12th ACTION 『遊びでなきゃやってらんねえよ』 (ネコが吠える)
「ロックさん!肩大丈夫ですか!?」
「大丈夫……に見えるか?」
開口一番のフォロウのセリフをロックが切り返すと、フォロウは言葉を無くしてしまった。へっ、と軽く笑うとロックはもう一度バンカーを構え、手甲剣が付いているCAの左腕関節を狙って攻撃、腕ごと剣を切り離した。
「あんた!その腕早く治療しないと!」
立ち上がった自警団員の一人が声をかけてきた。流石にこんな姿のロックに難癖をつけるようなことは出来ないようで、純粋にロックの身を案じている様だった。
「ああ!?この位なら魔法で治せるから気にするな!」
そう言いながらロックは左手で、もぎ取った手甲をつかむと引き抜こうと力を入れる。
傷は深いが実際に魔法を使えば、時間はかかるが治療できる。だがそれも肩に刺さっている剣を抜かない事には始まらない。
傷口からは剣を伝って血がまだ流れ落ちている。右手に持っているロッドから治癒魔法を展開していなければ、失血の速度はもっと早いものになっていただろう。
剣を引き抜こうとしているロックだったが、不意に何かに気が付いたそぶりを見せると、剣から手を放してAPRを構え直し、その場にいる全員に自分の後ろに回り込むよう声を上げた。
理由を尋ねようとした者もいたが、それより先にロックが見ている方向を見た者がその理由を知ると、隠れる様にロックの後ろに走りこんだ。
ロックの視線の先、そこには電磁ロッドを構えたもう一機のCAが、こちらを見ながらゆっくりと歩を進めてきていた。
あまり時間稼ぎが出来なかったらしく、ロックは今更ながらに自分のミスに頭を掻きたい気分だった。
「全く、来てからこっち、ケガしてばっかりだ。この町、オレの鬼門だな」
「何言ってるんだお前!?この町とお前のケガなんて全然関係ないだろうが!」
ボソリと呟いた言葉だったが意外と声が大きかったようで、ロックの言葉を聞いた一人が、町の事を悪く言われたと思ってロックに食ってかかってきた。
それを聞いたロックは乾いた笑い声を出して「冗談だよ」と言ってきた。もし身体がしっかり動くようなら、きっと肩をすくめておどけた動作をしていたかもしれない。
「こんな状況でよく冗談なんて言ってられますね?」
「遊びだよ。こんなもの、日常茶飯事の遊びの一つだ」
遊んでると言われると、フォロウはロックの考えが全く分からなくなった。
こんな状況で、自分の身体が傷ついているのに何を言っているのだろう。そんな彼の事などお構いなしにロックは顔に痛みと笑みを混ぜた表情を見せ始める。
「人に言われてやっている、自分の得にもならない仕事のために、体張って命かけて、生死の狭間ギリギリのところまで来て、今にも死にかけてるくせして目の前の出来事が面白いもんだからついつい目が離せない。こんな事、遊びでなきゃやってらんねえよ」
傷で震える声を懸命に戻そうと強がっているが、ロックの視界は霞がかかったようにぼやけてきており左腕は小さく、時には大きく震えている。
一歩一歩近づいてくるCAにプレッシャーを感じるのは自分の身体が思うように動かないからか、遠くで戦っている仲間が気になるからか、そんなことを考えるのも辛くなってきた。
『ロック!』
不意にインカムから声が聞こえる、霧の中から自分を呼ぶ声にロックは意識を向けるとその声に答える。
いつも聞いているはずの声なのに、今聞こえてくる声は清らかな鐘の音の様にロックの心に響くように聞こえてくる。
これは体調のせいでそう聞こえるんだと彼は確信している。なぜなら、こう言っては彼女に悪いがロックはまだ彼女をそういう対象で見ることが出来てないからだ。
『ロック、大丈夫!?ゴメンね、もう少し足止めできればよかったんだけど』
「ニャー、無理を頼んだのはこっちだから、それをどうこう言うつもりはないよ。それよりそっちは大丈夫か?」
『悪いロック、お前の方まで支援出来ない。リンちゃんの作った武器、試作品だからどっちもオーバーヒートしちまった。こっちも勝てるかどうか分からなくなってきた』
あくまで自分に対して謝罪を続けるリカルと、支援に来れないことを伝えるリープ。
主武器がなくなりピンチの二人、そして自分は手負いでピンチ。
いよいよ笑っていられない状況になってきたが、それでもロックの表情は変わらない。
『ごめんなさいロック。街の人たちを助けようってアタシから言い出したのにあなたにケガをさせて、今も助けに行くことが出来なくって、本当にごめんなさい。本当に……』
「やめやめ、オレはそういう湿っぽい話は苦手だから、どうしてもオレに聞かせたいのなら、オレの墓の前で言ってくれ」
ロックの言葉に反応したリカルの、息を飲み込む音が聞こえる。対してリープは彼の言葉を静かに聞いている。
「でもな、もしリカルが後先考えないでこいつら相手に飛び込むようだったら、オレがお前の前に割り込んでいって、先にこいつらと戦っていたよ」
続けて彼の口から語られた言葉が彼女を気遣ったモノなのか、変な言い方をしたことを謝ろうとしたモノなのか、それを知ることはこの場にいた者たちには出来なかった。
なぜならそのセリフを口に出した彼自身にも分からないからだ。
話し終わった瞬間、ロックの身体が大きくふらつく。それを好機と捉えたらしく、CAは全速力で突っ込んできた。走りながら右手のロッドを構えると、高圧電流を帯電させていく。
「他人をかばって死ぬとか、自己犠牲の精神ってやつは、オレの趣味じゃないんだけどな……」
走ってきたCAが突然跳び上がると、ロッドを頭上に構え、ロックの頭目がけて高速で電磁ロッドを振り下ろす。
その時キズのせいでうつろになっていたロックの瞳にもう一度光が宿ると、彼は顔を上げて真正面からCAの事を睨みつけた。
「何もしないでヤられるってのも、オレの趣味じゃねえんだよ!!」
決して大きい声ではないが、鋭く突き刺さるような声でロックが吠えると、感覚の無くなってきた右手でロッドを強く握り直し、自分にかけていた回復魔法を中断してすぐに乱気流の魔法を展開させる。
巻き上がった魔法はCAの電磁ロッドを受け止め身体を宙に押しとどめる。そして治療を中断したことで傷口から吹き出した血液が乱気流に巻き上げられ、二人の間を薄紅色に染め上げていく。
攻撃ごと、CAの身体の動きを止めたロックは残る力を振り絞ってCAに近づき、左腕のAPRを持ち上げる。
乱気流越しに狙いを定めるとすぐにトリガーを引く。これで勝負がつくとロックは確信を持って攻撃を行った。
しかし銃口から発射された杭上のエネルギー弾は、狙い定めたエンジン部からかなり外れて、CAの右腰あたりをかするように抉っていった。
必殺の一撃が入ったと、そばで見ていた自警団員たちは決着を確信していたため、なぜ攻撃が外れたのか一瞬理解出来なかった。そして攻撃を避けられた当のロックは、ある一点を見ながら苦い顔をしていた。
攻撃を避けたのはCAの左腕だった。乱気流の結界に巻き込まれて身動き取れない状態のCAが唯一動かせた部位。
CAは渾身の力を込めると左腕を突き出し、結界を突き破ってロックの左腕を払いのけた。
トリガーに指をかけていたロックはその動作を中断出来ずに攻撃、破壊することは出来なかったがCAの左腕と右腰にダメージを与えることは出来た。
ロックがもう一度狙いをつけ直そうとするが、腕に痛みが走って先ほどの様な速さで動かすことが出来ない。
結界とCAがダメージを軽減してくれていたが、本来はCAの攻撃を受ければ腕の骨が折れるか、最悪は腕が千切れてしまう。とっさのこととはいえそんな攻撃を受けたのだから腕を痛めても当然の事だった。
一瞬考えた後、ロックは風の結界を解くと今度は雷嵐の魔法を発動させる。
術者であるロックを中心に魔法の雷が降り注ぎ、至近距離でそれを受けたCAをダメージと共に後ろに吹き飛ばす。
CAを強かに痛めつけることは出来たが、ロック自身も限界が来ていた。もう一度治癒魔法をかけ直しているが、先ほど失った血の量や腕に受けたダメージのせいで、身体が満足に動かなくなっている。
(あいつに勝つには刺し違えるしかないか……?)
もちろんそんなつもりは毛頭無いが、肚を決めるとロックは痛む左腕を動かし、指を曲げてかかってくるようCAを挑発する。
その意味が伝わったのかは判らないが、CAは傷を負った身体を動かし、ロックに向かって距離を詰めようとする。
しかしその時、ロックの背後、上空から機銃が斉射され、ロックが戦っていたCAとその後ろ、リカル達と戦っていたCAを攻撃してきた。明後日の方向からの突然の攻撃は流石に反応できなかったのか、CA達はよけることが出来ず弾丸を何発か食らってしまう。
突然の事に驚いてその場にいる人物たちが空を見上げると、攻撃用戦闘機が上空を飛んでいた。様々な高さのビルが建っている街の中で、ほぼ正確な射撃と操縦技術で自由に空を飛んでいるその姿は、都市の中で狩りを行う猛禽類を思わせる。
大きく旋回してロック達の真上に飛んでくると、戦闘機は何かを下に落としてきた。落ちてきたものが大きく手足を広げると、落下バランスを取りながらPRSの粒子を撒き始める。
それと同時に一番手近にいる、ロックが相手をしていたCAに対して、両手に持っている二丁の拳銃と両肩に装備している小型のビームキャノンで弾幕を張る。
向かってくる攻撃を避けだすCAだが飛んでくる弾の数が多く、攻撃の四割程は命中してしまった。
攻撃のせいでロック達からかなりの距離を離されてしまったCA。そのCAとロック達の間に割って入るように落下物は落ちてきた。
地面に激突する直前、それはPRSを使って落下速度を落とすと身体の向きを変えて、足から地面に着地した。そこでようやく落ちてきたモノの正体を知ることが出来た。
落ちてきたのはCAだった。全身薄青色の塗装だが、手足、胸部、腰部は深い青色をで塗られている。
フルプレート型のアーマーはロックやリカルの使っているモノとは違いアーマーの各所に武装が取り付けられている重武装型だった。
手には拳銃を持っているがCAの手首部分には左右の上下にそれぞれ銃口が付いている。
肩の部分には先ほども攻撃に使っていた小型のビームキャノンが、さらに背中にはビビッドレッド色をした中型の砲門が二門ついている。おそらく使用するときは背中から胴の横側に伸びて、それを腕で抱える様に持って使用するのだろう。
ロック達の目の前に立つCAが振り向く。インカム・メットを操作してフルフェイスタイプのバイザーを上げると、そこから現れた顔を見たロックは、大して驚いた風でもなく、ニッと口の端からキバを覗かせながら、ありったけのやせ我慢をしながら笑顔で話しかける。
「お前か。そんなのも持っていたんだな」