10th ACTION コンバット・アーマー (都市騒然)
「なるほど、仕事に出ていった日の帰りが遅かったのはそんなことがあったからですか」
「そうなのよ」
「そんでその日に俺もギルドオフィスまで使いを頼まれて、うちで働いてもいいって冒険者の募集広告を出してきたきたんだ」
「それから今日で三日になりますが、全く応募がないということですね」
「やっぱり募集内容がよくなかったかしら?」
町の入口付近にある露店商でこんな会話をしているのはリカルとリープ、そしてコーラル。
「内容もあるかもしれないけど、一番の理由はこの町周辺で募集をかけたことだろ?」
そして露店に並んでいる水篭燈を物色しているロックである。
この間の遺跡探索から帰ってきたリープが彼らと別行動を取った理由はこれである。あれから三日経ったが、いま彼らが話をしていたように結果は全然出ていなかった。
「この町はほとんど冒険者がいないし、周辺の街にしてもここより大きいところがないから人も少ない。それに冒険者たちもそれぞれの縄張り持っているみたいだから当てのない旅に付き合ってくれる連中が出てこないよ。リックロードの宇宙港都市とか、もっと大きな場所で募集しないとダメなんじゃないか?」
ロックの言うことも正論であった。しかし宇宙海賊の襲撃を受けてこの町に不時着したリカルとしてはまた襲われてもいいようにすぐ人を集めておきたいという事情もあった。そのため修理の目処が付いたにも関わらずこの町で三日待っていたのだった。
もちろん三日もただ無駄に過ごしていたわけではなく、日帰り出来そうな所にある遺跡に潜ってみては探索を行い、リカルは拾ったジャンクやフォロウと一緒に冒険した時の戦利品などを使って新しい武器や探索用のツールが開発できないか試行錯誤していた。
ロックは船の工作室にこもって、ずっと何かの解析を行っており、コーラルたちクルーの各員は、平常時、戦闘時、緊急時それぞれの各行動の訓練を行って過ごしていた。
しかし待てど暮らせどリカルの希望通りにはいかず、いまだにギルドからも連絡がない状態なので、今日は直接ギルドオフィスを訪ねてみて、状況が変わっていないようならここでの人探しを諦めて次の目的地へと出発することにしたのである。
ロックが並んでいる水篭燈から一つを選んで手に取ると、そのまま店の店主に代金を渡した。
底の方がへこんでいる透明な円形の入れ物で、中には粘度のあるゲル状液が入っており、それに金粉が混ぜられている。
外からへこみの中に明かりを入れて、光だけではなく、金箔の浮かんでいる水篭燈そのものも観賞用として楽しむタイプのものである。
「お土産用を作って売ることが出来るのなら、街にもっと街灯を作ればいいのに」
ロックの手の中にある水篭燈を見ながらリカルが周りの街路を見渡すと、低所得者たちのこの地域には水篭燈も街灯も満足に設置されていないことに目がいった。その不公平さがリカルの口から漏れ出すと、自分の言葉を聞いたリカルは自分の中で町長嫌いがますます強くなっているのを自覚していった。
「待たせたな、そんじゃ行こうぜ」
買い物を終わらせたロックが立ち上がりながら皆に声をかけて、さて出発をしようと四人が歩き始めたその時、突然街の中心部の方から轟音が響いてきた。
その音に四人は振り向き、素早く全員で目配せをすると、ロック達L・D・Cの三人はすぐに音のした方に走り出した。そして急な状況の変化に追いつけなかったコーラルは、三人から少し遅れて彼らを追いかけていった。
彼らが走っている間も音は断続的に響いてくる。道ですれ違う町の人たちもその音を聞いては家から飛び出して音のする方を見てみたり、音から離れようとして道路を走っていく人たちがいた。
特に街の中心でもある富裕層の住む地域では、そのような異常事態に慣れていない人たちが多いためパニックを起こしている人たちも多く、町は我先にと無秩序に避難を行おうとする人たちであふれてきた。
そんな人たちを上手くかわしながら四人は道を走り続ける。そのうちにリカルは見覚えのある道を走っていることに気が付く。
道を走り角を曲がるとそこに見えたのは、三日前にCAと引き換えにプレートをもらってきた庁舎だった。庁舎の周りには遠巻きに一般人や自警団員がおり、彼らの視線の先には三機のCAが、舗装された道路や建物などを手当たり次第に攻撃して壊している姿があった。
暴れているCAを見て、リープはリカルに耳打ちで声をかけていた。
「リンちゃん、あれこの前俺たちが見つけてきたCAじゃねえか?」
「やっぱりそう思う?でもそんなことないと思うんだけど……」
後ろでこそこそ話をしている二人が気になったロックは何か知っている事があるのか二人に聞いてみた。しかし二人の返事は突然聞こえてきた聞き覚えのある声によって阻まれた。
「君達!これはどういう事だね!」
声の主はこの町の町長だった。リカルにとっては今一番会いたくない人物だったが、彼女も確信をしておかなければならないことがたった今出来たので、とりあえず表情を繕って町長に会いに行った。
だがリカルたちが話をするよりも早く口を開いた町長の言葉を聞いて、リカルたちは自分の耳を疑ってしまった。
「君達から受け取ったアーマーが勝手に動き出して周り中手当たり次第に壊して回っている!君達一体何をしてくれたのだ!?」
数日前にCAを譲ったこの町の町長が、庁舎の職員数人と自警団員、そしてネコ族の初老の男性と共にロック達の目の前にやってきては、開口一番にロック達に苦情を突き付けてきた。
ロック達も感情的になっている彼らの話を繋ぎ合わせて事情を知ることが出来たが、どこか納得できないところがあるようだった。
「あれ、やっぱりオレ達が持ってきたアーマーなのか?でもそうだとしたらおかしいな?」
「確認しておきますけど、本当に勝手に動き出したのですか?あなたに渡したアーマーは、使用できないようにエンジンや燃料を全部外してから渡したのですけど」
「あれを庁舎に飾ってしばらくは何もなかったが、今日になって急に歩き出して庁舎の中で暴れだし、先ほど外に飛び出してこの有様なのだよ」
「うむむ、アーマーは機械仕掛けだから、停止処理が完璧ならば勝手に動き出すようなこともはまずないはずなんですけどね」
「もう一度確認しますけど余計なことはしていませんよね?機能を復帰させて動くようにしたとか。こっちも責任もって安全に引き渡したつもりですから知らないところで何かが起きたとか聞けませんよ」
「私は知らん!勝手に動き出したのだから何とかしたまえ!」
事情を聴こうとするリカルに対してあくまで知らないと言い張る町長。
その押し問答的な事態の進行度のなさに何かあるとロックは感じたが、それを確認する間もなく事態はまた一転していった。
建物や地面を壊していたCAが、今度は路上に止まっていた自動車やSBを持ち上げては適当に投げ飛ばしてきた。
投げられた物が建物に当たると建物に亀裂が走る。宙を舞う乗り物が地面に落ちると地面のコンクリートは砕け、乗り物は原型をとどめないほどにその姿を変えてしまう。あまりのその光景に、周りにいた人たちはまたパニックを起こして散り散りに逃げ惑いだした。
「オーナー!チーフ!まずはあの暴走CAを止める事から始めないと!」
「確かにこのままじゃ町がめちゃくちゃに壊されるわね。ロック、まずは住人の安全第一でいきましょう!」
「しゃあねえなあ、分かった。リープ、準備するから先行ってくれ」
「アタシも準備するからお願い。コーラルさんは皆と一緒に避難していて!」
リカルに言われてコーラルは「気を付けてください」と一言言い残してその場から離れだした。戦えないことはないが実戦経験はロック達の方がはるかに上なので、彼らから逃げる様に言われれば素直に従うようにしているコーラルである。
一方、ロックの指示を聞いたリープは左手の親指を立てると今立っている場所から一歩前に出て、背中の翼を羽ばたかせたから一気に駆け出し、CAの1機に向かって飛び込んだ。
走りこむと同時に短く気合のこもった掛け声を出して拳を突き出すリープ。
その攻撃を見切り、CAは体を少しだけ引くとリープの拳を避け、そのままカウンターで横殴りのフックをリープに放つ。
リープもそれに負けじと反応すると、太いシッポを大きく振ってCAの腕部を手首から払いのける。
下から上に拳を払われたCAは腕を上にはね上げてしまう。
その時出来た脇腹の隙をリープは見逃さず、彼女は爪を一瞬で鋭くとがらせると、その爪でCAのボディを引き裂いた。
しかしCAはリープの爪が当たる直前に体をひねらせ避ける動作をとっていて、リープが攻撃を与えたのは脇腹の部分だけだった。
リープとCAの戦いを見ながらロックとリカルはそれぞれCAを装備し始める。
二人が使うのは以前にモビス島でも使ったものであり、特にロックが装備しているものは彼が以前からただのアクセサリー程度にしか考えていなかったペンダントのもので、モビス島地下遺跡の冒険の後にそれを調べて、やっとCAの素体だということに気付くことが出来たのだった。
二人が閃光に包まれ一瞬その姿が見えなくなり、光が弾けて再び姿を現したときはすでにCAを装着していた。
ロックのCAは白地に青紫色の濃淡でグラデーションを付け、背面には空中を短時間飛行することが出来るPRSウイングブースターが二基、そのウイングには高速機動でのバランスをとるためのフェザーが三枚ずつ付いている。
装着者の機動力と運動性能を強化するCAで武器は付いていないが、装着者が装備している武器をアーマーがスキャンして、アーマーの一部がその装備の強化型となる。
その性能のため、ロックのAPRはアーマーと一体化した形になって装備されている。
そしてリカルのアーマーは、白と水色で波を意匠した肩当てが目に映える特殊合金製のフルプレートアーマーで、背中には推進用に四門のバーニア、右腕にはリカルが通常使用する格闘戦用のSスティックが装備されており、さらに左腕には魔法銃のシステムを組み込んだ小型のレールガンが取り付けられている。
「準備できたかリカル、リープも勝負がつきにくそうだし、三人で確実に一体ずつ倒していくぞ」
CAを装着したロックがリカルに声をかけると彼女は小さく頷く。
二人が駆けだそうとしたその瞬間、待てと鋭く低い声があたりに響いた。
声のする方を確認すると、町長と一緒にいる自警団員の一人がロック達を鋭い目つきで睨んでいた。
「この町は俺たちの町だ!冒険者ごときが勝手なことをするな!」
「なっ、そんなこと今いう事じゃないでしょ!誰かがやらなきゃ町がめちゃくちゃになっちゃうって時に!」
「だからこそだ!俺たちの町は俺たちが守る!そもそも騒ぎの原因を作ったお前たちの手なんか借りるわけないだろ!」
「あんたらアタシたちにも勝てなかったのに、本気で自分たちで何とかできると思っているの!?」
「ちょっと支援はどうなってるんだ?早く来てくれないとほかのやつらがどっか行っちまうぞ!?」
自警団員とリカルが言い合いをしている間も暴走CAと戦っているリープの叫び声に二人は我に返る。
しかしそれでもどちらがいくかでまた言い争いが発生、今度は自警団側のほかの団員達も声をそろえての事で、リカルの言葉も届かなくなってきていた。
その時すぐにでもリープの元へ行こうとしてリカルを待っていたロックが声を張り上げた。
「そんなに行きたきゃオレ達は手を出さないから勝手に行って来いよ!」
「ロック!?」
「へえ、お前の相棒はずいぶんと物分かりがいいようだな」
突然のロックの言葉に自警団員は気分を良くしたのかすぐにでも突入を開始する準備を行う。
一方リカルはロックが本気でそんなことを言ったのか納得できないといった表情で彼に詰め寄る。
「ロック!リープも一人で勝てない相手に、リープにも勝てなかったあの人たちじゃ全く相手にならないことくらい、あなたならわかるでしょ?なんであんなことを!?」
しかしロックはそんなリカルの言葉を聞いてないように振舞うとさらに声を張り上げて自警団たちにもきこえるように話す。
「好きにさせりゃいいじゃん!仲間の二、三人くらいCAに殺されりゃ、あいつらも自分たちの考えの甘さを思い知ることになるからさ!」
いきなりのロックの発言には町長も自警団達も、そして当然リカルも驚いて彼の方を一斉に振り向いた。
特にリカルはロックがそんなことを言うなんて想像も出来なかったのか、シッポの先を膨らませてショックを隠せない表情をしていた。しかし当のロックはそんな彼らの驚きなどお構いなしといった風で声を出し続ける。
「何も知らない一般人たちを巻き込むつもりはないからCAは倒すつもりでいたけど、危ないと知ってそれでも飛び込んで死にに行くような連中まで助けるほどこっちもお人よしじゃない!大体勝手なことされたら助けられるものも助けられないし、こっちも危険になるんだ!はっきり言っておくけどオレは人のためには働かない、相棒が助けると言っているから手伝うだけだ!」
そういって一通り怒鳴り終えるとロックはさあどうする、と言わんばかりに自警団達の方を睨んでみた。
言い方は相当乱暴なものであったが、これはロックなりの配慮でもあった。彼らの短い沈黙の後最初に声を出したのはフォロウであった。
「任せたら、本当に何とかしてくれますか?」
「悪いようにはしないよ」
言葉にするには簡単なやり取りだったが、それで十分といった具合にフォロウの方は納得して、ロック達に突っかかってきたほかの団員に声をかけた。
「ここはこういった戦いに慣れている冒険者の方たちに任せよう。私たちは住人の避難に専念する」
このフォロウの決定に自警団側は反対する声も出てきたが、フォロウは皆と向かい合うと決定したことは変えないとして、団員達に指示を出し始める。
そして決断をしてくれたフォロウにそれぞれ視線だけを送ると、ロックとリカルはリープの元へと駆け出していった。