6th ACTION 少年の決意 少女の本気
この日はとにかく大変だった。
現任の村長が婚約者を連れてきたと言う事で村人が一気に盛り上がり、村では急遽リカルの歓迎会が開かれた。
広場に集まった村人は、持ち寄った食べ物や飲み物に手をつけ、歌や踊りを披露して二人を祝福していった。
当の二人は内心穏やかではいられなかったが、それでも外見は繕って村人たちの祝福を受け取っていた。
やがて夜も更け村人のほとんどが寝た頃、ようやく解放されたロックは、月明かりを頼りにある場所に歩いて行った。
そこには大きな桜の木が一本見事な花を咲かせて立っていて、水の海が一望できる彼の一番お気に入りの場所である。
桜の木の根元に座ると、ロックは肩にかけていた小型のシンセサイザーを構えて、先程から村人たちに聞かせていた、祭りの曲を弾き出した。
弾いている曲に合わせて小声で歌い出した時、後ろから小さく誰かの足音が近づいてくる。
少し寝かせていた耳を立ててその音を聞いたロックが演奏を止めて後ろを振り返ると、自分をこの騒ぎの中心に巻き込んだ少女が手を振りながら近づいてきた。
「ああリカル、さん。よくここがわかったね」
「ここにならあなたがいるかもって聞いたから」
ロックの質問に彼女は答えると、ロックの隣に腰を下ろす。
戦いでボロボロになった身体をきれいにしてきた時、ついでに着替えもしてきたという彼女は、桜色をした軽い生地のワンピースに小さな髪飾りという格好で、機能性を重視した昼間の仕事着のボーイッシュな感じと真逆の雰囲気が先ほどの彼女とはまた違った魅力を引き出していた。
元々ガーリッシュな恰好が好きだと言っていたが、身長や肩幅が大きいので自分に合う服が無く、そのため服を求めるときは自分が着れるように改造しているのだと言っていたのをロックは思い出した。
海から時折吹いてくる風に揺られて舞い落ちる桜の花びらがリカルの髪の金色を一層際立たせ、彼女の服の色と相まって、隣の彼女はまるで桜の花の妖精の様に見える。
リカルを見ながらそんな事を考えていたロックは、自分の胸の鼓動が急に早くなっていくのを自覚して慌てて彼女から顔を背け、そのまま二人とも無言でしばらく海の方を見ていた。
ロックは無意識の内に右手を唇に持っていくと彼女とキスをした事を思い出し、高まっている鼓動を悟られないよう気をつけながらゆっくりと口を開いた。
「さっきのアレの事だけど、あの人にひと泡吹かせるためだけにあんな事したの」
「……そういう考えも確かにあったけど、アタシはそんなに軽く無いよ。さっきのだって、したのは初めてだもの」
リカルのその言葉に思わずロックは彼女の方を見ると、その顔は恥ずかしさのためか赤くなっており、耳を寝かしてせわしなくシッポを動かし落ち着きが無い。
ロックは少し身体をリカルに向けると、気持ちを落ち着かせようとして自分のシッポを前に持ってきて手で揉みながら更に言葉を続ける。
「リカルさん、本当に僕でよかったの?」
「他人行儀なのはやめて、あんなことした後だから余計悲しくなる。あとアンタのそのしゃべり方、アタシ好きになれないよ。もっと自分出せばいいのに」
「本音を話してくれない人じゃ、自分を出す気になれないよ」
横目で見ながら不満声で話しかけてくるリカルにぴしゃりと一言言うと、二人の間にはまた沈黙が訪れる。いつの間に宴会も終わったようで、時々聞こえてきていた人の声や音は完全に消えていた。
「正直、一人はもう限界なのよ」
膝を曲げて足を両手で抱えると、リカルは注意して聞かないと聞こえない位に小さく掠れた声で話し始める。
そんなリカルをロックはただ黙って見ている。
「Lost、強い価値観持たなきゃ周りに流されるこんな世界。アタシは自分の考えを証明するためにハンターになったけど、気持ちをいつも強く持ち続けることも、女の子一人でハンターするのもきついのよ、実際。誰かとチーム組めばいいんだろうけど、アタシは思った事そのまましちゃうから色々もめ事が続いて誰もついてはこないし。昔、仲間になれそうないい友達がいたけど、そいつは家の都合で一緒に来る事が出来なくなって、それ以来会っていない」
ここで一度言葉を切ると、リカルは顔を上げてロックの方を向き、彼の目を見ながらさらに話を続けた。
「一緒に来てアタシの事を支えてくれる人、それでなければアタシの事を待ってくれる人、アタシの帰る場所を作ってくれる人が欲しいの」
「それで行きずりの恋をするつもりになったのか?相手もよく見ないでそんな事しても自分が不幸になるだけだろ」
「それでもアンタは信用できる」
そう強く断言するリカル、その目には先程までの寂しさはなかった。
どうしてとロックが訪ねると、彼女は真っ直ぐ彼を見て答え出す。
「武器を持っているガラの悪い連中から見ず知らずの人を助けて、その助けた人の事を最後まで面倒見てくれた。いろんな人に好かれているし、何より身に纏っている雰囲気。一緒にいて安らぎを感じる事が出来る、そう言う所でアンタを信じる事が出来る。……あなたを好きになれる」
自分の考えを言いきり、リカルはまた口を閉ざす。
リカルの告白を聞いていたロックは指で自分の頬を掻きながら、照れ隠しにシッポで桜の木の幹を軽く叩いている。
「それがアタシがロックを好きになった理由だけど、迷惑だったかしらね。アタシみたいな女に好かれて」
「そりゃまあ、いきなりあんな事されてこんな事になって、始めは何考えてんだこの女とは思ったけど」
ロックが遠慮のない口調でリカルに話すと、彼女は少し悲しそうな表情をして目を下の方に伏せる。
その表情を知ってか知らずか、ロックは一人で話を続ける。
「でもまあ、好きか嫌いかって話になったら、どちらかと言えば好きな方にはなるんだよな。もちろん恋愛感情無しでだけど。だからかな、今までのはうそでした、って皆に言う気になれなくってねぇ」
ロックの話の最後の方を聞いたリカルは、驚きと嬉しさの混ざった表情でロックの顔を見る。
ロックはリカルのエメラルドグリーンの目を見て再度口を開く。
「その目。強さと優しさ、決意と勇気の光を持っている、その目がオレは好き」
一瞬真剣な顔で自分の目を覗き込むロックに、リカルは自分の心臓の鼓動が一拍高くなるのを感じた。
言葉に詰まるリカルを見ていたロックも、ふいと目線を外すとまた海の方を見つめ出す。
「あ、でもいきなりお付き合いとか、彼氏彼女とか、そういうのは無理だぞ。オレはそこまで勢いだけで一直線にはなれないから」
海を見ながら念のために、という口調がよくわかる声を聞くと、リカルは「残念」と軽い口調で言いながらロックの顔をもう一度見る。
その時、海の方を見ているロックの目が、自分を見ていた時と違って少し物哀しそうにしている事に彼女は気がついた。
不意にリカルは村にきて感じた事を思い出し、ロックの態度に嫌な予感を覚え、それでも思い切って聞いてみた。
「この村、どうして子供ばかりで大人を全然見かけないの」
そう聞いてから彼女は彼の顔を覗き込むと、自分の予感が当たっていた事を察した。
ロックの目は先程以上に哀しさを持って遠くの方を見つめている。
「ごめんなさい、変なこと聞いて。話したくなかったら話さなくていいから」
その姿を見てリカルはすぐに自分の発言を取り繕うとしたが、ロックは軽く首を振ると、ゆっくりと静かにリカルの問いに答え出した。
「……五年前、村の子供たち全員で近くの森に行っていた時に、村に異変があった。ナノマシンって知ってる?Lost以前の技術、極小単位の機械の事。どこかから村の中に持ち込まれて、それが大人たちの体の中に入ってね、村に戻ってきた時、大人たちはほとんどが死んでいた。オレ達の両親も手遅れの状態だった」
ロックの話をただ頷きながらリカルは静かに聞く。
どこか現実味の無い話ではあったが、ナノマシンの事は彼女も取り扱う事もあるので大体は知っているし、暴走したそれが人体に悪影響を与える兵器になることも知っていた。
「村長だった親父は、自分の子供の中で一番年上のオレに後を託して息を引き取った。村の外の誰かに頼むよりは村の人間で、冒険者として色々な連中と渡り合える奴がいいと思ったんだろうな。そんな訳でオレは親父の後を継いで、見たことも聞いたことも無い事、ましてや親父の仕事なんて自分に興味の無い事、それを全部する事になった」
そこまで話して、ロックは手に持っていたシンセサイザーを地面に置くとキセルを取り出し火をつけ口にくわえる。
ハーブの煙を強く吸い込むと、キセルを口から離して勢いよく煙を口から吐き出し、指で掴んでいるキセルにじっと視線を落とす。
「それから今まで、ただがむしゃらに突っ走ってきた。右も左も分からない状態のオレがここまで出来たのは、兄弟や村の仲間、それに親父の知り合い、色んな人達に支えてもらったから。一人じゃ何もできなかったな、もともと人をまとめる事が嫌いだったから」
「託されたものは大きく、残されたものは重く、ね」
「確かに親からもらった遺産が責任、なんてのは冗談で済ませたいけどな」
そう言ってハハと彼は笑う。
自嘲気味に聞こえる声とは裏腹に無理をしていない素直な笑い。
それがかえって彼の心を縛っている様に見え、リカルはなぜか自分の心がチクリと痛んだのを感じた。
「でもみんなを捨てる事なんて出来る訳ない、だからオレは自分の気持ちを押し殺して村を守ってきた。自分がいなくなっても大丈夫になるまではそのつもり」
そこまで話すとロックはまたキセルに口を付けて話を区切る。
彼の気持ちが分かる訳では無いが、追いかけていた物が急に掴めなくなった時の喪失感はリカルにも分かっている。
口から煙をゆっくりと出している彼を見ながら考える。
自分には彼を連れ出す事が出来る。
お節介かもしれないが冒険を再開する事は彼自身の願いであり、今も修行を怠っていないと言うだけあって筋もいい。
足りない部分は補ってあげればいいだけのことだろう。
しかし彼には村を守ると言う使命がある。それがある限り彼は村を出る事は出来ない。
それが彼を苦しめている事はリカルにも分かっているからこそ、彼にこの事を話すかどうか悩んでいる。
リカルは決して同情から思っている訳ではない。自分が好きになった人の力になれたらと思っての考えだった。
「……そのつもりだったんだけどな、オレもお前と同じでもう限界」
色々考え事をしていたリカルは一瞬、ロックの言葉を上手く聞き取ることが出来なかったが、彼が体をこちらに向けて先程以上に真剣な目で自分を見てきたのでその思考を一時止めて、次の一言を待った。
一瞬本当に求婚でもされるのではないかと思ったが、彼の言葉はそれより衝撃的だった。
「リカル頼む、君の冒険にオレも一緒に連れて行ってくれ!みんなには悪いけどオレ、自分の気持ちにこれ以上嘘をついていられない。冒険したいんだ!!」
それはロックの決意の表れだった。
そしてそれはリカルを驚かせるに十分な言葉だった。
確かに自分も彼についてくるか聞こうかと考えていたが、彼の方から言われるとまでは思っていなかったからだ。
「そんなダメよ。アンタはここに必要な人でしょ、自分の勝手だけでそんな事しようなんて。子供達はまだアンタの事を必要としているのよ。それなのに連れ出したりなんかしたらアタシがみんなから恨まれるわよ」
「もともとオレが、時期がきたら村から出ていく事はみんな知っている。それが少し早くなっただけだ。なあ頼む連れてってくれ、お前の迷惑にはならないし足手まといにもならないから」
「そう勝手に話を進められるのが迷惑なのよ!アンタの力は認められるけどアタシはアンタを連れ出せない!いくらネコ族が自由で好き勝手な性格しているからって人を巻き込まないでよ!」
「何だと!始めに姐さんとの言い合いに巻き込んだのはそっちじゃないか!オレの事には巻き込まれたくないなんて言うならプレートは渡せねぇぞ!!」
形として断るリカルに食い下がるロック。互いの言葉が熱を帯びてきて口喧嘩に発展しそうになったとき、ロックのプレートという言葉に二人ともハッとして少し落着きを取り戻した。
あの後結局勝負が再開されなかったため、プレートはいまだロックの手の中にある。
二人はどうすれば自分の欲しい物を手に入れられるかと、相手の腹の内を探りながら次に言うべき言葉を探していた。
しかし次の言葉は、二人から離れた所の第三者が放ったものとなった。
「行ってきて下さい、兄さん!」
「シリュウ!いつからそこにいた!」
二人に声を掛けたのは、ロックのひとつ下の弟だった。
彼は二人の間まで歩いてくると、二人に向かってもう一度話した。
「行ってきて下さい兄さん。それが兄さんの望みなら」
「シリュウ、お前」
「ちょっと待って、本当にそれでいいの!?あなた達にとって大切な人なんでしょ、どうしてそんな簡単に送り出せるの!?」
リカルの質問にロックも頷く。
自分のことだが簡単に認めてもらえるとは元々考えていなかったからだ。
シリュウは二人に微笑みながら話しだす。
「兄さんが冒険者になる事をはじめて相談してきたのは僕です。当時の僕は兄さんほど行動力も無ければ、自分の信念や価値観も無い。だから村を出て自分の力だけで生きていこうとした兄さんは、僕の中では憧れで、そんな兄さんを応援しようと僕が村長になる事にしたんです。でも五年前の事件以来、兄さんはずっとこの村で僕達の面倒を見る事になって……」
「ちょっと待て!確かにそうなったけどそれは結果で、オレはその事を不満だと思ってない!」
「それはわかっています。でも兄さん、暇があればいつも遠くの方を見ている事、誰も知らないと思っていましたか」
シリュウに指摘されるとロックは小さく呻いてそっぽを向く。
それを見たリカルとシリュウは、それぞれの表情でロックを見て微笑んだ。
「アハハ、アンタって変な所で正直になるのね」
「悪い事した訳じゃ無いのですから、もっと堂々とすればいいのに」
「るっさい!そう言う性格なんだからしょうがニャいだろ」
むくれながら二人に抗議するロック。
その姿を見て二人にまた笑いがこぼれ、ロックも二人に感化されて自然と笑みがこぼれた。
「リンさん、兄の事をお願いできますか?」
「そこまで言うのなら構わないけどね。でも念を押すけど本当にロックを外に連れて行っていいのね?」
「この村の長になって、それでも兄は冒険の事を忘れる事が出来なかった。自分の信念を持ち続けているなら、それを後押しするのが兄弟でしょう」
シリュウの言葉にへぇ、と小さく呟くと、リカルはロックに声をかける。
「いい人たちじゃない」
「全く、オレにはもったいない位に良い兄弟たちだよ」
「ふふ、兄さんが僕達の事を思ってくれるように、僕達兄弟や村の人達もルーフォ兄さんの事を考えているんですよ」
「本当、仲がいいのねこの村の人たち。やっぱり連れていくのは気が引けるな」
「おいおい、今更そりゃないぜ!?」
リカルの言葉に抗議するロックだが、声と言葉がいまいちしまらないため逆に情けなく聞こえて、思わずリカルは笑ってしまった。
笑うリカルを見てロック達兄弟もつられて笑いだして、暗い辺りに三人の笑い声が響きわたった。
ひとしきり笑った後、ロックは二人に改めて話し始める。
「そうと決まれば早い方がいいか、明日みんなに話して村を出る。村長としてお前を任命する」
「分かりました、予定通りという事で行くのですね」
「ああそうする。……悪いな、本当ならまだお前らに色々教えるために残ってないといけないのに」
「ルーフォ、あなたの強さは世界をめぐるための強さだ。僕達の事は僕達が解決する、あなたはあなたの道を進んで下さい」
そう言うとシリュウは明日は早いからと頭を下げて家に帰っていく。
リカルももう休むと言って、ロックが手配をしておいた村の宿に向かっていく。
一人残されたロックは、桜の木の幹に体を預けてシンセサイザーを構え直す。
先ほどから手にしていたキセルをまた口にくわえ、五年前のあの日以来の出来事を思い出しながら空に煌めく星を眺め、先ほどとは別の曲を奏で始めた。