13th ACTION 遅れてきたモノ (最後)
全ての無人CAを撃退した冒険者たちは、敵のさらなる増援が来ないか周囲を警戒し始めた。特に初めにCAが現れた庁舎は同じく機械体のリープが念入りに調べるが、すでに避難が完了している屋内には人はおらず、他に動く物体の姿も確認できなかった。
彼女が屋内を調査中、リカルは撃退したCAの残骸を確認し、機能が完全に停止していて危険が無いかを調査していた。調査のかたわら、ハッチを開けて中身を漁ったり胸部以外の比較的損傷の少ない箇所に手をやっては中を調べ、まだ使えそうなICチップや電子部品を見つけてはそれを回収していった。
これは別に盗んでいるわけではなく、CAを撃退した分の正当な謝礼としてもらっていこうと考えており、そのためにあらかじめ品物を選定しているのである。
ロックは自身の治療を続けながら、撃退したCA達と、そのCAの様子を見て回っているリカルを注意深く観察していた。完全に安全を確認しない限りはまだ何が起きるかが分からないからだ。
例え満身創痍でまともに対応が出来ない状態だとしても、それが戦える者の最低限の務めと言うものである。途中から戦闘に加わったプライドも、ヘルメットのバイザー部分を上げるとロックに倣って周囲の警戒を行っていった。
その間に自警団のフォロウはロック達から離れて、今まで戦場になっていた場所から反対の方に歩いていく。足を進める彼の先には数人の人物が集まっており、フォロウの目的となる人物もその中にいた。フォロウが彼らに向かって歩いていると、その中の一人が突然歩き出し、他の人物たちも慌ててその人物の後を追いかけた。
フォロウが会おうとしていた人物、町長は歩む速度を全く変えずにフォロウのそばを通り過ぎる。そのまま真っ直ぐ歩いていくと、ロックとプライドも通り過ぎてどんどんと歩いていく。突然視界に入り込んだ町長にロックが声をかけるが町長はそれを無視して行く。
インカム越しにロックの慌てている声を聞いたリカルが顔を上げると、町長が歩いてきているのが見える。彼の視線と歩いている方向を見て自分に向かってきている事に気付いたリカルは嫌そうに渋い表情を作ると、それを隠そうともせずに町長の元へと出向いていった。
「わざわざこっちまで来るとは何の用でしょうかね?CAを破壊したことを今更とやかく言うつもりだっていうのなら聞く気はありませんよ」
「私だってそこまで馬鹿な事を言うつもりはない。ただ、今回は個人的に迷惑をかける形になってしまったのでね、個人的に感謝の言葉を言わせてもらいたい」
「謝罪からじゃなくて感謝ですか。まあ謝る相手はアタシ達の他にたくさんいるわけですからこだわりはしませんけどね。それにアタシ達としては二言三言の台詞よりも、もっとちゃんとしたモノで落とし前をつけてもらいたいし」
不機嫌さを隠さないリカルの声が遠慮なく町長を責め立てる。直接言葉にしないで遠回しにしている分、彼女の意地の悪さがうかがい知れる。
もちろん町長もリカルの魂胆が分かっているが、周りの目の事を考えると何も言い返さずに黙ってその言葉を聞いていた。
その二人のやり取りはその場にいる全員の目を集めるのに十分で、ロックとプライドも思わずこの二人を視界の中に捉えていた。
その瞬間だった。プライドが最後にキャノンで吹き飛ばしたCAの一機が小さく身体を震わせたかと思うと腕で上体を小さく起こし、融解して左側三分の一が無くなっている顔で二人に視線を向けた。プライドの放った一撃は確かに強力なものであったが、確実に急所を撃ち抜いたというわけではなかったため、満身創痍ながらもまだ一機生き残っていた。
CAは残っているエネルギーを背中に集めると、まだ生きている推進用ブースターに溜めていく。脚部も損傷しているため上手く立ち上がる事が出来ないが、それがかえって自分の存在を隠すのに役立っている。
町長に食ってかかっていたリカルは段々と言葉を選ばなくなってきてストレートな物言いになってきて、初めは何も言い返せなかった町長も彼女の言葉の変化を聞くと流石に我慢が出来なくなってきたようで、彼女に対して反論を開始するとその場の熱が一気に過熱。もはやその場にいる人物は全員二人の論争に釘付けになっていた。
その裏で準備を行っていたCAは、一番近くに立って言い争いをしている二人に狙いを定めると片腕と足で身体を少し起こし、背中のブースターに火を付ける。点火数秒後、ブースターの火勢が安定するとCAは足と腕にそれぞれ力を込める。
「町長、リンさん!避けて!」
突然あたりに響いた少女の声に周りにいた人達は何事かとあたりを見渡す。
「姉貴?」
そうつぶやいたプライドの言う通り、声の主は彼の姉であるアリシアのものだった。プライドとロックは同時にリカル達の周囲に目を配り、アリシアの叫んだ理由を探してみた。
それとほぼ同時に、身体を起こしていたCAが背中のブースターをふかして前進。一番近くにいたリカル目がけて一直線に突撃、右腕に装備している小剣を突き出しながら襲い掛かってきたのだ!
CAに気付くことは出来たが町長とのやり取りに熱中していたリカルは反応が一瞬遅れてしまい、避けることも身を守ることも出来ない。周りで見ていた人達も、今目の前で起きようとしている惨劇に対して反応する事も出来なかった。
目の前に迫るCAの凶刃。それを何とか避けようとリカルは身体をひねってみるがCAの動きの方が早い。当たる!リカルが思った瞬間突然横の方向から何かが身体を覆いかぶさり、彼女は立っていた場所から弾き出され、地面に突き飛ばされる。
余りに突然の事なのでリカルは何が起きたのか理解できなかった。前のめりに突っ伏した身体を起こしてから吹き飛ばされた方を見て、そしてようやく何が起きたのかを彼女は知った。
白地に青紫色のアーマー、背面部から生えてきているウイングパーツを持つCA。リカルはCAの攻撃から自分を守ってくれたCAの姿を見て、すぐにその正体に気付いた。ロックである。
リカル達に敵が迫っていた事に気付いたロックは、リカルがCAと激突する直前に立っていた場所から飛び出し、アクセラレート・ステップでリカルに接近。
彼女を抱きとめてから その場を離れようとしたが、少し後ろにはまだ事態を飲み込めずにいる町長が呆然と立ち、リカルを抱えていたロックも一瞬動きが止まってしまったためこの場を避けることは出来ないと判断した。なのでロックはリカルをわざと横に突き飛ばし、そのまま先ほどまで治療を行っていた右側の腕から相手CAと激突した。
ガギン!と甲高い音と共に、ロックの身体はCAごと後ろに押し飛ばされる。
武器の攻撃は相手の腕ごと脇に通して受け止めたため今回は傷を負うことは無かったが、勢いのまま全身で密着してくるCAそのものの動きを止めることが出来なかった。
加えて先ほど受けた腕の傷がまだ完全に治っておらず、ロックはぶつかり合いの度に走る激痛に耐えなければならないためCAの動きを止める事すら困難を極めていた。
ロックにかばわれたリカルは一瞬の戸惑いの後、とにかくCAをロックから引き剥がそうとして、ロック達の後を追いかける。しかしCAに飛びつこうとした彼女よりも先に、上空から急降下してきた他腕部モードのリープがCAの身体をがっちりとつかんでロックから無理やり引き剥がす!
彼女は調査をしていた庁舎から出てきた時に、リカルに迫るCAの姿を見た。すぐに翼を作って飛び出すとリカル目がけて低空を飛んでいく。
リカルの救援が間に合うかギリギリのライン、リープがリカルに向かって腕を伸ばしたのと同時に、高速で飛び込んできたロックがリカルをかばってCAと激突した。
ロックがリカルを助けたのでリープは速度を緩めたが、今度はロックがCAに競り負けて遠くへ引きずられていく。リープは大きく翼を羽ばたかせると高度を上げて方向転換、速度を付けて急降下を行い、身体のモードを変えながらロック達に追いついた。
相手CAの両腕を一本ずつ掴むとその腕を左右に広げ、別の二本の腕で損傷をしている脚を握って磔の様なポーズを取らせる。その状態でリープはおたけびをあげながら残った四本の腕を使ってCAの背中を殴り始めた。背中を殴られるたびにCAの身体は胸部が押し出されるように盛り上がるため、かなりの力で攻撃されている事が分かる。
技も何もない、力任せの打撃による連続攻撃はCAの精密機器に確実にダメージを与えていた。しかし怒りのまま振るっていたリープの、どれだけ打ち込まれたかよく分からない拳がCAを再度殴った時、バギっ!と音をたてて彼女の腕は拳の部分からひび割れを起こし、次の瞬間まるで砂糖菓子が風に吹き飛ばされるかのように、腕の半分が消滅していった。
力任せの攻撃は、彼女の腕を作っているレギオンメタルにも負荷を与えており、その負荷が限界を超えてしまったためメタルの結合が剥がれて腕を作れなくなったのだった。
粉砕した片腕を見て“しまった”と云う表情を浮かべるが、それでもリープは磔にしている残りの腕の力は抜いたりしない。彼女の前からはロックが、後ろからはリカルが走ってくるが、一人が三人になった所で決め手が無くてはどうにもならない。
「機械の姉さん、CAの正面をこっちに向けてくだせえ!」
先ほどから度々飛び込んでくる、リープの通信センサーに直接送られてくる通信音声。突然現れて一方的に指示してくるのが気に食わないが、その声の主に助けてもらっているのも事実なので、リープは言われた通り声のした方にCAの正面が向くよう立ち位置を調整して、腕をいっぱいに広げてCAがよく見える様にした。
一方リープにCAの正面を見せるように頼んだプライドは、手足を束縛され、エンジンのある胸部を前に突き出される形で大きく身体を開かれながらこちらを向いている人型のモノを、鋭く目を細めながら見ていた。
(中身の無い人形でも、あれはあれで中々そそる姿してるな……)
下世話な考えをしているが、戦いの最中のためなのか表情を崩すことなくCAを見てから、彼は自身の右腕、正確には右腕についている物体に目をやる。
「姉貴、あとどのくらいで準備出来る」
「後は核にパーツを付けていくだけ。もう少しよ」
プライドの言葉に答えるアリシア。その周りにはもう三人、アリシアとプライド姉弟より少し年下のイヌ、ネコ、トリ族の子供たちがプライドの右腕に何かの機械部品を取り付けていた。
「1番と2番のパーツ、本体に繋いだよ!」
「3番から8番までのドッキング、もう少し!」
「9番、10番部品の接続完了。8番までの部品を本体に接続出来たら作業に入れる」
子供たちは自分の作業状況を伝えあいながらプライドのCA右腕部分についている核部品に本体部品を繋げていく。そうやって三人の子供たちが分担しながら組み上げられたモノは、かなり大きなサイズのライフル銃だった。
黒い光沢のある銃身と本体の全長はプライドの身長よりも少し長く、棒状の鉄塊と言えるほどの重量感を持っている。
サイズも重さも規格外なので、完成品をあらかじめ持ち歩くことも出来ない。だから今プライドたちが行っているように、現場で彼のCAにコアパーツを取り付けてから、組み立てを行い運用する。
今のプライドの右腕にはCAに銃身を固定するためのコアパーツが何か所か取り付けられており、それを軸にライフルが組み立てられている。かなりの重量があるため腕を下に下ろしたままにしており、銃身はアリシアと子供たちで支えられる事でようやく立っていられるのだった。
「プライド、組み立ては終わったよ」
「やっとか、まってたぜ。……ギガクラスウェポン、対物破砕用ライフル、ティターン・ハンマー。CA、龍帝魔のサイバーフレームにリンクスタート」
プライドが音声でCAにコマンドを入力すると、CAと銃を繋いでいる数基のコアパーツにCAからの電子神経が繋がり、アプローチをかけていく。
プライドが声に出したサイバーフレームと言うCAのメイン骨格を構成するパーツが武器にアプローチしており、リンクが完了すると追加された武装の重量をCAが再計算し、追加武装への力のかけ方やバランスのとり方など、機動性関係の調整を行うことで追加装備した武装をCAで使用する事が出来る様になる。
重量補正を行わない普通のパワードスーツの様に手や肩、背中などに装備した武装の重さに悩むことが無い、高度な戦闘補助を行う非常に便利なフレームであるが、これは副次的な能力であり本来は全く別の理由で使用されている。
生身でRWと戦う事も出来るCA、戦闘用の装備も積み込むと当然重量は重くなる。その重さとRWに負けない機動性を持たせるため、CAにはエンジンが付いておりオイルが流れ、関節は機械駆動で伸縮する。
しかしどれだけ機動力があっても、装備者の反応速度に追いついてこれなければ意味が無い。腕を動かしたいとき、機械の反応が遅れてしまって腕が動かず攻撃される様な物は欠陥品なのだ。
そのため装備しているヒトの思考と身体反射を即座に読み取り、身体の動きに合わせて即機械の駆動が出来るシステムが必要となった。
そうして開発されたのが、サイバーリンクシステムを応用した装着者の全身に纏わせることでアーマーと電子的にリンクさせ、ヒトに合わせた反応速度を機械に持たせるフレーム。これがサイバーフレームである。
サイバーフレームとライフルのリンクが完了したのを確認してから右腕を少し持ち上げてみる。するとプライドの右腕はとんでもない重量物をくくり付けているにもかかわらず、全く重さを感じさせない動きで水平に持ち上げる。
そのままの体勢で肩に乗せているパーツに付いているスイッチを押すと、中からマガジンラックがスライドして飛び出す。少年の一人がそれを見て何の弾丸を使うか聞いてきたので、プライドは左手を少年に差し出す。
「メガクラスの対物用炸裂弾くれ」
プライドに言われると少年は、各種弾丸が入っている背負いケースの中からM-Eと書かれたマガジンを取り出すとプライドの左手にそれを乗せる。受け取ったプライドは左手だけでマガジンをラックに入れると、出てきた時と反対にスライドさせて収納をする。
右腕を真っ直ぐ伸ばしながら左手で銃身に付いているレバーを握ると、身体全体を使って照準を合わせ始める。腕に銃本体を直接くっつけているため、身体全体を使わなければ使用することが出来ないからだ。
銃身をゆっくり、ブレるなく動かして標準を合わせるプライド。プライドの視線の先には最後のCAが一体、先ほどからリープに両手両足を掴まれた状態で動きを拘束されている。
CAの胸部、エンジン部分を照準に収めると、プライドはライフルのトリガーに指をかけて一呼吸置いた後、躊躇うことなくそれを引いた。
ライフルから大砲の音にも似たドン!と言う轟音が発せられ、振動がプライドの右腕を駆け巡る。CAのおかげで衝撃で身体が粉々に吹き飛ぶようなことは無いが、それでも負担はかなりのものだ。
彼のそんな苦労と共に撃ち出された弾丸は狙い通りに真っ直ぐ飛んでいきCAの胸部に命中。銃身から高速で回転をしながら発射された弾丸は高熱を帯びて胸部装甲を貫通、エンジン部に到達した弾頭の火薬が衝撃に反応して炸裂!
弾丸が弾けた音と衝撃がCAを通してリープの腕に伝わる。
一瞬で強力な力が腕に掛かったため思わず彼女はCAを地面に落としてしまう。
ガシャン!と大きな音を立てて地面に落ちたCAだが、動力を撃ち抜かれて機能を停止させたそれは、支えを失ったマネキン人形のようにおかしな姿で地面に身を崩しピクリとも動くことが無かった。
一番近くにいたリープが用心をしながらCAの手首をつかんで持ち上げてみる。CAの腕はだらりと持ち上がり、その身体には一片の力も感じられない。
「……大丈夫だ、終わったぞ」
目の前のCAを調べつくしたリープが結論付けた言葉がインカムを通して伝わると、ようやく全てが終わったことを知り、その場にいる全員から安堵の表情が見えだした。
肩を押さえているロックに駆け寄るリカルにも、彼らにかばわれ呆然と立ち尽くしていた町長にも、その町長の元に集まる職員やフォロウ達自警団にも、そしてロック達に協力してくれたエイペックズの少年傭兵たちにも、みんなが激戦が終わったことを喜んでいた。
「プライド助かった。ありがとうよ」
インカムでまず礼の言葉をプライドに伝えるロック。彼の声を聞くとプライドはロックの方を軽く見る。
「なにこの程度、気にしないでくだせえ」
そういってロック達に声を返すが、彼の声は喜んでいるような明るいものではなく、むしろまだ何かがありそうな、心なしか緊張した物に聞こえてくる。その理由は、彼が今見ている視線の先にあった。
「……それにまだ、この一件はおわっちゃあいねえんですのでね。話はこれからでさあ」