14th ACTION 『貴方は何も分かってない』 「大人達に負けてられるか……!」
フォロウがアリシアと初めて会ったのは、閉鎖されていたアドベンチャラーズギルドが再開した時のお披露目会の時だった。
お披露目と言っても冒険者嫌いの町で開業する冒険者のための施設だから、はっきり言って規模も小さく参列者もまばらだった。
おまけに再開の仕掛け人は小さな少女で、彼女が率いるチームの構成員は町全域での暴走行為や騒音行為、富裕層や中間層への嫌がらせや軽犯罪を繰り返してきた不良少年、少女達。
正直言って町の住人、とりわけ富裕層の人達や行政に携わっている職員達からは危険物という認識しか無く、誰からも歓迎されることが無かった。
この頃フォロウは第8自警団の団長を拝命し、一人の少女が冒険者としてこの町を拠点とするという噂を聞いたため、どんな子なのか見てみたいという興味本位を持ち、自分の上司に無理を言って連れてきてもらった。
壇上に立つ少女はまだ幼さが抜けきっていない顔をしていながらも綺麗な姿をしており、しかしその服装はその年の頃の少女が着るような物ではない中性的で実践系の恰好だった。
何より壇上の彼女はきれいな顔を微笑ませながらよく通る澄んだ声で挨拶をしていたが、その内容は決して周りに媚びるような物ではなく、自分たちを自立した存在として社会に加えてもらいたいというような内容を堂々と話していた。
そしてその挨拶を聞いていたフォロウと彼女の目が偶然合った時、彼女の瞳にギラギラとした強い光が宿っているのを感じ取ると、フォロウは何故だかその少女に恐れを抱いた。
その理由は彼女の事を観察していてすぐに分かった。トラブルに対して常に矢面に立ってその場を収めようとし、相手が大人でも悪人でも怯むことなく舌戦を繰り広げる。時には力ずくでの話し合いになる事もあるが自分に被害が出るのもお構いなしに相手と対峙していった。
そんな調子だったので彼女には敵が多く、フォロウ自身もあまり関わり合いたいとは思えなかった。そんな彼女の別の一面を見ることになったのは、やはり偶然からだった。
とある日の夜、エイペックズの少年達が自警団に捕まった事があった。
彼らは住民から依頼された仕事を終わらせてオフィスに戻る所だったのだが、不審者として見回りの自警団に拘束されたのだ。
少年達は何もしていないと主張しているが自警団達は全く取り合ってくれず、結局彼らが呼んだアリシアが間に立って強引に彼らをその場から帰らせた。
その場に残ったアリシアは当然団員達から責められたがそれも一蹴、一気に場がヒートアップした。もしこの時偶然フォロウが近くを通りかからなかったら取っ組み合いになっていただろう。
双方の事情を聴いたフォロウはとりあえず後日改めて場を設けて話し合う事で何とか双方を納得させ大事に至る前に場を収める事に成功した。
自警団員達をその場で見送った後アリシアの方に身体を向けると彼女はもういなくなっていた。
いつも彼女はこんな感じだったがそれでも気になったためフォロウは近くを探してみる。
団員達が歩いていった方向と逆の道を辿り、初めの角を覗き込むと、彼女は路地の奥の方で壁に両手と頭を付けてうなだれていた。
さっきまで元気な姿を見せていただけに気になったフォロウは彼女を刺激しない様音を消しながらゆっくりと近づいてみる。
暗がりから彼女の顔がうっすらと見えてくる。
腕と伏せられた顔のせいで表情までは分からなかったが、顔を伝って落ちていき、地面にポツポツと跡を残していく涙を見たとき、フォロウは思わず足を止めた。
彼女の涙に完全に動きを止められ、どうしていいかわからず軽いパニック状態を起こしているフォロウの耳に、自分に言い聞かせる様に呟いている彼女の声が聞こえてきた。
「……大丈夫、何でもない。……大丈夫、まだ出来る。……あんな連中に皆を好きにされてたまるか。自分たちの事しか考えてない大人達に負けてられるか……!」
呟きながら無意識のうちに腕や指に力の入っていくアリシア。
指を全て折り曲げて拳を作るとおもむろに壁を殴りつけた。鋭い拳の動きは壁を震わせ乾いた硬い音を呼び起こしたが衝撃が強く、その小さな拳はじんわりと血がにじんできた。
拳の痛みを気にしていないのか彼女はもう一度拳を後ろに引き、壁に向かって突き出した。しかしその腕は宙にとどまり再び壁を打つことは無かった。
手首に感じた違和感と腕に掛かる強い力。突然の出来事にアリシアが顔を上げて自分の腕を見ると、さっき別れたフォロウに手首を掴まれ、腕ごと下に下ろされていた。
少しの間、アリシアはその腕をじっと見ていたが、ハッと我に返ると顔を上に向け、いつものキッとした鋭い目つきでフォロウを睨みつけ、そして軽く動揺した。
アリシアを見るフォロウの目は他の大人たちや年上の少年、少女達のような自分たちを見下したり軽蔑するようなものでは無かった。
本気で自分の事を心配している、そして慈しむ様な目だった。
傭兵になって初めての出来事に彼女は言葉を失い、しばらくその場で動くことが出来なかった。
壁を殴りつけていたアリシアの拳を止めたフォロウは、彼女の目に浮かんでいた涙にアリシアの年相応の少女の部分を見つけてしまった。
誰も助けてくれない、助けを求めても誰も反応してくれない。
そんな辛さと孤独感を抱えながら仲間を引っ張っていく。
それでは見た目と違って強く、厳しく、激しくなってしまっても仕方のない事だろう。
二人はそのまましばらく、お互いに相手を見つめ合うような形で止まってしまった。
お互いこの状況から抜け出そうとして相手にかける言葉を探すが、こういう時に限って言葉そのものが出てこない。
ましてこの二人が仕事以外の場で話をするという事自体が無いのでなおさらだった。
二人とも動きが止まってから数秒、アリシアの手首を掴むフォロウの手に無意識のうちに力が入る。
痛ッ、と小さく彼女が唸るとようやく今の自分の状態に気付いたフォロウが慌てて彼女の手首を離す。
掴まれていた手首を反対の手でさすりながらアリシアは先程と変わらないキツイ目つきでフォロウを見る。
これ以上は一緒にいない方がいいと思ったフォロウは彼女のそばから立ち去ろうとして、少し迷ったのち彼女の方を振り返った。
「あの、アリシア。何か、何かあったら相談してよ。まだ大したことは出来ないけれど、力になれることがあったら僕も手伝うから!」
早口で思ったことをまくしたて、気恥ずかしさでいっぱいいっぱいになってしまったフォロウは逃げる様にその場から走って立ち去って行った。
一人その場に残されたアリシアは、フォロウが走り去っていった通りへ抜ける路地をずっと見ていた。自分の体の中に芽生えた暖かな感情と共に……。