたようだ。
大事なのは、こいつらを叱ることじゃなくていい事と悪い事の区別をつけさせることだ。
よく出来ているなら、ちゃんと褒めてあげる必要がある。
僕は手を出すと、春川の頭に置いて、優しく撫でる。
「...あ」
春川の顔は嬉しそうだ。
こうしてみると本当に顔だけは美人で思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ君の話はこれで終わりだ。最後に佐望、勝手にお風呂場に入るとは何事だ?」
春川を少し雑に終わらせた気もするが、ちゃんと全員に相手する必要はある。なので、早々に佐望に説教を始めた。
「だから、私のクルメンが破られたから、優希くんに怒ってもらおうかと思ったんだよ」
「その話、普段のお前たちと僕とのやり取りをよく考えてから言ってくれないか?」
こいつらに注意して活かされているケースは数えるほどしか思いつかない。
それを注意すれば直してくれると考えるなら、随分おこがましい話だ。しかも、その本人にもブーメランが刺さっていると考えると苦笑すら出てくる。
「それにだ。勝手にああいう所に入るのも、淑女としてはいただけない態度だ」
「え、私のことを淑女だなんて...」
佐望がもじもじして顔を赤くして俯いている。
言葉の綾ではあるが、ここは指摘しないでおこう。
「世の淑女が、勝手に人のお風呂に乱入するとか、異性に見えかねないような服を着崩すとかすると思うか?」
佐望の他、春川も頷いている。天宮はポカンとしているが、その辺の追及はまた今度にしよう。女の子とはいえ、10歳ならその辺が分からないのはまだあり得るかもしれないし。
「お前が...いや、君がちゃんとイケメンたちに認めてもらいたいなら、普段から気品のある行動を心がけるんだよ」
「じゃあ、家なら?」
「...せめて僕のいるお風呂場と部屋には勝手に入らないでくれ」
まあ、家でだらしない女の子くらいなら残念ながら知っているのもあるので、最低限の節度を守っているなら見逃すことにしよう。相手の価値観にある程度合わせる必要もある。
「返事は?」
「は~い」
「うん。じゃあ、僕はもうひとっ風呂と行こう」
「さっき上がったばかりなのに、もう入るの!?」
「昼食どうするの?」
「不合理だね」
3人に呆れられている気もするが、こればかりは仕方がない。
だって、心を美しく、身体を綺麗に保つのは大切なことだから!
「昼食は出しておくから、それを食べるといい。永小路も呼んでおくんだよ」
そういった支度を済ませ、僕は心の癒しのため、本日2度目となるバスタイムに突入した。
その後、僕の分の昼食も食べられて、また4人に注意するのはまた別の話としよう。
こんな感じですごい忙しい休日は終わった。
どう考えても、あの4人がめちゃめちゃに引っ掻き回しているとしか思えない!
春川に嫉妬され、佐望に見下され、永小路に引きこもられ、天宮に理屈で逃げられ、ついでに喧嘩してと、もう罰ゲームに思えてきた。
最初に...いや、ついこの間会った時には、もう少し頼れると思ったのに!
でも、こんな状況でも、僕がこの使命を放り出すわけにはいかない。
明日の疲れを残さないように、僕は深呼吸してから眠りにつくことにする。
その夜、僕が見た夢は、初めて4人が揃い、5人組となったあの日のことだった。