14th ACTION 『貴方は何も分かってない』 「ちょっと待ってください!」
キリカシティに現れた合計十機の暴走コンバットアーマーは、その場に居合わせた冒険者たちによって全て無力化させられ、被害は最小限に食い止められた。
この騒ぎの中心に巻き込まれた街の公務員の一人が危険が去ったことを伝えるよう町長に進言した。ところが町長はそれを押しとどめ、自分の指示があるまで避難解除を行わない様に、その場にいた各職員たちに命令した。
この言葉には職員のみならず、その場にいた冒険者や自警団員たちも驚かせた。すぐに職員たちが事情を問いただそうとしたが、それより早く町長が動きだすと、彼は真っ直ぐリカルの元へと歩いていった。
急に近づいてきたのでまた何か文句を言ってくるのかと思ったリカルは、反射的に身体をこわばらせて身構えた。
しかしリカルの手前一歩半までやってくると、次の瞬間町長はリカルに深々と頭を下げてきた。
さすがのリカルもこの行動には訳が分からないといった感じで思わず目を点にしてしまい、説明を求める様に周りの人物たちに顔を向ける。しかしなぜ突然このような光景になったのか誰も理由が分からないため、彼女と目が合った人たちは全員首をかしげていた。
ロックもいきなりしおらしくなった町長の事がよく分からなかったので、両手を肩の位置まで持ち上げながら肩をすくめて、さっぱりわからないとポーズをとっていた。
「どういったつもりかはわかりませんが、とりあえず頭をあげてもらえませんか?」
この状況がまだ上手く飲み込めていないが、畏まれ続けるのも居心地が悪い。ようやく声を出したリカルに従って頭を上げる町長だが、その表情自体は先程と変わらないものであった。
「君達冒険者は好かんけど、さすがに迷惑をかけ続けたから頭を下げてみたのだがね。気に入らなかったかね?」
周りの反応にやや不機嫌になりながらも口調を変えずに淡々と話すのは大人としての余裕、もしくは町長としての威厳を見せるためだろうか。
とにかく相手に争う気が無い事を確認できたことで、リカル達も幾分か肩に入っていた力が抜けていた。
「これはわざわざ、そのように改めて挨拶していただけるとは、仕事とはいえ嬉しい事ですね」
そんな二人の間に割って入ってきたのはロックだった。
二人が声の方向を向くと、傷が開いてしまったのか右腕をかばうようにしながらゆっくりと、たどたどしい足取りで近づいて来るロックの姿があった。
足がよろけて倒れそうになったロックに思わず駆け寄ろうとするリカルだったが、彼の近くにいたリープがリカルよりも素早くやってきて彼の身体を支えると、そのまま無理のない姿勢で彼の歩行を助けながら、二人で町長の近くまでやってきた。
「君にも迷惑をかけたね。私たちのために怪我までさせてしまって」
その姿を見た町長は、内心動揺をしながらも、それを表に出すことなくロックにもねぎらいの言葉をかける。
対してロックは元々原因を作った町長を許すつもりが無かったので、直接糾弾することはしない代わりに心理的な罪悪感を植え付けてやろうと考えて半分演技をしてみていた。
効果はあったようだがロックが期待していたよりは効いていないらしく少し不満があったが、露骨にやりすぎるとまた不快感を持たれるのでこれ以上することはやめることにした。
「僕たちのしたことなど、微々たるものですよ。もっと活躍した人たちがいるのですから」
「……そうかね?しかし彼らは街と住人を守ることが仕事なのだから当然だと思うのだが……」
まだ怪我が苦しいといった演技を続けながら当たり障りのないセリフで纏めるロック。その彼の目が自分を通り過ぎて遠くを見ている事に気付いた町長は、後ろにいる自警団に目をやってから、やや間を置い
て言葉を発した。
「ええ、自警団の方たちも身体を張ってくださりましたけどね。でも僕が言っているのはそちらじゃあないですよ」
町長の言葉にロックは小さくゆっくりとかぶりを振るとそれだけ伝える。
町長は何も答えなかったが、その表情がわずかに歪んでいる事が判る。
実のところ町長はロックが誰の事を指して言っていたのかが分かっている。だからあえてそれに触れないようにしたのだが、ロックが言ったように彼らの活躍も大きいところがあり、それに町長は先程自らロックに感謝の言葉を述べたため、冒険者だからだという理由で彼らを無視することも出来なかった。
先ほど以上の間を取り、歪ませた顔を更に渋い顔にしてシッポを地面の近くまで垂らすもすぐに表情を元に戻すと、町長は重く、大きな足取りで一歩ずつ歩みを始めた。
歩みの先には町の各状況を伝える他に散っていった仲間の報告を聞いている自警団員達の後ろ、仕事を終わらせたので撤収の準備を始めているエイペックズのメンバーに向かっていた。
「あら?……わざわざボク達の所にまで来て、一体どういった御用でしょう?」
近寄ってくる町長に気が付くと、アリシアは自分と町長の間に出ようとしたプライドを軽く押しのけて一歩前に進み出た。
口調は大人しく丁寧なものであるが自分より背の高い大人を相手に上目づかいに睨みつけるその目は鋭く、大人も唸らせる程の眼力がある。
美人系の彼女がそのような目つきをすれば、それを見せた人達にクールビューティーと称させることも出来るだろうが、生憎と彼女の目はそんな感想も言わせる暇がないくらいに鋭く突き刺さる、針の様な視線であった。
そんな目で睨まれるのだから町長もつい身体をこわばらせてしまったが、彼女とのやり取りは大体こんな感じから始まるので、町長にとってもいつもの光景でしかなかった。もっともこの目に慣れることが出来る人間はそうそういないのだが……。
「むっ……、いやなに、向こうの彼らに礼を述べた以上、同じ冒険者である君たちに何もしないわけにもいかないからね。街のためにありがとう」
口調や表情を変えることなく淡々と決まり文句の様な礼の言葉を述べていく町長と、睨みつけたまま微動だにしないアリシア。
平静を装っているが町長の手は自分のスーツの裾を強く掴んでおり、プルプルと小刻みに震えている。
よっぽど嫌っている自分たちに面と向かって礼を言う屈辱感を持ちながらも、周りの目に配慮して自分の感情を抑え込んでいる事が、二人を少し離れたところから見ているプライドにもよく伝わってきた。
そしてその町長の心情は正面から彼と顔を合わせているアリシアには手に取るようにわかるものだった。
なぜなら彼女も町長に対して思うことを持っているからだ。
街のために働いてみてもメンバーの昔の悪行がいまだに尾を引いて誰も今の彼らを見ようとしない。
不当な評価をうけながらそれでも一生懸命に活動しているが、町の有力者たちは暴力行為や不良たちを取り締まるという名目でチームの解散に躍起になっていた。
そんなことがあったのでアリシアはいつも町長をはじめとするお偉いさんの大人達と、言葉や態度で対立してきていた。
彼女の年恰好に似合わないボーイッシュな服装も、大人達に舐められないように振る舞うために、といった事情から来ていた。
そのような永遠に交わる事のない、平行線の二人。
理由はどうであれ相手に頭を下げるなんて事はプライドが許せない。自分たちがそうであるからこそ相手が思っている事もわかる、奇妙な関係をしている大人と子供である。
「……わざわざありがとうございます。後は大丈夫ですよね。ボク達はこれで撤収しますのでよろしくおねがいします」
心中穏やかではない町長を見ながらアリシアは久しぶりに彼をやり込めた事に気分を良くしたが、これ以上この状況を続けて後日因縁を付けられても嫌なので、表情を変えずに町長の言葉に受け答えをすると仲間たちを連れてその場を立ち去ろうとした。
「ふ、二人ともちょっと待ってください!」
ところがここで二人を呼び止めるという、思わぬ声が上がったため、アリシアと町長はついその場に足を留めてしまった。
立ち去る機会を失ったことは予想外だったのか、二人はいささか気まずい表情を浮かべて声の主に視線を送った。
二人の視線の先にいたのは町長と一緒にいた初老のネコ族の男性と、彼を連れてアリシアたちの元へとやってくるフォロウだった。
「何かね、一自警団長の君が私を呼び止めるとは」
「フォロウ、何もこんな時にボクを呼び止めなくても……」
声の主に対して口々に意見を述べる二人。その言葉に圧されながらも声の主、フォロウは瞳の奥に何かしらの決意に似たような光を宿しながら、彼らに詰め寄っていく。
「町長、お願いします!もっと彼らの能力を評価してあげてください!アリシア、君にも不満はたくさんあるかもしれないけど、そろそろチーム全体の事を考えて行動してもいい頃じゃないのかい!」
声を張り上げ、二人を交互に見ながら臆することなく踏み込んでいくフォロウ。
気迫のこもったその勢いには当事者の二人はもちろんの事、周りで彼らのやり取りを見物していた人達をも驚かせた。
普段の彼を知っている人たちからすれば、犬猿の仲であるあの二人の間に割って入って自分の意見をはっきりと伝える事などまるで想像できない事態が起こっているからだ。
そしてその驚いている人たちの中には、もちろんリカル達も含まれていた。
出会ってまだ二、三日しか経ってはいないが、フォロウに対するロック達の評価は、自分の考えを持ってはいるが押しが弱くて、結果自分を出すことが出来ないヤツ、といったものだったからだ。
「……急にどうしたんだ?あいつ」
「ホント、自分からケンカ腰の二人の所に飛び込むなんてムチャをするようには見えないのにね。何かあったのかしら?」
「お、やってるやってる。やっぱり自分の気持ちを伝えたかったら自分から動かないと」
フォロウの豹変ぶりに首をかしげるリープとリカル。そこに聞きなれた声が聞こえると、その声の主は彼の変化について何かを知っている様だった。
『何か知ってるの!』
彼の事が気になっていた彼女たちは声を聞いてから一瞬の思考の後、その意味を理解すると一斉に振り返って声の主、コーラルに詰め寄っていた。
コーラルは流石に慣れてきたのか、予想通りの反応をしてきた彼女たちに驚くでもなく大きく一つ頷いてから、知っている事を説明し始めた。
「戦闘が終わったのを見計らってここに来たのですけど、彼があの女の子の方を見ていて傍に行こうか迷っている感じで挙動不審になっているところに出くわしたのですよ」
「え、ちょっと待って、戦闘終了してからすぐこっちに来たの?避難していたんじゃないの?」
「いくら君達と戦闘能力に差がありすぎるからって、言われてそのまま避難できるわけ無いだろ?町の人たちの避難誘導を手伝っていたんだ」
リカルの言葉を聞いた時、そこまで頼りなく見られているのかという思いが出てきたため、コーラルは思わず憮然とした表情をすると少し不機嫌そうに言葉を返す。
あまり見せない彼の態度に慌てたリカルは反射的に頭を下げて謝ると、隣にいたリープもつられて彼に謝っていた。
普段は軽い態度で接してくるリカルが丁寧に謝ってきたことに少し違和感を覚えながらも、素直に謝ってもらったコーラルは機嫌を直すとそのまま話の続きを話してくれた。
「しばらくするとオーナーたちの所にもやってきた、あのなんだか偉そうな人の方も見だして動くか止めるか、優柔不断な感じになっていたので私から声をかけて、それで一言言ったのですよ。まず自分から動かないと状況は変わらないって。オーナー達から教わった事ですけどね」
コーラルからの説明を受けた二人は、それぞれがそれぞれの解釈で納得をしながら再び三人に目を向けた。
彼らの話には初老のネコも加わり、かなり真面目に話が続いている。リカル達の事はすでに誰も気にしていないようで、彼女たちはもうこの場にとどまる事の意味を失っていた。
「なんかあいつらだけで話しだして、俺たちがここにいる必要もう無いんじゃねえか?」
「そうねー、だれも何にも言ってこないし。今日はもういいかなー?」
「ここにいる必要ないんなら、もう帰りたい」
どこかから聞こえてきたか細い声に、三人があたりを見渡すと、リープの腰のあたりを掴みながら荒い呼吸を続け、足元をふらつかせているロックが更に言葉を続ける。
「身体イテェし気持ち悪ぃ、思ったより血が抜けてったからフラフラする。も、演技無しで立ってるだけでもマジパネェ」
自力で傷は塞いだがケガのダメージが大きすぎたのか、ロックは今にも倒れそうな感じで何とか立っていた。
話に夢中になっていた三人は今更ながらに彼の容態の悪さに驚き慌てると、まずリープにロックを背負ってもらい、コーラルに支えてもらいながらロックを船まで連れ帰る事にした。
リカルは近くにいた市庁舎の職員を捕まえると、急用で先に帰る事と、町長には後日改めて会いに伺うのでそれを伝えてほしいと伝言を残し、三人を連れてその場から急いで立ち去った。
「うぁ、もーダメ、意識トビそう。スゲー眠いわー」
「おいおいここで寝るなよ。必要な処置が全部出来てないんだろ?寝たままそれっきり帰ってこないとかになったら冗談じゃないから帰って先生に診てもらうまで起きてろ」
生存確認のためにロックが寝ない様に話しかけながら、リープは歩く速度を速めて町の外へと向かって行く。
リープの速度についていこうとコーラルも速度を上げ、リカルは少し駆け足になった。
完全にこの場所から立ち去る直前、コーラルが後ろを振り返ると、フォロウが何とか話をまとめようと頑張っている姿が目に入った。
「あの様子でしたら彼とオーナーたちの契約も完了するでしょうね。自分の力で彼女の気を引くことが出来そうですし。このまま仲を進展出来るか、応援したいです」
自分と近い歳のフォロウが頑張っている姿を見て、まるで自分の事の様に喜ぶコーラル。
ロックを支えている腕にも力が入り、彼ごとリープをグイグイと押していき、急に後ろから押されたリープはコーラルの動きに合わせるので精いっぱいになっていた。
「……本当に上手くいくかしら?」
それに対してコーラルと一緒に後ろを振り返っていたリカルのセリフは、浮かれている彼に気を遣っていたものの、その言葉や口調には色々とネガティブな雰囲気が含まれていた。
「……じゃね?」
彼女の言葉に合わせる様にロックも何かを呟いたが、声を出す気力も失っているのか、ほとんどの声が風に溶けてしまって全員に聞こえることは無かった。