8th ACTION 長い一瞬(そしてまた始まる一瞬)
「なあ、リカル」
前を向いて歩くリカルにロックは声をかける。だいぶ体調が回復したのか彼の声は元に戻りつつあった。
音もかなり発声出来ていたはずなのでリカルにも聞こえているはずだが、彼女はロックの声に気付いていないかのように歩き続ける。
「リカル、リカルってば!」
やや機嫌の悪いような、少し低くて大きな声で彼女を呼ぶとようやっと気付いたのか、リカルは視線を少し下におろしてロックを見た。
「何よロック。もう少しなんだから黙ってなさいよ」
「だからもう歩けるってさっきから言ってるだろ。いい加減に降ろしてくれよ」
不満さをあらわにロックがリカルに食って掛かる。しかし彼女にお姫様抱っこをされている姿のままではいまいち迫力に欠けていた。
リカルたちが遺跡を簡単に調査してからロックたちの所に戻ると、その足音に反応したのかロックもちょうど目を覚ました。そして目的のものを手に入れたことと、ロックの体調の事があったので、今回はこれで遺跡から出ることになった。
その際、荷物は全部リープに持っていってもらうようにしたのだが今度はロックをどうやって連れていくかが問題になった。
ロックはだいぶ調子もよくなってきたので自分で歩いていくと言っていたが、立ち上がる事も一人で出来ず、さらに立つことは出来たが足元がふらついていたため全員で却下された。
だったらどうするといった話が少し出た後、リカルがロックを連れていくということになり、その結果、いまロックはリカルの腕の中で不機嫌そうにシッポを振りながら彼女の事を見上げていた。
「いいじゃないの別にケガしている時くらい周りの事気にしなくても。それにロックもさっきお姫様抱っこされてみたいって言ってたじゃない」
「話のネタとしてな。実際このまま帰るとか、冗談キツイよ」
「冗談じゃ無いのはこっちのセリフよ!あの時本当に死んでるんじゃないかって思ったんだから!!」
声を荒げ、まじめな顔でにらみつけるリカルを見てはロックもさすがに言葉が出てこず、まだ上手く動かせない身体から力を抜くと観念したかのように再びリカルの腕の中でおとなしくなる。
「……悪ィ、言葉が過ぎた。なんか色々とごめんな?」
ここでようやく全員を心配させたことに気が付くと、ロックはリカルから視線をそらして、初めて謝罪の言葉を彼女に伝えた。
「ホントに悪いと思ってる?」
「思ってる。皆に心配かけさせたなって」
まだ気まずさが残っているので、ロックはリカルの目を見ようとはしなかったが、それでも彼女の問いかけには答えていく。
ロックの言葉を聞いたリカルは彼から視線を外すと何かを考え始め、口の端をつり上げて笑みを浮かべるともう一度彼に視線を落とした。
「ホントにそう思ってるなら、お詫びのしるしにキスしてよ」
「……ニャア?」
何を言われたか一瞬わからなかったロックは、少し苦しそうに顔をリカルの方に向けて彼女の目を見ると、リカルはもう一度「キスして」と言葉を繰り返してきた。
「なんでキスになるんだ?ちょっとおかしくない?てか、オレから無理やりキス奪っておいて、さらにオレに捧げものをしろとか何様だよ?」
「アタシだってあなたに初めてあげたんだからおあいこよ。それにアタシに心配かけさせたんだから、ちょっとはお願い聞いてくれても良くなくない?」
かなり真面目な表情をしているリカルを、ロックは声を出さずに無表情で見つめていたが、不意に彼女がツリ目の端を緩めて憂いの表情を見せると、呟くような小さな声で「ダメ?」と聞いてきた。
「そんな顔するなよ、全く。……このおねだり上手め」
いつも強気な少女が突然耳を寝かせて気弱な表情と声をしてきたので、ロックは自分の胸が突然キュンと締め付けられたのを感じ、無意識に右手で自分の胸を掴んでいた。
不覚にもときめいてしまった彼は観念してリカルに顔を寄せるように伝えると、彼女は今日一番いい笑顔をしながら足を止め、彼の口元へ自分の唇を寄せていく。
リカルの顔を目の前に確認すると、ロックは腕をあげて彼女の頭に手をかけ、自分の顔も動かして彼女に口付けをした。
彼女の頬の部分に。
「……?ちょっと、どうしてそっちになるのよ?」
「そりゃあ、恋人同士って訳でもないんだから、口にはできないだろ?」
事も無げにさらりと言ったロックの方がこの場合は正しいのだろうが、納得できないリカルはそのままの姿勢で目の端をまたつり上げると、そのままロックに詰め寄ってきた。
「やり直して!」
「ニャ?いやいや今してあげたし。要求通りキスはキスだろ?」
「あんなんじゃ全っ然足りない。やり直して、もう一回!」
「えぇ……」
ロックにキスのやり直しを求めるリカルだが、当のロックは唇のキスは恋人同士でするものじゃないのか?と考えているので首を縦に振ることは無かった。
そんな遠回しな否定をしているロックを見ていたリカルは、弱った身体でけだるそうにイヤイヤしているロックに言いしれない感情を覚えてきた。
そして彼女は、目の形をそのままに、先ほどよりより一層いい笑顔をロックに向けると、彼を抱えている腕を上げて顔の距離を近づけだした。
「だったらアタシがしてあげるわー」
「いっ!ちょっと待て、オレ今本調子じゃないからお前に組み付かれたらヤバいって!」
彼女から不穏な気を感じたロックは、必死になって彼女に抵抗しようと試みたが、満足に動かない今の身体ではどうすることも出来ない。
「いーただーきマース」
言うが早いかリカルは顔を覆いかぶせてロックの唇に自分の唇を落とした。
「ウグーッ!!」
身体が動かないのでせめて声で抵抗の意思を見せようとしてみるが、そんなロックの抵抗も全く意に介せず、リカルは貪るようにキスを始めた。
唇から舌を入れるとそのまますぐにロックの口の中に分け入っていき、自分の舌と彼の舌を絡ませると、そのまま音を立てながら、彼の口の中で二人の舌をかき混ぜていく。
口の中からロックの事を食べつくそうとするかの如く一心不乱に吸い付いていき、ロックは肺の中の酸素ごと色々なものをリカルに吸い取られていく感覚を感じた。
(も……ダメ……)
歯の一本一本までなぞってくるリカルに抵抗しようと試みるも、口の中は完全に彼女に制圧され、力が入らないため手で押しのけることも身体をひねって逃げることも出来ない。さらに呼吸も出来ない状態のため、ロックは息苦しさで限界を迎えていた。
予想以上の勢いに、初め彼のシッポは爆発したように毛並みが逆立っていたが、今は朦朧とする意識の中、ぼさぼさになってしまったシッポは、重力に従って下へ下へと垂れ下がっていく。
(こんな……オトされ方……イヤだ……)
力が抜けて段々とか細くなっていく声と男として少々情けないセリフ、それが彼の覚えている最後の光景だった。
-数分後、満足したリカルが唇を離して閉じていた眼を開くと、そこには口の周りを涎でべったりと濡らし、浅く速い不規則な呼吸をしながら白目をむいて腕の中で気絶しているロックの姿があった。
「あれっ?ロック?おーい、ロックぅ?」
名前を呼んでも返事のない彼を見て、やりすぎちゃったと少し後悔したリカルは、とりあえず静かに
なったロックと共に足早に遺跡の出口を目指した。
遺跡の外でロックとリカルを待っていたリープとフォロウは、気絶しているロックを見て何があったのかリカルに聞こうとしたが、彼女の「何にもないわよー」との迫力のこもった一言に気圧されて、何も聞くことなく二人の痕を追いかけてジープに乗り込んだ。
こうしてロックのランクゥーノで初めての遺跡冒険は幕を閉じた。傷を負ったり途中でリタイヤしたり、リカルにお姫様抱っこされたり気絶させられたりと散々な結果だったが、目的のCAは確保でき、さらに古代文明の電子部品や結晶燃料など高価なお宝も手にいれることも出来たため全体の結果としては大成功だった。
あとはCAを町長に引き渡せば今回の冒険は終わりとなる。ロックたちは乗ってきたジープにお宝を乗せ、すぐに町長の元へと向かう準備を行った。
昼下がりのランクゥーノの空は、雲もなく太陽の光もそこまで強くない、過ごしやすい時間帯になっていた。