9th ACTION 『変な入れ知恵しないでいただけやすか?』
ランクゥーノの大地に向かって太陽がゆっくりとその身を横たえていく頃。
夜に向けて少し早めに開店した居酒屋の中。居酒屋といってはいるが室内灯はぼんやり薄暗く、その明かりを補っているのは水やジェルなど透過性のある液体をいれ、その中に光源となる耐水性の明かりを入れてふたをした入れ物が各テーブルやカウンター席に置かれているだけで、居酒屋というよりは少し小洒落たバーのような店だった。
店のカウンターやテーブルに置かれているものは室内インテリアの一種で水篭燈と呼ばれるもので、中の水の揺らめきで光が動いたり、容器内に入っている液体の透過率や光源となる光を複数入れることで通常の照明とは違った色合いを出すことも出来、また中に箔などの細かい不純物を混ぜるとそれが光を遮って光が模様を作り出すなどといった、流動体を照明カバーにするといった発想で一風変わった照明演出を見せることが出来るものである。
実はロックもこの水篭燈にハマっており、オーシャンガレージの村に住んでいたことは五十種類ほどの水篭燈を持っていた。
旅に出るときに全部を持ってくることは出来なかったので、ほとんどは生家に置いてきてお気に入りを五個ほど自分の部屋に飾っている。
今ロックの目の前にある水篭燈は色々な色を付けたロックタイプのクラッシュジェルと一緒に明かりを入れている物で、色付き固形ジェルの不揃いな塊がプリズムのように光を色々屈折させるため、色とりどりの光が空間を埋める、まさに光のインテリアと言えるものだった。
こういうものを作ってみるのもいいなと考えながら、注文した料理とグラスがテーブルに並んだのを確認したロックはグラスを手に取った。
「今日の仕事も無事終了、お疲れさま!」
そう言ってジョッキを上に上げて乾杯!とリカルが音頭を取ると彼女はジョッキを口に付け、そのまま一気にジョッキの中身を満たしている黄金色の液体を飲み干した。
ロックも自分のグラスの中を満たしている黄金色の液体を、リカルよりは若干時間をかけて飲み干して、二人して中身を早々にカラにしてしまった。
「くあーっ!やっぱり仕事の後にはこれに限るわー。すみませーん、ラガービールおかわりでー」
「ふいー、腹の中から全身に染み渡るこの感じが酒の醍醐味だな。店員さん、こっちもエールビール、グラスでもう一杯」
初めの一杯を一気に空けたロックと、ロックの向かいに座っているリカルはほぼ同時に追加の注文をする。その光景を、リカルの隣の席に座って眺めていた人物がいた。
「ごめんねー、乾杯してすぐに追加しちゃって。一仕事した後はとにかく飲みたくなっちゃうからさー」
「いえ遺跡調査のお仕事大変だったのでしょう?ボクに気を使わないでどうぞ」
「いやーん、アリシアはホントにいい子ねー。こんな年上にも気を使うことができちゃうんだからー」
そう言いながらリカルはアリシアの頭に腕を回して自分の近くに引っ張ると、彼女の頭に頬ずりし始める。よほど強い力で抱き寄せているのか、彼女の腕の中にいるアリシアは少し苦しそうな表情を浮かべていた。
「おーおーまたえらく可愛がっちゃって、もう酔ったのか?勢い余ってアリシアちゃんの頭かじったりするなよ」
向かいの席からそのやり取りを見ていたロックは大型の肉食獣が小鳥を食べようとしているように見えてきたので、冗談交じりでリカルに一言だけ言うと、皿の上に盛られているたくさんのフライドポテトと一口大になっている揚げ魚を取り皿にとってつまみ始めた。
二人が注文をした二杯目のビールがテーブルに着くと、今度はそれぞれ自分のペースで入れ物の中身を味わいだし、皿に盛られた色々な料理を食べだす。
飲食をするためにリカルから解放されたアリシアもジンジャーエールの入ったグラスをゆっくりと飲みながら二人に倣って皿の上の料理を食べる。こうして一通り、ロックとリカルのちょっとした飢えと渇きが満たされるまで黙々と食事が続いていた。
太陽が傾き始めたころ、遺跡から帰ってきたロックたちはキリカシティに戻ってくることが出来た。気絶していた事もあったので車中でも治療を受けていたロックも、すっかり身体の調子を取り戻していた。
街に戻ったところでロックたち三人はフォロウと別れるとその足ですぐに市庁舎へと向かう。そこで三人は市長を呼び出し戦利品であるCAを見せ、プレートと引き換えにどれでも差し上げますと市長に迫った。
市長としてはどうせ何もできないだろうとタカをくくっていた部分もあり、仮に持って帰ってきたとしても元々冒険者は嫌っていたのでアーマーの一式程度なら追い返すつもりでいた。
それが彼らは短期間のうちにアーマーを十式以上持ってきて、プレートと交換でいくらでも差し上げると言っているのだから完全に彼らに負けてしまっていた。
結局のところ市長はアーマー三式と引き換えにプレートをリカルに差し出した。三人はそれを受け取ると大喜びでその場を後にした。
その後三人は街のジャンクショップに立ち寄ると発掘してきた品物の中から自分たちが特に使わないものを選んでそれを売却した。
遺跡からの品物の割にはあまり高く売れたものはなかったが、それでも売ったものだけで修理費用が賄えるだけの金額となったので、思ったほど早くシャインウエーブ号の修理のめどがついたことはうれしかった。
ジャンクショップを出て次の用事を済まそうと三人が歩いていると偶然アリシアと会うが出来た。リカルがアリシアに簡単な結果報告を行うと、アリシアも喜んでその話を聞いてくれた。
そして話が少し盛り上がってきたところでロックが少し早いがどこか食事が出来るところがないかをアリシアに聞き、リープに用事の方を頼んでこの店にやってきたのだった。
そうして二人はしばらく無心になって料理を食べていた。しばらくして空腹も満たされてきたころには、ロックは先ほどの遺跡探索の感想を述べたり、そのロックの言葉に対してリカルも批評や意見を遠慮なく話し、その話の中にアリシアも入ったりなどしていき、最終的には談笑となってそれぞれがめいめいに言葉を語っていた。
「でも本当に今回はアリシアに出会うことが出来なかったらどうなってたかわからなかったわ、いくらお礼を言っても足りないくらいね」
そうリカルがアリシアに感謝の言葉を贈ったのはしばらく会話が弾んでからの事だった。窓の外には日の光が無く、街は夜の時間になったことを伝えていた。
リカルの言葉にアリシアは、困ったときは助け合うものですとだけ言ってリカルに答えた。
ロックはその控えめなアリシアの態度を見て、傭兵のリーダーをしているだけあって中々出来た少女だと感心していた。そしてリカルはもう少し本音で話してみてもいいんじゃないかと思って少し物足りなさを感じていた。
「そんな謙遜することじゃないわよー、実際アタシたちは結果的に助けられたのだから。なのでこれはそれに対してのお礼ね」
そう言うとリカルは小さな包みをアリシアの前にそっと差し出した。それを手に取ったアリシアが中身を見ると、彼女がリカルに紹介した依頼の報酬の倍の金額が入っていた。
「これ……こんなにいただけませんよ!そちらの費用が足りなくなるでしょう!?」
「あの後大金を稼ぐことが出来たからね、結果的にだけど。でもそのきっかけをくれたのはあなただから、やっぱり形でお礼をしたいのよ。あなたたちにとってもあの仕事でもらえる報酬額は大事なものでしょうし」
そう言葉を締めくくったリカルに戸惑いの表情を向け、アリシアが先ほどから声を発していないロックの方に目線を向けると、彼はゆったりとした笑みをアリシアに向けながら軽く首を頷かせていた。
彼女たちの台所事情を知ったからこそ、臨時収入を得たロック達は初めに仕事を譲ってもらった彼女に金額で誠意を示そうとしたのだった。
二人からそう言われ、アリシアもとりあえず納得したのか、ありがとうございますと二人に頭を下げると中身を財布の中にしまい込んだ。
「でもホント今回は運がよかったわ。町長は好きになれないけど、フォロウがいてくれなかったらもっとここで足止めさせられていたかもしれない。彼に感謝しないとね」
「そうでしたか。彼は何かとボク達の事を気にかけてくれて、いくらか実入りのいい仕事とかも出してくれるからすごく助けられてます。ボク達の味方の一人です」
「そうなの?意外と頼りになってるのね。それで、あなたとしては彼の事どう思っているの?」
四杯目になるジョッキを片手に持ちながら、ようやく本題に入ったリカルを見て、とりあえず良い入り方だとロックは思った。今アリシアに会えたのは偶然だったが、ロック達はアリシアを探すつもりでいた。フォロウと交わした約束があったからだ。
今回、ロックはこの件をリカルに任せている。
アリシアがフォロウに恋愛感情を持っているかいないかは置いといて、この手の話は異性から話題を振られて話せる内容とは思っていなかったからだ。
だからロックは二人がこの話を進めていって、何か聞かれるまでは何も話さないようにすることを決めていたし、そのことはリカルにも伝えていた。
「どうって何がですか?」
「いえね、フォロウに対してどんな思いを持っているかってのが、ちょっと気になってね。フォロウも気にしているみたいだからなおさらね」
このくだりを聞いた時点でロックは飲んでいたエールを吹き出しそうになった。
何とか平静を取り戻したが、やっぱり任せない方がよかったかなという思いが出てきた。リカルが裏表のない性格で、思ったことはすぐ口から出てくることを忘れていたのだ。
「どうもこうもよくしてもらっているだけで、特にフォロウと何か問題があるとかはないですよ」
質問に対したアリシアは、そもそもなぜそんなことを聞かれたのかと、なぜフォロウがそこで出てきたのかが分からないといった様子で答えてきたので、とりあえずロックは内心ほっとしながら表情には出さずに「そう」とだけつぶやいた。
アリシアの態度から見て彼女はフォロウに対して特別な好感を持っていない事が伺える。情報提供の対価とはいえフォロウとの距離を縮めることが難しそうなのを改めて認識すると、ロックは無意識のうちにため息が出てきてしまうのだった。
「そうなんだ。……ちょっと考えていたんだけど、フォロウと仲が悪くないのなら、みんなの暮らしの事を彼に相談してみたらどうかな?」
「暮らしについて、ですか?」
「成り行きでここの町長に会ったんだけど、あんな考え方の人間が長を務めている限り、あなた達がまともな生活できるとは思えないのよ。今だって金銭的なものは全然余裕ないでしょ」
リカルに言われた事に何かしら思うところがあったのか、アリシアは左の手羽を顎に当てるとふむ、と目を細めて何かを思い出すように考えていた。
それを見たリカルは向かいに座っているロックを見ると、軽く目配せをして彼に合図を送る。ロックもそれを見て小さく二度ほど頷いた。
これをきっかけに二人の会う機会が増えれば自然とフォロウにもチャンスがめぐってくるだろうから、そこから先は当人同士のやりとりである。そもそも二人の事を全く知らないのだからくっつけるといってもロック達にできることなど全く無いと言っていいので、これが最善の手だと二人は考えている。
「すいやせんがそこのお二方、あんまり若いもんに変な入れ知恵しないでいただけやすか?」
二人が安堵しかけたその時、席の外から突然声が聞こえてきたので三人はそちらの方を振り向いた。その視線の先には先ほど別行動をとったリープがプライドを連れているという、こちらも珍しい組み合わせの二人だった。
「いわれた通りにギルドオフィスに頼んできたぞ。こいつとはその時会ってついてきたんだけど」
「姉貴の姿が見えないって探してやしてね。ひょっとしたら旦那方が何か知ってないかと思って案内してもらいやした」
「あ!そういえばだれにも行き先連絡してなかったね、ごめんごめん。何か急用ならすぐ戻るけど?」
「急いでいたからすぐ頼む。あっしは用事がすんだらすぐ戻るんで」
話が終わるとアリシアはロックたちにお辞儀をするとすぐに外へと小走りで出ていった。彼女を見送ったプライドがアリシアの代わりに席に着くと、間髪をいれずに質問をしてきた。
「大体予想はつきやすが、フォロウの野郎の差し金で?」
心なしか鋭い目つきで二人を見ているプライドをごまかすつもりは全くなかったので、二人は素直にそうだと答えた。
「成り行きなの、遺跡の場所を教えてもらったからその代わりに仲を取り持ってほしいって」
「フォロウが持ち掛けたので?ハッ、相変わらずセコイ」
「いや条件は確かにフォロウさんが言ったものだけど、教えてもらう礼でこっちから持ち掛けた話だから言い出しっぺではないぞ」
「あっしからすりゃどっちもおんなじでさぁ。自分で告白する事が出来ねえから人の手を借りようとしやがって」
自分と同じことを言っているプライドに少し自分がダブったのか、ロックはグラスを少し仰ぎながら小さく笑っていた。プライドにはその笑い顔が見えなかったため、彼はそのまま話し続けていく。
「そもそも二十過ぎのいい歳した男が十四の小娘口説くのにそんな手使おうってのが気に食わない」
「え!フォロウってそんな歳なの!しかもアリシアと六コ以上違うの!?」
「姉貴が誰を好きになっても文句ねぇし、姉貴と相手が好きあってるならあっしもいいことだと思ってやすけど、いい歳しながら年下相手に素直に気持ちをぶっつけられねぇような大人はダメ!信用がならねぇ!」
「確かにね、オレより一コ二コくらい上かとは思ってたけどそれ以上だったとは。恋愛に歳は関係ないとは言うけど年下の気を引くのに外堀から埋めるみたいな事するのはどうだろ?」
「そうは言うけど恋は人を臆病にさせるからねー。アタシはフォロウの気持ちもわからなくはないけど。とりあえずアンタがフォロウを嫌う理由は分かったわ。でも結局は当人同士の決めることだし、もう少し落ち着いて見ていてあげててよ」
リカルに諭されて、プライドはまだ納得できていない表情をしながらもとりあえず首を縦に振って了解したことを伝えていた。
聞きたいことが聞けたのか席を立ちあがるとプライドは軽く手を振ってロック達三人の前から立ち去って行った。
その後ロックとリカルも注文をしたものを食べきった後、とりあえずの目的を果たしたことと水を差されたような気分になったことで店に居続ける気にならなくなったため、空いた席で待っていたリープと一緒に早々と店を出ることにした。
店の外はすでに暗くなっており、ロック達が今いる街の外側、貧困層の区画では電灯もままならないといった感じで通りは薄暗く、人や乗り物の往来もほとんどなくなっていた。
途中建物と建物の間から光が漏れている場所があり、ふとリカルがその隙間から光の方を見ると、街の中心の行政、商業区のほうはこちらと違ってこうこうと電気の光が灯っていた。
同じ町なのになぜこんなに差を付けているのか、だれも変えようとしないのか、リカルにとっては納得できない事だったが、一介のハンターである彼女に何かできるわけでもない。ロックにもあまりそういうことには深入りするなと言われたため、それ以上の思考をやめると三人で船への家路を歩いて行った。
ちょうどそのころ、行政区にある庁舎の一室では何やら怪しげな機械音が街の喧騒に紛れながら、その区画では似つかわしくない作業を行っていることを物語っていた。
その正体は、あんな形では知りたくなかったと後に街の住人たちは口をそろえて話していたという。